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エソメプラゾールによる馬の胃潰瘍の治療

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馬は胃潰瘍を起こし易い動物であることが知られており、近年では、プロトンポンプ抑制剤であるオメプラゾールの投与によって、良好な治療および予防効果が示されています。一方、ヒト医療では、エソメプラゾールという、異性体のプロトンポンプ抑制剤が一般的に用いられており、オメプラゾールに比較して、薬物動態でのAUC(血中濃度-時間曲線下面積)が有意に広いことから、胃酸分泌を抑える効能も、エソメプラゾールのほうが優れていることが知られています。

そこで、下記の研究では、馬の胃潰瘍に対するエソメプラゾールの治療効果が検証されました。この研究では、内視鏡で無腺胃部の胃潰瘍(グレード2以上)が確認された151頭の馬に対して、オメプラゾールまたはエソメプラゾールの経口投与が実施され(28日間、無作為割り当て)、経時的な内視鏡による胃潰瘍病態の評価、および、オッズ比(OR)の算出による治療効果の比較が実施されました。

参考文献:
Sundra T, Gough S, Rossi G, Kelty E, Rendle D. Comparison of oral esomeprazole and oral omeprazole in the treatment of equine squamous gastric disease. Equine Vet J. 2023 Sep 7. doi: 10.1111/evj.13997. Online ahead of print.

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結果としては、胃潰瘍の治癒率は、オメプラゾール投与群(59%)に比べて、エソメプラゾール投与群(85%)のほうが有意に高いことが分かり、後者を投薬したほうが、胃潰瘍病態が改善する確率が四倍も高い(OR=4.00)というデータが示されました。この際には、胃潰瘍の病変グレードが減少した場合を治癒と定義していました。また、腺胃部の潰瘍も呈していた一部の馬を見ても、その治癒率は、オメプラゾール投与群(25%)に比べて、エソメプラゾール投与群(55%)のほうが有意に高くなっていました(この場合はOR=4.44)。なお、今回の研究では、薬剤の投与者(馬主)および内視鏡動画の評価者は、いずれも盲検では無かった(どの馬にどちらの薬剤が投与されたかは知っていた)と述べられています。

このため、馬の胃潰瘍に対しては、オメプラゾールよりもエソメプラゾールの経口投与のほうが、より優れた胃潰瘍病変の治療効果が期待できることが示唆されました。また、過去の文献では、オメプラゾールの吸収には、飼料内容が大きく影響することが知られており、乾草のみ給餌されている馬での胃酸抑制効果は、オメプラゾール投与では五割の馬に留まったのに対して、エソメプラゾール投与では八割以上に上ったという報告もあります(Sykes et al. EVJ. 2017;49:637)。つまり、エソメプラゾールの経口投与のほうが、飼料の影響を受けにくく、安定した胃酸分泌の抑制効果を発揮できると考察されています。

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このエントリーのタグ: 疝痛 薬物療法

馬の開腹術の縫合におけるセルフロック結び

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一般的に、外科手術における連続縫合では、その開始と終了の箇所を、外科結び(Surgeon's knot)を使って留める方法(S-S法)を用いることが多いですが、近年では、セルフロック結び(Self-locking knot)というタイプの糸の結び方が提唱されてきています。そこで、下記の研究では、馬の開腹術における腹壁(白帯)の閉鎖法として、連続縫合をフォワーダー結び(Forwarder knot)で開始して、アバディーン結び(Aberdeen knot)で終了する縫合法(F-A法)の有用性が検証されています。この研究では、14頭の馬の屠体に正中切開術(20cm長)を施して、それをS-S法またはF-A法で閉鎖した後、腹腔内部に入れた風船を膨らませることで、各縫合法での破裂強度の測定、および、破損形態の評価が実施されました。

参考文献:
McGlinchey L, Hanson RR, Boone LH, Rosanowski SM, Coleridge M, Souza C, Munsterman AS. Bursting strength of surgeon's and self-locking knots for closure of ventral midline celiotomy in horses. Vet Surg. 2018 Nov;47(8):1080-1086.

結果としては、正中切開術の閉鎖箇所の破裂強度は、S-S法(290mmHg)に比較して、F-A法(388mmHg)のほうが有意に強いことが分かりました。この際、S-S法での破損は、糸の結び目の部分で生じていたのに対して、F-A法での破損は、糸を通している筋膜の部分で生じていました。このため、馬の開腹術での腹壁の閉鎖においては、F-A法を用いることで、より堅固に腹壁を縫合閉鎖できることが示唆されました。ただ、今回の強度試験は、単回の膨張負荷であったのに対して、実際の馬では、より小さい負荷が何百回も掛かることで、縫合糸への疲労蓄積によって破損に至るため、必ずしも生体内での強度を再現していない可能性もあると考えられます。

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この研究で応用されたセルフロック結びのうち、フォワーダー結びは、ループを三回通した滑り結びとも言える結び方で、外科結びよりも強固な結び目を得られますが、手技的な難易度は高いことが知られています。一方、アバディーン結びは、連続縫合への緊張を維持しながら結べるため、より緩みを生じにくい結び方で、結び目をより小さくできるという利点もありますが、糸も無駄が多くなり、手技的難易度も高いと言えます。今回の研究では、従来のS-S法に比べて、F-A法による強度の上昇は、平均して約25%に過ぎないため、実際の生体での手術において、生物学的に有意な治療効果の向上に繋がるか否かは、実馬を用いた検証を要すると考察されています。

Photo courtesy of Vet Surg. 2018 Nov;47(8):1080-1086.

関連記事:
・馬の開腹術の縫合での糸とステープルの違い
・馬の開腹術での抗生物質投与の傾向
・肥満の馬での術創感染のリスク
・馬の開腹術の術創感染はナゼ起こるのか?
・馬の開腹術にはハチミツで感染予防
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参考動画1:Self-locking starting knot shown with medical model


参考動画2:Aberdeen Knot (Sheltervet)
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このエントリーのタグ: 疝痛 手術

馬の文献:屈曲性肢変形症(Walmsley et al. 2011)

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「サラブレッドの一型クラブフットに対する深屈腱副靭帯の切断術後の回顧的調査」
Walmsley EA, Anderson GA, Adkins AR. Retrospective study of outcome following desmotomy of the accessory ligament of the deep digital flexor tendon for type 1 flexural deformity in Thoroughbreds. Aust Vet J. 2011 Jul;89(7):265-8.

この症例論文では、馬の蹄関節での屈曲性肢変形症(いわゆるクラブフット)に対する外科的療法の治療効果を検証するため、深屈腱副靭帯(遠位支持靭帯)の切断術が実施された46頭の症例馬、および、90頭の対照馬における、医療記録の回顧的解析が行なわれました。なお、今回の適応症には、一型のクラブフット(背側蹄壁の角度が直角より小さい軽度な病態)のみが含まれました。

結果としては、深屈腱副靭帯の切断術を受けた馬におけるレースの出走率は48%に留まることが分かり、対照馬におけるレース出走率(90%)よりも顕著に低くなっていました。ただ、レース出走を果たした馬を見ると、デビュー時の年齢や生涯総出走数、および、レースごとの獲得賞金は、対照馬と有意差が無かったことが報告されています。

この研究では、術後にレース出走できなかった馬において、その理由は調査されていませんでしたが、肢勢の不正、手術の合併症、成長遅延などによって、レース参加できるレベルの調教が間に合わなかった可能性が考えられました。このため、馬のクラブフットに対して、深屈腱副靭帯の切断術が適応されるような症例(運動制限や装蹄療法で治癒しなかった難治性のケース)では、たとえ手術をしても、過半数の馬がレース出走を果たせない可能性があることが示唆されました。

一般的に、馬の深屈腱の副靭帯を切断すると、下肢にある他の支持組織への歪みが増して、繋靭帯炎などの発症率が上がったり、深指屈筋への負荷が増して筋疲労しやすくなり、競走能力の低下に繋がる可能性が懸念されています。しかし、今回の研究では、術後にデビューを果たした馬では、レース成績への悪影響は確認できなかった(対照馬に比べて有意差が無かった)という知見が示されました。また、手術を受けた時点での年齢も、レース出走率に有意な影響は及ぼさないことも報告されています。

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馬の病気:屈曲性肢変形症
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乗馬の後膝跛行での関節鏡の有用性

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一般的に、乗馬の競技馬における後膝跛行は、散発的に見られる後肢の歩様以上の原因であり、比較的に重度な跛行を呈して、競技能力の低下を招くケースが多いことが知られています。しかし、後膝に発生する疾患のうち、関節軟骨や半月板、十字靭帯、側副靭帯などの損傷では、診断麻酔や画像検査による確定診断が難しい症例も多く、難治性の経過を取ることがあると言われています。

下記の研究では、英国のロスデイル馬病院において、2017〜2021年にかけて、後膝跛行の内科的または外科的療法が施された127頭の乗馬競技馬における、医療記録の回顧的解析が行なわれました。この研究には、一年間以上の長期経過ができた症例のみが含まれていました。

参考文献:
Frost CE, Bathe AP. Comparison of surgical versus medical treatment outcomes in 127 cases of stifle lameness in a sports horse population. Equine Vet J. 2023;55(S58):10-11. doi.org/10.1111/evj.12_13972. 05 September 2023.



結果としては、長期の経過追跡ができた馬のうち、騎乗復帰を果たしていた馬の割合は、関節注射療法による内科的治療では94%で、関節鏡手術による外科的治療では86%であったことが分かりました。また、内科的治療が不応性となり、外科的治療が行なわれた馬でも、騎乗復帰率は86%となっていました。

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この研究では、治療の一年後の時点での聞き取り調査において、発症前と同等、または、より高いレベルの競技に使役されていた馬の割合は、内科的治療では73%で、外科的治療では60%であったことも報告されています。なお、関節鏡での治療前に、関節注射が行なわれた否かは、術後の騎乗復帰率には有意には影響しなかったことも示されています。

このため、乗馬の競技馬における後膝跛行では、関節注射療法で難治性を示した場合でも、関節鏡手術によって八割以上の治癒率が達成できることが示唆されました。また、幸いにも、関節注射のみで治癒する馬が九割以上に上っており、後膝跛行そのものの予後は、一般的に良好であると考えられました。



この研究では、外科的治療が適応された症例において、関節鏡で確認された病態としては、軟骨軟化症、半月板損傷、半月板靭帯の挫傷などが含まれました。また、内科的治療が適応された症例において、関節注射された薬剤としては、コルチコステロイドが最も多く、次いで、血液製剤やポリアクリルアミド等が含まれました。

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この研究では、治療時の跛行グレードは、内科的治療(中央値2)よりも、外科的治療(中央値3)が適応された馬のほうが重篤となっていました(いずれも10段階グレード)。また、後膝以外の部位にも跛行の原因疾患を併発していた馬は、全体の過半数(51%)に及んでいました。しかし、内科的/外科的治療の何れにおいても、跛行グレードや併発疾患の有無は、騎乗復帰率には影響していなかったことが報告されています。

この研究では、乗馬の競技馬における後膝跛行は、両側性の病態が多いことが示されています。具体的には、内科的治療された馬のうち、左右両方の後膝に関節注射された症例は79%に及んでおり、更に、外科的治療された馬を見ても、左右両方の後膝を関節鏡手術された症例が65%に達していました。また、関節鏡された後膝においては、そのうち98%の関節に病態が発見されたことも報告されています。

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このエントリーのタグ: 手術 関節炎 乗馬 跛行

内視鏡誘導による馬の鼻中隔の切除術

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一般的に、馬の鼻中隔の疾患は稀ですが、シスト変性、過誤腫、膿瘍、外傷性肥厚、骨折性壊死、長軸性変形、腫瘍、真菌性鼻炎などによって、鼻中隔の肥厚や変形を生じて、通気障害や気道閉塞、呼吸雑音、鼻汁排出、顔面変形等の症状を呈することがあります。そのような症例では、鼻中隔を切除することで症状改善が見られることがあります。そこで、下記の研究では、13頭の鼻中隔疾患の罹患馬に対して、内視鏡誘導を介した鼻中隔の3ワイヤー切断術(Endoscope-assisted three-wire technique)が実施されました。

参考文献:
Ratliff BL, Bauck AG, Roe HA, Freeman DE. Endoscope-assisted three-wire technique for extensive nasal septum resection in horses. Vet Surg. 2023 Aug 31. doi: 10.1111/vsu.14021. Online ahead of print.

この研究の術式は、基本的には、従来法の一つである「円鋸+3ワイヤー法」に準じた手術法であり、円鋸を開ける前に、内視鏡での視認下で、産科ワイヤー(線鋸)を鼻中隔の後方を通過させるのを補助する術式となっています。

具体的には、まず、ワイヤーをカテーテル内に入れながら片方の鼻孔から挿入して、鼻中隔の後方まで進展させます。そして、反対の鼻孔から内視鏡を挿入して、生検チャンネルから出した鉗子でワイヤーの先端を掴んで引き戻すことで(下写真)、鼻中隔の後方を通過させたワイヤーを、左右の鼻孔から出した状態にします(上図A)。その後、同じ過程を繰り返して、二本のワイヤーを通しますが、その際には、色の異なる糸を目印としてカテーテルに通しておくことで、二本のワイヤーが交差しないように工夫しています。

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その後は、従来法と同じように、前頭洞の吻側の箇所に円鋸孔を開けて、片方のワイヤーの両端をこの円鋸から出してから、これを鼻中隔の尾側辺を切るのに用います(上図B)。また、円鋸孔を介して、三本目のワイヤーを左右の鼻孔から出して、これを鼻中隔の背側辺を切るのに用います(上図C)。そして、一本目のワイヤーを用いて、鼻中隔の腹側辺を切ってから、腹側と背側の切開線をつなぐように、メス刃で吻側辺を切ります(鼻中隔の吻側5cmは残す)。その後は、切り終わった鼻中隔を鼻孔から取り出して、残存箇所はロンジュールで掻爬します。

結果としては、全ての症例において、運動不耐性や呼吸雑音は、改善または完治したことが報告されています。一方、術中には、円鋸からの出血で内視鏡の視野が妨げられて、口腔側へ迷入したり、絡まったりしたワイヤーを入れ直す措置を要したと述べられています。ただ、症例馬の頭部が小さかったり、術者の手が大きいときには、内視鏡誘導でワイヤーを通過させることで、操作時間の短縮や、手技の失宜を減らせるなどのメリットがあると考察されています。

馬の鼻中隔の切除術において、近年では、喉頭切開術を介して鼻中隔を切除する「2ワイヤー法」の術式も報告されています。この場合、3ワイヤー法よりも優れた点として、鼻中隔の後方にワイヤーを通す操作が容易であること(内視鏡も不要)、鼻中隔の尾側辺を切除する位置や角度を制御しやすいこと(ドワイヤン鉗子で鼻中隔尾側部を掴んでワイヤーのガイドとするため)、円鋸をしないため出血量が少ないこと、等が挙げられています。今後は、今回の内視鏡を介した3ワイヤー法と、喉頭切開を介した2ワイヤー法を、手術手技の難易性や合併症の発生率などの点から、比較評価していく必要があると言えます。

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Photo courtesy of Vet Surg. 2023 Aug 31. doi: 10.1111/vsu.14021.

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このエントリーのタグ: 呼吸器病 手術

馬の開腹術の縫合での糸とステープルの違い

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馬は、他の動物と異なり、開腹術の術創における合併症を起こし易いことが知られており、その発生率は四割以上に上ることが報告されています。そこで、下記の研究では、エルサレム大学の獣医病院にて、2012〜2014年にかけて、開腹術が適応された123頭の疝痛馬に対して、ナイロン製の縫合糸(No.0、連続かがり縫合)または金属製のステープル(6.5x4.7mm)を用いた皮膚縫合が実施され、医療記録の解析が行なわれました。

参考文献:
Haion O, Tatz AJ, Dahan R, Harel S, Sutton GA, Kelmer G. Incisional complications after skin closure with stainless-steel skin staples compared to nylon sutures in horses undergoing colic surgery. Equine Vet Edu. 29 August 2023. doi.org/10.1111/eve.13869. Early View.

結果としては、長期的な経過追跡ができた馬のうち、開腹術の術創からの滲出液が認められたのは43%でしたが、このうち、縫合糸で縫合した馬では46%で、ステープルで縫合した馬では40%で、有意差は無かったことが分かりました。このため、馬の開腹術での皮膚縫合では、糸とステープルで同程度な術創保護が達成できると結論づけられています。ただ、縫合糸で縫ったほうが、合併症を6ポイント減らせるのであれば(約17頭に一頭)、ステープルよりも糸を選ぶ十分な理由になる、という解釈も成り立つのかもしれません。なお、この研究では、糸とステープルで、縫合に要した時間の違いは報告されていませんでした。また、術創の合併症の発生と、その後の術創ヘルニアの発症とのあいだには、有意な相関は無かったことも報告されています。

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この研究では、妊娠牝馬の開腹術において、術創の合併症が起こり易いことが示されています。具体的には、化膿性の滲出液を生じた割合は、妊娠牝馬(80%)のほうが、その他の馬(18%)よりも顕著に高くなっており、また、術創の離開に至ってしまった割合も、妊娠牝馬(40%)のほうが、その他の馬(1.7%)よりも明らかに高いことが分かりました。ただ、この研究は、前向き研究であったため、白帯や皮下織の縫合方法、および、術後管理法は統一されていました。このため、妊娠牝馬の開腹術では、皮膚の縫い方以外にも、白帯を厳重に減張縫合したり、ステントバンテージを併用したり、術後に腹部バンドを装着させることで、術創の合併症を抑えられた可能性もあると推測されています。

この研究では、術創合併症と原因疾患のあいだに相関が見られ、大腸の疾患が起こっていた場合には、術創合併症が発生する確率が八倍近く高くなるというデータが示されました。これは、大腸疾患では、骨盤曲切開術や、結腸亜全切除・吻合術など、重度の腹腔汚染を生じるケースが多かったためと考察されています。一方で、他の文献では、小腸の切除・吻合術において、術創合併症が有意に多くなったという報告や(Mair et al. EVJ. 2005;37:303)、結腸切開や腸結石摘出において術創感染のリスクが有意に高いという知見がある反面(Darnaud et al. Vet J. 2016;217.3, & Crosa et al. Can Vet J. 2020;61:1085)、病変や術式の種類は、術創合併症のリスクとは相関しないというデータも示されています(Wilson et al. Vet Surg. 1995;24:506)。ただ、消化管の切開や切除を要しない症例では、手術時間も短くなり、術後の全身状態も悪化しにくいため、結果的に、腹腔汚染に対する馬自身の抵抗力も維持され、目に見えるような術創感染に至らなかった、というケースもあると推測されます。

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過去の文献では、馬の開腹術での皮膚縫合において、縫合糸よりもステープルのほうが、術創合併症のリスクが四倍近く高いという報告がある一方で(Torfs et al. Vet Surg. 2010;39:616)、縫合糸とステープルで、術創合併症の発生率に有意差は無いという知見も示されています(Lopez et al. Vet Surg. 2021;50:185)。ただ、今回は回顧的解析では無いため、縫合糸とステープルによる皮膚縫合を、無作為に割り当てたのが特徴であり、ある意味、馬主の理解のもとでこそ実施できた貴重な知見だとも言えます。その結果として、ステープルを用いて縫うことで、合併症の発生率が僅かでも上がってしまう(40%→46%)というデータが示された事は、縫合糸で縫うほうが有益である症例が一定数いることを示唆しているとも言えそうです。

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馬の文献:屈曲性肢変形症(Yiannikouris et al. 2011)

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「馬の前肢での深屈腱副靭帯切断術:二歳以上の24症例」
Yiannikouris S, Schneider RK, Sampson SN, Roberts G. Desmotomy of the accessory ligament of the deep digital flexor tendon in the forelimb of 24 horses 2 years and older. Vet Surg. 2011 Apr;40(3):272-6.

この症例論文では、子馬以外の馬における、蹄関節での屈曲性肢変形症(いわゆるクラブフット)に対する外科的療法の治療効果を検証するため、深屈腱副靭帯(遠位支持靭帯)の切断術が実施された24頭の馬(二歳以上)における、医療記録の回顧的解析が行なわれました。なお、今回の適応症には、クラブフット(15頭)のほかに、遠位支持靭帯炎(9頭)も含まれました。

結果としては、長期的な経過追跡ができた22頭のうち、意図した用途に飼養できていた馬は82%に及んでおり、術後の休養期間は平均12ヶ月(範囲:6〜24ヶ月)となっていました。このため、深屈腱の副靭帯の切断術は、二歳以上の馬に対しても十分な治療効果が期待され、良好な予後を示す症例も多いことが示唆されました。なお、治療成功率は、クラブフット(86%)よりも遠位支持靭帯炎(75%)のほうが、やや低い傾向にありました。

この研究では、深屈腱の副靭帯を切断した箇所に、過剰肥厚の症状を示した馬が50%に及んでいました。この要因は、明確には結論付けられていませんが、子馬に比較して、二歳以上の馬における、治癒力の低さや体重負荷の大きさが影響したと推測されます。一方、通例的には、蹄骨の回転を起こしていた場合には予後が悪くなると考えられていましたが、今回の研究では、軽度の蹄骨回転を呈した症例のうち、80%が意図した用途に飼養できたことが報告されています。

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新型コロナは馬には感染しないが変異はする?

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ヒト社会では、コロナ禍がようやく収まりつつありますが、今後も、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)がヒトや動物の体内で変異して、強毒株が生まれてしまうことが懸念されています。そこで、下記の研究では、馬の気管上皮細胞を培養して、新型コロナウイルスの疑似ウイルスを感染させた後、96時間にわたって、標識蛋白質(eGFP)の発現や、定量的PCR検査によるウイルス増幅の度合いが評価されました。

参考文献:
Legere RM, Allegro AR, Affram Y, Silveira BPD, Fridley JL, Wells KM, Oezguen N, Burghardt RC, Wright GA, Pollet J, Bordin AI, Figueiredo P, Leibowitz JL, Cohen ND. Equine bronchial epithelial cells are susceptible to cell entry with a SARS-CoV-2 pseudovirus but reveal low replication efficiency. Am J Vet Res. 2023 Jul 18;84(9):ajvr.23.06.0132. doi: 10.2460/ajvr.23.06.0132. Online ahead of print.

結果としては、馬の気管上皮細胞が新型コロナの疑似ウイルスに感染した後、96時間以内には標識蛋白質の発現が認められましたが、定量的PCR検査におけるデルタCt値は、ヒトの気管上皮細胞(3.24)よりも馬の気管上皮細胞(8.78)のほうが顕著に高くなっていました。つまり、デルタCt値の差から単純計算すると、新型ウイルスの増幅スピードは、ヒトよりも馬の細胞のほうが約50倍も長くなると推測されます(2の5.54乗は46.53)。このため、馬の気管上皮細胞においては、新型コロナの増幅度合いは、ヒトのそれよりも顕著に低いことから、ヒト社会での新型コロナの感染拡大に、馬が寄与する可能性は低いと考えられました。

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一方、新型コロナの細胞内への侵入に関与する蛋白(ACE2: Angiotensin-converting enzyme 2)は、ヒトよりも馬で活性が低かったものの、ヒトと馬で97.3%の類似性を示していました。このため、新型コロナに感染したヒトが馬と接触した場合、馬の呼吸器系の細胞に新型コロナが侵入することが充分に起こり得るため(臨床症状を示すような感染には至らない)、馬の体内で新型コロナが変異して、致死率の高い新種ウイルスが生み出されてしまうリスクは否定できない、という考察がなされています。そう考えると、私たちが発熱や倦怠感などを感じたときには、新型コロナに感染している危険性を考慮して、馬との接触を避けるのが賢明と言えるのかもしれません。

参考資料:
[1] Marie Rosenthal, M.S. for Modern Equine Vet Magazine. Stay Away from Horses if You Have COVID-19. Originally published in Modern Equine Vet: US Davis Veterinary Medicine; News: Jan 31st, 2023.
[2] Christa Leste-Lasserre. Horses Are Susceptible to COVID Virus, but Not Disease. The Horse, AAEP Convention 2022, Article, Diseases and Conditions, Vet and Professional, Welfare and Industry: Jan 4th, 2023.
[3] Lawton, Rick Arthur, Benjamin Moeller, Samantha Barnum and Nicola Pusterla. People with Covid-19 should avoid close contact with their horses. HorseTalk, Horse Care & Health, News & Research: March 1st, 2022.

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競走馬の脚部繋靭帯炎に対する幹細胞治療

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一般的に、靭帯は治癒スピードの遅い組織であることが知られており、馬に発症する繋靭帯炎においても、骨折や屈腱炎よりも長期間の休養を要することが多いと言えます。一方、近年の獣医学では、運動器疾患に対する再生医療の臨床応用が進んでおり、間葉系幹細胞(Mesenchymal stem cells)の局所投与を介して、組織の再生過程を促進する療法が試みられています。

そこで、下記の研究では、米国の三箇所の馬病院において、2010〜2019年にかけて、脚部繋靭帯炎(Suspensory ligament branch desmitis)の治療のために、間葉系幹細胞の病巣内注射療法が実施された69頭のサラブレッド競走馬における、医療記録の回顧的解析が行なわれました。この研究では、初診時に、臍帯血由来の他家間葉系幹細胞(2千万個)が一回注射され、その後、2〜6週間の間隔で、骨髄由来の自家間葉系幹細胞(2千万個)が3〜4回注射されました。

参考文献:
Hansen SH, Bramlage LR, Moore GE. Racing performance of Thoroughbred racehorses with suspensory ligament branch desmitis treated with mesenchymal stem cells (2010-2019). Equine Vet J. 2023 Aug 3. doi: 10.1111/evj.13980. Online ahead of print.



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結果としては、脚部繋靭帯炎の罹患馬のうち、幹細胞治療の後にレース出走を果たした馬は71%(49/69頭)に及んでいました。また、発症前に未出走であった馬では、治療後の出走率は63%(31/49頭)に留まったのに対して、発症前に既にデビューしていた馬では、治療後の出走率は90%(18/20頭)に達していました。そして、後者の馬群において、発症前と治療後のレース成績を比較したところ、出走数、獲得賞金、一レースごとの獲得賞金のいずれも有意差が無かったことが分かりました。

このため、競走馬の脚部繋靭帯炎においては、幹細胞治療によって、発症前と同程度の競走能力まで回復できると考えられ、比較的に良好な予後が期待されることが示唆されました。なお、治療後の平均競走年数は、三年弱(29.5ヶ月)となっていました。また、治療後の出走率は、牝馬(52%)のほうが、牡馬や騸馬(79%)よりも有意に低くなっており、これは、繁殖牝馬として転用の選択肢があるメス馬では、繋靭帯炎の病歴を鑑みて、レース復帰を断念する症例が多かったためと推測されています。



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一般的に、馬の軟部組織損傷に対する幹細胞治療では、腱/靭帯線維の再生を促進することで、治癒のスピードとクォリティを向上できると考えられています。過去の文献では、多数頭の症例群へ臨床応用した報告は少なく、幹細胞治療が、馬の腱炎や靭帯炎の治癒に有益であるか否かは、相反する知見があり、不明瞭な点が多いのが実状であると言えます。たとえば、ハンター競走馬の浅屈腱炎に対する幹細胞治療においては、浅屈腱の治癒の質が良化すること[1]、および、浅屈腱炎の再発率が下がること[2]が報告されています。一方、サラブレッド競走馬の浅屈腱炎では、浅屈腱炎の再発率を下げる効能は無いという知見もあります[2]。なお、少数頭の症例への幹細胞治療では、より良好な治療成績が報告されています[3-5]。

この研究の限界点としては、幹細胞治療を実施する馬が無作為割り当てされていないこと、偽薬や無治療の対照群が設定されていないこと、および、治療効果の指標が出走数や獲得賞金など、馬主や調教師によるバイアスが働くような項目に限られていること、等が挙げられています。これらは、症例馬を用いた臨床研究では止むを得ないことではありますが、幹細胞治療が効きそうな症例が選別された結果、治療効果が過剰評価された可能性は否定できないと考えられました。



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この研究では、繋靭帯炎の重篤さをエコーで点数化しており、グレード1→4における治療後の出走率を見ると、順に、44%→79%→72%→80%となっており、グレード間での有意差は認められませんでした。また、繋靭帯炎に種子骨炎を併発していた場合、他の病態を併発していた場合、および、幹細胞注射の前に、外科的な靭帯分割術が行なわれた場合などでも、幹細胞治療後の出走率には有意差が無かったことが報告されていました。つまり、たとえ重篤な損傷を伴った繋靭帯炎であっても、幹細胞注射によって比較的に良好な治療効果が期待できると考えられました(上写真では、左→右の順で、グレード1→4)。

この研究では、繋靭帯炎の発症部位を比較したところ、前肢と後肢の違い、および、外側と内側の繋靭帯脚の違いによっても、幹細胞注射後の出走率には有意差が認められませんでした。ただ、内側脚に起こった繋靭帯炎に限ってみると、治療後の出走率が、前肢(86%)よりも後肢(53%)のほうが顕著に低いという傾向にありました(有意性は境界域[p=0.06])。この理由は、論文の考察内では結論付けられていませんでしたが、後肢の繋靭帯内側脚に掛かる緊張度の高さが、難治性および幹細胞注射への不応性の一因となり、治療成績の低さに繋がった可能性もあると言えそうです。

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Photo courtesy of Equine Vet J. 2023 Aug 3. doi: 10.1111/evj.13980.

関連文献:
[1] Smith RK, Werling NJ, Dakin SG, Alam R, Goodship AE, Dudhia J. Beneficial effects of autologous bone marrow-derived mesenchymal stem cells in naturally occurring tendinopathy. PLoS One. 2013 Sep 25;8(9):e75697.
[2] Godwin EE, Young NJ, Dudhia J, Beamish IC, Smith RK. Implantation of bone marrow-derived mesenchymal stem cells demonstrates improved outcome in horses with overstrain injury of the superficial digital flexor tendon. Equine Vet J. 2012 Jan;44(1):25-32.
[3] Van Loon VJ, Scheffer CJ, Genn HJ, Hoogendoorn AC, Greve JW. Clinical follow-up of horses treated with allogeneic equine mesenchymal stem cells derived from umbilical cord blood for different tendon and ligament disorders. Vet Q. 2014;34(2):92-7.
[4] Vandenberghe A, Broeckx SY, Beerts C, Seys B, Zimmerman M, Verweire I, Suls M, Spaas JH. Tenogenically Induced Allogeneic Mesenchymal Stem Cells for the Treatment of Proximal Suspensory Ligament Desmitis in a Horse. Front Vet Sci. 2015 Oct 22;2:49.
[5] Beerts C, Suls M, Broeckx SY, Seys B, Vandenberghe A, Declercq J, Duchateau L, Vidal MA, Spaas JH. Tenogenically Induced Allogeneic Peripheral Blood Mesenchymal Stem Cells in Allogeneic Platelet-Rich Plasma: 2-Year Follow-up after Tendon or Ligament Treatment in Horses. Front Vet Sci. 2017 Sep 26;4:158.

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馬の円鋸術における立位CTの有用性

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馬の副鼻腔炎において、抗生剤投与でも蓄膿が治癒しない場合には、立位での円鋸術(Standing sinus trephination)によって副鼻腔の洗浄、病巣掻爬、排液路形成、コンドロイド除去などが行なわれる事もあります。一方、近年では、立位でCT検査する技術も発達してきており、X線では分かりにくい副鼻腔の三次元構造を、CT画像で評価しながら円鋸術を実施することが可能になっています。

そこで、下記の研究では、馬の円鋸術における立位CTの有用性を検証するため、米国の三箇所の馬病院において、2009〜2022年にかけて、副鼻腔炎の治療のための円鋸術が実施された229頭の馬における(一部ロバを含む)、医療記録の回顧的解析が行なわれました。

参考文献:
Hopfgartner T, Brown JA, Adams MN, Werre SR. Comparison of equine paranasal sinus trephination complications and outcome following standing computed tomography, radiography and sinoscopy guided approaches for the treatment of sinusitis. Vet Surg. 2023 Aug 21. doi: 10.1111/vsu.14013. Online ahead of print.

結果としては、円鋸術の直後に治癒していた症例は57%で、長期的経過追跡において治癒が確認された症例は95%に及んでいましたが、いずれの場合も、立位CT検査の有無によって円鋸術の治療成績には有意差が無かったことが示されました。また、副鼻腔炎の病態として、一次性(直接的な副鼻腔への細菌感染が起きたケース)および二次性(歯根膿瘍など他の疾患から副鼻腔の細菌感染を続発したケース)に分類した場合でも、立位CTによる治療成績の差異は無かったと報告されています。

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この研究では、馬の副鼻腔炎に対する円鋸術では、立位CT検査による三次元的な画像診断は、治療成績を向上させることには繋がっておらず、通常のX線検査による二次元的な画像診断であっても、適切な円鋸術を実施するのに必要な情報が得られたと考えられました。しかし、今回の研究では、全身麻酔下での円鋸術や前頭骨フラップ術が選択された症例は含まれていませんでした。このため、広範な病巣拡大や腫瘍形成などを起こしていた症例では、立位CT検査を行なうことで、円鋸術では治らないという術前判断を下すのに役立った、という症例がいた可能性はあると推測されています。

この研究では、円鋸術の合併症として最も多かったのは、術後の出血(30%の症例)であり、その発症率は、立位CT検査が行なわれた馬群で有意に高くなっていました。この理由としては、立位CTで三次元構造を把握することで、副鼻腔域の隔壁を穿孔させて排液路を形成する措置が、より積極的に取られたことが挙げられています。一般的に、馬の頭部X線では、複数の骨組織が重複して描出されて、立体構造の把握が困難になることが知られています。このため、立位CTが適応された馬のなかには、CT画像に基づいた隔壁穿孔により、副鼻腔から鼻道へと効率的に排液されて、治療効果が向上した事例もあると考察されています。

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馬の文献:屈曲性肢変形症(Charman et al. 2008)

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「72頭の馬の屈曲性手根変形症に対する外科的治療」
Charman RE, Vasey JR. Surgical treatment of carpal flexural deformity in 72 horses. Aust Vet J. 2008 May;86(5):195-9.

この症例論文では、馬の手根関節での屈曲性肢変形症に対する外科的療法の長期的な影響を検証するため、豪州のゴールバーンバレー馬病院にて、1999〜2006年にかけて、屈曲性手根変形症の治療のため、外側尺骨筋腱および尺側手根屈筋腱の切断術(副手根骨の近位2cmの位置で外科的切断)が実施された72頭の馬における、医療記録の回顧的解析が行なわれました。

結果としては、屈曲性手根変形症の外科的治療における成功率は82%(111/135肢)に及んでおり、この際には、術後に三歳まで意図した用途に飼養された場合で、サラブレッド競走馬では、競走デビューを果たした場合が、治療成功と定義されていました。また、長期的な経過追跡ができた症例を品種別に見ると、サラブレッド競走馬での治療成功率は72%(26/36頭)に留まったのに対して、他の馬での治療成功率は86%(12/14頭)に上っていました。

この研究では、術前の病態グレードが点数化されており、手根部の角度が健常(前膝が真っ直ぐな状態)よりも屈曲している度合いが20度以内の場合をグレード1、屈曲が20〜40度の場合をグレード2、屈曲が40度以上の場合をグレード3としていました。そして、屈曲性手根変形症の外科的治療における成功率は、グレード1では100%(25/25肢)、グレード2では89%(78/87肢)に及んだのに対して、グレード3での治療成功率は57%に留まる(8/14肢)という成績が示されました。

このため、馬の屈曲性手根変形症に対する外側尺骨筋腱および尺側手根屈筋腱の切断術では、比較的に高い治療成功率が期待され(施術された肢の八割以上)、意図した用途に飼養できる馬の割合も高いことが示唆されました。しかし、治療成功率は、競走馬のほうが少し低く、重篤な病態(グレード3)では顕著に低いというデータも示されています。なお、この研究では、治療時に12ヶ月齢に達していた症例もおり、通説とは異なり、馬の屈曲性手根変形症は、自然治癒する病態ではない個体も多いという警鐘が鳴らされています。

この研究では、グレード3の屈曲性手根変形症では、手術による治療成功率が低かっただけでなく、術後に副木やキャストによる外固定法を要した症例が六割に達しており、これらの症例での治療成功率は17%に過ぎませんでした。このため、重篤な症例に対しては、より早期に外科的療法を決断することで、術後に外固定を要した場合でも、その実施や管理が容易になると考えられました。また、グレード3の馬における手術時の年齢は、グレード1や2に比べて若い傾向にあり、屈曲性手根変形症によって起立や歩行が困難となり、成長遅延や他の疾患を併発していたことが示唆されました。

この研究では、外側尺骨筋腱/尺側手根屈筋腱を切断する際に、腱の中心部に筋組織が認められた場合には、それを保存する術式が選択されました。この理由としては、中心性筋組織が残存することで、これが足場となり腱線維の再構築の一助になり、過剰な瘢痕組織の形成を予防できると考えられました。また、この筋組織を保存することで、より粘弾性の高い腱線維が再生するのであれば、成長後に、筋肉への負荷増加を抑えたり(筋の易疲労性を防いで競走能力向上に繋がる)、レース中に前膝が過伸展するのを防ぐ(手根骨の小片骨折のリスクを下げる)などの好作用が得られるのかもしれません。

この研究では、屈曲性手根変形症の罹患肢なうち、約半数(68/135肢)において前膝の肢軸異常症(外反症または内反症)を併発していました。しかし、これらのうち、外側尺骨筋腱/尺側手根屈筋腱の切断術に不応性を示したのは僅かに7%のみであり、このうち、過半数の症例では、肢軸異常を矯正するための他の手術は不要であったことが報告されています。つまり、肢軸異常は付帯的な病態であり、手根関節の屈曲性肢変形症の治療を進めれば、外反症/内反症も治癒していく症例が多いことが示唆されました。

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大麻の成分で馬のサク癖を治せる?

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サク癖は、馬用語で「グイッポ」とも呼ばれ、固定された物体を前歯で咥えて、それを支点にして頭頚部を屈曲させながら空気を飲み込むような動作を指します。古典的には、馬が覚える悪癖だと片付けられてきましたが、近年の研究では、人間の精神医学でいう強迫性障害(Obsessive-compulsive disorder)によく似た「心の病気」であることが分かってきています。ここでは、大麻の成分を投与することで、馬のサク癖の治療を試みた症例報告を紹介します。

参考文献:
Cunha RZ, Felisardo LL, Salamanca G, Marchioni GG, Neto OI, Chiocchetti R. The use of cannabidiol as a novel treatment for oral stereotypic behaviour (crib-biting) in a horse. Vet Anim Sci. 2023 Feb 7;19:100289.

この研究では、慢性のサク癖を呈していた一頭の高齢馬(クォーターホース、22歳、牝馬)に対して、大麻の成分であるカンナビジオール(Cannabidiol)が投与されました。このカンナビジオールという成分は、抗不安作用、抗うつ作用、抗痙攣作用、抗炎症作用などがあることが知られており、精神と身体の両方の恒常性を整える薬剤として、ヒトの医療や健康分野への活用が始まっています。カンナビジオールは安全な薬品で、同じ大麻成分であるTHCと異なり、幻覚・酩酊・多幸感などの麻薬作用は無いため、合法的に取り扱うことが出来ます。

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この症例馬は、治療前には一日当たり15時間もサク癖をしていましたが、このサク癖に費やす時間が、カンナビジオールの投与開始から一週間目には2時間に、四週間目には0.5時間にまで減少していました。また、治療前の体重は400kgでしたが(下写真の上側)、カンナビジオールの投与開始から四週間目には、その体重が452kgまで増加したことも報告されています(下写真の下側)。そして、カンナビジオール投与によっても、身体検査や血液検査の所見には異常は認められなかったことが分かりました。このため、カンナビジオール投与によって馬のサク癖行動を抑制できることが示唆され、明瞭な副作用も検知されなかったことが報告されています。

近年、獣医学領域においても、馬に対するカンナビジオール投与の研究が進んでおり、薬物動態に関する知見も示されています(Eichler et al. Front Vet Sci. 2023;10:1234551)。しかし、馬の精神面および身体面に対する、カンナビジオールの効能や副作用については、まだ十分に解明されていないのが実状であり、今後は、実際の臨床症例の治療に用いる前に、更なる科学的エビデンスの蓄積が必要であると言えそうです。今回の症例馬も、カンナビジオールの投与開始から四週間目に、球節部の骨折を発症して、その後に安楽殺となったことが報告されており、これが偶発的な事故なのかは、今後の検証を要すると言えそうです。

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一般的に、馬のサク癖を減少させるには、飼養管理の改善が重要であることが提唱されており、乾草などの粗飼料を十分に与え、牧草地への放牧回数を増やしたり、多頭数で放牧して、他の馬と交流する機会を設ける、などの方策が挙げられています。そして、サク癖をしている馬を見たら、それを悪癖だと片付けるのではなく、ストレスによる心の病の徴候だと考えて、給餌方針を改善したり、広い放牧地に解き放ってあげることが、本来の意味での“治療”と言えるのかもしれません。

Photo courtesy of Vet Anim Sci. 2023 Feb 7;19:100289.

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COX-2限定阻害薬によって大腸炎が起こる?

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これまで、馬の軟部組織の痛みには、フルニキニンメグルミン(バナミン®)が投与されることが多かったですが、近年では、副作用の少ない新しいタイプの薬剤が応用されてきています。

一般的に、馬の抗炎症・鎮痛剤としては、COX-1およびCOX-2の両方の炎症介在物質を阻害する薬剤(フルニキニンメグルミン等)が使用されてきましたが、COX-1は胃腸粘膜の新陳代謝にも関わっているため、これを阻害することで、胃潰瘍や大腸炎などの副作用が起こることがあります。このため、安全性の面では、COX-2だけを限定的に阻害する薬剤のほうが好ましいと言えますが、その反面、抗炎症や鎮痛の効果は劣るのではないかと考えられてきました。

ここでは、COX-2限定阻害薬であるフィロコキシブと、フルニキシンメグルミンの投与における、大腸炎の発症リスクを比較した知見を紹介します。この研究では、12頭の健常馬を用いて、フィロコキシブと胃酸抑制剤(オメプラゾール)を同時投与した場合と(計四日間)、フルニキシンメグルミンと胃酸抑制剤を同時投与した場合において(計五日間)、腹部エコー検査を用いた結腸組織の画像診断が行なわれました。

参考文献:
Bishop RC, Wilkins PA, Kemper AM, Stewart RM, McCoy AM. Effect of Firocoxib and Flunixin Meglumine on Large Colon Mural Thickness of Healthy Horses. J Equine Vet Sci. 2023 Jul;126:104562.

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結果としては、腹部エコー画像上での計測では、フィロコキシブの投与によって、結腸壁の厚みが増加する(中央値:5.8mm)ことが分かりましたが、フルニキシンメグルミンの投与では、結腸壁の厚みには変化がない(中央値:3.0mm)というデータが示され、前者のほうが統計的にも有意に高値となっていました。また、フィロコキシブ投与によって結腸壁の浮腫を生じていた馬の割合は92%に及んだ(11/12頭)のに対して、フルニキシンメグルミン投与では、その割合は8%に留まっていました(1/12頭)。

一般的に、結腸壁の厚みの増加は、大腸炎の徴候の一つであると言われており、特に、フェニルブタゾンが長期的投与された馬において発症が多い(=右背側結腸炎)ことが知られています(ナビキュラー症候群による慢性跛行の治療等)。しかし、今回の研究では、COX-2限定阻害薬でも、投与された馬の大部分において大腸炎が発症することが示唆されました。ただ、今回の研究においては、血液検査も同時に実施されましたが、いずれの薬剤の投与後にも、有意に変化した検査項目は無かったことが報告されています。

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この研究では、大腸炎の徴候を引き起こす割合は、非特異的COX阻害薬であるフルニキシンメグルミンよりも、COX-2限定阻害薬であるフィロコキシブのほうが高いことが示され、これは、後者のほうが副作用が少ないという従来の定説と相反する知見であると言えます。また、一般的に、COX阻害剤の副作用のうち、腸壁肥厚を伴うような大腸炎は、長期的な投与で起こり得る病態であると認識されています。しかし、今回の研究では、四日間という短期間投与でそれが生じており、もし本当であれば、馬の獣医療におけるCOX阻害剤の投薬方針を根本から見直すべきとも言えます。ただ、そのような重大な警鐘を鳴らす研究結果であるにも関わらず、J Equine Vet Sciという、ややマイナーな獣医学雑誌に掲載されていることを鑑みると、査読の過程で、研究データを裏付ける科学的エビデンスが不十分であると判断された可能性もあるのかもしれません。

この研究には幾つかの限界点があり、それには、エコー画像のみで結腸壁の厚みを測るのは信頼性が低いこと(結腸壁を斜めに断層するように描出されたり、両治療群でエコー画像で評価している結腸の部位が異なることがあるため)、全頭に対してフルニキシンメグルミンが先に投与されていたこと(投与薬が無作為割り当てされていない)、および、結腸壁の肥厚していた箇所が、本当に炎症病態を生じていたか否かを組織学的に評価していない、などが挙げられました。このため、今後の研究では、大腸炎を起こす相対的リスクに関して、結腸壁の組織学的検査を介して、COX-2限定阻害剤の副作用の有無や度合いを精査する必要があると言えそうです。また、投与期間を五日以上に伸ばした際に、腸壁肥厚の徴候が更に進行するのか、という点も評価すべきと言えそうです。

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Photo courtesy of J Equine Vet Sci. 2023 Jul;126:104562.
Photo courtesy of Equine Vet Edu. 2021;4:198.

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馬での鼻道壁補強テープによる体温調節

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一般的に、競走馬に発症する上部気道の閉塞性疾患では、咽喉頭の陰圧が上昇するため、鼻孔が小さかったり鼻道の天井部分の軟部組織が虚弱な個体では、鼻道壁の虚脱を起こしてしまい、通気を妨げるというリスクがあります。このため、近年では、鼻孔の上部の背側部にテープを貼り付けて、鼻道壁を補強することで、通気機能を維持する方法が試みられることもあります。ただ、その効能には、相反する多様なデータがあり、不確定な要素も多いのが実状です。

このため、下記の研究では、鼻道壁の補強テープ(External Equine Nasal Strip)による体温調節機能への効能が評価されました。この研究では、八頭の健常馬を用いて、最大超過運動を課した状態での中心体温と皮膚体温を測定し、鼻道壁補強テープの有無による違いが検証されました。

参考文献:
Buchalski FM, Rankins EM, Malinowski K, McKeever KH. The Effects of an External Equine Nasal Strip on Thermoregulation During Exercise. J Equine Vet Sci. 2022 Dec;119:104141.

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結果としては、中心体温と皮膚体温のいずれにおいても、鼻道壁の補強テープを装着した状態と、装着していない状態で、体温の有意差は無いことが分かりました(運動中にも運動後にも)。また、中心体温が40℃に到達するまでの時間を見ても、鼻道壁補強テープを装着した状態(平均11.8分間)と、装着していない状態(平均11.5分間)で有意差が無かったことが報告されています。

このため、競走馬に対する鼻道壁の補強テープの装着は、換気による体温調節機能の向上は期待できないことが示唆されました。基本的に、呼吸器は上部と下部の気道組織が一体となって働いており、換気障害の発生には、軟口蓋や咽頭壁の安定性、喉頭軟骨ユニットの開閉機能、下部気道の拡張度合い、肺胞脈管組織の強靱性など、様々な要因が関与しています。そう考えると、鼻孔や鼻道壁へ外部から介入するだけで改善するようなケースは、多様な呼吸器病態の中でも、それほど多くは無いのかもしれません。

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過去の文献では、鼻道壁の補強テープを用いても、低酸素血症や高二酸化炭素血症を防ぐ効能は認められず、運動誘発性肺出血(EIPH)を予防する効果も無いという知見があります。一方で(Goetz et al. J Appl Physiol. 2001;90:2378)、他の文献では、鼻道壁の補強テープの装着により、最大超過運動での代謝要求を下げることで、利尿剤投与(フロセミド)によるEIPH予防作用を向上できる、という報告もあります(Geor et al. Equine Vet J. 2001;33:577)。

一般的に、鼻道壁の補強テープの装着では、たとえメリットは限定的でも、副作用は殆どないと考えられます。また、EIPH等の疾患を予防する医療的な効果が不明瞭でも、競走パフォーマンスに影響するような、突発的な呼吸困難を未然に防ぐという利点はある、という経験則もあります。ただ、鼻先付近に貼ったテープがレース中に剥がれて、それを誤って鼻孔から吸引してしまうという危険性はゼロだとは言えません。更に、馬によっては、鼻道壁の補強テープを貼り付けることで、鼻孔や鼻道壁の最大拡張時には、テープの伸縮性の無さが災いして、逆に、最大内径が制限されてしまう可能性もあるかもしれません。

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参考動画:60-Second Tutorial: How to Apply and Remove FLAIR® Strips


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馬の文献:屈曲性肢変形症(Madison et al. 1994)

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「オキシテトラサイクリンが新生子馬の球節と蹄関節の角度に及ぼす効果」
Madison JB, Garber JL, Rice B, Stumf AJ, Zimmer AE, Ott EA. Effect of oxytetracycline on metacarpophalangeal and distal interphalangeal joint angles in newborn foals. J Am Vet Med Assoc. 1994 Jan 15;204(2):246-9.

この研究論文では、馬の屈曲性肢変形症に対する内科的療法の治療効果を検証するため、米国のフロリダ大学の獣医病院において、1991~1992年にかけて診察した35頭の新生子馬に対して、生後36時間内にオキシテトラサイクリンが静脈内投与され、その後、球節および蹄関節の角度が、X線画像上にて測定されました。

結果としては、オキシテトラサイクリンが投与された子馬の球節角度は、投与翌日に有意に減少したことが分かり(平均で156.8度から152.5度へ、約4度の減少)、生食や偽薬の投与群では、そのような角度減少は認められませんでした(これらの群では0.9~2度の角度増加)。ただ、オキシテトラサイクリンの投与群での球節角度は、投与の四日目までには、投与前の計測値まで戻っていました。一方、蹄関節の角度に関しては、オキシテトラサイクリン投与による有意な効果は認められませんでした。

一般的に、新生子馬に対するオキシテトラサイクリン投与では、キレート剤としてカルシウムイオンを吸着・減少させることで、浅指屈筋や深指屈筋を弛緩させる効果を示すことが知られており、その結果、浅屈腱や深屈腱から及ぼされる肢端への緊張が緩和されて、球節の角度減少に繋がったと考察されています。このため、屈曲性肢変形症の罹患子馬に対しても、オキシテトラサイクリン投与によって筋弛緩と腱緊張の緩和を施すことで、肢変形症を改善させる効能が期待されると考えられました。

この研究では、オキシテトラサイクリンの投与後に、経時的な血液検査が実施されましたが、腎機能に悪影響を及ぼした個体は認められませんでした。ただ、この薬剤の投与に際しては、特に脱水症状を呈した症例においては、重篤な腎毒性を生じるリスクがあることから、極めて慎重に泌尿器系機能を監視することが推奨されています。また、筋弛緩の作用自体は、短期間しか持続しないことから、運動療法や装蹄療法など、他の治療法を併用して、病態改善の増強を図ることが重要であると考えられます。

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馬の腸捻転における乳酸値の有用性

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馬の疝痛のなかでも、腸捻転などの絞扼性疾患は、迅速な開腹術による外科的整復を要するため、早期診断が重要となります。この際、虚血性病態において乳酸値が上昇することを鑑みて、これを腸捻転の診断指標として活用されることもあります。そこで、下記の研究では、米国のペンシルバニア大学の獣医病院(ニューボルトンセンター)にて、2016~2019年にかけて、入院時に乳酸値測定(血液と腹水)が行なわれた197頭の症例を、腸捻転(腸絞扼を含む)と他の疾患とに分けて検査結果を解析して、ロジスティック回帰分析でオッズ比(OR)を算出することで、各検査値による腸捻転の鑑別能が評価されました。

参考文献:
Long AE, Southwood LL, Morris TB, Brandly JE, Stefanovski D. Use of multiple admission variables better predicts intestinal strangulation in horses with colic than peritoneal or the ratio of peritoneal:blood l-lactate concentration. Equine Vet J. 2023 Aug 4. doi: 10.1111/evj.13977. Online ahead of print.

結果としては、血液中の乳酸値は、腸捻転の馬(2.3 mmol/L)のほうが、他疾患の馬(1.5 mmol/L)よりも僅かに高かったものの、症例間のバラつきも大きかったため、両群を鑑別する有用な診断指標にはなっていなかったことが分かりました。つまり、血液中の乳酸値のみで、腸捻転を鑑別診断するのは適切でないというデータが示されたことになります。この理由としては、入院したタイミングでの測定では、乳酸値の上昇がまだ起こっていない初期ステージの症例もいたこと、および、腸捻転以外の疾患であっても、筋肉活動(前掻きや輸送など)で血液中の乳酸値が上がってしまった症例もいたこと、などが挙げられました。

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この研究では、腹水中の乳酸値から、血液中の乳酸値を引き算した数値を出したところ、腸捻転の馬(2.9 mmol/L)のほうが、他疾患の馬(0.8 mmol/L)よりも顕著に高いことが分かりました。この結果、腹水と血液の乳酸値の差が1mmol/L増すごとに、腸捻転である確率が八割近くも増す(OR=1.77)ことが示されました。つまり、腹水と血液の乳酸値の差が2.9 mmol/Lであった馬では、その差が無かった馬に比べて、腸捻転である危険性が五倍以上も高くなる(1.77の2.9乗は5.24)ことが分かります。このため、腹水と血液の両方の乳酸値を測って、その差を計算したほうが、腸捻転の診断指標として優れているというデータが示されました。特に、重度の脱水による循環不全を起こしていた馬では、消化管組織で増加した乳酸が、腹水中には漏出していても、血液中には十分に移行していなかった可能性が考えられ、腹水中の乳酸値を測定することが、腸捻転の早期診断を下すのに有用であると考察されています。

この研究では、腹水が漿液血液性の色を呈していた症例では、腸捻転の馬(87%)のほうが、他疾患の馬(13%)よりも顕著に多くなっており、この結果、漿液血液性の腹水を認めた場合には、そうでない場合に比べて、腸捻転である確率が30倍以上も高くなる(OR=35.34)ことが示されました。このため、腹水の色調の変化は、腸捻転の診断指標としてかなり有用であるという考察が成されています。また、漿液血液性の腹水は、小腸に起こっている絞扼性病態を鑑別するにも有益な指標になることも示されています(OR=4.99)。これらのデータは、消化管のすぐ傍にある体液である腹水を採取および評価することで、腸捻転等の重篤な病態を鑑別するのに役立った症例が多かった、という事象を反映したものであると言えそうです。

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この研究では、疝痛馬の臨床徴候として、重篤な腹痛症状を示していた症例では、腸捻転の馬(73%)のほうが、他疾患の馬(27%)よりも明瞭に多くなっており、この結果、重篤な腹痛症状を認めたケースには、そうでないケースに比べて、腸捻転である確率が五倍以上も高くなる(OR=5.31)ことが示されました。このため、馬の疼痛行動の度合いや、鎮痛剤の効きにくさが、開腹術の重要な判断基準になるという従来の知見に合致するデータが示されたと言えそうです。なお、入院時点での疝痛症状の経過時間を見ると、腸捻転の馬(平均6時間)のほうが、他疾患の馬(平均12時間)よりも短くなっており、重篤な疼痛症状のために、二次病院へ搬送するタイミングが早くなったことが伺えます。

この研究では、疝痛馬の検査所見の中でも、心拍数や呼吸数、血液検査でのPCV値や蛋白濃度などは、腸捻転と他疾患の馬で有意差が無かったことが報告されており、腸捻転の鑑別指標としての有用性が低いことが示唆されています。ただ、今回の研究は、二次診療での入院時の検査所見のみが解析されていることから、その時点で、一次診療で実施された補液やバナミン投与等が効いていた場合には、たとえ重篤な消化器疾患であっても、検査所見に表れにくかった可能性もあると言えそうです。一方、腹水中の蛋白濃度は、腸捻転の馬(3.0 g/dL)のほうが、他疾患の馬(2.5 g/dL)よりも僅かに高くなっていました(腹水中の有核細胞数には有意差無し)。

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乗馬での怪我とヘルメット着用の関連性

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乗馬スポーツでは、落馬などの事故によるライダーの怪我を防ぐため、ヘルメットの着用は非常に重要であると言えます。このため、乗馬でのライダーの怪我において、ヘルメット着用と怪我の発生率や重篤度の関連性を解明するため、様々な調査が行なわれています。下記の研究では、米国のモンタナ州のある救急病院にて、2011~2020年にかけて、乗馬関連の怪我で搬送された患者の医療記録が解析されました。

参考文献:
Carter BT, Richardson MD. A retrospective study of helmet use and head injury in severe equestrian trauma. J Neurosci Rural Pract. 2023 Jan-Mar;14(1):161-164.

結果としては、乗馬による怪我のうち、皮膚から浅い箇所の損傷を負ったライダーの割合は、ヘルメットの未着用者では25%に上ったのに対して、ヘルメットの着用者では0%となっており、ヘルメットを着用することで、浅い箇所の損傷を発症するリスクを有意に減少できるという結果が示されました。一方で、頭蓋骨の骨折を起こしたライダーの割合は、ヘルメットの未着用者(14%)と着用者(13%)で有意差は無く、また、脳震盪を起こしたライダーの割合も、ヘルメットの未着用者(33%)と着用者(25%)で有意差が認められませんでした。更に、頭蓋骨内の損傷を負ったライダーの割合は、ヘルメットの未着用者(53%)と着用者(50%)で有意差が無いことが分かりました。このため、落馬等で起こす頭部の深刻な怪我に対しては、ヘルメットも万能ではなく、着用していても頭蓋内損傷などの重篤な疾患を起こし得ることが示唆されました。

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この研究では、乗馬スポーツにおいてヘルメットを着用することの有用性が、頭部の重篤な怪我に関して言えば、必ずしも高くないというメッセージにも取れます。しかし、今回のデータの解釈には注意を要する、という警鐘も鳴らされています。例えば、今回の研究では、乗馬している時に起こった怪我であっても、ヘルメットを着用していたかの稟告が取られたのは、全体の18%に留まっていました。このため、患者の怪我が軽症で、医師が短時間で診察を終えたケースでは、ヘルメットの着用状況までカルテ記載しなかった可能性も考えられます。その結果、ヘルメットの着用によって軽傷で済んだという事例が、今回のデータには含まれず、ヘルメット着用の有益性が過小評価されたという可能性があると考察されています。

一般的に、乗馬スポーツで発生する事故に際しては、ヘルメット着用が怪我の防止に繋がることが知られています。過去の文献では、乗馬での怪我において、怪我の重篤度スコア、脳震盪の発症率、脳組織の損傷の発生率などが、ヘルメット着用によって減少することが報告されています(Lemoine et al. J Trauma Nurs. 2017;24:251)。また、小児科の医療データを解析した他の文献でも、乗馬での怪我において、怪我の重篤度スコア、脳組織損傷の発生率、および、集中治療室への入院率が、ヘルメット着用によって減少できるという知見が示されています(Short et al. J Pediatr Surg. 2018;53:545)。今回の研究において、これらの相反する成績が認められた理由については、明確には結論付けられていませんでした。

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この研究では、乗馬による怪我で、救急病院に搬入された患者のみが調査対象となっていましたが、そのうち、ヘルメットの着用率は31%とかなり低くなっていました。このため、たとえ落馬をしても、ヘルメット着用により軽い怪我で済んだケースでは、救急病院に搬送されずに済んだ事例も多かったと推測されています。一方、乗馬経験の豊富なライダーの割合は、ヘルメットの未着用者(86%)のほうが着用者(64%)よりも高いことが分かり、また、仕事で騎乗していた患者(乗馬クラブの指導者等)の割合も、ヘルメットの未着用者(43%)のほうが着用者(15%)よりも顕著に高くなっていました。このデータは、乗馬経験の豊富なライダーほど、ヘルメットを着用せずに騎乗する場合が多く、結果的に、救急病院に搬送されるような重症な怪我を負ってしまう割合が高くなった、という事象を示しているのかもしれません。

この研究では、調査対象となった患者の性別を見ると、女性でのヘルメット着用率(39%)に比べて、男性でのヘルメット着用率(16%)のほうが低い傾向が認められました。また、年齢は、ヘルメットの未着用者(39.2歳)のほうが着用者(34.8歳)よりもやや高齢で、さらに、肥満の度合いを表すBMI値を見ると、ヘルメットの未着用者(平均BMI=30.5)のほうが着用者(平均BMI=24.9)よりも顕著に高くなっていました。ただ、これらの事象が認められた理由についても、この論文内の考察では、明確には結論付けられていませんでした。

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馬の皮膚での新しい減張縫合法

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一般的に、馬は他の動物に比べて、競走や競技などの強運動に用いられるという特性から、皮膚の外傷を起こし易いことが知られています。一方で、馬の皮膚は、体格の割には薄く、強いテンションが掛かると裂けたり、血流が阻害され易いという特徴があります。このため、馬の外傷を外科的に縫合する際に、皮膚が広範に欠損した場合や、もともと皮膚の緊張度が強い箇所においては、糸や皮膚に掛かる緊張を緩和させるための減張縫合法が重要になってきます。

通常の外科手技では、糸の通し方を工夫することで、充分な減張措置となりますが(マットレス縫合、近遠遠近縫合、十字縫合等)、馬の薄い皮膚に対しては、更に、皮膚の外を通っている糸と皮膚のあいだに、プラスチックチューブやガーゼを詰めることで、糸穴の箇所に緊張が集中しないような方策が取られます(下から二つ目の写真)。下記の研究では、それを更に発展させて、より効率的かつ広範囲への減張作用を得られる縫合方法が試験されています。

参考文献:
Comino F, Pollock PJ, Fulton I, Hewitt-Dedman C, Handel I, Gordy DA. A novel tension relief technique to aid the primary closure of traumatic equine wounds under excessive tension. Equine Vet J. 2023 Aug 9. doi: 10.1111/evj.13987. Online ahead of print.

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この研究で試みられた方法は、テンションタイルシステム(TTS: Tension tile system)(一番上の写真)と呼ばれるもので、皮膚の裂傷を水平マットレス縫合で縫い寄せますが、その際、皮膚の外を通っている糸と皮膚のあいだに、楕円形のプラスチック製タイルを入れて、糸穴の箇所だけに緊張が集中しないようにするという工夫が成されています(このタイルは縫合糸を収納しているケースを再利用する)。また、このタイルには、複数の糸が通されているため、複数のマットレス縫合部に緊張を分散させることが可能となり、更に、このタイル自体を皮膚に縫い付けてズレるのを防ぐことで、減張効果を同じ場所に作用させ続ける、という工夫もなされています。加えて、このタイルの裏面には、弾力のあるスポンジ状のシートが貼り付けられ(市販のスポンジ状バンテージ素材を必要な形状に切って貼り付ける)、タイルが当てられている部位の皮膚を、持続的な圧迫から保護する方策も取られています。

この研究では、2017〜2021年にかけて、英国、豪州、スウェーデンの四ヶ所の馬病院において、計191箇所の馬の外傷縫合にTTS法が適応されました(全外傷の22%)。そして、一次癒合が達成された外傷は69%に及んでおり、部分的離開が起きた外傷は16%で、重度の離開が生じた外傷は15%に留まっていました。このため、馬の外傷に強いテンションが掛かっているケースでは、TTS法を応用することで、有効な減張処置が施され、良好な創傷治癒が期待できることが示唆されました。

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この研究で検証されたTTS法では、縫合糸を収納していたタイルに、バンテージ素材を貼り付けて再利用するという方式であるため、特殊な物品を準備する必要がなく、安価かつ簡易に実施できるというメリットがあります。また、糸と皮膚のあいだにタイルを入れる方式では、チューブやガーゼを入れる方式に比べて、幾つかの利点が得られると考えられており、具体的には、①タイルを当てている非常に広いエリアに緊張を分散できる、②複数のマットレス縫合の距離を一定に維持できる、③タイル全体がズレて創口や糸穴が広がるのを防げる、④タイル裏面に貼り付けたクッションにより皮膚圧迫による褥瘡を防げる、⑤糸穴からの雑菌侵入をより堅固に防げる、等が含まれました。

一方、TTS法のデメリットとしては、創口の両脇にタイルを当てるスペースが必要であるため、周囲の皮膚が凸凹であったり、可動域が大きな馬体の部位には、適応が難しいことが挙げられます。また、タイルによって、複数のマットレス縫合のあいだの距離が固定されるため、周囲組織が拘縮して、創口が長軸方向に縮小するのを妨げてしまう可能性も考えられます。この辺りは、より多数の症例への臨床応用を積み重ねて、TTS法を適応するのが有益となる外傷タイプを確立させたり、用いるタイルの大きさや、糸をタイルに通すときの間隔、および、タイルを外すべきタイミングの見極め方などを、より詳細に評価する必要があると言えそうです。なお、古典的には、創口の両脇に裁縫ボタンを入れて減張縫合をする方法も行なわれており(下写真)、TTS法は、その変法と言えるものかもしれません。

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Photo courtesy of Equine Vet J. 2023 Aug 9. doi: 10.1111/evj.13987.

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馬の文献:屈曲性肢変形症(Stick et al. 1992)

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「23頭のスタンダードブレッドに対する深屈腱副靭帯の切断術での長期的影響」
Stick JA, Nickels FA, Williams MA. Long-term effects of desmotomy of the accessory ligament of the deep digital flexor muscle in standardbreds: 23 cases (1979-1989). J Am Vet Med Assoc. 1992 Apr 15;200(8):1131-2.

この症例論文では、馬の蹄関節での屈曲性肢変形症(いわゆるクラブフット)に対する外科的療法の長期的な影響を検証するため、1979〜1989年にかけて、米国のミシガン州立大学獣医病院にて、クラブフットの治療のため、深屈腱副靭帯(遠位支持靭帯)の切断術、または、保存療法が実施された23頭のスタンダードブレッドにおける、医療記録の回顧的解析が行なわれました。

結果としては、深屈腱副靭帯の切断術を受けた馬では、治療の成功率は55%(6/11頭)に達していたのに対して、保存療法を受けた馬での治療成功率は0%(0/12頭)であったことが分かりました(六回以上のレース出走を果たしたり、無跛行で調教されているのを治療成功と定義した場合)。なお、スタンダードブレッドの競走馬の全体としては、レース出走を果たす馬の割合は約六割であることが報告されています。また、この研究では、八ヶ月齢以上で手術を受けた馬での治療成功率は0%(0/4頭)、五ヶ月以上で手術を受けた馬での治療成功率は20%(1/5頭)となっていました。

このため、馬の蹄関節での屈曲性肢変形症に対しては、深屈腱副靭帯の切断術によって中程度の予後が期待できることが示唆されましたが、半年齢以下の若齢期に施術することで、治療成績を向上できると考察されています。この研究は、90年代初頭の報告であり、適応症例数が少ないことに加えて、長期的な評価は出走できたか否かに留まり、競走パフォーマンスに対する影響等については検証されていませんでした。

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馬のボディコンディション指数と体脂肪率

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近年では、馬においても、肥満やメタボによる健康障害が多くなっています。しかし、一般的な牧場や乗馬クラブでは、馬の体重計が無いことも多いため、肥満馬の飼養管理を行なう際には、ボディコンディションスコア(BCS)という、九段階に分けられた大まかな数値を目安にするしかない、という課題があります。このため、下記の研究では、ボディコンディション指数(BCI: Body condition index)という指標を算出して(上図参照)、重水希釈法によって計測した体脂肪率との関連性が解析されました。

参考文献:
Potter SJ, Erdody ML, Bamford NJ, Knowles EJ, Menzies-Gow N, Morrison PK, Argo CM, McIntosh BJ, Kaufman K, Harris PA, Bailey SR. Development of a body condition index to estimate adiposity in ponies and horses from morphometric measurements. Equine Vet J. 2023 Aug 4. doi: 10.1111/evj.13975. Online ahead of print.

結果としては、21頭のポニーや馬から算出したところ、BCIと体脂肪率との間に中程度の正の相関が得られる(ペアソン相関係数=0.74)ことが分かりました(統計的にも有意な相関:p<0.001)。しかし、BCIと体脂肪率の散布図では、体脂肪率の低い又は高い領域(グラフの両端)では、近似曲線が上方へ沿ってしまうことから、瘦せている個体では、体脂肪率を僅かに過小評価してしまい、太っている個体では、体脂肪率を僅かに過大評価してしまう、という傾向が認められました。また、実際の現場での検証では、シェトランドポニーとミニチュアホースにおいて、BCIと体脂肪率の相関に多様性が生まれやすいことが分かり、これらの馬体の形状に個体差が大きいことに起因すると考察されています。

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この研究では、馬体の骨格サイズ(BCI計算式の分母)の指標として、体高と体長の両方を含めていることが特徴で、これは、2015年頃に、初期に提唱されたBCI計算式に比べて、体長を計算式に加えた点が特徴と言えます。これによって、馬体が前後に長い馬や、上下に高い馬など、体格の個体差をより正確に反映できるようになったと考察されています。一方、馬体の太さ(BCI計算式の分子)の指標として、胸囲と腹囲の他に、頚周を含めているのも特徴で、これにより、馬メタボリック症候群の罹患馬において、頚部に皮下脂肪が蓄積しやすい事象を、より正確に反映させていると考察されています。なお、馬メタボリック症候群の診断で用いられる、タテガミの付け根の脂肪蓄積を点数化したスコア(CNS: Cresty neck score)も、BCIと有意な相関を示すことが知られています。

この研究では、同一馬を複数の観察者が点数化したときのバラつきも評価しており、観察者間の変動係数を算出したところ、BCSでは13.9%に上ったのに対して、BCIでは10.9%に留まっていました。この要因としては、BCSの点数化は、馬体各部位の主観的な評価に依存するのに対して、BCIの計算式は、巻き尺での客観的な計測値に基づくため、主観的な要素が入らず、観察者間でのバラつきを小さくできるという結果に繋がったため、という考察がなされています。ただ、BCSでは、点数化する経験を十分に積むことで、スコアの再現性が高くなり、観察者内変動は小さくなることも知られています。

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Photo courtesy of Equine Vet J. 2023 Aug 4. doi: 10.1111/evj.13975.

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