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馬の文献:喉頭片麻痺(Strand et al. 2000)

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「喉頭神経障害の治療のために人工喉頭形成術が行われたサラブレッドにおける生涯競走能力:1981~1989年の52症例」
Strand E, Martin GS, Haynes PF, McClure JR, Vice JD. Career racing performance in Thoroughbreds treated with prosthetic laryngoplasty for laryngeal neuropathy: 52 cases (1981-1989). J Am Vet Med Assoc. 2000; 217(11): 1689-1696.

この研究論文では、馬の喉頭神経障害(Laryngeal neuropathy)に有用な外科的療法を検討するため、1981~1989年にかけて、喉頭神経障害の治療のために人工喉頭形成術(Prosthetic laryngoplasty)が行われ、長期経過追跡(Long-term follow-up)が可能であった52頭のサラブレッドにおける、生涯競走能力(Career racing performance)の解析が行われました。

結果としては、52頭の患馬のうち、術後にレース出走した馬は94%(49/52頭)におよび、レース出走して勝利した馬は60%(31/52頭)、三回以上勝利した馬は23%(12/52頭)でした。しかし、競走能力指数(Performance index)および獲得賞金パーセント(Earnings percent)を、ステージ1(次のステージ2以前の10レース)、ステージ2(手術直前の1~4連レース)、ステージ3(手術直後の10レース)という三つの時期に分けて解析すると、ステージ1からステージ2へと有意に低下した競走能力指数および獲得賞金パーセントは、ステージ3では有意には上昇しておらず、ステージ1に比べて有意に低い値のままであった事が示されました。このため、競走馬の喉頭片麻痺では、喉頭形成術のあとにレース出走できる割合は高いものの、本来の競走能力まで回復できる馬の割合は限られている事が示唆されました。

この研究では、31頭の“熟練した馬”(Experienced horses)(=手術時に三歳以上で既に四回以上レース出走していた馬)と、それ以外の“未熟な馬”(Inexperienced horses)のデータを比較したところ、熟練した馬のほうが未熟な馬に比べて、手術から最初のレース出走までの休養期間(Rest period)が有意に短かったものの、手術後の競走能力指数および獲得賞金パーセントは、両群のあいだに有意差は認められませんでした。一方、“熟練した馬”における平均レース距離を見ると、術前と術後で有意差はなく、手術後に距離の短いレースに意図的に転戦した、というデータは示されませんでした。

この研究では、二歳以下の症例では、披裂軟骨の不全麻痺(Paresis)が57%、完全麻痺(Paralysis)が43%を占めていたのに対して、三歳以上の症例では、不全麻痺が29%、完全麻痺が71%となっており、二歳以下の馬のほうが完全麻痺を起こしている割合が、有意に低かったことが示されました。これは、年齢の高い馬ほど病態進行(Disease progression)していた割合が高いことを示すデータであると解釈(Interpretation)できる反面、この研究は手術が応用された症例のみが含まれているため、初診時の内視鏡検査(Endoscopy)の所見が確定的(Conclusive)ではなかった場合に、翌年以降の再検査で完全麻痺が認められて、その時点で手術適応が決定されたというシナリオもありうる、という考察がなされています。

この研究での術後の内視鏡検査では、殆どの症例(45/52頭)において、“適切な披裂軟骨の外転”が達成されたことが報告されていますが、この外転度合いの定量的な点数化評価(Quantitative grading evaluation)は実施されていませんでした。他の文献では、喉頭形成術を介して披裂軟骨の過剰矯正(Over-correction)を起こした場合には、上部気道機能(Upper airway function)の回復が思わしくなく、合併症を生じる危険性が高いという知見が示されており(Russell et al. JAVMA. 1994;204:1235)、また、喉頭形成術の治療効果は、披裂軟骨外転(Abduction of arytenoid cartilage)の度合いではなく、披裂軟骨の安定性(Stability)に強く影響される、という提唱もなされています(Derksen et al. AJVR. 1986;47:16)。

この研究では、52頭の患馬のうち、術後合併症(Post-operative complication)を呈した馬は21%(11/52頭)で、これには、術創感染(Incisional infection)、縫合糸インプラントの破損(Failure of implant suture)、咳嗽(Coughing)、誤嚥性肺炎(Aspiration pneumonia)、嚥下障害(Dysphagia)、などが含まれました。しかし、喉頭形成術による披裂軟骨外転の度合いと、術後合併症の発生が正の相関(Positive correlation)をなすというデータは示されていません。

この研究では、術後に縫合糸インプラントの破損(Failure of implant suture)が認められた症例は三頭で、このうち、二歳以下の馬が二頭、三歳以上の馬が一頭を占めていました。他の文献では、二歳以下の馬における披裂軟骨の筋突起(Muscular process of the arytenoid cartilage)や輪状軟骨の背尾側部(Dorsocaudal aspect of the cricoid cartilage)には、インプラントを保持するのに充分な強度(Sufficient retension strength)が無いのではないか?という論議(Controversy)がある反面(McAllister. Eq Med & Surg. 3rd Eds. 1982:738)、これらの軟骨の保持強度は、二歳、三歳、四歳の馬郡のあいだで、統計的な有意差は無かった、という知見も報告されています(Dean et al. AJVR. 1990;51:114)。

この研究では、術前および術後の競走能力の指標として、獲得賞金総額(Total earning)や一レース当たりの獲得賞金(Mean earning per race)ではなく、獲得賞金パーセント(獲得賞金のうち一着になって得た額の割合)が用いられており、その理由としては、(1)三歳以降のレースのほうが二歳以下の時に比べて、一般的な賞金額が低くなりがちで、金額の直接的な比較が難しいこと、(2)二歳時には競走能力を試すために、最も賞金額の高いレースに出走させる場合があること、(3)術後には、調教師が手術歴を考慮して、よりレベルの低いレースに転戦させるという、偏向(Bias)が生じる可能性があること、などが挙げられています。

この研究のデータ解析では、経時的なレースタイムの推移から回帰直線(Regression line)を作成し、それに基づく予測タイム(Predicted time)と実際のタイムの差が予測誤差(Prediction error)として算出されました。そして、上述のステージ1からステージ2にかけては正の予測誤差(実際のタイムが予測よりも遅い、つまり喉頭片麻痺の発症によって競走能力が低下しつつある)を呈したのに対して、ステージ2からステージ3にかけては負の予測誤差(実際のタイムが予測よりも早い、つまり手術の効能によって競走能力が回復しつつある)を呈したことが示されました。このため、統計学的な予測誤差の算出は、競走能力の僅かな回復(Subtle restoration of racing performance)を知るのに有用な指標になることが示唆され、呼吸器疾患の外科的療法における治療効果の評価のために、最も信頼性(Reliability)および精度(Accuracy)が高いと考察されています。

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馬の文献:喉頭片麻痺(Hawkins et al. 1997)

「喉頭形成術のみ及び声嚢切除術の併用による230頭の競走馬における喉頭片麻痺の治療」
Hawkins JF, Tulleners EP, Ross MW, Evans LH, Raker CW. Laryngoplasty with or without ventriculectomy for treatment of left laryngeal hemiplegia in 230 racehorses. Vet Surg. 1997; 26(6): 484-491.

この研究論文では、馬の喉頭片麻痺(Laryngeal hemiplegia)に有用な外科的療法を検討するため、1986~1993年にかけて、安静時の内視鏡検査(Endoscopy)によって喉頭片麻痺の推定診断(Presumptive diagnosis)が下され(運動時の内視鏡検査が実施されたのは数頭だけ)、喉頭形成術(Laryngoplasty)のみ、または声嚢切除術(Ventriculectomy)の併用による治療が実施された230頭の競走馬の、医療記録(Medical records)の回顧的解析(Retrospective analysis)が行われました。

結果としては、経過追跡(Follow-up)ができた馬のうち、術後の競走能力(Post-operative racing performance)が改善したと主観的評価(Subjective evaluation)されたのは69%で、馬主が満足(Owner satisfaction)したのは81%であったことが示されました。また、術後にレース出走した馬は77%にのぼり、術前と術後に三回以上出走した馬を見ても、競走能力指数スコア(Performance index scores)が改善した馬は56%に達していました。このため、喉頭片麻痺を呈した競走馬に対しては、喉頭形成術のみ及び声嚢切除術の併用によって、充分な上部気道機能の回復(Restoration of upper airway function)が達成され、中程度~良好な予後(Moderate to good prognosis)と競走能力の向上(Improved racing performance)が期待できる馬の割合が、比較的に高いことが示唆されました。

一般的に、馬の喉頭片麻痺に対する喉頭形成術では、完全麻痺(Complete paralysis)を生じた症例(グレード4)に比べて、披裂軟骨の動きが多少なりとも残存(Residual movement)していた症例(グレード2&3)のほうが、糸の緩みや破損(Loosening or failure)を生じやすいと仮説されており、これを予防する目的で、喉頭形成術の際に喉頭神経切断術(Laryngeal neurectomy)を併せて実施する術式が提唱されています(Ducharme et al. Comp Cont Educ Pract Vet. 1991;13:472)。この研究では、喉頭片麻痺の点数化システムにおいて、グレード2~4の所見が認められた馬は、それぞれ2頭、109頭、119頭となっていましたが、このグレードの違いによって、治療効果や合併症の発現率に相違が出るというデータは示されませんでした。

この研究では、230頭の症例のうち186頭において、喉頭形成術と声嚢切除術が併用されましたが、これらの症例郡と、喉頭形成術のみが行われた症例郡とのあいだに、術後の競走成績や合併症の発症率の有意差は無く、喉頭形成術の際に声嚢切除術を併せて実施することで、治療効果を向上できるという、科学的な根拠は認められませんでした。一方、経過追跡ができた馬のうち、術後に呼吸器雑音(Respiratory noise)が減少した馬は75%、変化なしだった馬は17%、増加した馬は8%であったことが示されました。そして、術後に呼吸器雑音が残存した馬の割合は、声嚢切除術ありの場合では32%であったのに対して、声嚢切除術なしの場合では48%に上っており、声嚢を切除した方が喘鳴音の消失が達成される確率が高い“傾向”(Tendency)にありました(両群のあいだに統計的な有意差は無し)。

この研究では、治療前に既にレースデビューしていた馬では、術後にレース出走したのは88%に上ったのに対して、治療前にレースデビューを果たしていなかった馬では、術後にレース出走したのは56%にとどまり、両群のあいだには統計的な有意差(Statistically significant difference)が認められました。これは、喉頭形成術によって競走能力の維持(Preservation of racing performance)が達成されたことを、間接的に示すデータであると考えられる反面、手術歴を考慮して調教師がレースデビューを控える場合もあった(=出走決定の際のバイアスが生じた可能性もある)と推測されています。一方、術後のレース出走率を年齢別に見ると、二歳以下の馬では65%、三歳以上の馬では70%で、両郡のあいだに有意差は無く、患馬の年齢が若いほど予後が良いという、他の文献の知見(Russell et al. JAVMA. 1994;204:1235)を裏付けるデータは再現されませんでした。

この研究では、喉頭形成術に使用された縫合糸としては、二本の二重編みポリエステル糸(Two double-strand braided polyester sutures)が用いられた馬は147頭、一本の一重編みポリエステル糸(A single double-strand polyester suture)が用いられた馬は49頭、一本の二重編みナイロン糸(A single double-strand nylon suture)が用いられた馬は34頭となっていました。このうち、術後に呼吸器雑音が消失した馬の割合は、一本の一重編みポリエステル糸が用いられた馬では68%であったのに対して、一本の二重編みナイロン糸が用いられた馬では46%にとどまり、この両群のあいだには統計的な有意差が認められました。これは、ポリエステル糸のほうが、縫合糸や緩みや破損が少なかった事を暗に示唆するデータ(剖検による確定診断はなされていない)であると推測されます。一般的に、喉頭形成術が破損した場合には、披裂軟骨摘出術(Arytenoidectomy)を行うことが推奨されていますが、喉頭形成術を複数回実施する指針が取られる場合もあります。

この研究では、術後の入院期間中(During hospitalization)に認められた合併症(Complications)としては、咳嗽(Coughing)が22%(50/230頭)と最も多く、また、退院後に見られた合併症としては、咳嗽が26%(43/166頭)、鼻汁排出(Nasal discharge)が16%(26/166頭)となっていました。これらの合併症は、喉頭形成術を介して披裂軟骨(Arytenoid cartilage)が外科的に外転位置に保持されることで、摂食物が気管内に迷入しやすくなった事で生じると考えられています。このため、術後の対応策としては、乾草を地面に置いたり飼い桶を低く設置することに加えて、運動前に無口(Muzzle)を付けて摂食を控えさせる手法も試みられています。また、過剰外転(Over-abduction)に起因して嚥下障害(Dysphagia)を呈した患馬に対しては、再手術による喉頭形成術の除去またはやり直しを要する場合もある、という考察がなされています。

この研究では、230症例のうち、品種分布はサラブレッドが76%、スタンダードブレッドが24%で、性別分布は種牡馬が42%、去勢馬が29%、牝馬が29%となっていました。病歴としては、呼吸器雑音(94%の症例)と運動不耐性(90%の症例)が最も多く、披裂軟骨筋突起(Muscular process of arytenoid cartilage)の膨隆が触診された馬は66%にのぼりました。このうち、手術からレース復帰までの平均日数は、サラブレッドでは145日、スタンダードブレッドでは118日で、サラブレッドのほうが有意に長かった事が報告されています。

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馬の文献:喉頭片麻痺(Tetens et al. 1996)

「馬の喉頭片麻痺の治療のための両側性声嚢声帯切除術の併用ありなしでの人工喉頭形成術の治療効果」
Tetens J, Derksen FJ, Stick JA, Lloyd JW, Robinson NE. Efficacy of prosthetic laryngoplasty with and without bilateral ventriculocordectomy as treatments for laryngeal hemiplegia in horses. Am J Vet Res. 1996; 57(11): 1668-1673.

この研究論文では、馬の喉頭片麻痺(Laryngeal hemiplegia)に有用な外科的療法を検討するため、十五頭の健常馬を用いて、実験前と、左側喉頭神経切除術(Left recurrent laryngeal neurectomy)による喉頭片麻痺の誘導後、そして、両側性声嚢声帯切除術(Bilateral ventriculocordectomy)の併用ありなしでの人工喉頭形成術(Prosthetic laryngoplasty)の実施から、60日後および180日後における、上部気道機能(Upper airway function)の評価、および内視鏡検査(Endoscopy)が行われました。

結果としては、喉頭片麻痺の誘導後に生じた吸気量制限(Inspiratory flow limitation)は、喉頭形成術(声嚢声帯切除術の併用の有無に関わらず)のあとには、実験前と同程度まで回復していましたが、声嚢声帯切除術を併用した場合としなかった場合では、上部気道機能に有意差(Significant differences)は見られませんでした。このため、喉頭片麻痺の罹患馬に対しては、喉頭形成術によって充分な吸気量の回復が期待できることが示唆されましたが、声嚢声帯切除術を併用することで、上部気道機能が更に改善するというデータは示されませんでした。また、この研究には、声嚢声帯切除術ありで喉頭形成術なしの治療郡は含まれていませんが、他の文献では、声嚢声帯切除術のみでは上部気道機能の回復作用は期待できない、という知見も報告されています(Shappell et al. AJVR. 1988;49:1760)。

この研究では、声嚢声帯切除術なしでの喉頭形成術が行われた馬では、五頭中の四頭において、両側の声嚢が運動時に空気で膨満(Filling of both ventricles with air during exercise)している所見が認められました。このように膨満して気道内に突出(Protrusion into the airway)した声嚢は、高速運動中の喘鳴音(Roaring sound)を引き起こす場合も考えられ、喉頭形成術の実施の際に声嚢声帯切除術を併用することで、術後の呼吸器雑音(Respiratory noise)を減退する効能が期待できる(=上部気道機能に直接的には関連しない?)、という推測も成り立つのかもしれません。

この研究では、術後の内視鏡検査において、喉頭形成術を受けた左側の披裂軟骨(Left arytenoid cartilage)は、安静時よりも遠軸側へ外転(Abducted beyond the intermediate position)していたものの、咽頭壁(Pharyngeal wall)には接触しておらず、喉頭形成術による過剰矯正(Over-collection)は起こしていなかった事が示唆されました。他の文献では、馬の喉頭形成術で重要なのは、最大限の披裂軟骨外転(Maximal arytenoids abduction)を達成する事ではなく、動的圧潰を予防(Prevention of dynamic collapse)する事である、という提唱もなされています(Derksen et al. AJVR. 1986;47:16)。

この研究では、喉頭片麻痺の誘導後に偽手術(Sham surgery)が行われた馬(=対照郡の馬)において、術後の180日間で上部気道機能が緩やかな回復傾向(統計的な有意差は無し)が認められました。この理由については、この研究の考察の中では明確には結論付けられていませんが、もともと健常な実験馬を用いた試験法であるため、研究期間中に喉頭神経の再生(Regeneration)が起こったり、馬自身が無意識に呼吸の仕方を変えるという順応(Accommodation)を示した、などの可能性が考えられるのかもしれません。

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馬の文献:喉頭片麻痺(Lumsden et al. 1994)

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「披裂軟骨部分摘出術による馬の喉頭片麻痺の治療」
Lumsden JM, Derksen FJ, Stick JA, Robinson NE, Nickels FA. Evaluation of partial arytenoidectomy as a treatment for equine laryngeal hemiplegia. Equine Vet J. 1994; 26(2): 125-129.

この研究論文では、馬の喉頭片麻痺(Laryngeal hemiplegia)に有用な外科的療法を検討するため、六頭の健常なスタンダードブレッドを用いて、左側喉頭神経切除(Left recurrent laryngeal neurectomy)によって喉頭片麻痺を誘導した後、披裂軟骨部分摘出術(Partial arytenoidectomy)および両側性声嚢切除術(Bilateral ventriculectomy)を実施して、十六週間後における上部気道機能(Upper airway function)の解析が行われました。

結果としては、喉頭神経切除による喉頭片麻痺の誘導後において、吸気インピーダンスの低下が認められましたが、披裂軟骨部分摘出術の十六週間後には、基線値(Baseline value)(=喉頭片麻痺の誘導前)まで回復したことが示されました。しかし、最大心拍数(Maximum heart rate)の時点における、呼気量&吸気量の比率(Ratio of expiratory and inspiratory flow)(50%運動強度)の上昇や、吸気量(25%および50%運動強度)の低下を見ると、披裂軟骨部分摘出術のあとの方が、喉頭片麻痺の誘導後よりも有意に改善していましたが、基線値よりは有意に悪かったことが示されました。このため、喉頭片麻痺の罹患馬に対しては、披裂軟骨部分摘出術および両側性声嚢切除術によって、上部気道機能のある程度の改善が期待されるものの、運動強度の高い状況下では、呼気量&吸気量の制限(Expiratory/Inspiratory flow limitation)が見られることが示唆されました。

一般的に、馬の披裂軟骨の摘出術は、喉頭片麻痺や披裂軟骨炎(Arytenoid chondritis)の症例に対して、嚥下機能(Swallowing)を維持しながら、気道の最大横断面積(Airway maximal cross-sectional area)を確保する目的で実施されます。過去の文献では、披裂軟骨の亜全摘出術(Subtotal arytenoidectomy)のほうが適しているという知見もありましたが(Haynes et al. Proc AAEP. 1984:21)、その後の研究では、披裂軟骨亜全摘出術のあとには、残った箇所の小角軟骨(Remaining corniculate cartilage)のダイナミック吸気性圧潰(Dynamic inspiratory collapse)によって、持続的な気道閉塞(Continued airway obstruction)を生じることが示されています(Belknap et al. AJVR. 1990;51:1481)。このため、喉頭形成術(Laryngoplasty)の損傷を起こした喉頭片麻痺の症例や、重度な披裂軟骨炎の罹患馬においては、披裂軟骨亜全摘出術よりも、披裂軟骨部分摘出術のほうが優れた治療効果を示す、という結論付けがなされています。

この研究では、いずれの実験馬にも、咳嗽(Coughing)や嚥下障害(Dysphagia)などの術後合併症(Post-operative complication)は認められませんでした。しかし、実際の臨床症例において、披裂軟骨異常(Arytenoid chondropathies)を伴う喉頭&喉頭周辺の前駆病態(Pre-existing laryngeal and peri-laryngeal pathology)が存在していたり、既に喉頭形成術の損傷を呈していた場合には、重篤な合併症を続発する危険性が高まりやすい、という考察がなされています。

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馬の文献:喉頭片麻痺(Russell et al. 1994)

「馬の喉頭片麻痺に対する人工喉頭形成術および両側性声嚢切除術の後の能力解析:1986~1991年の70症例」
Russell AP, Slone DE. Performance analysis after prosthetic laryngoplasty and bilateral ventriculectomy for laryngeal hemiplegia in horses: 70 cases (1986-1991). J Am Vet Med Assoc. 1994; 204(8): 1235-1241.

この研究論文では、馬の喉頭片麻痺(Laryngeal hemiplegia)に対する外科的療法の治療効果を検討するため、1986~1991年にかけて、安静時または運動後の内視鏡検査(Endoscopy at rest or after exercise)による喉頭片麻痺の診断が下され、人工喉頭形成術(Prosthetic laryngoplasty)および両側性声嚢切除術(Bilateral ventriculectomy)による治療が応用された70頭の患馬における、医療記録(Medical records)の回顧的解析(Retrospective analysis)が行われました。

結果としては、経過追跡(Follow-up)のできた55頭の患馬のうち、40頭のサラブレッド競走馬では48%(19/40頭)の治療成功率を示したのに対して、その他の競走馬以外の馬では93%(14/15頭)の治療成功率が示されました。また、40頭のサラブレッド競走馬のうち、二歳以下の若齢馬では70%(14/20頭)の治療成功率が達成されたのに対して、三歳以上の馬では25%(5/20頭)の成功率にとどまりました。このため、喉頭片麻痺の罹患馬に対する喉頭形成術および声嚢切除術では、高速運動を要するサラブレッド競走馬における治療効果は中程度に過ぎなかったものの、特に若いサラブレッドに対しては、比較的に良好な予後が期待できることが示唆されました。

この研究では、経過追跡のできた55頭の患馬のうち、少なくとも一つの術後合併症(Post-operative complication)を呈した馬は60%(33/55頭)に及びました。また、合併症の種類を見ると、運動不耐性(Exercise intolerance)を示した馬は42%(23/55頭)、運動時における持続的な喘鳴音(Continuing noise when exercising)を示した馬は47%(26/55頭)、咳嗽(Coughing)を示した馬は33%(18/55頭)であったことが報告されています。このうち、術後合併症を呈した33頭の患馬では、上述の治療成功と判断された馬は半数近く(16/33頭)に及んでおり、合併症の続発そのものが治療失敗と直接的に正の相関(Positive correlation)をするわけではない、という考察がなされている反面、運動不耐性および持続的喘鳴音のうち、どちらかを呈した馬の治療成功率は6%にとどまった事が報告されています。

この研究では、術後の披裂軟骨外転(Abduction of arytenoid cartilage)の度合いの評価として、グレード5(咽頭壁を圧迫するほどの最大外転)、グレード4(咽頭壁に触れるほどの完全外転)、グレード3(咽頭壁に触れない安静時をやや超える外転)、グレード2(外転不全)、グレード1(披裂軟骨が声門裂の中央線を超える)、の点数化システムが用いられました。そして、グレード5~1を示した馬は、それぞれ、10%、67%、14%、1%、0%となっており、大多数の馬に対する喉頭形成術によって、適切な披裂軟骨外転が誘導されたことが示唆されました。しかし、グレード5の披裂軟骨外転が示された症例では、術後合併症を続発する危険性が有意に高かったことが示され、喉頭形成術によって披裂軟骨の外転が強過ぎると、合併症を起こし易くなることが示唆されました。

この研究では、治療前と術後の両方でレース出走していたサラブレッド競走馬のうち、術後に競走レベルや獲得賞金の低下が見られた馬は約八割に及んでいました。これらの馬は、全頭が三歳以上であったため、手術時の年齢の高さが予後の悪化につながった可能性は否定できない反面、調教師が手術歴を考慮して、レベルの低いレースへの出走にランク下げした(=そのために獲得賞金も減った)という、管理法の関する偏向(Bias)が生じた場合もありうる、という考察がなされています。

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馬の文献:喉頭片麻痺(Hay et al. 1993)

「喉頭外アプローチによる馬の披裂軟骨部分摘出術」
Hay WP, Tulleners EP, Ducharme NG. Partial arytenoidectomy in the horse using an extralaryngeal approach. Vet Surg. 1993; 22(1): 50-56.

この研究論文では、馬の喉頭片麻痺(Laryngeal hemiplegia)に有用な外科的療法を検討するため、七頭の健常な実験馬を用いて、左側喉頭神経切除(Left recurrent laryngeal neurectomy)によって喉頭片麻痺を誘導した後、喉頭外アプローチ(Extralaryngeal approach)による馬の披裂軟骨部分摘出術(Partial arytenoidectomy)を実施して、六十日後における上部気道内視鏡検査(Upper airway endoscopy)が行われました。

この研究の術式では、喉頭形成術(Laryngoplasty)と同様な喉頭外アプローチが選択され、披裂軟骨筋結節(Muscular process of the arytenoid cartilage)を頭尾側方向(Cranial-to-caudal direction)に切開し、背側輪状披裂筋(Cricoarytenoideus dorsalis muscle)を尾側に切開しました。そして、披裂軟骨をタオル鉗子で掴み外側へと引きながら、披裂横行靭帯(Transverse arytenoid ligament)を切断することで、披裂軟骨を輪状軟骨(Cricoid cartilage)から関節離断(Disarticulation)させてから、披裂軟骨とそれを覆う粘膜(Overlying mucosa)を、尾側縁から頭側&腹側へと切り進めるように剥離しました。さらに、外側部位における外側輪状披裂筋、室筋(Ventricularis muscle)、声帯筋(Vocalis muscle)の付着箇所、および、背側部位における横披裂筋(Arytenoideus transversus muscle)の付着箇所をそれぞれ切断することで、披裂軟骨が“ひとまとめに”切除(En bloc resection)されました。その後、小角突起(Corniculate process)を安定化させるため、室筋膜と小角突起粘膜(Corniculate mucosa)を甲状軟骨外側翼の頭側部(Cranial aspect of the lateral wing of the thyroid cartilage)に糸を通過させながらマットレス縫合し、さらに、声帯外転(Vocal cord abduction)を促すと同時に喉頭小嚢突出(Protrusion of the laryngeal saccule)を予防する目的で、声帯靭帯と甲状軟骨外側翼をマットレス縫合しました。これらの縫合後には、気管チューブを一旦引き抜いて、術中内視鏡検査(Intra-operative endoscopy)を行うことで、残存軟部組織の外転(Abduction of remaining soft tissue)を確認する指針が選択されています。

結果としては、喉頭神経切除を介しての喉頭片麻痺の誘導後に比べて、披裂軟骨部分摘出術の六十日後には、左右喉頭比(Left-to-right hemilaryngeal ratio)が有意に上昇しており、咳嗽(Coughing)、誤嚥(Aspiration)、気道狭窄(Airway narrowing)などの術後合併症(Post-operative complications)は認められませんでした。また、七頭中の六頭において、喉頭粘膜の連続性維持(Preservation of the laryngeal mucosa)、および、周辺軟部組織の安定化傾向(Apparent stabilization of the adjacent soft tissue )が達成され、これらの事例においても、合併症を伴うことなく粘膜損傷部の治癒が見られました。このため、喉頭片麻痺の罹患馬に対しては、喉頭外アプローチによる披裂軟骨部分摘出術によって、喉頭切開術(Laryngotomy)や気管切開術(Tracheotomy)を介することなく、上部気道の内径拡大(Increasing inner diameter)が達成できることが示唆されました。

この研究で試験された、喉頭外アプローチによる披裂軟骨部分摘出術では、喉頭切開術を介する従来の術式に比べて、喉頭内腫脹(Intra-laryngeal swelling)が顕著に少なかったことが示され、術後の嚥下障害(Dysphagia)や呼吸困難(Dyspnea)などを予防できる効果が期待できると考えられました。また、喉頭粘膜への外科的侵襲が無いことによって、術創への細菌感染(Bacterial infection)が抑えられ、喉頭内肉芽組織形成(Intra-laryngeal granulation tissue formation)を防ぐ効能もあると推測されています。今後の研究では、実際の症例において、高速運動時の上部気道機能(Upper airway function)の回復度合いを検討する必要があると考察されています。

この研究では、七頭の患馬のうち一頭において、気管チューブの再挿入時における外傷(Trauma during re-intubation)によって、小角突起粘膜に設置した縫合糸が切れてしまい、術後に小角突起粘膜の気道内腔への圧潰(Intra-luminal collapse)が起こって、左右喉頭比が術前よりも減少してしまった事が報告されており、これは、披裂軟骨を部分摘出した後に、二重のマットレス縫合を介して、小角突起の安定化を施すことの重要性を再確認させる成績であったと考察されています。一方、喉頭粘膜の連続性が失われてしまった事が術中に確認された場合には、気道内から術創への細菌汚染(Bacterial contamination)が続発することを考慮して、切開創外に達する排液チューブ(Drainage tubing)を設置する必要があると提唱されています。

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新型コロナの専門家会議

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新型コロナウイルス感染症の対策において、専門家の在り方が問われているような気がします。

新型コロナの専門家会議が廃止されることになったのですが、この背景には、新型コロナに関する専門家の判断に対して、世間の批判が集まっていた事象があるようです。たとえば、某大学の感染症の専門家が、日本における新型コロナの感染拡大を春先の段階で予測した際に、感染者数が80万人以上で、死者数が40万人以上に及ぶという見通しが示されました。これを踏まえて、緊急事態宣言や社会的距離政策が取られたのですが、六月末の時点での感染者数は約2万人で、死者数も約1,000人に留まっています。このため、過大な感染拡大を煽って、社会活動の自粛による多大な経済的ダメージを生んだという批判に繋がっている側面もあるようです。

しかし、この事への批判が起こるのは、予測を立てた専門家に対してアンフェアであるように思えます。なぜなら、感染対策を取らなかった場合の予測値と、対策を取った結果の実測値を比較して、値が違い過ぎると論じるのは、条件が異なるケースを比べている点から、ナンセンスのように見えるからです。また、専門家はあくまで科学的計算に基づく予測値を示しただけであり、その予測値をどう解釈して、どのような政策を実施するかの責任は、基本的に政治家のほうにあるべきだと思います。さらに、死者40万人という予測値が出たときに、ほかの人がもっと少ない予測値を示して、どちらがより信頼できるかを深く協議した訳では無かったと思いますので、今になって批判をするのは、後出しジャンケンのようなもので、必ずしもフェアな議論ではないという印象を持ちます。

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何よりも、日本における新型コロナの感染が、かなり良好に制御されているという結果に対して、まず適切に称賛されるべきだと思います。たとえば、日本と米国の感染者数の推移を見ると(上図:人口10万人当たりの数に補正した折線グラフ)、日本では感染拡大を非常にうまく抑えられているのが分かります。また、日本と諸外国の死者数を比較してみても(下図:人口100万人当たりの数に補正した棒グラフ)、日本で新型コロナによって亡くなる方が格段に少ないことが分かります。これらの結果を見る限り、日本における新型コロナ対策は、(少なくとも現時点では)大成功であったと言えるのではないでしょうか。

もちろん、成功という結果が出ることと、判断が正解であったかどうかは別の問題です。専門家の判断と結果における可能性としては、①専門家の判断が正解で結果も成功であった場合、②専門家の判断は不正解だったが結果は成功となった場合、③専門家の判断は正解でも結果は失敗となった場合、④専門家の判断が不正解で結果も失敗となった場合、という四通りがあり得ますが、今回は、新型コロナ対策は成功しましたので、①または②のケースです。このうち、②の立場を取って、専門家の判断(40万人の死者予測や、接触8割減の政策など)に対して、過剰にリスクを煽ったという批判が起こっているように見受けられます。本当にそうなのでしょうか?

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専門家は、最善の判断を下す義務がありますが、専門家に全ての結果責任を負わせるのは酷だと考えます。基本的に、上述の①から④のうち、専門家が批判されうるのは④のケースだけだと思いますし、その場合も、他の要因によって及ぼされる影響が、理論上、明確に排除された場合に限るべきではないでしょうか。そうしなければ、国家政策を決定づけるような大きな判断をしてくれる専門家はいなくなってしまいますし、選挙で選ばれた政治家が政策の責任を担うという原則から外れてしまうからです。さらに、そのような重大な判断を下すときには、一人の専門家に重い十字架を背負わせるのではなく、複数の専門家の協議によって、より信頼性の高い判断を導き出していくプロセスが重要であると考えます。

もうひとつ、専門家の大切な仕事は、最初に出した判断に固執することなく、結果に基づいて予測モデルを調整するなどして、エビデンスとデータに基づいた新たな判断を下し、対策の有効性を上げていく事ではないでしょうか。今回のケースでは、日本で実施された社会的距離政策が、日本での感染状況において適切だったのか、不足だったのか、はたまた過剰だったのか、という事後評価をするのも、専門家の大切な仕事だと考えます。たとえば、接触機会の8割減という方針が、もしかすると4割減でも事足りたのかもしれませんし、ソーシャルディスタンスも、杓子定規に2mと決めるのではなく、マスクを着用していたら50cmでも構わない、といった基準もあり得るのかもしれません。そのような専門家の判断は、今後の第2波や第3波への対応という意味でも、大変に有益であると思います。

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専門家の在り方に関しては、誰しも他人事ではありません。私も、馬を専門にする獣医師として、たとえば、海外から馬の伝染病が持ち込まれた時には、どう対策を取るべきかの判断を委ねられる可能性があります。それは、九州で口蹄疫が流行したときの牛の獣医師もそうでしたし、現在進行している豚コレラ(新しい呼称は豚熱)に対する豚の獣医師の判断も然りです。ひとつの判断の間違いが大きな経済的損失を生んでしまうというプレッシャーはありますが、その反面、正しい対処を取ることで社会に大きく貢献できるチャンスでもあります。そのような事態に備えて、伝染病の防疫に関する論文を常に読んでおくなど、不断の努めが重要なのだと感じています。

新型コロナ対策における専門家の判断は、ヒトの命が左右されるという面で、とても大変な立ち位置なのだろうという想像は難くありません。そして、ヒトの感染症の専門家の方々が、ときに批判の矢面に立つ危険を承知で、適切な対策を取っていくための重要な判断を下して頂いていることに、私たちは感謝の意を忘れてはいけないのではないかと感じています。

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馬の文献:喉頭片麻痺(Fulton et al. 1991)

「神経筋接合根部移植によるスタンダードブレッドの左側喉頭片麻痺の治療」
Fulton IC, Derksen FJ, Stick JA, Robinson NE, Walshaw R. Treatment of left laryngeal hemiplegia in standardbreds, using a nerve muscle pedicle graft. Am J Vet Res. 1991; 52(9): 1461-1467.

この研究論文では、馬の喉頭片麻痺(Laryngeal hemiplegia)に有用な外科的療法を検討するため、七頭の健常なスタンダードブレッドを用いて、左側喉頭神経切除(Left recurrent laryngeal neurectomy)によって喉頭片麻痺を誘導した後、肩甲舌骨筋(Omohyoid muscle)の神経筋接合根部移植(Neuromuscular pedicle graft)によって、背側輪状披裂筋(Criocoarytenoideus dorsalis muscle)を神経再支配(Reinnervation)して、12週後、24週後、52週後における上部気道機能(Upper airway function)の解析が行われました。

結果としては、喉頭神経切除による喉頭片麻痺の誘導後に比べて、神経筋接合根部移植の12週間後では、吸気性インピーダンス(Inspiratory impedance)と吸気量(Inspiratory air flow)の改善が認められ、52週間後では、吸気性インピーダンスが実験前と同程度まで回復したことが示されました。このため、喉頭片麻痺の罹患馬に対しては、神経筋接合根部移植によって上部気道機能の回復効果が期待でき、喉頭片麻痺の治療に有効であることが示唆されました。そして、この実験の術式のように、神経線維だけでなく、運動神経終板(Motor endplates)を一緒に移植することで、受け取り側の筋肉(Recipient muscle)の再神経支配が迅速に達成できる、という考察がなされています。

一般的に、呼吸支持筋(Accessory muscle of inspiration)である肩甲舌骨筋は、休息時には無活動(Quiescent)で、運動の際の吸気時(During inspiration under exercise condition)のみに活動していることから、この筋肉を支配している神経を移植することで、運動時のみの披裂軟骨の外転(Abduction of arytenoid cartilage)が誘導できることが知られています(=つまり、休息時の内視鏡検査の所見は、術後における治療効果の判定指標にはならない)。しかし、移植された神経は、本来とは違う筋肉の動きを制御することになるため、披裂軟骨外転の度合いやタイミングが正確に回復できるか否かに関しては、更なる検討を要するのかもしれません。

他の文献では、神経再支配の術式としては、第二頚椎神経の断端(Cut-end of second cervical nerve)を埋め込んだり(Ducharme et al. Can J Vet Res. 1989;53:210)、第一頚椎神経の分枝(Branch of first cervical nerve)の吻合術(Anastomosis)(Ducharme et al. Can J Vet Res. 1989;53:216)、肩甲舌骨筋と第二頚椎神経根の移植(Ducharme et al. Can J Vet Res. 1989;53:202)、などが試みられていますが、いずれも筋繊維肥大(Muscle fiber hypertrophy)や軸索再生(Axon regeneration)は認められたものの、気道機能の完全な回復は達成されなかったことが報告されています。

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馬の文献:喉頭片麻痺(Bohanon et al. 1990)

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「重種馬の喉頭片麻痺:27症例の調査」
Bohanon TC, Beard WL, Robertson JT. Laryngeal hemiplegia in draft horses. A review of 27 cases. Vet Surg. 1990; 19(6): 456-459.

この研究論文では、重種馬(Draft horses)の喉頭片麻痺(Laryngeal hemiplegia)の病態解明と、有用な外科的療法を検討するため、1973~1987年にかけて、臨床症状(Clinical signs)および内視鏡検査(Endoscopy)によって、喉頭片麻痺の確定診断(Definitive diagnosis)が下され、人工喉頭形成術(Prosthetic laryngoplasty)、声嚢切除術(Ventriculectomy)、もしくはその併用による治療が行われた27頭の症例の、医療記録(Medical records)の回顧的解析(Retrospective analysis)が行われました。

結果としては、経過追跡(Follow-up)ができた17頭の症例のうち、治療成功(=患馬は常に馬主の予測通りの競技能力を示す)を示した馬は82%、部分的成功(=患馬は競技参加できるが、馬主の予測通りの競技能力を示せない)を示した馬は6%、治療失敗(=患馬は意図した用途に使役できない)を示した馬は12%であったことが報告されています。また、治療前の能力スコア(平均値1.2)に比べて、治療後の能力スコア(平均値2.4)のほうが有意に改善していました。さらに、声嚢切除術のみが実施された症例郡と、喉頭形成術と声嚢切除術が併用された症例郡のあいだで、術後の能力スコアや治療成功率には有意差は認められませんでした。このため、重種馬の喉頭片麻痺に対しては、声嚢切除術のみ(喉頭形成術なし)の治療によって、充分な吸気時雑音(Inspiratory noise)および運動不耐性(Exercise intolerance)の改善効果が期待され、良好な予後を示す割合が高いことが示唆されました。

この研究の重種馬症例において、喉頭形成術なしの声嚢切除術が奏功した要因としては、サラブレッドやスタンダードブレッド競走馬よりも競技歩様のスピードが低い重種馬では、上部気道圧がそれほど高くならず、喉頭形成術による直接的な内径拡大(Increasing inner diameter)を要しなかった事が挙げられています。一般的に、喉頭片麻痺の治療としての声嚢切除術では、上部気道乱流(Upper airway turbulence)および吸気時抵抗(Inspiratory resistance)を減退させることが主要な作用であると考えられていますが(=喉頭室の外返りを予防するため:Preventing eversion of the laryngeal ventricle)、それと同時に、披裂軟骨(Arytenoid cartilage)と甲状軟骨(Thyroid cartilage)の癒着(Adhesion)を促すことで、麻痺した披裂軟骨の気道内への動的圧潰(Dynamic collapse into the airway)を予防する効果も期待されています。

この研究では、初診時の臨床症状としては、吸気時雑音のみを呈した馬が48%、吸気時雑音と運動不耐性の両方を呈した馬が30%、運動不耐性のみを呈した馬が19%で、全症例の内視鏡検査において、休養時および嚥下時における左側披裂軟骨の完全麻痺&不全麻痺(Total/Partial paralysis of the left arytenoid cartilage at rest/swallowing)が認められました。また、症例郡の78%を去勢馬(Gelding)が占めており(=この地域における性別分布と統計的に有意に異なる)、症例郡の平均年齢は6.9歳、症状発現の平均年齢は5.6歳であったことが報告されています。

この研究では、29%の症例において術後合併症(Post-operative complications)が認められ、これには、発熱(Fever)、肺炎(Pneumonia)、気管切開術(Tracheostomy)を要する呼吸困難(Dyspnea)、切開創感染(Incisional infection)などが含まれました。また、入院(Hospitalization)の平均期間は8.5日でしたが、声嚢切除術のみが実施された症例のほうが、喉頭形成術と声嚢切除術が併用された症例に比べて、入院期間が有意に短く、さらに、起立位手術(Standing surgery)での声嚢切除術のみが実施された症例のほうが、全身麻酔下(Under general anesthesia)で施術された症例に比べて、入院期間が有意に短かったことが報告されています。

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馬の文献:喉頭片麻痺(Williams et al. 1990)

「左側喉頭神経切除、人工喉頭形成術、披裂軟骨亜全摘出術が最大労作時の上部気道圧に及ぼす影響」
Williams JW, Pascoe JR, Meagher DM, Hornof WJ. Effects of left recurrent laryngeal neurectomy, prosthetic laryngoplasty, and subtotal arytenoidectomy on upper airway pressure during maximal exertion. Vet Surg. 1990; 19(2): 136-141.

この研究論文では、馬の喉頭片麻痺(Laryngeal hemiplegia)に有用な外科的療法を検討するため、十頭の健常馬を用いて、実験前と、左側喉頭神経切除術(Left recurrent laryngeal neurectomy)による喉頭片麻痺の誘導後、そして、人工喉頭形成術(Prosthetic laryngoplasty)の十六週間後、および、披裂軟骨亜全摘出術(Subtotal arytenoidectomy)の十六週間後における、最大労作時(毎分の心拍数が230回以上)の上部気道圧(Upper airway pressure during maximal exertion)の測定が行われました。

結果としては、喉頭形成術の十六週間後では、披裂軟骨は適切な外転(Adequate abduction)を示していたのに対して、披裂軟骨亜全摘出術の十六週間後では、上部気道の内径(Luminal diameter)は30~40%減退していたことが示されました。また、走行区間毎の上部気道圧を、喉頭神経の切除後と比べた場合には、披裂軟骨亜全摘出術の十六週間後では1.8倍の減退(1.8-fold reduction)であったのに対して、喉頭形成術の十六週間後では2.2倍の減退と、有意に高い治療効果が認められました。このため、喉頭片麻痺の罹患馬に対しては、披裂軟骨亜全摘出術よりも人工喉頭形成術のほうが、上部気道圧上昇の逆転作用(Reversing effects of the increases in upper airway pressure)が高いことが示唆されました。

この研究における気流制限(Airflow limitation)は、最大労作以下である毎秒流量25リットルの時点(=毎分の心拍数が200回未満)から起こり始め、この際の上部気道圧である20cm-H2Oは、45cm-H2Oまで上昇して維持されていました。これは、外転筋機能の損失(Loss of abductor muscle function)によって生じた気流制限が、吸気(Inspiration)の際の内腔径の減退によって、更なる低大気圧(Even greater subatmospheric pressures)を誘発して(=ベルヌーイの定理:Bernoulli's principle)、より重篤な上部気道圧潰(Further collapse of the upper airway)につながったためである、という考察がなされています。

一般的に、馬の喉頭形成術では、同側喉頭声嚢切除術(Ipsilateral laryngeal ventriculectomy)を併用することで、声帯(Vocal cord)の更なる安定化(Stabilization)が起こせると仮説されており、喉頭神経切除を介しての喉頭片麻痺の誘導後に、声嚢切除術だけを施しても、最大労作時における気流改善はあまり期待できないのに対し、声嚢切除なしで喉頭形成術のみを実施した場合と、二つの術式を併用した場合とで、気流改善効果に有意差があるか否かは明確ではない、という考察がなされています。一方、披裂軟骨亜全摘出術によって気流改善が達成されるためには、喉頭粘膜(Laryngeal mucous membrane)と下部の筋層が、瘢痕形成(Scar formation)を起こして喉頭壁(Laryngeal wall)を安定化させる必要があると考えられており、この研究における術後の内視鏡検査(Endoscopy)の結果から、披裂軟骨亜全摘出術によって上部気道の内径の三~四割減退が残存した潜在的要因(Potential factor)としては、そのような瘢痕形成が不十分であったことが挙げられています。

一般的に、馬の喉頭神経切除による喉頭片麻痺の誘導後には、呼吸頻度(Respiratory frequency)とストライド頻度(Stride frequency)との同期化(Synchronization)が出来なくなることが知られており、この研究では、最高走行速度(Maximum gait velocity)も有意に減退したことが示されました。そして、喉頭形成術の後には、この呼吸頻度とストライド頻度の一対一の同期化が達成されたのに対して、披裂軟骨亜全摘出術の後には、そのような作用は認められなかった事が報告されており、つまり、プアパフォーマンスの改善効果においても、披裂軟骨亜全摘出術よりも喉頭形成術のほうが、より優れた効能を発揮できることが示唆されました。

この研究では、経過追跡(Follow-up)は手術から十六週間しかなされておらず、これよりも更に時間が経てば、二つの術式(喉頭形成術&披裂軟骨亜全摘出術)が同程度の治療効果を示すようになる可能性は否定できないため、この研究のデータのみから、喉頭形成術よりも披裂軟骨亜全摘出術のほうが、効能発現に時間が掛かるのか?(=披裂軟骨亜全摘出術による喉頭安定化には、充分な瘢痕形成を要するため)、という疑問に答えるのは難しいと考えられました。また、披裂軟骨を摘出する手法によっては、その治療効果には大きな差が出る場合も考えられる、という仮説がなされており、異なった披裂軟骨摘出の術式による効能発現の度合いやタイミングの相違は、今後の更なる検討を要すると考察されています。

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