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厩舎に音楽を流すことの効能

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馬が飼養されている厩舎では、BGMとしてクラシック音楽を流されている事がありますが、実際に馬に対してどのような効果がもたらされているのか、という研究も実施されています。

参考資料:
Classical Music Could Help Your Horse De-stress. Horse Illustrated: Nov7, 20116.
Why You Should Play Music for Your Horse. I love horses: Aug28, 2020.
Barn Beat: What Music Style is Best for Horses? EquiNews: May13, 2013.

タイ国のラーチャパット大学の研究[1]では、音楽による馬の行動学的変化を評価するため、午前9時から午後14時のあいだに(計5時間)、馬にクラシック音楽を聴かせて、その間の馬の行動様式が解析されました。その結果、対照群と比較して、クラシック音楽を聴かせた馬群では、駐立して警戒する姿勢を取る頻度が有意に減少して、エサを摂食する行動の頻度は有意に増加していました。また、サク癖や熊癖などの悪癖行動を取る頻度も、クラシック音楽を流すことで有意に減少していました。このため、馬の飼養環境にクラシック音楽を流すことで、精神的に馬をリラックスさせることに加えて、食欲を増したり、悪癖を減退する効能が期待できることが示唆されました。

また、英国のハートプリー大学の研究[2]では、午後20時半から翌朝の6時半のあいだに(計10時間)、馬にクラシック音楽を聴かせて、その間の馬の行動様式が評価されました。その結果、対照群と比較して、クラシック音楽を聴かせた馬群では、横臥位に寝そべっていたり、エサを摂食する行動の頻度が有意に増加しており、警戒行動(馬房扉の外に顔を出したり、馬房内を歩き回る等)を取る頻度は有意に減少していました。このため、馬にクラシック音楽を聴かせることで、馬をよりリラックスさせて休養時間を増加させたり、食欲を増進する効果が期待できると考えられました。

過去の研究では、午後13時間から午後18時のあいだに(計5時間)、馬に音楽を聴かせることで精神状態をリラックスさせられることが示されており[3]、また、他の研究でも、午後19時から午後22時のあいだに(計3時間)、ニューエイジ音楽を馬に聴かせることで悪癖行動を減退できることも報告されています[4]。また、競走馬に音楽を聴かせてリラックスさせる効果は、一時間よりも三時間のほうが優れていたという報告もなされています[5]。このように、馬の厩舎に音楽を流すことで、馬の精神状態を和らげる効能が期待できるというエビデンスは示されているようです。なお、馬に聴かせる音楽のタイプを比較した場合、ジャズやロックミュージックよりも、クラシック音楽やカントリーミュージックのほうが、馬をリラックスさせる効果が高かったというデータも示されています。

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一方で、馬のウェルフェア向上の観点に立った場合、馬の精神状態を常にリラックスさせることが目的なのか?、という点に関しては賛否両論があります。前述の研究論文の考察においては、馬が警戒行動を取る頻度が減る要因としては、必ずしも、耳に入る音楽をエンジョイしている訳ではなく、周囲環境の雑音やノイズをかき消していることが主要因であると考察されています。過去の調査[6]によると、馬が雑音やノイズに怯えることで、精神状態に好ましくない影響を生じているケースは、飼養馬全体の二割以上にのぼるという報告もあり[7]、馬が恐がるような雑音を中和するという意味で、厩舎のBGMは有益である場合も多いと推測されます。

しかし、本来、馬という動物は、聴覚情報を最も頼りにして、自分の周りの安全に警戒心を持つという特性があります。このため、馬の気性や性格によっては、雑音やノイズを聞き取れず、周囲環境に危険が無いかを確認することが出来ないこと自体が、精神的な不安を生んでいる危険性も指摘されています。前述の研究においても、馬に音楽を聴かせることの効能について、警戒行動を取っていないとか、摂食時間が増えた等の見た目の行動変化だけで評価することの限界点が指摘されており、BGMが本当に馬の福祉向上に寄与しているか否かについては、馬の精神状態を精査するたけの追加研究が必要であるという警鐘が鳴らされています。

そう考えると、少なくとも現時点では、馬の厩舎に音楽を流すのは、馬が怯えるような雑音やノイズが多い時間帯だけに留めておく、という方針が望ましいのかもしれません。もし、一日のうちで、馬がBGMを耳にする時間が長過ぎると、周囲の馬房にいる馬の息遣いや動き回る音も聴き取れなくなり、むしろ馬の孤独感を増してしまうリスクも懸念されるからです。何よりも、馬をリラックスさせるためには、牧草地に放して青草を食むという、馬が自然環境で取れる平穏な生活スタイルを増やしてあげるのがベストであり、音楽を聴かせるという方策は補助的なものに過ぎない、という認識が必要なのかもしれません。

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参考文献:
[1] Huo X, Wongkwanklom M, Phonraksa T, Na-Lampang P. Effects of playing classical music on behavior of stabled horses.Vet Integr Sci. 2021; 19(2): 259-267.
[2] Hartman N, Greening LM. A Preliminary Study Investigating the Influence of Auditory Stimulation on the Occurrence of Nocturnal Equine Sleep-Related Behavior in Stabled Horses. J Equine Vet Sci. 2019 Nov;82:102782.
[3] Stachurska A, Janczarek I, Wilk I, Kędzierski W. Does music influence emotional state in race horses? J. Equine Vet. Sci. 2015;35:650-656.
[4] Wisniewska M, Janczarek I, Wilk I, Wnuk-Pawlak E. Use of Music Therapy in Aiding the Relaxation of Geriatric Horses. J Equine Vet Sci. 2019 Jul;78:89-93.
[5] Kedzierski W, Janczarek I, Stachurska A, Wilk I. Comparison of effects of different relaxing massage frequencies and different music hours on reducing stress level in race horses. J. Equine Vet. Sci. 2017; 53: 100-107.
[7] Riva MG, Dai F, Huhtinen M, Minero M, Barbieri S, Dalla Costa E. The Impact of Noise Anxiety on Behavior and Welfare of Horses from UK and US Owner's Perspective. Animals (Basel). 2022 May 21;12(10):1319.

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馬の文献:息労(Couetil et al. 2005)

「回帰性気道閉塞の罹患馬に対するフルチカゾンプロピオン酸エステル吸引投与、プレドニゾンの経口投与、および、飼養環境改善による無作為対照試験」
Couetil LL, Chilcoat CD, DeNicola DB, Clark SP, Glickman NW, Glickman LT. Randomized, controlled study of inhaled fluticasone propionate, oral administration of prednisone, and environmental management of horses with recurrent airway obstruction. Am J Vet Res. 2005; 66(10): 1665-1674.

この研究では、馬の回帰性気道閉塞(Recurrent airway obstruction)(息労:Heaves)に対する有用な治療法を検討するため、十二頭の回帰性気道閉塞の罹患馬に対して、飼養環境改善(Environmental management)を行いながら(=放牧飼養への切り替えとペレット飼料の給餌)、フルチカゾンプロピオン酸エステル吸引投与(Inhaled fluticasone propionate)、プレドニゾンの経口投与(Oral administration of prednisone)、または、薬剤投与なしの三種類の治療法を無作為選択(Random selection)して、臨床所見スコア(Clinical scores)、肺機能(Pulmonary function)の評価、気管支肺胞洗浄液(Bronchoalveolar lavage fluid)の細胞学的検査(Cytologic examination)、および、副腎機能(Adrenal gland function)の検査が行われました。

結果としては、全ての患馬において、治療開始の四週間以降での臨床所見スコアおよび肺機能の改善が認められ、このうち、飼養環境改善のみが行われた馬郡と、飼養環境改善にプレドニゾン投与が併用された馬郡のあいだで、治療成績に有意差(Significant difference)は認められませんでした。また、プレドニゾンが経口投与された馬では、気管支肺胞洗浄液の細胞学的検査所見に有意な変化は無かった一方で、血清コルチゾル濃度は有意に低下していました。このため、回帰性気道閉塞の罹患馬に対しては、アレルギー抗原(カビ、埃、粉塵、etc)の少ない環境へと変更(舎飼い→放牧、乾草→ペレット)すれば、それだけで充分な治療効果が認められ、コルチコステロイド療法の併用は、副腎機能減退による副作用の危険を増やすだけで、治療効果の向上にはつながらない事が示唆されました。

この研究では、重篤な症状を呈した馬に対しては、フルチカゾンプロピオン酸エステル吸引投与が併用された馬郡のほうが、飼養環境改善のみが行われた馬郡に比べて、治療開始の二週間後の時点での臨床所見スコアおよび肺機能の改善効果が、有意に高かったことが示されました。このため、特に病状が重い回帰性気道閉塞の罹患馬に対しては、飼養環境を改善しながら、吸引療法(Inhalation therapy)も併用することで、病態や症状の回復効果を加速(Acceleration)できる可能性がある、という考察がなされています。

この研究の実験デザインは、対照郡を含めながらの、無作為での治療法の選択による、盲検的な臨床応用試験(Controlled, randomly selected, blinded, clinical trial study)であり、実際の臨床症例への治療効果を、より綿密に調査した点が特筆されます。しかし、約半数の症例に対しては、獣医師の指示に基づいて馬主自身が治療を行っている事から、投薬方法にミスがあった場合には、コルチコステロイドの吸引投与または経口投与による効能が、過小評価(Under-estimation)されてしまった可能性は否定できません。一方、医学的な技術を要しない飼養環境の改善のみによって、充分な治療成績が認められた事は、馬の回帰性気道閉塞の治療において、クスリによる内科的な治療はあくまで付加的なものと考えるべきであるという原則を、再確認させるデータが示されたと言えます。

一般的に、馬に対するコルチコステロイドの全身投与(Systemic administration)では、副腎皮質抑制(Adrenal suppression)、蹄葉炎(Laminitis)、免疫抑制に起因する二次性細菌感染(Secondary bacterial infections due to immuno-suppression)などの合併症(Complications)の危険性があるため、噴霧化薬剤の吸引を介して、コルチコステロイドを投与することで、副腎機能の低下を抑える指針が推奨されています(Martin et al. Am J Respir Crit Care Med. 2002;165:1377)。今回の研究では、副腎皮質刺激ホルモン(Adrenocorticotropic hormone: ACTH)の刺激試験(ACTH stimulation test)こそ実施されていませんが、プレドニゾンが全身性に投与(経口投与)された場合には、血清コルチゾル濃度の低下が認められ、コルチコステロイドによる副腎機能減退の有害作用(Adverse effect)の危険性が再確認されました。

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障害飛越の反抗や落下を科学する

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乗馬における障害飛越競技は、馬術競技の一つで、障害物が設置されたコースを、乗馬して通過する技術を競う競技です。障害飛越の採点は、基本的に減点方式で行なわれ、障害物を逃避したり拒止した場合を反抗、バーを落下させたり障害を壊した場合を落下として、いずれも減点行為となりますが、反抗を二回繰り返したり、落馬や経路違反した場合などでは失権となります。

今回は、障害飛越における減点(主に反抗や落下)が起こる要因について、科学的に解析した知見を紹介します。この研究では、国際馬術連盟開催の複数の障害飛越競技大会(国際大会と地方大会の両者を含む)のビデオ記録を用いて、計222頭の競技馬(計144人の騎乗者)が行なった合計9,114回の飛越(計320個の障害物)における減点行為の発生状況の調査と、その発生に関わる因子の解析が行なわれました。

参考文献:
Nicova K, Bartosova J. Still beyond a chance: Distribution of faults in elite show-jumping horses. PLoS One. 2022 Mar 16;17(3):e0264615. doi: 10.1371/journal.pone.0264615.

結果としては、全体としての減点行為の発生率は7.85%で、障害物の難易度が上がるごとに減点行為の発生リスクが有意に増加していました。また、最も減点行為が起こり易かった障害物は、水濠と組み合わさった垂直障害で、三連バーや壁状の障害物は減点行為が起こりにくいことが示されました。さらに、過去の競技会で完走した回数が多い騎乗者ほど、減点行為を起こすリスクが低いことも分かりました。そして、単一障害に比較して、連続障害のほうが、減点行為が有意に起こり易かった(一つ目および二つ目の障害物の何れも)ことも判明しています。これらのデータは、今後のコースデザインにおいて、経路の難易度の調整や、調教面に配慮した経路設定する際に役立つと考察されています。

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この研究において、最も減点行為が起こり易い障害物は、水濠と組み合わさった垂直障害であり、二番目に減点行為が起こり易い障害物も、水濠と組み合わさったオクサー障害となっていました。これらの要因としては、水面に映る影を馬が恐がる傾向にあったこと、飛越の弧を予測するのが難しいこと、地面と水面とのコントラストの違いが踏切を難しくすること、等が挙げられています。今回の研究対象である、高いレベルの障害馬においても、やはり、水濠と組み合わさった障害物の難易度は高いことが示されたことから、飛越トレーニングの段階においても、水濠を飛び越える調教が重要であることが再確認されたと言えます。一方、壁状の障害物における減点行為が少なかったという結果は、他の文献[1]の知見と相反する面もありますが、特殊な形状の障害物であることから、騎乗者がアプローチの速度や角度に十分に注意を払うなどのバイアスが働いたため、結果的に減点行為の少なさに繋がったと推測されています。

この研究では、二連続の障害のうちで減点行為が起こる確率は、最初の障害のほうが高かったのに対して、三連続の障害のうちで減点行為が起こる確率は、最初の障害が一番低かったことが分かりました。このうち、二連続の障害の事象は、二番目の障害物が視界に入って、人馬の注意がそらされたことや、障害間の距離によっては、最初の垂直障害を飛越する弧をフラットにしにくかったこと、等が考えられました。一方、三連続の障害の事象に関しては、地方大会でのデータだけを見ると、三連障害の最後の障害物が最も減点行為を起こし易くなっており、この影響で、三連続の最初の障害物に比較して、相対的な減点発生率が上がったものと考察されています。

この研究では、障害へのアプローチにおける歩様速度や、アプローチ角度は、減点行為とは有意には相関していませんでした。また、障害物の高さ、障害物の装飾度合い、アプローチラインの違い(直線v.s.回転)なども、減点行為の起こり易さとは相関していませんでした。一般的に、馬の左脳刺激(右目で障害物を見る場合)は「習慣」に対応しているのに対して、右脳刺激(左目で障害物を見る場合)は「警戒」に対応するため、馬の不安や緊張を生じることが知られています。このため、今回の研究者の仮説では、左回転でアプローチする場合には、左目で障害物を見ながら接近するため、右脳刺激によって馬が不安に駆られて、減点行為の発生率が上がると推測されていましたが、研究データからはその傾向は認められませんでした。これに関しては、今回の研究対象となったような高いレベルの競技馬であれば、左右両回転でのアプローチから飛越するトレーニングを十分に積んでいたことや、熟練した騎乗者は、たとえ左回転のアプローチであっても、馬の頭頚を屈曲させて両目で障害物を視認させていたこと、などの考察がなされています。なお、過去の文献[1,2]を見ると、馬が障害物から逃避する割合は、直線アプローチよりも回転アプローチの方が高かったものの、この影響は地方大会でのみ認められ(統計的に有意な影響)であり、国際大会レベルの競技では影響を与えていなかったと報告されています。

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この研究では、第一走行での歩様速度(6.09m/s)と比較して、ジャンプオフでの歩様速度(7.03m/s)は、当然ながら有意に速くなっており、また、ジャンプオフにおける歩様速度が速いほど、減点行為を起こすリスクは低くなっていました。これは、速度を上げること自体が、減点を減らすメリットを生むという解釈ではなく、ジャンプオフの後半に出走する騎乗者ほど、技術が高く減点が少ない傾向があり、さらに、先に走行した人馬のタイムに基づいて、歩様速度を速めるケースが多かったためと考察されています。一方、この研究における歩様速度は、経路全体の走行タイムから算出されているため、此処の障害物へとアプローチする瞬間の歩様速度を計測することで、飛越成功への影響度合いをより正確に評価できるという考察もなされています。

今回の研究では、国際大会だけのデータを見ると、経路の後半に配置された障害物ほど、減点行為を起こす確率が高くなっていました。これは、馬の筋疲労の影響が出たと推測されますが、それに加えて、コースデザイナーが競争性を増す目的で、経路の終盤に難易度の高い障害物を配置したためであると考察されています。一方、地方大会だけのデータを見ると、三~四番目の障害物で減点行為が多かったものの、逆に、十番障害以降での減点行為は少ない傾向が認められました。これは、コースデザイナーが馬の調教面でのメリットを考慮して、経路の終盤での障害物の難易度を下げることで、経路を完走しようという馬のモチベーションを向上させるためであったと考察されています。

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参考文献:
[1] Stachurska A, Pieta M, Nesteruk E. Which obstacles are most problematic for jumping horses? Applied Animal Behaviour Science. 2002;77(3):197–207. 10.1016/S0168-1591(02)00042-4.
[2] Marlin D, Williams J. Faults in international showjumping are not random. Comparative Exercise Physiology. 2020;16(3):235–41. doi: 10.3920/cep190069 WOS:000522158800009.

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馬の行動と腸内細菌叢の関連性

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馬の行動と腸内細菌叢の関連性について、徐々に新たな知見が示されています。
参考資料:Stacey Oke, DVM, MSc. Horse Behavior and the Microbiome: What’s the Connection? The Horse, Topics, Behavior, Digestive System, Digestive Tract Problems, Horse Care, Nutrition, Vet and Professional: Nov27, 2021.

近年、ヒト医療の分野において、脳の状態が腸に影響を及ぼし、逆に、腸の状態も脳に影響を及ぼす現象が研究されており、この二つは自律神経系や液性因子(ホルモン、サイトカインなど)を介して密に関連していることが分かってきました。同様な現象は、馬にも起こると推測されており、腸内細菌叢および腸内環境が、脳機能のほか、気性・性格にも影響を及ぼすという関係性を、細菌腸脳軸(Microbiome-Gut-Brain Axis)と呼んでいます。

フランスの研究者による実験では、給餌内容が馬の行動に影響することが示されています。この実験では、乾草中心の飼料を給餌した馬群と、澱粉を多く給餌した馬群において、糞便検査による腸内細菌叢の解析、および、社交性と新奇恐怖性の評価が行なわれました。その結果、澱粉を多給された馬では、嫌気性菌、乳酸菌、アミロース分解性菌などが腸内細菌に増えており、行動学的には、警戒心の高い行動を示しており、行動変化の度合いと細菌叢の変動率には有意な正の相関が認められました。また、英国で実施された類似の研究においても、粗飼料中心の給餌を行なったポニーに比較して、澱粉を多給したポニーの腸内細菌叢を見ると、繊維質を発酵する菌が減少して、乳酸産生菌が増加していました。

一方、ヒト医療における「細菌腸脳軸」の知見としては、特定の菌種(乳酸菌やビフィズス菌等)は中枢神経系に影響を与えうる物質(セロトニンやカテコールアミン等)を生成して、腸内神経や自律神経を刺激して、更には、中枢神経の視床下部下垂体軸にも影響を与えていることが解明されています。また、馬に関連する事項としては、腸内細菌が発酵の過程で生成する短鎖脂肪酸には免疫調節機能がありますが、この短鎖脂肪酸は神経組織にも作用して、行動変化をもたらすことも分かってきています。

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一般的に、強度運動を課せられる競技馬や競走馬には、摂取カロリー量を増加させるため、粗飼料の割合を減らして、糖質や澱粉の含有量が高い飼料が給餌されます。しかし、このような飼料管理は、消化器ストレスになることが知られており、物理的なストレスと同様に、行動学的な悪影響をもたらす可能性が指摘されています。具体的には、馬が神経質になる、警戒心が強くなる、サク癖や熊癖などの異常行動を始める、などが含まれ、このような、飼料変化によって生じる馬の行動変化には、「細菌腸脳軸」という科学的メカニズムが関与していると考えられます。

そのような弊害を避けるため、高カロリー飼料が必要な馬に対しては、澱粉の給餌量を体重1kg当たり1グラム以下(一日量)にすることが推奨されており、その代替として、ビートパルプやアルファルファペレット等の、消化性の高い粗飼料を給餌する方針が提唱されています。また、不足分のカロリー量を補足するためには、オイルを飼料添加する方法があり、総給餌量の8%程度をオイルで給与するのであれば、生理学的な弊害は生じないというデータが示されています。このため、体重1kg当たり1mLのオイル添加(一日量)をすることで、腸内細菌叢のバランスを保ちつつ、必要カロリー量を給与するという飼料管理が提唱されています。さらに、飼料内容の変更を緩やかに実施することも、腸内細菌叢の不均衡を避けるために重要であると言われています。

現時点では、馬の「細菌腸脳軸」に関する研究は始まったばかりであり、どのような飼料給餌を行なえば、どのような行動変化を誘導できるかについての知見は、今後の研究で明らかにしていく必要があります。しかし、馬の腸内細菌叢が、肉体的な健康だけでなく、精神的な健常性にも寄与していることは徐々に解明されてきており、飼料管理の方針を検討する際には、単に、馬体に必要なエネルギー量や成分を消化管に放り込むだけでなく、それらによって、腸内細菌叢にどのような変化をもたらすのかを考慮していくことが重要だと言えます。

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馬の鞍傷への対処法

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鞍(Saddle)は、ヒトが馬に騎乗するときに使用する馬具の一つで、腹帯で馬の背中に固定されることで、騎乗者の体を馬上で安定して支持する場所を提供することに加えて、馬の背中を保護する機能を担っています。もともと馬の骨格は、物を運ぶための進化をしていないため、馬の背中の形状は、ヒトの下半身の形状とは大きく異なります。このため、鞍は人馬の接点をもたらし、騎座での扶助を介したコミュニケーション経路となり、さらに、馬の体躯への衝撃や摩擦力を緩和する必要があります。そして、鞍装着の失宜によって生じる鞍傷(Saddle sore)は、治療や予防を適切に実施しなければ、馬の健康と福祉を損なう結果を生み出します。ここでは、そのような鞍傷への対処法をまとめてみます。

参考資料:
Thomas HS. Saddle Sore Spots. The Horse, Topics: May2, 2014.
Woodward M. Saddle Sores in Horses (Collar Galls): MSD Veterinary Manual.
Doug Thal. Sores Caused by Saddle, Tack Rubs: Horse Side Vet Guide.
Saddle Sores (Collar Galls) in Horses. WAG. Horse Conditions.
What can I do to heal a saddle sore on my horse? EcoGold: Dec11, 2018.
Saddle Sores. EquiMed, Diseases and Conditions, References: Aug14, 2014.



馬の鞍傷の原因

馬の鞍傷の発症には、諸要因が関与していますが、一番大きなものは、鞍の長さや幅、パッドの形状や厚みなどが、馬の背中の形状と合致していないことが挙げられます。特に、鞍褥(あんじょく)の幅が広すぎたり狭すぎたりして、馬のキ甲部の形状と調和していないと、鞍が後方にズレる作用を生んで、鞍尾部のキズを起こします。これを避けるため、鞍の後橋をパッドで持ち上げると、前橋に掛かる衝撃が相対的に増して、キ甲に鞍傷を生じる可能性があります。また、鞍の下に敷くゼッケンが、傷んでいたり汚れていると、皮膚に擦過傷をつくる原因となりえますし、ゼッケンが厚すぎると、鞍が前後に振動する要因となり、逆に鞍傷を起こし易くなってしまいます。

さらに、馬具の装着に問題が無くても、乗り方のミスによって鞍傷ができてしまうケースもあります。騎乗者が馬上でバランスを保てないと、背中の一定箇所ばかりに衝撃が加わり、その部位に褥瘡を形成してしまいます。また、鞍に緩やかに座り込むことが出来ないでいると、背中への衝撃を不快に感じた馬が、背中を凹ませながら運動することになり、キ甲と前橋部が接触する一因になります。さらに、騎乗者が鞍の後橋に座り込んでしまうと、たとえ背中の形状と一致している鞍であっても、鞍そのものが変位してしまい、不均一な摩擦を生んで鞍傷に至ることもあります。なお、腹帯は帯径より後方には移動しにくいため、鞍が後ろへズレると、腹帯の後ろ側の皮膚に圧迫が加わって浮腫になってしまうこともあります。

鞍傷の直接的な原因は、背中への圧迫が不均一になったり、一箇所に圧迫が集中することにあります。これらの作用がたとえ小さいものであっても、その状態が持続的に繰り返されると、圧迫を受けた箇所の皮膚に損傷を与えていきます。そして、損傷を受けた部位の皮膚は浮腫を起こして、相対的に厚くなり更に圧迫力が強くなるうえ、皮膚が皮下識の上を前後に滑走して摩擦を緩和する作用も失われてしまいます。

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馬の鞍傷の症状

馬の鞍傷には必ず前兆があります。騎乗後に鞍を外した際には、圧迫を受けていた箇所の皮膚が、不自然に乾いていることが多く、これは、血液循環が不正になっているため、発汗も妨げられるためです。また、繰り返し圧迫を受けた箇所は、体毛が逆立ったり渦巻状になっていることも多く、それが進行すると脱毛してくる事もあります。さらにそれが悪化すると、皮膚の炎症を伴うようになり、見た目は正常でも、触ると熱を帯びていたり、僅かに腫れていたり、馬が触られることを嫌悪する仕草を示すようになります(皮筋を震わせる、背部を凹ませる、尻尾を振る、横目で見返す等)。

馬の鞍傷病変には幾つかの種類があり、鞍ズレ(Sitfast)は、圧迫壊死した皮膚組織がプラグ状に固まったもので、ヒトの足にできる靴ズレと類似の性状です。鞍ズレは、皮膚だけの病変のこともあれば、皮下識に及ぶ場合もあり、徐々に皮膚表面に隆起してくるようになります。一方、鞍コブ(Saddle gall)は、皮下識に起きた挫傷を指します。これは、狭い箇所の皮膚が擦れたり圧迫を受けることで、皮下識の微細脈管が破裂して、漿液が貯留することで発生します。さらに、汗疹(Heat rush)は、圧迫を受けた箇所の汗管が閉塞し、皮膚の発赤や発疹を起こす病態です。これは、圧迫が集中した箇所に起こるほか、汚れて通気の悪いゼッケンによって生じることもあります。そして、これらの皮膚への損傷が蓄積すると、最終的には皮膚の裂傷を起こして、細菌が侵入することで、滲出液や排膿を呈して、強い痛みを伴うようになります。

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馬の鞍傷の治療

馬の鞍傷への対処法として、よくある間違いは、鞍傷ができた箇所に当て物を入れることになります。基本的に、鞍傷を治すためには、病変箇所に掛かっている圧迫を取り除く必要がありますので、むしろ、当て物を無くすのが適切な対策と言えます。たとえば、キ甲に鞍傷ができた馬には、キ甲部位に穴の開いたパッドを入れるのが有効であり、鞍の真ん中付近の背部に鞍傷ができた馬には、鞍尾部が厚いパッドを入れたり、時には、パッドを切って穴を作るのも一案です。

そして、鞍傷の箇所にワセリン等の潤滑剤を塗ることで、摩擦を緩和することも有用ですが、潤滑剤はゼッケンにも付着するため、常にゼッケンを清潔かつ乾燥した状態に保ち、通気性と摩擦緩和の機能を維持するように努めます。勿論、騎乗後の手入れの際には、鞍傷の箇所の汚れを取り除き、十分に乾燥させてから、必要に応じて抗生物質の軟膏を塗布します。さらに、馬着によって鞍傷が擦れてしまう場合には、ペットシーツをテープで留めるなど、鞍傷になった箇所の皮膚を保護する処置を施します。

一方、鞍傷が裂傷に至ってしまい、表面に痂皮形成しているケースでは、僅かな圧迫力で痂皮が剥がれてしまい、創傷治癒を遅延させてしまいます。この場合、痂皮に覆われた箇所の皮膚及び皮下識の治癒が進み、成熟した角化組織が生成されるまでは、騎乗を控える必要が出てくることもあります。勿論、鞍やパッドを交換することで、痂皮の剥落を防止できれば騎乗を続けることは可能ですが、準備運動や整理運動を調馬索や曳き馬に代えることで、鞍傷部位を保護する方策が推奨されます。

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馬の鞍傷の予防

馬の鞍傷を予防するには、当然ながら鞍を正しく着けることが重要になってきます。まず、馬装前に、馬体を十分にブラシ掛けして、馬具と皮膚のあいだにホコリが残らないようにします。その後、ゼッケン、パッド、鞍の順で装着させていきますが、全てを少し前方に置いて、最後に後方に滑らせて理想の位置に持ってくることで、体毛が逆立たないように努めます。馬の皮膚は非常に敏感であり、僅かなホコリや毛並みの不整で、不均一な皮膚の圧迫を生んでしまうからです。そして、ゼッケンを常に清潔に保ち、表面がほつれたりザラついたりしていないかを気を付けることも重要です。

馬の鞍傷を未然に予防するためには、その前兆を見逃さないことも大切です。前述のように、鞍によって不均一な圧迫、または一箇所に集中した圧迫が生じているときには、皮膚の乾燥や体毛の流れの不整、および、皮膚の熱感、腫脹、圧痛などを呈しますので、騎乗後に馬装を解除する際には、馬の背中を慎重に観察および触って、僅かな皮膚の異常を早期発見してあげることが重要です。もう一つ、馬に乗る前段階として、騎乗者が自らのバランス維持の練習を積むことも鞍傷の予防につながります。近年では、ゴム製のバランスボールを用いた騎座のトレーニング方法などもありますので、騎乗者自身が、安定して鞍に座れるスキルを反復練習してみるのも、鞍傷を予防するための一案だと言えます。

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馬の文献:息労(Cornelisse et al. 2004)

「回帰性気道閉塞の罹患馬に対するデキサメサゾンの経口投与および経静脈投与による治療効果」
Cornelisse CJ, Robinson NE, Berney CE, Kobe CA, Boruta DT, Derksen FJ. Efficacy of oral and intravenous dexamethasone in horses with recurrent airway obstruction. Equine Vet J. 2004; 36(5): 426-430.

この研究では、馬の回帰性気道閉塞(Recurrent airway obstruction)(息労:Heaves)に対する有用な治療法を検討するため、十二頭の回帰性気道閉塞の罹患馬を用いて、乾草給餌および藁敷料に曝露することで呼吸器症状を誘発(Induction of respiratory signs)してから、デキサメサゾンの経口投与(Oral administration)および経静脈投与(Intra-venous administration)を実施して、肺機能(Lung function)の評価が行われました。

結果としては、デキサメサゾンの経静脈投与では、投与後の二時間から肺機能の改善(四~六時間後にピークを示した)が認められたのに対して、デキサメサゾンの経口投与では、投与後の六時間から肺機能の改善(二十四時間後にピークを示した)が認められました。このため、回帰性気道閉塞の罹患馬に対するコルチコステロイド療法では、経静脈投与のほうが経口投与に比べて、より迅速な治療効果の発現(Quicker onset of treatment effect)が期待できることが示唆されました。

この研究では、デキサメサゾンを給餌前に経口投与した場合には、給餌後に二倍の濃度を経口投与した場合と、同程度の治療効果が示されました。このため、回帰性気道閉塞の罹患馬に対して、コルチコステロイドの経口投与が選択される際には、出来るだけ空腹時に投薬することによって、生物学的利用率(Bioavailability)を向上できると考えられました。

この研究では、デキサメサゾンの経静脈投与において、四~六時間後に肺機能の改善効果のピークが見られましたが、その後のアトロピン投与においては胸膜緊張最大変化(Maximal change in pleural pressure)の向上が示されたことから(=気管支痙攣は残っていた)、デキサメサゾン投与では充分な気管支拡張作用(Bronchodilation effect)は達成されていなかった事が示唆されました。

この研究では、デキサメサゾンの経口投与では、肺機能の改善効果が投与後の72時間にわたって認められましたが、このような持続的な効能(Prolonged efficacy)は、臨床所見としては探知できないレベルであるという知見が示されています(Robinson et al. EVJ. 2000;32:393)。一方、デキサメサゾンの経静脈投与においても、重篤な症状悪化(Severe exacerbation)を示している回帰性気道閉塞の罹患馬に対しては、“容認できるレベル”の改善効果(Acceptable improvement)が投与から24時間にわたって誘導できる、という提唱がなされています。

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馬の病気:息労

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安全な馬の筋注方法

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ホースマンの中には、馬に筋肉注射するときの手法について不安を持っている方もいらっしゃるかもしれません。

一般的に、馬に対する薬剤の筋肉内投与は、抗生物質等の投与経路として用いられ、原則として、獣医師に投薬処置を実施してもらうことが推奨されます。しかし、通常の抗生物質は、五日間の連続投与を要することから(場合によっては七日間や十日間投与することもある)、往診料が高騰するのを避けるため、獣医師の指導に則って、馬主もしくは飼養管理者が筋肉注射を実施することがあります。ここでは、そのような薬剤の筋肉注射における、安全な手技や注意点についてまとめてみます。

参考資料:
How to Administer Injections into Muscle of Horses: Royal Veterinary College.
How to administer an intramuscular injection: San Luis Rey Equine Hospital.
Equine Intramuscular Injections: Willamette Valley Veterinary Service.
Intramuscular Injection Sites: The Atlanta Equine Clinic.
How to Give Intra-muscular Injections: Genesee Valley Equine Clinic.
How to give your horse intramuscular injections: Totally Vets.
How to give an intramuscular injection: Rideau St Lawrence Veterinary Services.



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馬の筋肉注射をおこなう部位

一般的に、馬に筋肉注射するときには、頚部、後躯、前胸部の筋肉が使用されます。上図は、頚部の筋肉(=Neck muscles)、大腿部の筋肉(=Hamstring muscles)、臀部の筋肉(=Gluteal muscles)、前胸部の筋肉(=Pectoral muscles)の位置を示しています。

このうち、頚部への筋注では、筋肉が比較的に厚くて、薬剤吸収が速やかに起こることに加えて、実施者へのリスクが少ないという利点があります。その一方で、骨や靭帯などの重要な組織を避けながら針を穿刺する必要があり、注射箇所に膿瘍が出来てしまった場合には、排膿処置が容易ではないという欠点もあります。それを踏まえても、通常、獣医師以外が薬剤を筋注する場合には、実施者の安全を考慮して、頚部の筋肉へ注射する手法が推奨されます。

一方、後躯への筋注では、大腿部または臀部の筋肉に注射する選択肢があります。このうち、大腿部への筋注では、筋肉が厚いため、骨や靭帯などの重要な組織に穿刺するリスクが少ないという利点がありますが、針を刺したときに実施者が蹴られる危険があります。また、膿瘍が出来たときの排膿処置は容易ではあるものの、膿瘍を起こした筋肉が線維化して、歩様異常を呈する病気(半腱様筋線維化筋症)を続発する可能性があります。また、臀部への筋注では、筋肉は厚いものの、坐骨神経を穿刺してしまうリスクや、針を刺したときに実施者が蹴られる危険があり、膿瘍が出来たときの排膿処置も容易ではありません。これらの理由から、獣医師以外が筋注する場合には、実施者が蹴られて怪我をする危険性を鑑みて、後躯の筋肉へ注射することは推奨されません(馬が蹴った際に、注射針が折れる危険性もある)。

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また、前胸部への筋注では、膿瘍が出来たときの排膿処置は容易であるものの、筋肉が薄くて薬剤の吸収遅延が起こる可能性があり(膿瘍形成の要因となる)、胸骨の近くまで針が達してしまう危険性も懸念されます。また、実施者が蹴られるリスクは低いものの、頚部への針穿刺よりも痛がる個体が多いため、馬が暴れて針が折れる危険性は否定できません。これらのリスクを考慮して、獣医師以外が筋注する場合には、前胸部の筋肉へ注射することは推奨されません。



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馬の筋肉注射の手技

馬に対して、馬主や飼養管理者が筋肉注射を実施する際には、上述の理由から、頚部の筋肉へ注射することが一般的です。もし、何らかの理由で、頚部の筋肉が使えない場合には、獣医師に往診で注射してもらうか、経口投与できる薬剤に変更することが強く推奨されます。このため、以下では、頚部の筋肉への注射手技について解説します。

馬の頚部への筋注では、骨や靭帯などの重要組織を避けるため、針を刺しても良い部位はかなり狭いという認識が必要です。まず、頚部の尾側には肩甲骨があり、頚部の背側には太い項靭帯が走行しているため、これらを避ける必要があり、また、頚部の腹側には頚椎が走行しているため、ここへの針穿刺も禁忌となります。これら3つの構造物(肩甲骨、項靭帯、頚椎)に囲まれた三角形のエリアが、馬の頚部に筋注する部位になります。上写真では、肩甲骨(Scapula)、項靭帯(Nuchal ligament)、頚椎(Vertebrae)に囲まれた、白い三角形のエリアが、筋注できる範囲となります。

これらの構造物のうち、項靭帯に薬剤を注入してしまうと、薬剤の吸収が悪く膿瘍を起こすリスクが高いので(靭帯組織への血流は筋肉よりも少ないため)、針を刺す位置が上方になり過ぎないよう注意します。通常、項靭帯と筋肉の境目は、皮膚ごしに触知できるので、この境目よりも拳1つ分は下方に針穿刺するようにします。一方、頚椎の周囲を穿刺してしまうと、重篤な神経損傷や髄膜炎を引き起こすリスクがあるので、針を刺す位置が下方になり過ぎないよう注意します。やはり、頚椎の骨組織も、皮膚ごしに触知できるので、触れる椎骨の突起から拳1つ分は上方に針穿刺するようにします。

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馬の頚部に筋注するときには、注射針は18ゲージのものを使用することが推奨されます。これは、やや太めの注射針ではあるものの、馬が暴れても針が折れにくく、粘度の高い薬液でも注入しやすいというメリットがあります。また、筋注する薬剤をシリンジに吸うときには、薬液量よりも一段階サイズの大きなシリンジを使うようにします(例:10mLの薬液には20mLシリンジ、20mLの薬液には30mLシリンジ、30mLの薬液には50mLシリンジを用いる)。こうすることで、注射時に内筒を引いて血液が戻ってこないかを確認するのが容易になります。一般的に、筋肉注射する薬剤は、懸濁液であることも多いので、十分に瓶を振って混和してからシリンジに吸うようにします。

頚部への筋注では、針を刺したときに馬がそっぱらないように、曳き手を柱や壁に結びつける事はせず、実施者又は補助者が曳き手を持ち、頭部を保定するようにします。そして、注射する箇所を再度触って確認したあと、穿刺部位をアルコール綿花(アル綿)などで拭き取り、ホコリ等を取り除きます。その後、前述の三角形のなかの穿刺箇所に、皮膚に直角に注射針を刺します。このとき、シリンジに針が付いた状態のまま刺すことも出来ますが、馬が臆病で驚きやすい性格の場合には、シリンジから外した注射針だけを先に刺すことで、刺した瞬間に馬が飛び上がっても、針が折れるリスクを軽減できます(針だけ刺した後にシリンジを取り付ける)。また、利き手と反対の手で、穿刺部位の横10cm位の皮膚を摘まんで、皮膚を緊張させながら針を穿刺することで、刺すときの痛みから注意をそらす事もあります。

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筋肉内に注射針を穿刺した後は、シリンジの内筒を引いて、血液が戻ってこないことを確認します。特に、ペニシリン系の抗生物質を筋注する際には、誤って血管内に注入すると、アナフィラキシーショックを起こす危険が高いため、この確認作業はとても重要です。もし血液が戻ってきた場合には、数cmズラした箇所に針を刺し直します。血液が戻ってこないことを確認したら、シリンジの内筒を押して薬液を注入しますが、この時にも疼痛で馬が動くことがあるので、利き手と反対の手でシリンジを保持しておくことで(手首または肘を馬の頚部に当てておく)、馬の動きに付いていくことが出来て、針で筋肉を損傷せずに済みます。

また、注射する薬液量が20mLを越える場合には、全量を一箇所に注入するのではなく、二箇所に分けて注入すると、吸収が良くなり、膿瘍形成のリスクを軽減できます。この場合は、薬液の半量を注入した後、注射針を一回抜いて刺し直すか、もしくは、針を皮下まで引き戻して、少し角度を変えてから(針先を30度ほど頭側へ向ける)、もう一度深部まで刺入させて、残りの薬液を注入します。勿論、この二度目の注入の前にも、必ず内筒を引いて、血液が戻ってこないことを再確認するようにします。

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薬液の全量を注入した後は、真っすぐに注射針を引き抜くようにしますが、この際にも、馬が動くことがあるので、無口をシッカリ保定しておきます。注射後に、頚部の筋肉をマッサージすることは不要です(薬液の吸収を促進する効果は殆ど無いため)。もし、刺した箇所から血液が垂れてくる場合には、頭部を挙上させながら、針穴をアル綿で押さえて圧迫止血します。この際、針穴を指で押さえると、血液が皮下に貯まって血腫が出来てしまうので、必ずアル綿に血液を吸わせながら圧迫するようにします。



馬に筋肉注射するときの注意点

馬の筋肉内に薬剤を注射した後、万が一にアナフィラキシー反応が起こった場合には、注射の5~10分後に、馬が興奮したり、頻脈、頻呼吸、発汗、筋振戦などの症状を示すようになります。この場合には、すぐに馬を馬房に入れて、電気を消して、騒音を無くし、安静状態にします。獣医師が近くにいる場合には、速やかにデキサメサゾンの静注、および、10L以上の補液を行ないます。勿論、翌日以降の筋注は行なわず、別の種類の薬剤に切り替えるか否か、獣医師の指示を仰ぐようにします。そして、アナフィラキシー反応を起こしたことを、馬の健康手帳に記入しておき、今後、同じ薬剤が投与されないように記録を残しておきましょう。

また、馬に抗生物質を筋注するときには、通常は、数日間にわたって連続で筋注することになるため、毎回、新しい針とシリンジと使うようにして、薬剤は冷蔵保存しておくことが大切です。また、注射部位は、左右の頚部に交互に注射するようにします。万が一に、前回注射した箇所が重度に腫れてきた場合には、他の部位(後躯や前胸部など)に注射するのではなく、投薬を中止して、速やかに獣医師に連絡を取ります。もし、筋注した箇所が感染して腫脹している場合には、すぐに対処しなければ膿瘍形成するリスクがあり、さらには、クロストリディウム菌などが侵入したケースでは、重篤な壊死性筋炎を引き起こす危険性もあります。

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さらに、筋注した箇所の筋肉が腫れる理由としては、アレルギー反応が挙げられます。もしも、最初の注射で、薬剤がアレルゲン感作されて、筋肉に浮腫を生じているケースでは、翌日に同じ薬剤を筋注することで、致死的なアナフィラキシー発作を起こして、馬が急死することもあります。同じ理由で、もし二日目以降の注射において、針を刺してシリンジの内筒を引いた際に、血液ではなく漿液が大量に引き戻されてきた場合には、薬剤は注入せずに針を抜き、速やかに獣医師に連絡するようにします。

当然ながら、静脈内に投与するべき薬剤は、絶対に筋肉注射しないようにします。特に、バナミンやフェニルブタゾン等の抗炎症剤を筋肉内に投与すると、劇的な筋壊死を引き起こすことがあるため、静注以外は絶対に禁忌であると言えます。万が一、馬の頚部に筋炎を起こすと、脊髄、気管、食道などの重要な組織に炎症が波及して、致死的な全身病態を続発することもあるため、頚部への筋注は、常に細心の注意を払って実施すべき手技であることを認識しておくことが大切です。

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参考動画:How to administer an Intramuscular Injection





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馬の経口投与の方法

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一般的に、馬に治療薬を投与する場合には、数日間にわたる投薬を要することが多いため、獣医師の往診料の高騰を避けるため、クライアント自身が投与することが多いですが、この際には、筋内投与や静脈内投与に比較して、馬主や飼養管理者が内服薬を経口投与させる方法がより安全になります。例として、フレグモーネや輸送熱に対する抗生物質投与では、通常は、五日間または十日間にわたる投与となるため、注射針の穿刺を要する筋注のリスクを避けて、経口投与できる薬剤が選択されることがあります。また、胃潰瘍に対する胃酸抑制剤や、浸潤性腸疾患に対する抗炎症剤など、投与期間が数週間から数ヶ月にわたる治療においても、クライアント自身による経口投与が行なわれることが一般的です。ここでは、馬に対する内服薬の経口投与について解説します。

参考資料:
Oral medication tips for horse owners: EquiDoc Veterinary Services.
10 Tips for Giving Horses Oral Medications: The Horse, Special Report.
Give Oral Medication to Difficult Horse: Horse Side Vet Guide.
Barakat C. Giving Medication by Mouth. EQUUES: Jul25, 2019.
How to give oral medication: Rideau St Lawrence Veterinary Services.

馬に対する内服薬の経口投与では、クスリを飼料に混和して摂食させる方法が簡単です。この場合、粉末薬であればそのまま、錠剤であれば粉状に砕いてから飼料に混和させます。錠剤を砕くには、市販の乳鉢で粉砕したり、ジップロック等のプラスティック袋に入れて木槌で叩いたり、もしくは、ヒト用のコーヒー豆の粉砕器を使用することも出来ます(使用後の洗浄をシッカリ行なう要あり)。なお、粉状になったクスリを、ヒトが吸い込んだり接種すると健康を害する可能性があるため(特にクロラムフェニコール等の抗生物質では)、処置時には必ずマスクをつけて、経口投与後には手指を洗浄するようにします。

通常、馬用に生成された粉末薬であれば、リンゴ味などが付けてあることが殆どですが、そうでない粉末薬や錠剤の場合には、苦味が強いため、嗜好性が落ちることがあります。このため、フスマ等の甘味のある濃厚飼料に混ぜたり、すりおろした人参やリンゴに混和して、他の飼料とは別にして、飼い付け前に給与することが大切です(薬剤の全量を接種したかを確認するため)。もし、他の飼料と一緒に給餌する場合には、残飼が無いかを必ず確認するようにします。

一方、内服薬を飼料に混和させても、その味を嫌悪して完食しない馬に対しては、用手にて内服させる方法が推奨されます。この場合、前述と同様に、粉末薬であればそのまま、錠剤であれば粉状に砕いてから、シリンジ内で蜂蜜もしくは糖蜜と混和して、馬の口内に注入することで用手にて嚥下させることが一般的です。蜂蜜や糖蜜の代わりに、水道水に混和して経口投与させることも可能ですが、粘稠度の高いものと混ぜたほうが、馬が吐き出してしまうリスクが低くなります。馬は、舌をあまり器用に操作できないため、粘り気のある物体を口内に注入すると、それを吐き出すことが難しく、最終的に全量を嚥下してくれることが一般的です。また、蜂蜜や糖蜜と混ぜることで、薬剤そのものの苦味を中和してくれるというメリットもあります。

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内服薬と蜂蜜/糖蜜をシリンジ内で混ぜるときには、少し大きめのサイズのシリンジを使うことで、混和するときに粉がこぼれにくく、口内への注入も容易になります(内筒を押し込む距離が短くなるため)。使うシリンジは、通常の注射用シリンジの先端をノコギリで切断したものを使うと、内服薬と蜂蜜/糖蜜を混ぜるのも容易で、混ぜた薬剤の全量を確実に注入することが出来ます。シリンジの先端がカテーテル装着用になっているものを使えば、先端をノコギリで切る必要が無くなりますが、シリンジのハブ部分に薬剤が残ってしまい、全量を注入できないというデメリットがあります。また、動物の経口投与に用いる専用の金属製シリンジも市販されていますが、やや高価で、内部を洗浄する手間も掛かるため、通常のシリンジを用いて、それを定期的に廃棄するほうが簡易だと言えます。

シリンジ内で、粉状にした薬剤と蜂蜜/糖蜜を混和させる際には、まず少量の蜂蜜/糖蜜をシリンジに入れておき、その上に粉を入れて、さらにその上から蜂蜜/糖蜜を追加して、マドラーや割り箸などを用いて、薬剤と蜂蜜/糖蜜を十分に混ぜ合わせます。この際、内筒を上下させて、ゴム部分に蜂蜜/糖蜜を馴染ませておくと、後で内筒を押し込むのが容易となります。錠剤を乳鉢で砕いた場合には、乳鉢の底面に薬剤がこびり付くことが多いため、プラスチック製のスプーン等でそぎ落として、必ず薬剤の全量をシリンジ内に移動させるようにします。

実際に内服薬を投与する際には、馬に無口と曳き手を装着させて、馬の頭部の保定や制御を容易にすることが望ましく、もし可能であれば、補助者に保定を援助してもらいます。経口投与を嫌悪して、頭部を高く挙上してしまう馬の場合には、踏み台を容易しておきます。経口投与は、馬房内で実施しても構いませんが、蹄洗場などの床面がゴムで覆われている場所で実施すれば、万が一に、馬が薬剤を吐き出した場合にも、床に落ちた薬剤をすくい取って、また馬の口内に押し込むことが可能となります。経口投与に強く抵抗する馬に対しては、鼻捻棒を装着して保定することも出来ますが、鼻捻棒を着けられると硬直してしまい、口内に注入された薬剤を嚥下しない馬も多いため、普段から経口投与の手順に慣れさせておいて(薬剤を混ぜない蜂蜜だけを与える等)、鼻捻棒なしで自発的に嚥下させることが望ましいです。

馬の口内にシリンジを挿入する際には、切歯と臼歯の隙間(歯槽間縁)からシリンジ先を押し込むことで、馬がシリンジを嚙み砕いて、プラスチックの破片を誤嚥してしまうリスクを避けられます。この際、いきなりシリンジを口内に入れると、馬が驚いて頭部を挙上してしまうため、利き手にシリンジを持ち、反対の手の指で歯槽間縁(シリンジを入れるのと反対側)の粘膜をマッサージしながら、ゆっくりとシリンジを口内に押し込むと効果的です。その後は、シリンジ先端がノド奥の方向に向けて、シリンジ外筒の半分以上が口内に入るまで押し込み、馬の舌先ではなく、舌の上にシリンジ先がくるようにしてから、内筒を押して、シリンジ内の薬剤を口内に注入します。口内に薬剤が入ってきた瞬間に、急に頭部を挙上する馬もいるため、実施者または補助者が鼻梁に手を当てて、頭部の動きを制御するようにします。なお、舌を引き出しながら経口投与させると、薬剤を気管に誤嚥するため、実施は禁忌とされています。

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馬の舌上に薬剤を注入した後は、シリンジを引き抜くと同時に、下顎を持ち上げて、頭部を挙上させるようにします(鼻梁が地面と平行になるくらいの高さまで)。こうすることで、たとえ馬が口を開け閉めしても、舌上の薬剤が床に垂れてしまう事がなくなります。通常は、30秒ほど頭部を挙上させておけば、馬は口内にある薬剤を嚥下してくれるので、馬のノドの動きを注視しておくようにします。もし、馬がその状態のまま硬直して、なかなか嚥下をしない場合には、歯槽間縁を指でマッサージしたり、ノドをさすったり、持ち上げている頭部を左右に揺することで、馬が嚥下するのを促します。その後は、手を放して、馬の頭部を自由にしますが、口先に手をかざしておいて、万が一に、馬が薬剤を吐き出した場合には、それを受け止めて、再度、口内に押し込むようにします。経口投与の直後に、角砂糖などを与えれば、陽性強化(Positive reinforcement)で、馬が経口投与を嫌悪してしまうのを防ぎ、また、薬剤の苦味を紛らわせることも出来ます。

経口投与に使用したシリンジは、十分に水洗して、内筒を入れた状態で乾燥させることで、ゴム部分が膨張してしまうのを防ぎます。また、乳鉢やマドラーなどの器具も、毎回きれいに水洗しておきます。もし、同じシリンジを何度も使うことで、内筒が押し込みにくくなった場合には、ゴム部分にワセリンを塗って使うのが有効です。

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参考動画:GVEC How To Series: How To Give Oral Medications To Your Horse.





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安全な馬の点眼方法

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ホースマンの中には、馬の目薬がうまく差せずに苦労されている方もいらっしゃるようです。

一般的に、馬の眼病を治療するためのクスリは、筋注ではなく局所的に投与する場合が多いですが、点眼したクスリは、すぐに涙で流れてしまうため、一日に3回以上の点眼を要することが殆どです。このため、眼病の治療に際しては、獣医師が処方した目薬を、馬主や飼養管理者が自ら点眼しなくてはいけない事が多いと言えます。その際、点眼処置が適切に実施されなければ、目薬の効能が得られないばかりか、馬の目を傷付けてしまうリスクもあります。ここでは、安全な馬の点眼方法について紹介します。

参考資料:
How to Give Eye Medications to a Horse. AMERICAN COLLEGE OF VETERINARY OPHTHALMOLOGISTS, References, Tricks and Treatments: Oct12, 2020.

通常、馬は、目の周りを触られるのを怖がることが多く、特に、眼病を発症している場合には、触られるときに疼痛を呈するため、更に点眼作業を難しくしてしまいます。また、馬では、犬猫のように頭部を完全に固定することが出来ず、眼瞼を閉じようとする筋肉も強いことも、点眼作業の難易度をあげる要因となっています。

馬の目薬には、軟膏状と液体状のクスリがあり、軟膏薬のほうが点眼は容易になります。また、目を触られるのを極度に嫌悪する馬においては、補助者に無口と鼻梁を保定してもらう事が推奨され、必要に応じて、鼻捻棒を使って頭部を保定することで、馬が点眼されることに徐々に慣らしていける事もあります。

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軟膏状のクスリを点眼する際には、まず利き手でない方の手のひらの付け根を、治療する目の横に当てながら、人差し指を使って上眼瞼を持ち上げながら、親指で下眼瞼を押し下げます。そして、軟膏チューブを利き手に保持して、手のひらの付け根を目の横に当てながら、軟膏薬(5~6mmの長さ)を内眼角または結膜の縁に載せるように注入します。この際、馬が急に頭部を動かしても、軟膏チューブの先端で角膜を傷付ける事がないように、チューブの先端を内眼角のほうに向けておくことが推奨されます。その後は、上眼瞼を上下左右に動かすことで、軟膏を角膜全体に塗り拡げるようにします。

なお、上眼瞼が重度の炎症や腫脹を起こしていて、触ったときの痛みが強い場合には、下眼瞼を押し下げるだけで、目薬を注入できる事もあります。また、軟膏チューブから直接クスリを注入する代わりに、軟膏薬を人差し指または親指の腹に載せておいて、それを内眼角または結膜に塗り込む方法もあります。この場合、角膜を傷付けるリスクが少ないですが、処置前に手指を十分に洗浄するか、手袋を着用する必要があります。

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一方、液体状のクスリを点眼する際には、前述と同じ手順で、上下眼瞼を開かせた後、点眼瓶の先端を内眼角に当てて、薬液を滴下しますが、当てた際に目を背ける馬も多いため、1mLシリンジに点眼液を吸って、内眼角または結膜に滴下する手法もあります。この際、補助者が馬の頭部を肩でかつぐようにして、馬の鼻先を斜め上方に持ち上げることで、治療する側の目が上になるように頭部を傾けさせると、薬液を滴下するのが容易になります。

また、液体状のクスリをシリンジ内に吸うときには、注射針を使うほうがやり易いですが、薬液を滴下するときには、針を外してシリンジ先を内眼角に当てるか、針の金属部分を折ってから、内眼角または結膜に向けて薬液を吹き付ける方法があります。この場合も、シリンジの先端を内眼角のほうに向けておくことが好ましく、また、薬液を角膜表面に吹き付けるのは避けるようにします。

いずれの点眼法を用いる場合にも、馬は頭部を背けて嫌がることが多いので、陽性強化(Positive reinforcement)によって徐々に点眼処置に慣らしていくため、角砂糖や人参を準備しておき、馬が処置を許容するたびに、御褒美をあげるようにします。また、警戒心が強かったり、臆病な馬に対しては、獣医師に依頼して、初回の点眼処置だけは鎮静をしてから行うことも推奨されます。

参考動画1:Medication of the Eye: Equine


参考動画2:How to Apply Eye Ointment to a Horse


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馬の文献:息労(Picandet et al. 2003)

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「回帰性気道閉塞(息労)の罹患馬に対するイソフルプレドンおよびデキサメサゾンによる治療効果および許容性の比較」
Picandet V, Leguillette R, Lavoie JP. Comparison of efficacy and tolerability of isoflupredone and dexamethasone in the treatment of horses affected with recurrent airway obstruction ('heaves'). Equine Vet J. 2003; 35(4): 419-424.

この研究では、馬の回帰性気道閉塞(Recurrent airway obstruction)(息労:Heaves)に対する有用な治療法を検討するため、十二頭の回帰性気道閉塞の罹患馬を用いて、カビた乾草および藁敷料に暴露することで呼吸器症状を誘発(Induction of respiratory signs)してから、イソフルプレドンの筋肉内投与(Intra-muscular administration)およびデキサメサゾンの経静脈投与(Intra-venous administration)を実施して、治療効果および許容性の比較(Comparison of efficacy and tolerability)が行われました。

結果としては、イソフルプレドンおよびデキサメサゾンのいずれの投与によっても、探知可能な副作用を伴わない良好な許容性が示され、投与後の三日目から肺機能(Lung function)の改善が認められました。また、いずれの薬剤の投与によっても、副腎皮質刺激ホルモン(Adrenocorticotropic hormone: ACTH)による刺激試験(ACTH stimulation test)の異常を伴わない、血中コルチゾル濃度(Blood cortisol levels)の低下が見られましたが、イソフルプレドンの投与後には、血清カリウム濃度(Serum potassium level)が低下している血液検査所見が認められました。このため、回帰性気道閉塞の罹患馬に対しては、イソフルプレドンおよびデキサメサゾンのいずれの投与によっても、同程度の治療効果および許容性が期待できることが示唆されましたが、その臨床応用に先立っては、低カリウム血症(Hypokalaemia)の続発に関する更なる検証を要する、という考察がなされています。

一般的に、馬に対するコルチコステロイド投与では、副腎皮質抑制(Adrenal suppression)、蹄葉炎(Laminitis)、免疫抑制に起因する二次性細菌感染(Secondary bacterial infections due to immuno-suppression)などの合併症(Complications)の危険性が知られており、今回の研究でも、ACTH刺激試験の結果には陰性である、可逆的(Reversible)な副腎皮質抑制が生じていた事が確認されました。一方、イソフルプレドンは、馬の呼吸疾患の治療のため市販されているコルチコステロイド薬剤のひとつで、今回の研究で示されたような低カリウム血症は、牛や人間への投与例においても報告されており(Vita et al. Clin Neuropath. 1987;6:80, Sielman et al. JAVMA. 1997;210:240, Peek et al. Vet Therapeutics. 2000;1:235)、馬に対する投与における長期的な有害作用(Long-term adverse effect)に関しては、今後の検証を要すると考えられました。

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馬の病気:息労

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馬の疼痛エソグラムの有用性

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馬の健康問題で最も多く見られるのが運動器疾患であり、運動器の疼痛によって歩様の左右対称性が失われた状態を、一般的には「跛行」と呼んでおり、点頭運動やヒップボブ動作によって跛行の存在が視認されてきました。しかし、近年では、騎乗時の馬の行動様式から、運動器の疼痛を検知しようという試みがあり、幾つかの馬の行動パターンが、疼痛の存在と相関することが分かってきました。もし、馬が疼痛を感じているか否かを、微妙な馬の行動変化から読み取ることが出来れば、それを跛行前駆症状と見なして、休養を置くなどの悪化予防の対策を取ることが可能となります。また、そのような騎乗時の疼痛行動のなかには、パフォーマンス低下に直結するものもありますので、行動変化も疼痛の症状に含まれると考えれば、「痛みが歩様不整を起こしたら跛行」という今までの常識が覆されて、「痛みが行動変化を起こしたら跛行」という新たな定義が生まれる可能性もあります。

騎乗時の馬の疼痛を示す行動様式としては、以下の24種類が評価されています。
行動①:頭部の位置を繰り返し変更する。
行動②:頭部を繰り返し左右に傾ける。
行動③:鼻梁が垂直より30度以上になるほど鼻先を突き出す(10秒以上)。
行動④:鼻梁を垂直よりも10度以上巻き込む(10秒以上)。
行動⑤:頭部の位置を頻繁に変えたり頭部を左右に振ったり上方へ振り上げたりする。
行動⑥:耳をふせる(5秒以上)。
行動⑦:目を閉じたり(2-5秒)頻繁に瞬きする。
行動⑧:繰り返し白目が見える。
行動⑨:騎乗者を緊張した目つきで見返す(5秒以上)。
行動⑩:繰り返し開口する(10秒以上)。
行動⑪:舌を頻繁に出し入れする。
行動⑫:ハミが口角から左右に出入りする。
行動⑬:尻尾を真下に巻き込んだり片方に曲げて保持する。
行動⑭:尻尾を上下・左右または円を描くように激しく振り回す。
行動⑮:慌てたように歩数が増したり(15秒で40歩以上)は速歩や駈歩でリズム不整や速度が頻繁に変わる。
行動⑯:不活発に歩数が減ったり(15秒で35歩未満)パッサージュ様の速歩をする。
行動⑰:速歩又は駈歩で後肢が前肢の蹄跡を踏まなかったり左右にズレたり(3歩以上)。
行動⑱:逆手前の駈歩を頻繁に出したり前後肢の手前が合わない。
行動⑲:勝手に歩様を変える(速歩→駈歩または駈歩→速歩)。
行動⑳:何度も蹉跌したり両後肢の蹄尖を引きずる。
行動㉑:扶助に反して動きの方向を急激に変えたり驚いて暴れる。
行動㉒:歩様を伸ばすのを嫌悪したり勝手に止まる。
行動㉓:後肢で立ち上がる。
行動㉔:後肢で蹴ったり後退する(片後肢または両後肢)。


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英国の跛行診断の専門家であるスー・ダイソン博士らは、①~㉔のような行動様式の有無を判定して点数化するシステムを確立しており、これを「騎乗時の馬の疼痛エソグラム」(Ridden Horse Pain Ethogram)と呼んでいます。そして、この疼痛エソグラムを用いた研究[1]では、60頭の競技馬が騎乗されているときの行動様式を評価した後、その際の跛行グレードおよび騎乗者のスキルスコアとの相関が解析されました。

結果としては、健常馬と跛行馬を比較した場合に、複数の疼痛エソグラムの項目において、発現する頻度が明瞭に異なる傾向が認められました。両郡で有意差があった例としては、馬が耳を後ろに伏せる行動(5秒以上)を示す割合は、健常馬では44%でしたが、跛行馬では77%に上っていました(上述の行動⑥)。また、騎乗者を緊張した目つきで見返す行動(5秒以上)を示す割合は、健常馬では50%でしたが、跛行馬では82%に上っていました(行動⑨)。さらに、何度も蹉跌したり両後肢の蹄尖を引きずる行動を示す割合は、健常馬では31%でしたが、跛行馬では64%に上っていました(行動⑳)。

この研究では、疼痛エソグラムの8項目以上に当てはまることが、跛行症状を呈している指標になりうると結論付けられています。また、実験に用いられた馬の全頭が、クライアントからは問題なく騎乗運動をこなしていると見なされていましたが、獣医師の視診では73%の馬に軽度跛行(跛行グレードは八段階中の二以下)が認められ、駈歩での歩様異常が確認された馬も47%に上っていました。このため、疼痛エソグラムの諸項目にあるような行動様式を観察することで、軽度な跛行や運動器疼痛を早期に発見できて、早期治療に繋げたり、重篤な疾患を予防することが可能になると提唱されています。

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他の研究[2]では、馬場馬術のワールドカップ(計9大会)に参加した147頭の競技馬において、演技の動画から疼痛エソグラムにある行動様式を評価して、競技成績との相関が評価されました。その結果、疼痛エソグラムのスコアと、審判による競技点数のあいだに、中程度な負の相関が認められました。ただ、疼痛エソグラムのスコア中央値は3(範囲0~7)とかなり低くなっていました。このうち、発生頻度の高かった行動としては、繰り返し開口する行動(10秒以上)を示した馬が68%に上ったほか(行動⑩)、鼻梁を垂直よりも10度以上巻き込む行動(10秒以上)を示した馬が67%(行動④)、騎乗者を緊張した目つきで見返す行動(5秒以上)を示した馬が30%(行動⑨)、尻尾を激しく振り回す行動を示した馬が29%(行動⑭)などとなっていました。

この研究では、高いレベルの乗馬競技に参加している馬において、高いパフォーマンスを実践した馬ほど、疼痛エソグラムの行動様式を取る割合が低いことが分かりました。このため、騎乗時の馬の行動様式のスコアが、その時点での各馬の競技能力を判定する指標になりうることが示唆されており、スコア増加に繋がる要因としては、筋肉の疲労度、運動器の違和感、精神的な不安定性等が考えられました。一方、この研究では、競技に用いられているハミの種類は多様であったことから、特に行動⑩のように、開口を繰り返す行動については、運動器の疼痛、または、馬具による影響の差異や度合いを精査する必要があると考察されています。

さらに、類似の研究[3]では、英国のグランプリ馬場馬術チャンピオンシップ(計2大会)に参加した計64頭の競技馬において、演技の動画を用いて疼痛エソグラムの行動様式を評価して、競技成績との相関が評価されました。その結果、前述の研究と同様に、疼痛エソグラムのスコアと競技点数のあいだに、中程度な負の相関が認められ、騎乗時の馬の行動によって、競技能力を判定できる可能性が示唆されました。なお、疼痛エソグラムのスコア中央値は4又は6(範囲0~9)と低くなっており、発生頻度の高かった行動としては、耳をふせる(5秒以上)、騎乗者を緊張した目つきで見返す(5秒以上)、尻尾を激しく振り回す、後肢の蹄尖を引きずる、繰り返し舌を出す、尻尾を片方に曲げて保持する、等が含まれました。

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そして、同研究者による次の研究[4]では、英国の総合馬術競技会(計3大会)に参加した計841頭の競技馬において、演技の動画から疼痛エソグラムの行動様式を評価して、競技成績との相関が評価されました。その結果、疼痛エソグラムのスコアと、馬場馬術の減点のあいだに、中程度な正の相関が認められ、また、最終的な順位が1~3位の馬では、有意に低い疼痛エソグラムのスコアが認められました。さらに、馬体検査で失格となったり、競技を棄権した馬においても、有意に高い疼痛エソグラムのスコアが認められました。そして、疼痛エソグラムのスコアが8以上の馬では、競技を通しての総合減点が有意に低いことも示されています。なお、疼痛エソグラムのスコア中央値は4(範囲0~12)と低値を示していました。

この研究において、発生頻度の高かった行動としては、鼻梁を垂直よりも10度以上巻き込む行動(10秒以上)を示した馬が59%に上ったほか、騎乗者を緊張した目つきで見返す行動(5秒以上)を示した馬が47%、頭部を繰り返し左右に傾ける行動を示した馬が40%、何度も蹉跌したり両後肢の蹄尖を引きずる行動を示す馬が37%、耳をふせる行動(5秒以上)を示した馬が36%、などとなっていました。また、レベルの異なる三つの大会で、視認される行動様式に有意な差異があることも分かり、例えば、耳をふせる行動を示した馬の割合は、高レベルの競技会では25%に留まったのに対して、低レベルの競技会では57%に達していました。

この研究では、騎乗時の馬の行動によって、演技時のコンディションを評価できる可能性が示唆されており、その要因としては、疼痛エソグラムの点数の低さが、減点の少なさ、上位の順位になる割合、競技を完走する割合(失格や棄権とならない)等と有意に相関するというデータが挙げられています。また、前述の研究において、運動器の疼痛が存在する指標とされた、疼痛エソグラムのスコアが8以上を示す馬は、全体の9.3%に上っていたことから、高いレベルの競技会に参加する馬であっても、騎乗時の行動を精査することによって、軽度の運動器疼痛を抱えている個体を発見して、重篤な疾患を事前に予防できる可能性があると考えられました。

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以上のように、馬の騎乗時における疼痛エソグラムのスコアは、跛行や運動器疼痛の存在を示すことに加えて、競技能力やコンディションとも有意に相関しているというデータが示されており、疼痛を起こす病態の早期発見のみならず、競技パフォーマンスを事前予測する指標になる可能性も示唆されています。一方で、疼痛エソグラムにある24個の行動様式のうち、どれが最も有用な指標であるかについては、競技の種類やレベルによって差異がある傾向が認められ、これには、各競技による騎乗方法や扶助の使い方の違いに起因するという考察がなされています。

今後の研究では、疼痛エソグラムの総合スコア(スコア8以上だと疼痛がある)による判定だけではなく、どの行動様式の場合には、どのような疼痛が存在するのか(筋肉痛v.s.関節痛)、そして、どの行動様式がどのレベルまで視認されたときに、それを有意な変化と見なすのか(ランダムな歩様イレギュラーや騎乗者の扶助への反応行動とどう見分けるか)という課題を検討していく必要があると言えそうです。

同研究者の総説[5]によれば、騎乗時の馬の疼痛エソグラムは、獣医師による跛行検査と異なり、クライアント自身が馬の行動を観察するだけで点数化できることから、経時的に自馬の健康チェックをする目的で実践可能であるという利点が指摘されています(騎乗後に動画見返す等)。また、獣医師がプアパフォーマンスの馬を診察したり、跛行検査で診断麻酔の効き目を評価するときにも応用可能であると言えます。さらに、疼痛エソグラムによって、見た目上の跛行に至っていない極めて軽度の運動器疼痛も検知できる可能性があることから、購入前検査における馬のコンディションレポートの一環として応用することも出来ると提唱されています。

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参考文献:
[1] Dyson S, Pollard D. Application of a Ridden Horse Pain Ethogram and Its Relationship with Gait in a Convenience Sample of 60 Riding Horses. Animals (Basel). 2020 Jun 17;10(6):1044.
[2] Dyson S, Pollard D. Application of the Ridden Horse Pain Ethogram to Elite Dressage Horses Competing in World Cup Grand Prix Competitions. Animals (Basel). 2021 Apr 21;11(5):1187.
[3] Dyson S, Pollard D. Application of the Ridden Horse Pain Ethogram to Horses Competing at the Hickstead-Rotterdam Grand Prix Challenge and the British Dressage Grand Prix National Championship 2020 and Comparison with World Cup Grand Prix Competitions. Animals (Basel). 2021 Jun 18;11(6):1820.
[4] Dyson S, Pollard D. Application of the Ridden Horse Pain Ethogram to Horses Competing in British Eventing 90, 100 and Novice One-Day Events and Comparison with Performance. Animals (Basel). 2022 Feb 25;12(5):590.
[5] Dyson S. The Ridden Horse Pain Ethogram. Equine Vet Edu. 2022;34(7):372-380.

参考動画:EVE Video Abstract, No 18, The Ridden Horse Pain Ethogram


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馬の5つの自由

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馬をはじめとする飼育動物たちは、本来の自然界での生活を送ることはできず、制限された環境で飼養されています。このため、私たち人間には、飼育動物が可能な限り快適で、可能な限り苦痛を受けずに暮らしていけるようにする義務と責任があります。そこで、1960年代の英国では、飼育動物の管理方法を改善し、動物の福祉を確保することを目的として、「動物の5つの自由」(The Five Freedoms for Animal)という下記の理念が定められ、これは現在でも、国際的に認められている動物の福祉基準となっています。

動物の自由1: 飢えと渇きからの自由(Freedom from Hunger and Thirst)
動物の自由2: 不快からの自由(Freedom from Discomfort)
動物の自由3: 痛み・傷害・病気からの自由(Freedom from Pain, Injury or Disease)
動物の自由4: 恐怖や抑圧からの自由(Freedom to behave normally)
動物の自由5: 正常な行動を表現する自由(Freedom from Fear and Distress)

これらの5つの自由は、ヒトが飼養している全ての動物に対して与えられなければならない、と考えられており、言うまでもなく、馬においても同様です。ここでは、「馬の5つの自由」を確保するために具体的にどうすれば良いのか、という知見を紹介します。

参考資料:
Dale Rudin. The Five Freedoms and Equine Welfare: The Five Freedoms and equine welfare standard set by the British Farm Animal Council sheds some light on whether your horse may be happy. Horse Illustrated, Topics, Horse Care, Horse Adoption, Welfare, and Charities: Aug19, 2022.



馬の自由1:飢えと渇きからの自由

馬に対して、「飢えと渇きからの自由」を保障するためには、常に十分かつ清潔で、丁度よい温度の飲料水を提供することが大切です。つまり、水桶やウォーターカップは毎日洗浄して、一日中、十分な飲料水が飲めるようにし、その水の温度は、出来る限り摂氏7~18℃を保てるように努めます。また、飼料に関しては、本来の馬の生活スタイルでは、一日の16~18時間を牧草を食むことに費やしますので、可能な限りそれに近づけるよう、飼料の給餌回数を増やすことに加えて、もし可能であれば、牧草地で放牧させる時間を取るようにします。また、一般的な馬の飼養環境では、粗飼料の全てを新鮮な青草でまかなうことは困難であり、止むを得ず、乾草や濃厚飼料で代替することになるため、どうしても不足する栄養素が出てきます。このため、適切なサプリメントを飼料添加することで、馬体に必要な栄養成分を全て充足できるように努めます。

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馬の自由2:不快からの自由

馬に対して、「不快からの自由」を保障するためには、馬の飼養スペースが充分に快適であることが必要です。特に、厩舎飼いされている馬にとっては、馬房スペースの諸要因がこれに関わってくる事になり、馬房が十分な広さであること、適切な換気がされていること、快適な床素材と敷料が提供されていること、安全な建築構造であること、悪天候を遮蔽できること、などが含まれます。国際的には、適切な馬房のサイズは3.66メートル四方(12フィート四方)であると言われており、また、快適に寝そべるために十分な量の敷料があって、馬が横臥して四肢を完全に伸ばせるだけの広さと形状にすることが推奨されています。

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馬の自由3:痛み・傷害・病気からの自由

馬に対して、「痛み・傷害・病気からの自由」を保障するためには、①バランスの取れた飼料給餌によって病気を予防すること、②怪我や故障を起こさない厩舎および馬場の環境を整備すること、および、③普段の馬体のケアおよび医療的な疾病予防・治療を提供すること、などが挙げられます。①については、適切なカロリー計算に基づいて、飼料の量と内容を決めて、馬体に必要な全ての栄養素を給与するよう努めることが大事となります。また、②については、快適な馬房環境で十分な休息を取れるよう努めることに加えて、馬が擦り傷や寝違えをしないような馬房構造にすることも大切です。さらに、馬場の砂に関しても、正しい組成と十分量を維持して、怪我や故障を予防することも②に含まれます。そして、③については、ブラシ掛け、裏掘り、洗体などの日常的な馬体のケアを通して、病気や怪我の早期発見および予防を図ることが大切です。また、定期的な健康診断や予防接種、歯科検診、装蹄を実施することに加えて、跛行や疝痛の徴候が認められた際には、速やかに獣医師の診察を仰ぐことも大切だと言えます。もう一つ、鞍や頭絡などの馬具の装着具合いを定期的に点検することも、馬装不備による怪我や故障を防ぐために不可欠だと言えます。

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馬の自由4:恐怖や不安からの自由

馬に対して、「恐怖や不安からの自由」を保障するためには、馬の騎乗や調教を行なうことが、馬にとって楽しく、興味を持てて、かつ、安心と情熱という報酬を得られるものとしていくことが必要です。たとえば、馬が扶助に対して瞬間的に反応しないからと言って、それを強制したり、鞭を使うなどの負の結果ばかり与えていると、馬の脳ミソの恐怖中枢が刺激され、ストレスホルモンが分泌されて、生活の質の低下を招いてしまいます。馬がストレスの多い状況に何度も曝されると、馬自身の気性が不安定になり、神経質かつ用心深くて(過覚醒的)、過敏反応ばかり示す性格になってしまいます。必要なのは、その逆で、馬の調教やハンドリングの過程を、穏やかで、馬を勇気づける方向性で、なおかつ、ポジティブな精神的反応を促すようにしていく事だと言えます。

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馬の自由5:正常な行動を表現する自由

馬は本来、自分の意図通りに動き回り、周囲の環境を探索し、社会的交流を求め、寝ころび、走り、遊び、休み、そして、食べるという生活を送る動物です。そして、馬に対して、「正常な行動を表現する自由」を保障するためには、これらの行動を制限なく取れるような飼養環境を提供することが必要であり、もしそれが妨げられると、抑鬱、不安症、攻撃性、消化器異常、悪癖、および、予想外な異常行動などを示すようになってしまいます。勿論、厩舎飼いされている馬において、上記を全て満たすような飼養環境を提供することは大変です。しかし、可能な範囲において、放牧地に馬を放して、自由に動き回り、探索し、他の馬たちと交流できるようにすると同時に、十分な広さと快適性を持つ馬房を提供することで、正常行動の表現を制限しないよう努めていくことが大切だと言えます。

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馬の5つの自由に関して重要なこと

言うまでもなく、現代社会で飼養されている殆どの馬たちは、動物の福祉が確保された状況で飼われている筈です。しかし、上記のような、5つの自由という理念に基づいて、もう一度、飼養管理の諸要素を再点検していくことで、馬をより快適に、より健康に、そして、より幸せにしていくための、飼養方法の改善点が見えてくるのかもしれません。

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馬のリハビリ療法:10個の重要事項

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馬の運動器疾患のなかでも、腱や靭帯、関節組織の損傷は、治癒に長期間を要することが多く、その治療期間中には、筋委縮によるパフォーマンスの低下を起こすことが一般的です。近年、馬の獣医療においては、ヒト医療におけるリハビリ療法と同様に、長期間の病気療養で下がってしまった馬の競技能力を、如何に短期間かつ有効に回復させていくか、という理念が生まれ、その技術や知見が深まってきています。ここでは、そのような馬のリハビリ療法に関する重要事項をまとめた記事を紹介します。

参考資料:
UC Davis Center for Equine Health Horse Report. 10 Sport Horse Medicine and Rehabilitation Facts. The Horse, Topics, Article, Equine Rescue and Rehabilitation, Sports Medicine, Sports Nutrition, Welfare and Industry: Sep8, 2022.

重要事項1:リハビリ療法の専門医
実は、馬のリハビリ療法は、比較的に新しい専門分野であり、米国においても、スポーツ医療とリハビリ療法の専門医制度が確立されたのは2018年になってからです。ちょうどヒトのスポーツ選手が、スポーツ医療に特化した専門医師による指導でリハビリを行なっているのと同様に、獣医学の領域においても、スポーツ医療およびリハビリ療法の深い知識と技術を持った専門医が、馬を始めとするスポーツ競技に使役される動物に対して、生活の質とパフォーマンスを向上させるケアを行なうようになってきました。そして、この専門医制度の重要な目的は、科学的根拠に基づいた研究を実施して、リハビリ療法の知見を深めると同時に、有効なリハビリ療法のプロトコルを確立させていくことにあると提唱されています。

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重要事項2:ヒトのリハビリ療法のやり方が馬に当てはまるとは限らない
ヒト医療において、物理的療法が奏功してきた背景には、運動器の治癒過程に関する科学的知見が深化してきたからだと言われており、これには、様々な運動器組織における治癒速度に関する理解が確立されてきたことが含まれます。一方、馬のリハビリ療法においては、様々なリハビリ療法の有効性を示すための、多数の症例を対象とした無作為割り当ての研究が不足している、という警鐘が鳴らされています。そして、リハビリ療法の効率的なプロトコルを築き上げていくためには、より科学的かつ臨床的な視点に基づくデータを積み重ねていく必要があると提唱されています。ヒト医療のデータ転用ではなく、馬のリハビリは、馬のデータに則って確立させていく必要がありそうです。

重要事項3:リハビリ療法の良し悪しは確定診断に掛かっている
馬の運動疾患に対する初期治療は、臨床症状を元に判断されることが一般的です。しかし、その後に、リハビリ療法の機能的な調整を行なっていくためには、各馬の病態を正確に把握することが必須であり、そのためには、疼痛、固有受容器、関節可動域、筋力、運動制御能力、持久力、神経筋機能などを総括的に評価することが重要になってきます。リハビリ療法の計画を最も効率よく改善して、治療成績を向上させていくためには、運動器疾患の一次病態を明確に認識することが大切だからです。病気の診断は、リハビリ開始前だけでなく、リハビリの最中にも実施していくのが重要だと言えそうです。

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重要事項4:リハビリは過程であり、常に計画の調整を要する
最適なリハビリ療法の計画においては、此処の運動器疾患が治癒していくステージに応じて、最善の治療内容を決定していく必要があります。そのためには、リハビリ療法の専門家に指導を仰ぎ、最も安全かつ効力の高い手法を判断していく事になります。成功をもたらすリハビリ療法は、馬主と獣医師、装蹄師、栄養士、馬の飼養管理者などのチームワークと協働作業が必須であり、全ての馬に対して、これさえ実施すれば良いというリハビリメニューは存在しないという認識が重要です。基本的に、馬のリハビリメニューは、オーダーメイドにしなくてはいけない、という事のようです。

重要事項5:馬房休養は良い面だけではない
古典的に、馬のリハビリにおいては、長期間に及ぶ馬房休養が行なわれてきましたが、近年の研究では、馬体を動かさないことは、筋機能や関節柔軟性に悪影響を与えて、関節軟骨の変性や瘢痕組織の形成を進行させてしまうことが分かってきました。そのため、リハビリ療法の新しい方針としては、損傷部位の治癒を促進しながらも、馬を動かし続けることが試みられており、運動管理療法がリハビリの中で重要な一面を占めてきています。この考え方は、変性関節疾患などでは特に重要であり、馬房休養が長すぎることで、病態を悪化させるリスクを考慮する必要が出てくるのです。

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重要事項6:食餌の問題が競技能力低下を引き起こす
馬が怪我や病気になったときには、健康なとき以上に、体重とボディコンディションスコアを評価することが大切になってきます。リハビリ期間中には、馬の体重や活動量が変化していくので、栄養学的な評価を実施することが推奨されます。それに併せて、肥満や筋力低下などの問題が起きないような食餌管理を行ない、怪我のリスクを抑えながらも、筋力増強と運動能力向上を図っていくことが必要になってきます。やはり、運動メニューと食餌メニューの両方を改善することで、はじめて有効なリハビリ療法を築き上げていけると言えそうです。

重要事項7:リハビリ療法は競技馬だけのためではない
適切なレベルの運動能力を維持することは、競技馬のみならず、全ての馬において重要であり、特に高齢馬ではその必要性も増すと言えます。リハビリ療法の計画は、筋機能の維持、パフォーマンス向上、長期的な生活の質を維持するため、各馬の年齢や活動内容に応じて、個別に仕立てていくことが大切です。そして、病気の予防的観点に立てば、病態の早期診断と狙いを定めた治療法が重要になってきます。

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重要事項8:馬の水泳療法は無呼吸による影響を生じる
馬が水泳運動を行なっている時には、鼻孔を狭めて、無呼吸を維持する時間があり、これによって、馬体の浮力を得ることに加えて、哺乳類における潜水反射(Mammalian dive reflex)を生じることが知られています。全ての陸上脊椎動物は、半身浸水時の潜水反射によって、心拍数を下げて、血液を心臓と脳に再分布させることで酸素を節約します。このため、水泳療法の効能を評価するときには、呼吸器病態を悪化させていないかを注視することが重要になってきます。近年、馬のリハビリに応用されている水泳も、充分に注意しながら実施していく必要がありそうです。

重要事項9:肢巻きやプロテクターが肢端の発熱を引き起こす危険性
馬の運動時に装着される肢巻きやプロテクターは、筋肉に乏しい馬の肢端を保護するために有益です。しかし、無装着の場合に比べて、肢巻きやプロテクターの装着によって、肢端組織の発熱に繋がるという研究結果が示されています。その要因としては、肢巻きやプロテクターによって肢端部における発汗が妨げられることが挙げられており、ポロラップという種類の肢巻きでは、肢端の湿度が94%に達したと報告されています。特に、屈腱炎や靭帯炎のリハビリ療法では、肢巻きの有無やタイプにも注意を払って、発熱による病態の悪化や再発を防いでいくことが大切です。

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重要事項10:騎手と馬装もリハビリ療法の一端を担う
騎乗者の左右不均等性や、不適切に装着された馬具は、一次疾患を悪化させるのみならず、病態の再発に繋がることもあります。特に、鞍の装着については、リハビリ期間中に何度も再評価することが推奨されており、その失宜は、運動負荷や馬体のコンディションに大きな悪影響を与えうることが知られています。このため、リハビリ療法の期間中には、年数回の頻度で、鞍の装着具合いを評価して、馬体の強化および筋力増強を図ることが推奨されています。

馬の運動器疾患において、これまでは、「病気を治す」ことが主要素であり、その後に必要となる「競技能力の回復」については、あまり着目されていなかったのかもしれません。しかし、馬の能力をマイナスからゼロに戻す(=病気の治療)ことと同じくらいに、ゼロからプラスへと伸ばす(=パフォーマンスの回復)ことは重要であると言えます。今後は、どの病気のどのステージであれば、どのような運動メニューが有益であるのか、という知見やエビデンスを蓄積して、最適なリハビリ療法のプロトコルを確立させていく努力が必要なのではないでしょうか。

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馬の跛行をスマホで見つける?

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馬に起こる健康問題で最も多いのは、運動器疾患に起因する跛行であることが知られています。その中でも、特に後肢の軽度跛行は、前肢の跛行に比べて、ホースマン自身で気付くのが難しいことがあるため、獣医師への相談が遅れるケースもあると考えられます。一方、近年は、スマホ機器の発達によって、様々な測定機能が付与された結果、垂直または水平方向への加速度をスマホで計測できるようになってきました。

ここでは、スマホ機器を使って、馬の後肢跛行の検知を試みた知見を紹介します。この研究では、後肢の跛行と診断された301頭の症例馬に対して、スマホ機器を骨盤の頂点部(仙骨突起の中間点)に両面テープで固定した状態で、速歩の歩様にて、骨盤の非対称性指標(最小垂直動態振幅、最大垂直動態振幅、上方向振幅)の計測、跛行グレードとの比較、および、診断能の高さを示すROC曲線下面積(AUC)の解析が行なわれました。

参考文献:
Marunova E, Dod L, Witte S, Pfau T. Smartphone-Based Pelvic Movement Asymmetry Measures for Clinical Decision Making in Equine Lameness Assessment. Animals (Basel). 2021 Jun 3;11(6):1665.

結果としては、骨盤の非対称性指標と跛行グレードのあいだには、有意な相関が認められ、上方向振幅(AUC>0.801)、最大垂直動態振幅(AUC>0.728)、最小垂直動態振幅(AUC>0.688)の指標で、いずれも中程度の診断能が確認されました。また、跛行馬と無跛行馬を鑑別する場合には、上方向振幅が7.5mm以上、最大垂直動態振幅が4.5mm以上、最小垂直動態振幅が2.5mm以上をカットオフ値とすることで、75%を越える感度が達成されました。このため、スマホを使って骨盤の左右非対称な動きを検知することで、後肢跛行の客観的な検知が可能であるというデータが示されました。なお、この場合には、上方向振幅のカットオフ値での特異度は、67.6%と中程度に留まりました。

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この研究では、跛行の検知という意味では、骨盤の上方向振幅における非対称性が、最も診断能が高いという結果となり、跛行と無跛行との鑑別能を最適化する場合には、上方向振幅が5.5mm以上をカットオフ値とする場合において、85.2%という高い感度が達成されました。しかし、このカットオフ値では、跛行検知の特異度は51.9%に留まっていました。つまり、実際に馬が後肢跛行を呈していた場合、スマホ診断でそれを見逃す確率は14.8%とかなり低く抑えられるため、後肢跛行のスクリーニングとして有用ではあるものの、一方で、無跛行の馬であっても、スマホ診断によって後肢跛行であると誤診されてしまう確率が48.1%に上ってしまうことから、取り越し苦労になってしまうケースも起こり易いと考えられました。

この研究では、スマホ機器を使った後肢跛行の検知に関して、幾つかの限界点が指摘されており、それには、スマホの内部にある加速度センサーを、正確に正中線上に設置しないと、骨盤の動きを適切に計測できないことが挙げられています。また、研究用の大掛かりな歩様解析装置と異なり、スマホを用いた計測法では、馬体の一箇所(骨盤の仙骨突起部)の動きしか計測していないので、前肢跛行が原因で骨盤の動きが非対称になった場合にも、後肢跛行であると検知されてしまうこともあり、これも本手法の限界点であると考察されています。

一方、後肢跛行の診断能における感度と特異度が、良好(>90%)または非常に良好(>99%)というレベルには達していない点については、あくまでスクリーニング検査として用いる場合であれば、許容される範囲であると考えられました。つまり、スマホ機器で跛行が疑われた時には、陽性的中率(1-特異度)の低さを前提として、速やかに獣医師の精密検査を受けることが推奨されています。また、症例によっては、初診時の医学的な跛行検査および画像診断で病態が特定された後、スマホ診断を、跛行の確定診断後における経過観察として用いる目的であれば、十分に有用であるという考察もなされています。

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馬の旋回癖への対処法

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馬の旋回癖とは、馬房の中で、円を描くように歩き回る動作を持続的に繰り返す異常行動を指し、サク癖や熊癖と並んで、馬の悪癖の一つに挙げられています。馬によっては、旋回するだけでなく、壁を蹴ったり前掻きする行動を伴うこともあり、また、パドック放牧に出したときにも旋回を繰り返す個体も見られます。ここでは、馬の旋回癖への対処法について紹介します。

参考資料:
Khawaja AA. Horse Stall Anxiety: All You Need to know! KeepingPet: Jan6, 2022.
Blocksdorf K. Why Horses Stall Walk or Fence Walk. TheSprucePets: Oct25, 2019.
Stall Vices Linked to Digestive Discomfort in Horses. Kentucky Eq News: Nov9, 2017.
Murphy M. Stopping stall walking in horses. Spalding Laboratories: Aug20, 2014.
Camargo AF. Stereotypic Behavior in Horses. University of Kentucky.



馬の旋回癖の原因と弊害

馬の旋回癖の原因は、ハッキリとは特定されておらず、此処の馬によって差異があると考えられていますが、一般的に、馬が退屈さや苛立ちを感じて、それを発散する行動であると言われています。その要因としては、他の馬から離れている孤独感、および、エサを食べていない時間や、馬房で過ごしている時間が長すぎることが挙げられています。馬という動物は、本来、群れで暮らしていて、一日の時間の3/4以上を摂食に費やす生活スタイルであるからです。また、馬が何かに怯えている場合にも、旋回癖を示すとも考えられています。

一方、馬の健康面に問題がある時にも、痛みや違和感に起因する苛立ちや不安感から旋回行動を示すことがあると言われており、最も多いのは、胃潰瘍によって慢性的な腹痛を呈しているケースが挙げられています。また、腸管への砂貯留による腹部鈍痛、慢性的な尿路感染による排尿時の痛みや違和感によって、馬が苛立ちや不安を覚える可能性もあります。さらに、メス馬の発情周期に伴うフケ行動、および、卵巣の腫瘍によってホルモン動態が不安定になった際にも、精神的な苛立ちから旋回行動に至ることもあります。

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馬が旋回癖になってしまうと、一日中歩き回ることで筋疲労を起こして、騎乗時のパフォーマンス低下、および、腱靭帯の疾患を誘発する(筋疲労状態で運動すると球節の過沈下を起こすため)という弊害があります。また、馬房の敷料が糞尿とかき混ぜられて、馬房掃除の手間が増えるだけでなく、蹄鉄の釘が緩んで落鉄を起こし易くなることもデメリットです。また、壁を蹴ることで、後肢の怪我を続発するリスクもあります。さらに、放牧中に旋回をする馬では、牧草が掘り返されて地面が露出したり(砂の誤嚥を誘発する)、蹄跡が深くなってしまうことも弊害だと言えます。



馬の旋回癖への対処法

馬の旋回癖を止めさせるためには、馬房にゴム板やタタミ等の障害物を吊るして、物理的に歩き回りにくくする方策もありますが、殆どの場合、障害物を避けながら狭い範囲で旋回を続けたり、旋回を止めて熊癖を始めるなどの問題を生じることが知られています。また、馬自身が旋回をすることで、退屈さや苛立ちを発散させている場合には、それを強制的に制限することで、馬が不機嫌な気性になって、ハンドリングや調教に弊害をきたす可能性もあります。

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旋回癖のある馬に対しては、退屈さを取り除くため、小まめに放牧することが推奨されており、馬房掃除の時間に放牧場に出したり、運動後に馬場に暫く放してから手入れをする、等の方法が挙げられます。また、騎乗時の運動メニューに多様性を持たせることも、馬が退屈さを感じないために有用であり、例えば、丸馬場で運動をさせてみる、外乗に出かける、ドレッサージュの競技馬であっても障害飛越をさせてみる等を、低頻度でも良いので行なってみることが推奨されています。さらに、休馬日でも完休にせずに、曳き馬や放牧することも良案だと言えます。

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また、旋回する馬に対しては、一日の摂食時間を長くすることで、退屈さを紛らわすのも有益であり、飼い付けの回数を増やす、もしくは、スローフィーダーを用いて給餌することで、飼料を完食するまでに時間を掛けさせる、などの方策があります。よりシンプルに、乾草を与える際に、一箇所ではなく、馬房の四隅に分散して置くだけでも、摂食に掛ける時間を延ばすことが可能です。また、苛立ちによって旋回行動を示すような神経質な馬に対しては、気性を落ち着かせるサプリを飼料添加してみるのも一案だと言えます。さらに、馬によっては、馬房に遊具を吊るすことで、退屈さを軽減できることもあります。

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一方、馬が旋回をする原因が孤独感である場合には、騎乗するときに、必ず他の馬と一緒に運動してあげるのが有効であり、また、放牧する際にも、他の馬と一緒に放牧場に出すことが推奨されます。また、馬房トビラに窓を開ける(又は、馬房のあいだの隔壁を格子にする)ことで、隣りや向かいの馬房の馬と顔を合わせられるようにすることも有益です。さらに、馬房壁に鏡を取り付けることで、馬が孤独感を持ちにくくする方策も試みられています。そして、もし可能であれば、旋回癖のある馬を広めの馬房に移して、ポニーや山羊を一緒に飼養することで、孤独感を無くして旋回を止めさせられる事もあります。

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これらの飼養管理法の変更を試してみても、旋回癖が改善されない場合には、旋回癖の原因が健康問題に起因する可能性を鑑みて、獣医師の健康診断を受けることが推奨されます。具体的には、胃潰瘍による腹部疼痛が原因でないかを確認するため、内視鏡検査による胃の内診や、胃酸抑制剤(オメプラゾール等)の試験的投与で症状の変化を監視する、などの方策が取られます。また、メス馬のフケ行動、砂疝、尿路感染などを除外診断してもらう(血液検査、糞便沈殿検査、尿検査等)ことも有用だと言えます。

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馬の旋回癖に関して重要なこと

馬の旋回癖は、馬体に弊害をもたらし、馬の飼養を難しくする可能性がありますが、それを「悪いクセ(悪癖)」だと決めつけるのではなく、精神的な苛立ちや不安感、退屈さ、もしくは、孤独感を表現している行動なのだと見なして、根本的な対処法を模索してあげることが大切だと言えます。旋回行動を、馬からの救難シグナルだと認識すれば、ホースマンの役目は、そのシグナルを強引に止めることではなく、シグナルが指し示している飼養管理の課題を探して、改善を図ってあげる事なのではないでしょうか。

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馬の整体は背筋痛に効く?

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馬の整体(Chiropractic)の効き目について疑問を持たれているホースマンの方もいらっしゃるようです。ここでは、馬の背筋痛に対する整体の効能を評価した知見を紹介します。

オランダのユトレヒト大学の研究[1]では、背部に問題があると診断された10頭の温血馬に対して、整体処置(背部、頚部、骨盤領域の用手操作)が施され、処置前、処置一時間後、および、処置三週間後における運動学的歩様解析が実施されました。その結果、処置一時間後の速歩における胸椎(T10-T13-T17)の可動域(屈曲及び伸展可動角度)が0.3度、胸腰椎の可動域が0.8度増加しましたが、これらは処置三週間後には減少していました。また、速歩における骨盤傾斜は、処置一時間後では1.6度、処置三週間後では3.0度減少していました。さらに、処置後三週間では、骨盤軸性捻転が左右対称に近づいていたことも分かりました。

この研究では、整体処置の主な作用として、背中(胸椎部)の可動域増加、骨盤傾斜の減少、骨盤動作の左右均等性の向上が挙げられています。そして、これらの統計学的に有意な変化は、背部の問題に効能があると推測されるものの、生物学的には僅かな変化であることから、実際のパフォーマンス向上に繋がるか否かは、より症例数を増やして評価する必要があると結論付けられています。この研究では、無処置の対照群が無いため、処置後三ヶ月で自然治癒した度合いは評価されておらず、また、無作為抽出や二重盲検がされていないなど、整体処置の効能を検証するには課題の多い研究デザインだと言えます。

なお、この研究には、後日、他の研究者から異議が唱えられ[2]、整体の効能や、脊椎の亜脱臼に対する影響について、記述に誤りがあると指摘されています。そして、ヒト医療の知見[3]を引用して、脊椎への整体処置によって、如何なる医学的問題への効能も実証されていないことや、費用対効果が証明されていないことも指摘されています。この異議に対する回答[4]では、指摘内容は妥当であると述べながらも、ヒト医療の知見[5]において、下部背筋痛に対する医療的処置と整体処置の効能は、処置六ヶ月後の時点では同等であった、という報告もあると反論しています。

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これらのやり取りを見るかぎり、ヒト医療でも整体については賛否両論があり、実際の作用に関する知見が不十分であると言えそうです。そう考えると、今後は馬の整体についても、効能や費用対効果に関するエビデンスを示していくことが重要だと言えそうです。馬の整体に関しては、他の著者による二つの総説[6,7]においても、馬の背部問題に対する整体の未来は、その効能および基本的病態生理学を解明する将来的な研究に掛かっている、と述べられています。

一方、米国のコロラド州立大学の研究[8]では、背筋痛を呈した61頭のウェスタン競技馬に対して、整体処置とレーザー治療のどちらか、または、併用治療が実施され、視覚的アナログ尺度による疼痛の評価が行なわれました。その結果、整体処置では、背筋痛や筋緊張亢進には有意な効能は示されなかったものの、体躯や骨盤の屈曲反射は改善していました。また、レーザー治療では、背筋痛や筋緊張亢進が有意に改善されており、併用療法では、筋緊張亢進や体躯強直性の改善効果が増強されていました。つまり、整体処置には、レーザー治療による疼痛改善をサポートする作用は期待できるものの、馬の整体処置そのものには、背筋痛を改善する効能は示されなかったと考察されています。

また、ヒトの整体では、「骨盤のゆがみを直す」という表現がなされるものの、通常の医療における「骨盤のずれや歪み」は緊急を要する重症扱いの疾患であり、整体処置の対象とすることに警鐘が鳴らされています。また、ヒトの脊椎側彎症への手技による施術、側弯角度の改善・完治に関しては、関連学会から、整体による効能を示す医学的根拠は無いとされています。馬においても、骨盤や脊椎のゆがみを整体で直せるというエビデンスは示されていないのが現状です。

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以上のような、馬の整体に関する知見をまとめて見ると、背筋痛への効能については、まだ明確なエビデンスが無いと報告されています。ただ、馬の背部の病態によっては、整体が奏功するケースもあるかもしれませんので、馬体がどういう状態であれば整体治療が有益なのか?を判断する基準を確立するため、多数の症例への治療成績を回顧的調査する必要があると言えそうです。

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参考文献:
[1] Gomez Alvarez CB, L'ami JJ, Moffat D, Back W, van Weeren PR. Effect of chiropractic manipulations on the kinematics of back and limbs in horses with clinically diagnosed back problems. Equine Vet J. 2008 Mar;40(2):153-9.
[2] Ramey D. Statement of chiropractic manipulations for the back lacks support. Equine Vet J. 2008 Jul;40(5):523.
[3] Ernst E. Chiropractic: a critical evaluation. J Pain Symptom Manage. 2008 May;35(5):544-62.
[4] Moffatt D. Chiropractic effectiveness is widely studied in the treatment of human back pain. Equine Vet J. 2008 Sep;40(6):619.
[5] Hurwitz EL, Morgenstern H, Kominski GF, Yu F, Chiang LM. A randomized trial of chiropractic and medical care for patients with low back pain: eighteen-month follow-up outcomes from the UCLA low back pain study. Spine (Phila Pa 1976). 2006 Mar 15;31(6):611-21.
[6] Haussler KK. Back problems. Chiropractic evaluation and management. Vet Clin North Am Equine Pract. 1999 Apr;15(1):195-209.
[7] Haussler KK. Equine Manual Therapies in Sport Horse Practice. Vet Clin North Am Equine Pract. 2018 Aug;34(2):375-389.
[8] Haussler KK, Manchon PT, Donnell JR, Frisbie DD. Effects of Low-Level Laser Therapy and Chiropractic Care on Back Pain in Quarter Horses. J Equine Vet Sci. 2020 Mar;86:102891.




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馬の拍車キズの対処法

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ホースマンの皆様から、拍車キズ(Spur marks)への対処法について質問を頂くことがあります。ここでは、馬の拍車キズの病因や予防法などに関する知見を紹介します。

英国のハートプリー大学の研究[1]では、馬の拍車キズと騎乗者の拍車タイプについて、ホースマンへの聞き取り調査が行なわれました。その結果、拍車の長さが32mm以上の場合、拍車キズを起こす危険性が有意に高かったことが示唆されており、また、拍車の先端構造が回転するタイプの場合、拍車キズを起こす確率が五割増しになる(オッズ比=1.50)ことも分かりました。同様に、米国のミシガン州での研究[2]においても、馬の拍車キズの発症率が、拍車の長さと正の相関を示すことが報告されています。このため、拍車の形状や種類が、拍車キズの発症に関与している可能性が示されたと言えます。

しかし、これらの結果は、短い拍車を使えば拍車キズが生じないということではなく、拍車の使い方に問題があったときに、拍車が長いほど騎乗者のミスへの許容度が低くなるため、より正確な強さと頻度で拍車を使う技術が求められる、という解釈をすべきだと考えられます。どんなサイズや形状の拍車でも、その使用法を誤れば、拍車キズを生じてしまうリスクはあるからです。なお、前述の英国の研究では、拍車を使っている騎乗者は全体の47%に留まり、女性よりも男性の騎乗者のほうが、拍車を使う割合が三倍近くも高い(オッズ比=2.88)というデータも示されています。

参考文献:
[1] Lemon C, Lewis V, Dumbell L, Brown H. An investigation into equestrian spur use in the United Kingdom. J Vet Behav Clin Appl Res. Dec 2019. DOI:10.1016/j.jveb.2019.10.009.
[2] Uldahl M, Clayton HM. Lesions associated with the use of bits, nosebands, spurs and whips in Danish competition horses. Equine Vet J. 2019 Mar;51(2):154-162.

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馬に拍車キズが出来てしまった、もしくは、拍車キズになりかけている場合には、まず拍車の形状を変えてみることが推奨されます。前述のように、長過ぎる拍車や、先端が回転する構造になっている拍車を避けることに加えて、先端が角ばっているタイプよりも丸い形状のもの、もしくは、先端やアームの金属部がプラスチックで覆われているタイプ(上写真)を使用するのも一案です。さらに、拍車の柄が外向きの角度になっているタイプを使うことで、無意識にカカトが上がっても拍車が入らない(足首を外旋させれば拍車が入る)ように工夫するのも一案です(競技会では使用不可なので注意)。

また、長靴に拍車を取り付ける位置を低くしてみることも有用です。長靴によっては、カカトにある拍車止め(Spur rest)の位置が上すぎる可能性もあるので、拍車の位置を下げて拍車キズが予防できるのであれば、靴屋さんに依頼して、拍車止めを少し下のほうに付け替えてもらいましょう。勿論、拍車ベルトの金具が、キチンと長靴の外側に来ていることも確認しておきます。さらに、ホースマンによっては、馬の肢に巻くラテックスバンテージを拍車の上から巻くことで、拍車キズの予防を図ることもあります。

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EquiFit ベリーバンド 拍車保護
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馬に拍車キズが出来てしまった際には、拍車そのものを変えることに併せて、拍車キズが生じた箇所を保護する措置が必要になることもあります。拍車キズ予防のための馬具としては、拍車が接触する部分の体躯を一周するように装着させる腹部ラップ(別名:エラスティックガード、ボディプロテクター)や、ゼッケンが腹底近くまで伸びているものがあります(上写真)。また、バリカンで毛刈りをするときに、拍車が接触する部分だけ体毛を残しておく、というのも一案です(下写真)。さらに、ホースマンによっては、オイルやワセリン等を塗布して拍車と皮膚との摩擦を減らすことで、拍車キズを予防することもあります。

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一方、既に拍車キズが生じている場合には、騎乗を続けて良いのかの判断が必要となります。基本的に、キズが皮下識に及んで、滲出液や出血が見られるケースでは、キズが治癒するまで騎乗を中止することが推奨されます。その場合、速やかに獣医師に連絡して、軟膏等を処方してもらい、毎日の消毒処置等を要するかを診断してもらうことが重要です。拍車キズが進行すると、体躯であってもフレグモーネを発症する危険があり、また、拍車キズが治った後に、キズの部位が白毛になってしまう事があります。

もし拍車キズが、脱毛または表皮の擦過傷のみであれば、騎乗を続けることは可能ですが、上述のような対処法を施すことが強く推奨されます。馬の皮膚は薄いため、起こってしまった拍車キズを完治させるには数週間を要することもあるため、悪化を未然に予防することが極めて大切です。なお、皮下識に至る拍車キズが起きていなくても、脱毛等の皮膚病変があれば、日馬連競技会規定(第242条3.1)に定められた「拍車の過剰使用を示唆する兆候」と見なされて、競技の場では失権となる可能性もあるため注意が必要です。

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参考資料:
Kari Garber. Common Causes of Spur Marks and How to Address Them. Dressage Today: Dec 30, 2014.
How to prevent spur marks on your horse. Pro Equine Grooms.
Spur Rub Protection. Adams Horse and Pet Supplies.




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馬の文献:息労(Couetil et al. 2003)

「北米における馬の回帰性気道閉塞の危険因子の解析:1990~1999年の1444症例」
Couetil LL, Ward MP. Analysis of risk factors for recurrent airway obstruction in North American horses: 1,444 cases (1990-1999). J Am Vet Med Assoc. 2003; 223(11): 1645-1650.

この研究では、馬の回帰性気道閉塞(Recurrent airway obstruction)(息労:Heaves)の病因論(Etiology)を検討するため、1990~1999年に回帰性気道閉塞の診断が下された1444頭の馬、他の1444頭の対照馬における、医療記録(Medical records)の回顧的解析(Retrospective analysis)による、回帰性気道閉塞の危険因子(Risk factors)の評価が行われました。

結果としては、馬の年齢が上がるほど回帰性気道閉塞を発症しやすい傾向が認められ、四歳未満の馬と比較した場合、四~七歳の馬では五倍近く(オッズ比:4.9)、七歳以上の馬では六~七倍も(オッズ比:6.2~6.6)、回帰性気道閉塞の有病率(Prevalence)が高かった事が示されました。このデータは、回帰性気道閉塞の平均発症年齢が九歳で、他の疾患の平均発症年齢よりも有意に高かったという、他の文献の知見とも合致していました(Dixon et al. EVJ. 1995;27:422, Bracher et al. EVJ. 1991;23:136)。この要因としては、馬が回帰性気道閉塞を発症するまでには、遷延的なアレルギー抗原への曝露(Prolonged exposure)を要する事が上げられています(Robinson. Equine Respiratory Disease. 2001)。

この研究では、性別によって回帰性気道閉塞の発症し易さが異なる傾向が認められ、種牡馬(Stallion)に比べた場合、去勢馬(Gelding)では有病率に有意差(Significant differences)は無かったものの、牝馬(Mare)では四割以上(オッズ比:1.4)も回帰性気道閉塞の有病率が高かった事が示されました。この要因については、明瞭には結論付けられていませんが、メス馬のほうがアレルギー反応を起こしやすい遺伝子素因(Genetic predisposition)を持っていた可能性や、品種による飼養環境の違いが、回帰性気道閉塞の発症度合いに関与していた可能性が指摘されています。

この研究では、品種によって回帰性気道閉塞の発症し易さが異なる傾向が認められ、ポニーに比べた場合、サラブレッド種では三倍(オッズ比:3.0)、アメリカン・トロッター種およびモルガン種では二倍以上(オッズ比:2.1~2.3)、アラブ種では二倍近くも(オッズ比:1.9)、回帰性気道閉塞の有病率が高かった事が示されました。このように、サラブレッド種が、回帰性気道閉塞を発症しやすかった要因としては、競走能力を基に繁殖が続けられ、遺伝的類似性(Genetic similarity)が高い品種であること(つまり、あるタイプの病気を起こしやすい遺伝子が、濃くなっている場合が考えられること)、および、長距離輸送(Long-distance transportation)の回数が多い飼養形態から、ホコリの多い馬運車内に長時間置かれるという環境因子が、回帰性気道閉塞の発症に関与している危険性があること、などが上げられています。

この研究では、晩冬から春先にかけて回帰性気道閉塞を発症しやすい傾向が認められ、七月に比べた場合、一月~三月では二倍以上(オッズ比:2.1~2.7)、四月~六月でも二倍程度(オッズ比:1.5~2.4)、回帰性気道閉塞の有病率が高かった事が示されました。この要因としては、冬場には放牧から厩舎飼いに移行する馬が多いこと(より埃っぽい環境に移ること)、および、牧草地の青草ではなく乾草給餌(粉塵を吸い込みやすい)に切り替えられる馬が多いこと、などが上げられています。

この研究の限界点としては、(1)回帰性気道閉塞と夏季牧草関連性閉塞性肺疾患(Summer pasture-associated obstructive pulmonary disease: SPAOPD)との鑑別診断は下されておらず、何頭のSPAOPDの罹患馬が含まれていたのかは明確でないこと、(2)回帰性気道閉塞のため来院した症例のみが対象であるため、一般的な回帰性気道閉塞の病態を正確に反映しているとは限らないこと(症状の軽い回帰性気道閉塞は、来院しない場合も多かった?)、(3)回帰性気道閉塞の診断方法は、それぞれの臨床医によってまちまちで、どの程度の馬に対して確定診断(Definitive diagnosis)が下されていたかは考慮されていないこと、などが上げられています。

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馬の寝起きを制限する飼養法

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馬の寝起きを制限することのメリット

馬は他の家畜と異なり、起立装置という解剖学的な特異性があるため、長期間に渡って駐立したまま生活できるという動物学的な特徴があります。このため、馬が馬房内で寝起きするのを制限して、駐立させたまま繋留する管理方法が実施可能となり、幾つかのメリットがあります。馬の年齢や体力にもよりますが、通常、一ヶ月程度であれば、馬は寝起きせずに生活することが出来ます。

馬の寝起き制限が有用である状況としては、人馬転や蹴傷等によって、亀裂骨折を発症した場合が挙げられます。馬の骨格のうち、体躯に近い長骨(大腿骨、上腕骨、脛骨など)にヒビが入った場合、キャスト固定するのが困難であるため、寝起きを制限して、亀裂骨折から完全骨折へと悪化してしまうのを防ぐという保存療法が選択されることがあります。また、脛骨や橈骨の骨折をプレート固定+キャスト装着した場合でも、キャストが骨の緊張面を変化させてインプラント破損するリスクがあるため(通常のプレート固定は緊張面に施されるため)、術後の数週間は寝起きさせないという治療方針が取られることもあります。

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一方、下腿部や前腕部などの裂傷を、外科的に縫合閉鎖した症例においても、縫った箇所の皮膚のテンションが強い場合には、やはり、抜糸までの期間は寝起きを制限して、縫合箇所が裂開してしまうのを防ぐことがあります。寝起きで罹患肢を屈伸すると、皮膚の緊張が高まって、せっかく縫った傷が、はじけて開いてしまうからです。同様に、臀部・腹部に起こった外傷や火傷、および、去勢の創部などにも、敷料が付着して感染を起こすのを防ぐため、1~2週間のあいだ寝起きを制限することもあります。

さらに、第三腓骨筋断裂や飛節脱臼などの治療で、後肢の全肢キャスト(蹄から後膝の直下まで及ぶキャスト)を装着させた場合には、膝関節の曲げ伸ばしが妨げられることで(馬の後肢には相反装置があるため)、寝起きの際に股関節を脱臼する危険を避けるため、キャストを外すまでの期間は駐立のまま飼養することがあります。前肢への全肢キャストでは、後肢よりもリスクは低いですが、馬の気性によっては、不自由な肢で起き上がる際の事故を防ぐため、やはり寝起きを制限する飼養法を選ぶときもあります。



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馬の寝起きを制限する手法

馬の寝起きを制限する方法として、最も簡易なのは、敷料を完全に取り除いて、空っぽの馬房で飼養することになります(上写真)。通常、敷料が無い状態では、馬は床に横たわるのを躊躇するためです。しかし、この手法では、馬が気にせずに、強引に床に寝そべってしまうという可能性は否定できず、また、糞尿の上を馬が歩き回るため、蹄叉腐爛などを発症する懸念もあります。ただ、そっぱり癖のある馬は、下記のような張り馬にするのが難しいため、この方法を選択するしかない事もあります。

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一方、張り馬にして寝起きを制限する方法としては、クロスタイ繋留があり(上写真)、これは、蹄洗場に馬を繋ぐときと同様に、頭絡に着けた2本の引き縄を、馬房の左右の壁に繋いで張り馬の状態にします。一般的に、馬は起立位から床に座り込むときに、一度、頭を床面まで下げてバランスを前に移し、四肢を集合させる姿勢を取るので、クロスタイで頭部を下垂できなくすると、馬は寝起きする事が難しくなります。しかし、この手法では、馬は一箇所に立ち続けることになるため、退屈してストレスが溜まることが多く、また、頭部を動かせる狭い範囲に、水桶と飼い桶の両方を吊るすのが難しくなる事もあります。

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別の手法としては、馬の頭上にワイヤーを通して(馬房の対角線に沿って)、そのワイヤーに設置した滑車と頭絡とを短いロープで繋ぐという、ヘッドタイ繋留というやり方もあります(上写真)。この場合、ロープのせいで頭部を下垂できないので、馬が寝そべるのを予防しながらも、滑車がワイヤーに沿って滑って移動するので、馬は馬房の中を歩き回れてストレスが少なく生活できます。また、馬房の対角線の二つのコーナーに、水桶と飼い桶を分けて設置できるというメリットもあります。欠点としては、クロスタイよりも拘束力は低いので、馬が力任せにロープを引きちぎって、床に座り込んでしまう可能性は残ります。なお、滑車ロープと頭絡を繋ぐ部位には、結束バンドやビニール紐を輪を入れておき、馬が本気で引っ張ったときには千切れてくれる(馬が頭頚部を痛める心配が減る)ようにしておきます。

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さらに、馬の寝起きを完全に防ぐ方法としては、馬に吊起帯を装着させて、天井のホイストで吊り上げるやり方もあります(上写真)。この場合、馬が力任せに座り込んでしまう可能性は低く、馬が吊起帯の“使い方”に慣れてくると、吊起帯に体重を預けて睡眠できるようになります。また、クロスタイやヘッドタイと異なり、馬の頭頚部の自由度が高く、床面近くまで頭を下垂できるので、気道粘膜の絨毛エスカレーターが機能して、下部気道の炎症を起こしにくくなります。一方、吊起帯による寝起き制限では、ヘッドタイ繋留と異なり、馬は馬房内を歩き回ることは出来ず、ホイストの真下で旋回するだけとなるため、ストレス軽減はヘッドタイのほうが優れています。また、ホイストで吊り上げる度合いをうまく調整しないと、腰角や肩端などに褥瘡を起こしてしまうこともあります。



馬の寝起きを制限するときに重要なこと

亀裂骨折などの症例において、寝起きを制限する飼養管理を行なうときには、馬が強引に寝そべろうとしてロープに絡まるなど、事故や怪我の可能性は否定できないので、必ず、数時間おきに馬の様子を見に行ったり、馬房の天井にオンラインカメラを設置して監視するなどの方策が推奨されます。また、飲水や摂食が充分に行えているかを毎日チェックするのを忘れず、発熱や発咳などの気道炎症の徴候が無いかも注視するようにします。寝起き制限を正しく適応すれば、幾つかの病態の保存療法が可能になるものの、馬の生活の質を著しく下げてしまわないよう、細やかな飼養管理を実施してあげることが重要になってくると言えます。

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馬のメラノーマは予防接種で防げるのか?

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馬のメラノーマ(別名:黒色腫)は、最も多く見られる皮膚の腫瘍の一つで、15歳以上の芦毛馬における有望率は八割にのぼると言われています。幸いにも、悪性の病態を示すものは少ないものの、肛門やノドの周りにできると、排便障害や呼吸困難を呈することもあります。ここでは、馬のメラノーマの予防接種に関する現状を紹介します。

参考資料:
Nancy S Loving. Equine Melanoma Vaccines. The Horse, Topics: jan19, 2018.
New Treatment for Horses with Melanoma (Davie County Large Animal Hospital)

米国では、犬の口腔メラノーマに対して、プラスミド遺伝子ワクチン(商品名:オンセプト)が開発および認可されており、悪性のメラノーマを発症した犬では、余命を18~24ヶ月ほど延ばせることが知られています。一般的に、メラノーマの腫瘍細胞は、メラニン色素の生成に関与するチロシナーゼという蛋白を持っていますが、遺伝子ワクチンを投与することによって、メラノーマ細胞がヒトのチロシナーゼ蛋白を生成するようになり、馬自身の免疫細胞から異物と認識されて貪食を受けることで、メラノーマ細胞の除去および病変退縮に繋がると言われています。

近年の研究では、健常馬にメラノーマの遺伝子ワクチンを接種することで、良好なチロシナーゼ蛋白の発現および免疫応答が確認されたことから、更に、メラノーマを発症している症例馬に対して、この遺伝子ワクチンを皮下接種して、腫瘍病変の変化を追跡する研究が行なわれました。その結果、80%のワクチン接種馬において、メラノーマ病変の退縮(病変サイズが三割以上小さくなった)が認められ、それ以外の馬でも、急激な病変成長が無くなったことが報告されています。また、注射箇所の一時的な腫れを除けば、有意な副作用は確認されませんでした。

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メラノーマの遺伝子ワクチンは、二週間おきに四回の基礎免疫を行なった後、六か月おきの補強免疫を行なうため、針無し注射装置を用いた浅胸筋部への皮下接種が実施されます。このワクチン接種に掛かる費用は、基礎免疫では約40万円(2,800ドル)で、補強免疫では約10万円(700ドル)となっています。つまり、初年度の費用は約50万円で、その後は毎年約20万円となるため、クライアントへの負担はかなり大きいと言えます。なお、米国では獣医の腫瘍専門医または内科専門医(小動物)のみが発注でき、日本での使用は認可されていません。

研究者によると、メラノーマの遺伝子ワクチンは、早期治療した場合に最も高い効能を示すと言われており、皮膚のメラノーマ病変に始めて気付いたタイミングで、速やかに基礎免疫を行なうことで、病変が退縮して再発もしないと提唱されています。その場合、初期病変が破裂して腫瘍細胞を撒き散らすのを防げるというメリットがあることに加えて、その後の補強免疫が不要になる個体もあると言われています。ただ、初期治療の時点で、腹腔病変が無いかを直腸検査で精査することが推奨されています。

現時点では、馬のメラノーマへのワクチン接種は、費用が高額であることから、メラノーマ病変が進行して、他の治療法では対応できなくなった馬に適応されることが殆どであると言えます。その場合、高額なワクチンを打っても、メラノーマの病変は小さくなるのみで消失する訳ではないことから、病変の外科的切除と比較して、費用対効果が高いとは言えないのが実状です。今後、ワクチンの価格が下がり、早期治療として広く普及していくようになれば、どの程度の割合で、メラノーマ病変を完全に消失させる(そして再発もしない)という効能が得られるかが実証されると考えられます。

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なお、他の手法としては、メラノーマ病変内にプラスミド遺伝子を注入して、腫瘍細胞に細菌(化膿性レンサ球菌)の蛋白質を発現させることで、免疫細胞に病原体として認識させて貪食させるという免疫療法も試みられています。また、ベツリン酸という成分をメラノーマ病変内に注入することで、抗癌剤に似た腫瘍細胞を死滅させる効能があることも分かってきています。これらの手法は、基礎研究の段階ですが、安全性と実馬における治療効果が証明されれば、臨床応用される可能性があると言われています。

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