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歩様解析で見えたピアッフェの凄さ

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馬のピアッフェの歩様解析

ピアッフェ(Piaffe)とは、上級レベルの馬場馬術で実施される歩法で、斜対肢を同時に挙上させ、前進することなくリズミカルに跳ねる動きを指します。いわば、収縮速歩やパッサージュから更に収縮を強め、その場で速歩をしているような歩様になります。これは、かなり難易度の高い歩法であり、強靭さと安定性、自得姿勢(Self-carriage:馬が自分でバランスとリズムを維持する状態)を要することから、この運動を習得できる馬は少ないと言われています。

このピアッフェへの理解を深め、馬のバイオメカニクスへの影響を解明するため、英国の研究者たちは、上級レベルの馬場馬に、圧迫センサーの上でピアッフェ運動をしてもらい、その時の地面反力の測定および解析を実施しました(力学的歩様解析)。

参考資料:
Clayton HM, Hobbs SJ. Ground Reaction Forces of Dressage Horses Performing the Piaffe. Animals (Basel). 2021 Feb 8;11(2):436.
Christa Leste-Lasserre, MA. Study Connects Piaffe’s Ground Force Reaction to Balance. The Horse, Topics: Now28, 2021.



馬のピアッフェにおけるバランス維持

結果としては、ピアッフェは収縮速歩と比較して、四肢の蹄の接地時間が長く、垂直地面反力の最大値は低いものの、後肢における垂直地面反力の曲線下面積は大きくなっており、つまり、ピアッフェをしている馬は、一歩一歩、必要に応じて地面を蹴る力を調整して、バランスを維持していることが分かりました。また、ピアッフェは、収縮速歩と異なり、荷重自体は前肢と後肢に同程度に分散しており、さらに、馬体の前部を持ち上げるために前肢を伸展させ、臀部を沈みこませるため後肢を屈曲させる特殊な姿勢であるため、各関節に他の歩法とは異なる負荷が掛かっていることが判明しました。

馬のピアッフェは、斜対肢が同時に動くという点では、収縮速歩やパッサージュと共通していますが、これらと異なり、浮遊期(四肢すべてが地面から離れる瞬間)を持たないため、斜対する2本の前後肢でバランスを取る必要があります。このため、ピアッフェをしている馬は、バランス維持を静的平衡(Static equilibrium)に依存しており、地面を押す力を調整することが主要な役目を担っていることになります。ピアッフェ以外の歩法では、4本すべての肢から生み出す力で、馬体のバランス維持を図れることに比べ、ピアッフェにおける安定性がまったく異なる機構で生み出されていることが判明しました。

なお、この研究では、ピアッフェには浮遊期が無いことの影響で、左右肢の地面反力曲線が重複してしまうというデータ特性を調整するため、重複直前の傾斜角度から接地相後半の曲線を導き出す手法が取られました。このデータ調整は、垂直地面反力の最大値(曲線の最高点)の計測には不要ですが、ピアッフェに特徴的な曲線下面積の傾向を解析するためには必須であると考察されています。



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馬がピアッフェするために必要な運動能力

この研究の結果として、最も興味深い知見は、ピアッフェにおける地面反力は、ストライド間での多様性が大きいという点でした。具体的には、垂直地面反力における変動係数(平均値と標準偏差の比率)は10%以下でしたが(上図の上段)、前後方向および左右方向への地面反力では、変動係数が25~68%と非常に大きくなっていました(上図の中段と下段)。この理由としては、ピアッフェでは馬体は前進しておらず、モメンタム(前方への勢い)をバランス維持に利用できないため、一対の斜対肢を挙上させる瞬間には、接地している逆の斜対肢を使って前後左右方向へと地面を押して、バランス維持する必要があるためと考察されています。

馬がピアッフェ運動をしている時に、静的平衡を持続的に得るためには、固有受容器入力および前庭機能を使ってバランスの崩れを認識する能力が必要であると言われています。さらに、体躯に対する四肢の位置を決める外因性四肢筋肉組織(Extrinsic limb musculature)、および、四肢各部位の整列性と安定性を決める固有四肢筋肉組織(Intrinsic limb musculature)が、充分な強靭さを持つことが不可欠であるとも述べられています。このように、多数の筋群の強さや、神経と筋肉が連動した制御システムを求められることが、運動能力の高い一部の馬しかピアッフェを習熟できない要因であると考察されています。

この研究では、ピアッフェの際に、後肢での垂直地面反力の曲線下面積(地面を蹴る力の総量)が非常に大きい傾向が認められました。通常、ピアッフェでは、馬体の前方移動が無いため、四肢を上げ下ろしする際に、馬体の勢いから得られる四肢の突き出し&畳み込み動作が利用できないと考えられます。ピアッフェとパッサージュで、セルフキャリッジのための後肢の働きが大きく異なるのもこのためです。また、重心の移動ベクトルと推進力ベクトルが向かい合うため、重心が上下に動く過程で、相殺的にエネルギー損失してしまうことになります。この研究で、後肢がより強く地面を押す力を生み出す必要があったのは、これらの要素に起因すると考察されています。

馬がピアッフェをしている時には、馬体は前進していないため、地面反力の総和においては、矢状面での前肢と後肢の力のベクトルは、逆方向に等しい値で吊り合う必要が出てきます。しかし、これが少しでもズレると、馬体に対して、僅かながら前進または後退するモーションが発生してしまいます。これを補正し、馬体をほぼ静止位置に維持するためには、馬は瞬間的に、前方または後方に短い距離だけジャンプすることになります。前後方向の地面反力が、ストライド間でバラついている(変動係数が大きい)のも、このような前や後ろへの短距離ジャンプによるものと推測されます。しかも、ピアッフェでは、他の歩法と異なり、重心が前方向に動いている勢いを使わずに、そのように短く飛び上がる動きをしなくてはいけません。このため、時には、前肢が加速作用、後肢が減速作用を生み出すことになり、馬の本来の前後肢の使い方とは異なってきます(馬は通常、後肢で加速、前肢で減速する)。言い換えると、馬がピアッフェをしている最中には、前後肢の筋肉が、通常とは異なる機能を担うことになり、他の歩法では殆ど使われない筋肉収縮が必要とされたり、または、同じ筋肉でも正常には無い収縮様式が求められると推測されています。



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今回の研究では、馬がピアッフェ運動をするためには、非常に強い前後肢の推進力(真上方向へ地面を蹴る力)、バランスの崩れを瞬時に認識して反応する神経と筋肉の連動制御機構、静的平衡によるバランス維持するための強靭な体躯と四肢の筋力、および、前後方向に助走なく飛び上がるための普段と異なる四肢筋群の使い方、などの諸要素が求められることが分かりました。今後は、運動学的歩様解析のデータも組み合わせて、地面反力がピアッフェ運動のパフォーマンスに与える影響を精査する必要があると述べられています。

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