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馬の網嚢孔は閉鎖すべきか?

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馬の網嚢孔を外科的に閉鎖して、小腸絞扼を予防することについて、現時点での知見の総括です。

そもそも、網嚢孔とは、腹腔の天井部分(背側)にスリット状に空いた隙間のことを指しており、右背側腹腔から網嚢への連絡孔となっています。網嚢孔の背側境界は、肝臓尾状突起(Caudate process of liver)や尾側大静脈(Caudal vena cava)から成り、腹側境界は、肝十二指腸靭帯(Hepatoduodenal ligament)・門脈(Portal vein)・膵臓(Pancreas)から成っています。高齢馬では、肝臓が萎縮してこの孔が大きくなると言われています。

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網嚢孔の中に小腸が迷入して、捕捉および絞扼されると内ヘルニアの状態になり(病名は網嚢孔捕捉)、重篤な疼痛を呈して、殆どの症例では開腹術が必要になります。通常、腹腔の左側から右側へと空腸が迷入し(回腸を巻き込むこともある)、捕捉された小腸が虚血性壊死するため、罹患部の小腸切除および吻合術を要します。この病気は、サク癖する馬に好発し、空気を飲み込む瞬間に胸腔陰圧になり、小腸が頭側方向へと引き寄せられることが病因であると推測されています。

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馬の網嚢孔捕捉への開腹術が行なわれた後、網嚢孔を外科的に閉鎖して、小腸の迷入を防ごうという発想はありましたが、網嚢孔の境界は大静脈や門脈などの大血管であるため、縫合糸を刺入させると大出血してしまうことから、通常の縫合法は実施できません。そこで、腹腔鏡下にて、チタン製螺旋コイルを胃膵臓ヒダおよび膵臓右葉に縫い付ける方法が開発されました[1]。術後の経過は良好で、83%の馬で網嚢孔の完全閉鎖が達成されましたが、コイルを堅固に縫い付けるためには、膵臓の実質に縫合糸を通すことが求められ、その部位からの出血が懸念材料とされています。

馬の網嚢孔を閉鎖する別の方法としては、メッシュを使用することも可能であり、腹腔鏡下または全身麻酔下での正中開腹術で施術されています[2,3,4]。この術式では、ヒトの医療領域で、鼠径ヘルニアを閉鎖するときに使用されるメッシュを、折り畳んだ状態で網嚢孔に挿入して、孔のなかで拡げることで、メッシュ組織が線維化を誘導して、網嚢孔を結合組織で癒着及び閉鎖することが出来ます。このメッシュ(ポリプロピレン製、編み込み型、楕円形)は、全体がディアボロという空中コマの形になるように加工され(円錐2つの頂点同士を繋げたような形状)、網嚢孔の内部に留まるため、周囲組織へ縫い付ける必要がないという利点があります。術後の経過は良好で、100%の馬で網嚢孔の完全閉鎖が達成されました。また長期の経過観察を行なった研究では、網嚢孔を再発した個体はなく、三年半後の検査で網嚢孔の閉鎖が維持されていたと報告されています[4]。

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一方、馬の網嚢孔を閉鎖すること自体の必要性に関しても論議があります。他の研究では、網嚢孔捕捉を発症して、開腹術による治療が行なわれた症例馬に対して、術後七週間後に腹腔鏡を実施したところ、43%の馬の網嚢孔が自然閉鎖していました[5]。この要因としては、網嚢孔に腸管が迷入したり、開腹術による小腸遊離処置で網嚢孔を用手操作することで、周囲に炎症を生じて、術後に線維化および癒着を続発したものと推測されています。なお、この研究では、自然閉鎖していなかった馬には、その時点でメッシュ挿入処置が実施されたため、網嚢孔の自然閉鎖が七週間以上経ってから起こるか否かは分かりませんでした。



一般的に、馬の網嚢孔捕捉では、外科的治療後に再発する確率はそれほど高くないことが知られており、過去の研究で報告されている再発率は、1.8%(1/53頭)および2.8%(2/71頭)となっていました[6,7]。ただ、近年では、網嚢孔捕捉の症例馬142頭の回顧的調査が行なわれ、麻酔覚醒できた馬は74%であり、退院できた馬の割合は48%に留まっていました[8]。また、術中に制御不能な腹腔内出血(門脈破裂)を起こした症例も、約6%に上っていました。このように、馬の網嚢孔捕捉は予後不良となるケースが多いことを踏まえれば、たとえ数%の再発率と言えども、開腹術の時点でメッシュ閉鎖処置を施しておく価値はある、という考え方も出来るのかもしれません。

一方、馬の網嚢孔捕捉は、開腹術となる小腸疾患の三割以上を占めるという報告もあるので[9]、網嚢孔捕捉以外の病気で開腹術となった馬に対して、将来的な網嚢孔捕捉を予防する目的で、網嚢孔のメッシュ閉鎖を実施するという方針もあり得るのかもしれません。網嚢孔の病態が無くても、メッシュ閉鎖は達成されることは示されているからです[3]。ただ、その閉鎖状態が一生維持されるかは不明であり、さらに、メッシュが線維化を誘導する際に、他の消化管も一緒に癒着させてしまう危険性を考えると、予防的な網嚢孔閉鎖における理論的根拠は乏しいと言えそうです。

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参考文献:
[1] Munsterman AS, Hanson RR, Cattley RC, Barrett EJ, Albanese V. Surgical technique and short-term outcome for experimental laparoscopic closure of the epiploic foramen in 6 horses. Vet Surg. 2014 Feb;43(2):105-13.
[2] van Bergen T, Wiemer P, Bosseler L, Ugahary F, Martens A. Development of a new laparoscopic Foramen Epiploicum Mesh Closure (FEMC) technique in 6 horses. Equine Vet J. 2016 May;48(3):331-7.
[3] van Bergen T, Rötting A, Wiemer P, Schauvliege S, Vanderperren K, Ugahary F, Martens A. Foramen epiploicum mesh closure (FEMC) through a ventral midline laparotomy. Equine Vet J. 2018 Mar;50(2):235-240.
[4] Grulke S, Salciccia A, Arévalo Rodríguez JM, Sandersen C, Caudron I, Serteyn D, de la Rebière de Pouyade G. Mesh closure of epiploic foramen by ventral laparotomy in 17 horses with entrapment. Vet Rec. 2020 Sep 19;187(6):e43.
[6] Vachon AM, Fischer AT. Small intestinal herniation through the epiploic foramen: 53 cases (1987-1993). Equine Vet J. 1995 Sep;27(5):373-80.
[7] Archer DC, Proudman CJ, Pinchbeck G, Smith JE, French NP, Edwards GB. Entrapment of the small intestine in the epiploic foramen in horses: a retrospective analysis of 71 cases recorded between 1991 and 2001. Vet Rec. 2004 Dec 18-25;155(25):793-7.
[8] van Bergen T, Haspeslagh M, Wiemer P, Swagemakers M, van Loon G, Martens A. Surgical treatment of epiploic foramen entrapment in 142 horses (2008-2016). Vet Surg. 2019 Apr;48(3):291-298.
[9] Freeman DE, Schaeffer DJ. Age distributions of horses with strangulation of the small intestine by a lipoma or in the epiploic foramen: 46 cases (1994-2000). J Am Vet Med Assoc. 2001 Jul 1;219(1):87-9.




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