馬の病気:仙腸関節亜脱臼
馬の運動器病 - 2013年08月25日 (日)

仙腸関節亜脱臼(Sacroiliac subluxation)について。
仙腸関節(Sacroiliac joint)は、仙骨(Sacrum)と腸骨(Ilium)をつなぐL字型の関節で、仙骨側の関節面は硝子軟骨(Hyaline cartilage)、腸骨側の関節面は線維軟骨(Fibrocartilage)で覆われています。背側・骨間・腹側の3つの仙腸靭帯(Ventral, intraosseous, and dorsal sacroiliac ligaments)が仙骨を吊り下げているため、仙腸関節は正常時には完全圧迫負荷を受けず、僅かな関節腔しか存在しません(関節液<1mL)。そして、転倒、罹患肢の滑走、慢性挫傷の蓄積などによって、仙腸靭帯炎(Sacroiliac desmitis)や亜脱臼(Subluxation)を引き起こすと跛行を呈し、仙骨結節(Tuber sacrale)の膨隆と仙腸関節拡大(Sacroiliac joint enlargement)を起こした外観を、狩猟馬隆起(Hunter’s bump)または飛越馬隆起(Jumper’s bump)と呼ぶこともあります。
仙腸関節亜脱臼の症状としては、急性期には飛越拒否もしくはプアパフォーマンスが見られるのみですが、慢性期には間欠性の軽度跛行(Intermittent mild lameness)や硬化歩様(Stiffness)を呈し、抗炎症剤投与では一時的な治療効果(Transient efficacy)しか見られません。健常馬では、第二仙骨棘突起(Second sacral spinous process)が仙骨結節と同じ高さである事を念頭において、仙骨結節の片側性または両側性変位(Unilateral or bilateral displacement)の視診を行いますが、仙骨結節の膨隆と疼痛の発現は必ずしも一致しないため、狩猟馬隆起または飛越馬隆起の所見のみで、仙腸関節亜脱臼の診断を下すことは適当でないという警鐘が鳴らされています。
仙腸関節亜脱臼の診断では、仙腸関節の刺激試験(Provocation test)が有効で、仙骨結節を横側から圧迫する方法、仙骨結節を背側から圧迫する方法、仙骨結節の横側圧迫と尾根牽引を併行して仙腸関節を外内方へ捻転負荷させる方法、坐骨隆起の横側圧迫と尾根牽引を併行して仙腸関節を軸性捻転負荷させる方法、などが用いられます。また、亜脱臼の対側後肢(Contralateral hind limb)を屈曲させて跛行の悪化を確認する手法(ゲンスレン試験)も試みられています。疼痛部位を確定するためには、仙腸関節の診断麻酔(Diagnostic anesthesia)が行われ、尾内側穿刺法(Caudo-medial approach)もしくは対内側穿刺法(Contralateral medial approach)のアプローチ法があり、前者の方が手技的に簡易であるものの、神経脈管の損傷の危険が高いことが知られています。一方、仙腸関節の不安定性(Instability)または骨盤骨折(Pelvic fracture)を起こした症例では、腸骨を左右に振さぶりながらの臀部聴診によって、捻髪音(Crepitation)が確認できる場合もあります。超音波検査(Ultrasonography)では、尾側仙腸関節面、背側仙腸靭帯、腸骨翼(Iliac wing)の異常を診断し、また、直腸を介しての超音波検査では、腹側仙腸関節面と腹側仙腸靭帯の異常を診断します。レントゲン像での仙腸関節検査は困難で、骨盤骨折の有無を確認する場合にのみ実施されます。核医学検査(Nuclear scintigraphy)では、レントゲンよりも有効に仙腸関節の画像検査ができますが、異常所見が必ずしも疼痛発現と一致しない可能性が示唆されています。
仙腸関節亜脱臼の治療としては、半年~一年間の馬房休養(Stall rest)と非ステロイド系抗炎症剤(Non-steroidal anti-inflammatory drugs)の投与が行われますが、筋退縮を伴うほどの長期休養は損傷部悪化の危険があり禁忌(Contraindication)とされています。また、休養期間中に曳馬運動をする時には、後退運動もしくは障害物をまたがせる運動によって、仙腸関節治癒を促進させる効果が期待できる事が示唆されています。急性期病態においては、超音波先導(Unltrasound guided)を用いて、仙腸関節周囲部へコルチコステロイドを注射する療法(Peri-articular corticosteroid injection)も試みられています。関節周囲へ刺激物質(Irritant)を注入して線維化促進と仙腸関節安定化を起こす手法は、科学的裏付けを欠くため実施は推奨されていません。
仙腸関節亜脱臼の予後は、一般に中程度~不良で、重度の仙腸関節拡大と仙骨結節膨隆を呈した症例では完治は困難である場合もありますが、多くの馬で競技および競走レベルを下げての現役続行が可能であることが報告されています。
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