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馬の腎脾間隙は閉鎖すべきか?

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馬の腎脾間隙を外科的に閉鎖して、結腸が捕捉されるのを予防することについて、現時点での知見の総括です。

馬の結腸左背方変位は、結腸が脾臓と左側腹壁のあいだを背側方向へ変位する病気のことを指し、左側結腸が脾臓と腎臓(左腎)の隙間において、腎脾間靭帯の上に引っ掛かってしまった状態を腎脾間捕捉と呼んでいます(下図A)。結腸左背方変位が発症するメカニズムは不明ですが、腹側結腸の蠕動不全とガス貯留から、脾臓と左腹壁のあいだに迷入することで発症に至ると考えられており、V字型の腎脾間隙の形状が発症要因になると提唱されています[1]。結腸左背方変位の治療では、内科療法やローリング法なども試みられますが、多くの症例で、開腹術によって捕捉された結腸の整復が必要となります。

馬の腎脾間捕捉は、再発率が3~20%であると報告されており[1,2]、腎脾間隙を外科的に閉鎖することで、再発を防げると考えられています[3](下図B)。この際、腹腔鏡を用いて立位手術にて閉鎖する術式が実施されており、腎脾間隙が腹腔の背側領域に位置しているため、全身麻酔下で背臥位にして施術するよりも、消化管が腹側に下がっている立位のほうが作業は容易であると言われています。また、腹腔鏡を用いた術式では、麻酔覚醒のリスクを避けることが可能で、治療費を抑えることが出来る意味でも有用であると考察されています。

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図内の略号:Colon=結腸、Spleen=脾臓、Left Kidney=左腎、NSL=腎脾間靭帯(Nephrosplenic ligament)



馬の腎脾間隙を腹腔鏡によって閉鎖する手法としては、人工メッシュを間隙および脾臓漿膜面に被せる方法が試みられています[4,5](下図)。この手法では、メッシュを腹腔内に挿入した後、腎脾間靭帯および脾臓漿膜面に対して、チタン製螺旋コイルを用いてメッシュを固定させます。この人工メッシュは、線維組織を増生させて腎脾間靭帯を拘縮させることで、結腸が引っ掛かるような腎脾間隙の窪み形状が無くなるため、たとえ、この位置まで結腸が迷入してきたとしても、捕捉するには至らなくなります。過去の研究では、メッシュによる腎脾間隙閉鎖術では、術後の経過は良好で、腎脾間捕捉を再発した馬は一頭もいませんでした。

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もう一つ、腹腔鏡を介して馬の腎脾間隙を閉鎖する手法としては、有棘縫合糸を用いて腎脾間隙を縫い寄せてしまう方法も試みられています[5,6](下写真)。有棘縫合糸とは、糸の全長に渡って返し棘が付いていて、組織内を通過した糸が逆方向には戻らない(=緩まない)構造になっている縫合糸を指します。この手法では、腎脾間靭帯の包膜(背側→腹側に糸を通す)と脾臓の線維性カプセル(腹側→背側に糸を通す)のあいだに有棘縫合糸を渡しながら、連続縫合によって両組織を縫い寄せました。この結果、脾臓カプセルと腎脾間靭帯のあいだに線維性組織の架橋が形成されて、腎脾間隙の窪みが無くなることが確認され、腎脾間捕捉を再発した馬は一頭もいませんでした。

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腹腔鏡を用いた閉鎖術に関して、メッシュと有棘縫合糸での治療群を直接的に比較した研究[5]を見ると、術後の腹腔鏡再検査で確認された合併症の発生率は、メッシュでは75%(3/4頭)、有棘縫合糸では25%(1/4頭)でした。このうち、メッシュでの治療群では、メッシュが脱落してしまった症例が一頭で、メッシュと結腸が癒着してしまっていた症例が二頭でした。一方、有棘縫合糸での治療群では、縫合糸が緩んでしまった症例が一頭いました。また、インプラントの費用を見ると、メッシュでの治療群では65,760円(480€)であったのに対して、有棘縫合糸での治療群では2,740円(20€)とかなり安価になっていました。術後に腎脾間捕捉を再発した馬は、何れの群にもいませんでした。

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このため、外科的に腎脾間隙を閉鎖する術式としては、治療成功率と合併症の少なさから鑑みて、有棘縫合糸で縫い寄せる手法のほうが、メッシュで覆う手法よりも優れていると結論付けられています。また、メッシュを使う方法では、線維組織増生による腎脾間隙の閉鎖が起こるまでに時間を要するのに比べて、有棘縫合糸を使う方法では、術後すぐに腎脾間隙が閉鎖されるというメリットも指摘されています。一般的に、腹腔鏡のオペ手技としては、手順が多いぶん、有棘縫合糸のほうが難易度は高いものの、手術時間はメッシュのほうが僅かに長く掛かっていました。なお、有棘縫合糸が緩んだ要因は、糸を通す箇所が適切でなかったと考察されており、また、メッシュが脱落してしまった要因は、コイルで留めるときのメッシュへの緊張が強すぎたことが挙げられています。

過去の文献では、腎脾間隙が大きくて深い馬では、結腸左背方変位が起こったときに腎脾間捕捉を続発する危険性が高いと提唱されていますが[7]、実際の腎脾間隙のサイズは計測されていませんでした。今後は、どの程度の腎脾間隙の大きさ・深さであれば、腎脾間捕捉の病因になりうるかを調査することが必要だと言えそうです。また、腹腔鏡下では、目盛りのついたプローブを用いることで、腎脾間隙の幅や深度を測定することは可能ですが、非侵襲的な手法(腹部エコー検査など)によって、腎脾間隙のサイズを計測できるか否かは検討されていません。

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腎脾間捕捉を発症して手術された馬において、腎脾間隙を閉鎖すれば再発しないことは、複数の研究結果が示していますが、これらの馬の中には、腎脾間隙を閉鎖しなくても再発しなかった、という個体が含まれているかもしれません。また、馬によっては、事前に腎脾間隙を予防的に閉鎖しておけば、腎脾間捕捉を起こさなかった個体もいるかもしれません。やはり、将来的には、外科的な腎脾間隙の閉鎖術を、どの馬に適応すべきかを判断する指標や検査手法を確立させていくのが有用だと考えられます。

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参考文献::
[1] Rocken M, Schubert C, Mosel G, Litzke LF. Indications, surgical technique, and long-term experience with laparoscopic closure of the nephrosplenic space in standing horses. Vet Surg. 2005 Nov-Dec;34(6):637-41.
[2] Gandini M, Nannarone S, Giusto G, Pepe M, Comino F, Caramello V, Gialletti R. Laparoscopic nephrosplenic space ablation with barbed suture in eight horses. J Am Vet Med Assoc. 2017 Feb 15;250(4):431-436.
[3] Arevalo Rodriguez JM, Grulke S, Salciccia A, de la Rebiere de Pouyade G. Nephrosplenic space closure significantly decreases recurrent colic in horses: a retrospective analysis. Vet Rec. 2019 Nov 30;185(21):657.
[4] Burke MJ, Parente EJ. Prosthetic Mesh for Obliteration of the Nephrosplenic Space in Horses: 26 Clinical Cases. Vet Surg. 2016 Feb;45(2):201-7.
[5] Gialletti R, Nannarone S, Gandini M, Cerullo A, Bertoletti A, Scilimati N, Giusto G. Comparison of Mesh and Barbed Suture for Laparoscopic Nephrosplenic Space Ablation in Horses. Animals (Basel). 2021 Apr 12;11(4):1096.
[6] Albanese V, Hanson RR, McMaster MA, Koehler JW, Caldwell FJ. Use of a Barbed Knotless Suture for Laparoscopic Ablation of the Nephrosplenic Space in 8 Horses. Vet Surg. 2016 Aug;45(6):824-30.
[7] Nelson BB, Ruple-Czerniak AA, Hendrickson DA, Hackett ES. Laparoscopic Closure of the Nephrosplenic Space in Horses with Nephrosplenic Colonic Entrapment: Factors Associated with Survival and Colic Recurrence. Vet Surg. 2016 Nov;45(S1):O60-O69.







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