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馬の疝痛は立位でオペできる?

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馬の消化器疾患の外科的治療では、全身麻酔下での正中開腹術が行なわれることが一般的ですが、限定された状況においては、立位での開腹術も実施されています(上写真は腹腔鏡手術の写真です)。

近年の研究では、消化器疾患に対する膁部切開術が実施された37頭の症例馬における、医療記録の回顧的調査が行なわれました[1]。その結果、退院した馬の割合を短期の生存と定義した場合、立位での開腹術における短期生存率は54%(20/37頭)に達していました。このため、経済的な理由や、施設及び人員の都合で、全身麻酔下での開腹術が行なえない状況であれば、立位での膁部切開術も合理的な治療選択肢として検討されるべきである、という考察がなされています。なお、過去20年間に発表された大規模な症例報告10報(計3,087症例)から計算すると、全身麻酔下での開腹術の生存率は約65%であったと述べられています[2-11]。

参考文献:
Lopes MAF, Hardy J, Farnsworth K, Labens R, Lam WYE, Noschka E, Afonso T, Cruz Villagrán C, Santos LCP, Saulez M, Kelmer G. Standing flank laparotomy for colic: 37 cases. Equine Vet J. 2022 Sep;54(5):934-945. Online ahead of print.

馬の立位での開腹術では、絞扼性疾患の生存率は低い傾向が認められました。具体的には、小腸疾患を絞扼性(有茎性脂肪腫)と非絞扼性(炎症性疾患、回腸食滞、回腸腫瘤)に分類し、大腸疾患も絞扼性(盲腸結腸重責、結腸捻転)と非絞扼性(盲腸鼓脹、結腸食滞、腎脾間捕捉、結腸右方変位、血栓症、結腸炎、円虫症)に分類してみると、小腸疾患の生存率は、絞扼性では0%(0/1頭)で非絞扼性では63%(5/8頭)であったのに対して、大腸疾患の生存率は、絞扼性では0%(0/2頭)で非絞扼性では71%(15/21頭)となっていました。なお、腹膜に関連した疾患(腹膜炎や癒着)では、生存率は0%(0/5頭)となっていました。

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この研究では、立位での開腹術を選択する判断は、その症例の病気の重篤さだけでなく、クライアントの経済的状況や、二次診療設備や人員の事情によるものが大きく、症例の取り込み基準を制御できていない、という明瞭な限界点があります。おそらく、一次疾患の病態が重かった症例では、立位での開腹術をせずに、そのまま安楽殺となったケースも多かったと推測されます。このため、臨床医の判断に諸要因からのバイアスが働いたことを鑑みると、前述のような非絞扼性疾患における予後の良さ(約七割の短期生存率)に関しても、全ての症例において、このような高い生存率が達成される訳ではない、という警鐘が鳴らされています。

なお、この研究では、開腹したあとに腸管の切開や切除が行なわれた症例は8頭おり、その生存率は63%(5/8頭)となっていました。しかし、バイオプシーのための小腸切開が行なわれた2頭を除くと(この2頭は何れも安楽殺)、結腸の骨盤曲切開が行なわれた3頭では、生存率は100%(3/3頭)であったのに対して、腸管の切除及び吻合術が行なわれた3頭では、生存率は0%(0/3頭)となっていました(小腸切除、盲腸切除、結腸切除が1頭ずつ)。ただ、この治療成績は、立位では腸管切開しか出来ないという事ではなく、切除や吻合術を要する症例は絞扼性疾患であり、一次性病態および全身状態の重篤さから予後不良につながった、という解釈が適切だと考えられました。

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今回の研究では、安楽殺となった17頭のうち、7頭は手術の時点で治療不可能な病態が存在しており、また、他の5頭は術後の合併症のため安楽殺が選択されました。これらの症例は、たとえ全身麻酔下での正中切開術を選択していたとしても、最終的な治療成績は変わらなかったと考察されており、つまり、立位での膁部開腹術を選択したことは、充分に合理的であったと結論付けられています。また、各症例の生存如何に関わらず、立位の開腹術を行なうことで、正確な病態把握と予後判定が可能となり、安楽殺という辛い決断を下すクライアントに対して、納得と理解をもたらしてくれると考察されています。

過去の文献を見ると、馬の大腸における非絞扼性疾患では、立位の開腹術でも良好な治療成績が期待できるという知見が示されています。たとえば、結腸の左方変位と腎脾間捕捉を呈した馬3頭に対して、立位での膁部開腹術が行なわれた研究では、その全頭が良好な予後を示した(生存率100%)ことが報告されています[12]。また、小結腸の食滞を呈したポニー15頭と馬1頭に対して、立位での膁部開腹術および浣腸での注水処置が行なわれた研究では、やはり全頭が良好な予後を示した(生存率100%)ことが報告されています[13]。

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馬の立位での開腹術では、全身麻酔および麻酔覚醒のリスクを避けられるものの、鎮静剤と鎮痛剤の全身投与では、術中の腹腔内操作のための疼痛管理が不十分になると述べられており、対策として、局所麻酔薬(リドカイン)を生食やカルボキシメチルセルロース液に混和して腹腔内投与する手法も提案されています。また、腹圧で小腸が飛び出てきて手術を難しくする問題点も指摘されており、対策としては、術中の導尿処置、切開創を短くする、二人以上の滅菌補助者を手術に入れる、内臓リテーナーを使用する、などが挙げられています。

馬の立位での開腹術には、幾つかの欠点が指摘されており、長時間の鎮静に耐えられないほど全身状態が悪化した重篤症例には施術できない、膁部切開創からアプローチできる臓器や領域が限られる、病気によっては左右両方の膁部切開を要する、外科医の経験が少ないことがある、膁部の術後瘢痕が目立ちやすい、などが挙げられています。そして、膁部切開創の小ささと、腹部筋群の弛緩がないことを考慮すると、立位での開腹術は、全身麻酔下での開腹術よりも難易度が高いことが多く、術者と補助者の連携と熟練が不可欠であると考察されています。




動画:Standing flank laparotomy for the treatment of small colon impactions.

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参考文献:
[1] Lopes MAF, Hardy J, Farnsworth K, Labens R, Lam WYE, Noschka E, Afonso T, Cruz Villagrán C, Santos LCP, Saulez M, Kelmer G. Standing flank laparotomy for colic: 37 cases. Equine Vet J. 2022 Sep;54(5):934-945.
[2] Christophersen MT, Dupont N, Berg-Sørensen KS, Konnerup C, Pihl TH, Andersen PH. Short-term survival and mortality rates in a retrospective study of colic in 1588 Danish horses. Acta Vet Scand. 2014 Apr 8;56(1):20.
[3] Costa-Farre C, Prades M, Ribera T, Valero O, Taura P. Does intraoperative low arterial partial pressure of oxygen increase the risk of surgical site infection following emergency exploratory laparotomy in horses? Vet J. 2014 Apr;200(1):175-80.
[4] Southwood LL, Lindborg S, Myers M, Aceto HW. Influence of Salmonella status on the long-term outcome of horses after colic surgery. Vet Surg. 2017 Aug;46(6):780-788.
[5] Proudman CJ, Smith JE, Edwards GB, French NP. Long-term survival of equine surgical colic cases. Part 1: patterns of mortality and morbidity. Equine Vet J. 2002 Jul;34(5):432-7.
[6] van der Linden MA, Laffont CM, Sloet van Oldruitenborgh-Oosterbaan MM. Prognosis in equine medical and surgical colic. J Vet Intern Med. 2003 May-Jun;17(3):343-8.
[7] Mair TS, Smith LJ. Survival and complication rates in 300 horses undergoing surgical treatment of colic. Part 1: Short-term survival following a single laparotomy. Equine Vet J. 2005 Jul;37(4):296-302.
[8] Krista KM, Kuebelbeck KL. Comparison of survival rates for geriatric horses versus nongeriatric horses following exploratory celiotomy for colic. J Am Vet Med Assoc. 2009 Nov 1;235(9):1069-72.
[9] Voigt A, Saulez MN, Donnellan CM, Gummow B. Causes of gastrointestinal colic at an equine referral hospital in South Africa (1998-2007). J S Afr Vet Assoc. 2009 Sep;80(3):192-8.
[10] Wormstrand BH, Ihler CF, Diesen R, Krontveit RI. Surgical treatment of equine colic - a retrospective study of 297 surgeries in Norway 2005-2011. Acta Vet Scand. 2014 Jun 16;56(1):38.
[11] Kaufman JM, Nekouei O, Doyle AJ, Biermann NM. Clinical findings, diagnoses, and outcomes of horses presented for colic to a referral hospital in Atlantic Canada (2000-2015). Can Vet J. 2020 Mar;61(3):281-288.
[12] Krueger CR, Klohnen A. Surgical correction of nephrosplenic entrapment of the large colon in 3 horses via standing left flank laparotomy. Vet Surg. 2015 Apr;44(3):392-7.
[13] Herbert EW, Lopes MAF, Kelmer G. Standing flank laparotomy for the treatment of small colon impactions in 15 ponies and one horse. Equine Vet Edu. 2019 Aug;33(2):351-56.







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