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馬のサク癖と疝痛は関係している?

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馬のサク癖の原因

ホースマンの中には、自馬のサク癖にどう対処すべきか?という疑問を持っている方もいらっしゃるようです。サク癖は、Cribbingまたはグイッポと呼ばれ、前歯で固定された物体を咥えて、それを支点にして頭頸を屈曲させながら空気を飲み込む動作を指します。サク癖する馬の割合は、2~10%になるとも言われています。

馬のサク癖は、単なる「クセ」ではなく、人間で言うところの強迫性障害(Obsessive-compulsive disorder)によく似た「心の病気」であると考えられてきました。つまり、日々のストレスへの対処機構(Coping mechanism)として、サク癖することで馬自身の気持ちを落ち着ける作用(Self-soothing)をもたらしていることが提唱されており、サク癖する前と後で、血中のコルチゾル(ストレスホルモン)の濃度が減少したという研究があります。一方で、サク癖する馬としない馬のあいだに、コルチゾル濃度の差異は無かったという報告もあり、この説には賛否両論があります。

さらに、サク癖の馬は、不安から生じるフリーラジカル(酸化ストレス産物)を処理できないため、ストレス対処の行動に出るという説も提唱されており、サク癖する馬においては、フリーラジカル処理に必要なセレンが不足していたと報告されています。つまり、セレン投与でサク癖行動を抑えられる可能性も示唆されていますが、馬におけるセレン中毒の事故例もあるため、どちらかと言うと、ストレス原因の除去に取り組むことが重要だと言えそうです。

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一方で、サク癖する馬としない馬に、逆転学習テストを課すという実験をしてみたところ、ストレスに耐える能力に関して両郡に有意差は無かったという報告もあります。このテストは、短時間での精神ストレスに対する反応を評価するシステムですので、孤独や狭所係留などのストレスが長期間にわたった場合の反応性は異なるかもしれません。いずれにしても、サク癖がストレスへの対処機構であるというメカニズムの他に、他の因子も作用していると考えられています。



馬のサク癖の弊害

サク癖する馬においては、前歯が擦り減ってしまって咀嚼障害を生じたり、嚥下動作を延々と繰り返すことによる舌骨への負荷で、側頭舌骨変形性関節症を続発する危険性が示唆されています。また、サク癖馬には胃潰瘍が多いことも知られていますが、これはサク癖の結果というよりも、サク癖の病因となっているストレスによって、胃の病気も併発しているという事なのかもしれません。さらに、サク癖を一日中やり過ぎて食欲低下に陥った馬では、慢性削痩やプアパフォーマンスを起こすとも言われていますが、これらも、サク癖の結果なのか、それとも併発病態なのかの両方の可能性があるかもしれません。

馬のサク癖と疝痛の関係性については、長年のホースマンの懸念事項となってきました。サク癖馬を調査した過去の文献でも、馬100頭当たりの年平均の疝痛発症回数は、サク癖する馬では38回に上ったのに対して、サク癖しない馬では4~10回であると報告されており、サク癖する馬において疝痛の発生率が高いというデータが示されました。また、疝痛の中でも、結腸の単純性通過障害や、小腸の網嚢孔捕捉という疾患においては、サク癖する馬での有病率が有意に高かったという結果も示されています。ただ、これらの事象においても、サク癖行動が原因で疝痛が引き起こされているのか、サク癖の原因ストレスが疝痛の病因としても寄与しているのかという点は、未だに解明されていません。

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なお、サク癖で飲み込んだ空気によって、大腸の消化不良や鼓脹症を起こすという通説は否定されており、サク癖の動作によっても、空気は喉頭と上部食道を行き来するだけで、胃腸まで下りていく空気は殆ど無いことが示されています。一方で、サク癖と疝痛の直接的な関連性を示唆する専門家の声もあり、軽度の腹部疼痛をストレスに感じた馬がサク癖をしているケースも考えられ、この場合には、サク癖行動は疝痛の病因ではないものの、消化器疾患の前駆症状である可能性も否定できないと言えます。



馬のサク癖への対処法

馬のサク癖への対処では、侵襲性の低いものとしては、①サク癖バンドの装着、②口カゴの装着、③電気柵の設置(放牧馬の場合)などが含まれます。また、侵襲性の高い方法としては、④切歯の隙間に金属製リングを埋め込んだり、⑤前歯を抜いてしまったり、⑥頚部の筋肉を切除する手術などがあります。過去の研究では、①と②と④を比較したところ、①と②ではサク癖を適切に防止できたという報告があり、また、サク癖バンドを装着すること自体は、馬へのストレスにはなっていない(血中コルチゾル濃度は上昇していない)というデータも示されています。

一方で、そもそも、馬のサク癖を止めさせる試みをするべきなのか、という点については論議があります。動物行動学の専門家の中には、サク癖はストレス対処機構なのだから、サク癖を強制的に止めさせることで、馬が感じるストレスが増えてウェルフェア悪化につながる、という考え方が提唱されることもあります。一方、サク癖馬の中には、馬房での時間の15%もサク癖に費やして疲労や削痩する場合もあり、サク癖行動を止めること自体にも、
馬のウェルフェアを向上できる側面もある、という見解もあります。いずれにしても、サク癖への対策を取るのと同時に、サク癖の原因となっているストレスへの対策を取ることも大切ではないか、という提唱がなされています。

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馬のサク癖について重要なこと

馬のサク癖は、ホースマンを悩ませる問題ですが、一方で、馬自身も何かのストレスに悩んでいるのかもしれません。そう考えると、サク癖を「悪いクセ」と見なすのではなく、心の問題を抱えた馬からのSOS信号だと認識して、飼養管理の改善(放牧時間を増やしたり、給餌回数を増やす等)を図ることが重要なのだと思います。

私たちのゴールは、サク癖をする馬にバンドを着けることではなく、バンドを外してもその馬がサク癖しなくなるような飼い方を見つけてあげる事なのかもしれません。

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参考資料:
Stacey Oke. Cribbing and Colic in Horses: What’s the Link? The Horse, Topics, Horse Care, Behavior: Nov10, 2020.
Edited Press Release. Selenium and Cribbing: Is There a Relationship? The Horse, Topics, Horse Care, Behavior: Nov15, 2017.
Tracy Gantz. Taking a Bite Out of Cribbing. The Horse, Topics, Horse Care, Behavior: Dec17, 2015.




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このエントリーのタグ: 飼養管理 行動学 動物福祉 疝痛 歯科

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