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馬の舌縛りと気道内径の関連性

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馬の舌縛りについて

競走馬や競技馬で行なわれることのある「舌縛り(Tongue tie)」は、包帯や帯革などで舌を下顎に固定する措置のことで、ハミを越して舌を出す癖のある馬に用いられる事があります。また、舌縛りによって、舌骨を介して舌根と繋がっている喉頭軟骨を前方に牽引することが出来るため、運動中に喉頭軟骨の位置を安定化させて、軟口蓋背方変位を発症するのを予防したり、俗にいう“舌を飲み込んでしまう”という動作を防いだり、また、舌根が軟口蓋を押し上げて咽頭内径を狭めるのを防ぐことが出来るとも言われています。

英国の研究では、サラブレッド競走馬に舌縛りを用いることで、レースパフォーマンスが向上したという報告がありますが(Barakzai et al. Vet Rec. 2005;157:337およびBarakzai et al. EVJ. 2009;41:812)、そのメカニズムは明瞭には示されていません。今回は、馬に舌縛りをした状態で運動させ、その時の上部気道の内視鏡検査によって、咽喉頭内径の測定などが行なわれた研究を紹介します。

参考文献:
Ann Kristin Barton, Anne Troppenz, Dana Klaus, Inga Lindenberg, Roswitha Merle, Heidrun Gehlen. Tongue ties do not widen the upper airways in racehorses. Equine Vet J. Epub: Aug9, 2022: doi.org/10.1111/evj.13867. Online ahead of print.

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舌縛りの効果と解釈

結果としては、舌縛りをした場合としない場合で、喉頭内径の有意な増加は認められず、また、安静時よりも運動時のほうが拡大するハズの咽頭内径は、舌縛りをした方が有意に拡大しにくくなっていました。軟口蓋背方変位の発生率は、舌縛りをした場合としない場合で有意差はありませんでした。このため、舌縛りによって咽頭内径や喉頭内径へのポジティブな効果は確認されなかったため、上部気道の機能を向上するという意味では、舌縛りの使用を支持するデータは示されなかったと結論付けられています。

この研究には、幾つかの問題点があり、データの解釈に気をつけた方が良いと思います。まず、筆者の言う「ポジティブな効果」が、咽頭や喉頭の内径を広げることであれば、それが示されないのは当たり前かなと感じます(そもそも、内径を広げるために、舌縛りを行なっている訳ではない)。舌縛りの目的は、咽頭や喉頭の内径が狭まるのを未然に防ぐことであり、そのような「ネガティブな効果」を予防するという意味では、舌縛りの効能がシッカリ証明された実験結果だと解釈するのが自然かなと思います。

また、運動によって咽頭内径が広がる作用が、舌縛りによって少なくなった現象も、舌骨を牽引することで内壁を緊張させて、咽喉頭部を安定化させていることを考えれば、内圧の変化による内径変化が起こりにくくなるのも頷けます。実際、咽頭内径の計測値自体よりも、運動中に吸気と呼気が正常に行なわれることが重要ですし、また、軟口蓋背方変位や舌飲み込みで窒息寸前になる状況を回避できるのであれば、馬にとってはメリットになるような気がします。

さらに、軟口蓋背方変位の発生率は、舌縛りをした場合(4/30回)としない場合(1/30回)で有意差が無かったことも、上部気道に異常のない馬を使った実験では、充分にあり得る事象だと言えます。もし可能ならば、軟口蓋背方変位(または他の上部気道閉塞)の病歴がある馬で同様の実験を行なうとより興味深い知見が得られると思います。また、軟口蓋背方変位は、どんな馬でも間欠的に発生する現象ですので、その発生回数を数えるのではなく、それが通気障害や換気不全につながったか否かを評価することが大切だと考えます。

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馬の舌縛りにおいて重要なこと

馬の舌縛りが、軟口蓋背方変位を予防できるという経験則に対しては、相反するエビデンスが示されているため、現時点では、舌縛りを行なうことに関しては賛否両論があります。このため、国際競馬統括機関連盟は2001年以降、舌縛りの登録と報告を義務付けており、国際馬術連盟は2004年以降、乗馬競技での舌縛りを禁止しています。また、ドイツでは、サラブレッド競走馬での舌縛りが2018年に禁止されました(スタンダードブレッド競走馬ではまだ使われている)。

ヒト医療の分野では、口の周りの筋力低下を防ぐためのトレーニングとして、嚥下障害の患者に対して、舌出し運動(Tongue-strengthening exercises)を指導することがあり、医学的な効能が示されたという知見もあります。ですので、馬においても、舌を前方に引き出すことで、上部気道に好影響が出る可能性は否定できません。また、プロスポーツ選手が、競技中に舌を出している事象も散見されますので、人によっては、瞬間的に呼吸がし易くなるなどの効能があるのかもしれません。

勿論、馬に舌縛りをすることが、痛みや不安を与えるなど、馬のウェルフェアに悪影響を与えるのであれば、それは適宜に制限や禁止の対象とすべきです。しかし、感情的にそれを行なってしまうのではなく、科学的なエビデンスに則って判断を下していくべきではないでしょうか。

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