馬のアイラップ治療と運動の関連性
話題 - 2022年09月03日 (土)

馬のアイラップ治療と運動の関連性について検証が行なわれています。
馬の運動器疾患のうち、最も発症率が高いのは関節炎であると言われており、抗炎症剤の関節内投与が行なわれていますが、副作用の懸念があることに加えて、禁止薬物であるため競走馬に使用できないという制約があります。その代わりとして、近年では、馬自身の血液を処理した自己調整血清(ACS: Autologous conditioned serum)を関節内に注射する療法が応用されています。ACSには、高濃度のインターロイキン拮抗蛋白質(IL-1Ra: Interleukin-1 receptor antagonist protein)が含まれているため、これを炎症部位に作用させることで、関節内の炎症反応を制御できることが知られています。
ACSの関節内投与は、アイラップ治療とも呼ばれ、良好な治療成績が示されており、また、副作用やドーピングの心配も無いという利点があります。ただ、自己血を使用した治療法であるため、馬体の状態によって、ACSの性状が変化してしまうのではないか?という疑問も浮かんできます。ここでは、馬の運動とACS性状の関連性について検討した研究を紹介します。
参考文献:
Hale JN, Hughes KJ, Hall S, Labens R. The effect of exercise on cytokine concentration in equine autologous conditioned serum. Equine Vet J. 2022 May 15. doi: 10.1111/evj.13586. Online ahead of print.
この研究では、8頭の健常馬を用いて、強度運動の直前、1時間後、および、24時間後に採取した静脈血からACSを生成して、その成分解析が行なわれました。その結果、運動の1時間後のACSでは、運動直前のものと比べて、IL-1Ra濃度が有意に低下して、腫瘍壊死因子(Tumor necrosis factor alpha)という炎症性物質の濃度が有意に増加していました。このため、馬のアイラップ治療を実施するときには、強運動から24時間以上は経ってからにするべきである、と結論付けられています。

一般的に、馬のアイラップ治療では、ACSに含有するIL-1Ra濃度が高いほど、治療効果も良好であることが示されています。今回のデータでは、強運動によって筋組織負荷が上がると、血中の炎症性物質濃度も上昇するため、その時点で採血・生成したACSを関節内投与すると、関節炎を抑える効果が減退すると考えられました。実際のところ、このような運動による悪影響が何時間続くのかは、運動内容や強度によって多様であると推測されるため、運動から24時間は置いてからアイラップ治療するのが無難だと言えるのかもしれません。
一方、この研究では、運動の直前と24時間後のACS性状を比較した場合に、インターロイキン10(IL-10)の濃度が上昇する傾向が認められました。一般的に、IL-10は、炎症反応を抑制する“善玉”のサイトカインだと言われており、IL-10濃度が高いほど、関節注射したときの治療効果も増強されると推測されています。もしかすると、強運動の24時間の段階では、筋炎を抑えようとする生体反応が起きていて、血中の善玉サイトカインが増えていたのかもしれません。だとすると、運動後に筋疲労が回復しているタイミングで採血およびACS生成することで、アイラップ治療の効能を上げられるのかもしれません。

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