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失明した馬の管理法

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馬の失明について

馬における失明は、白内障や馬回帰性ブドウ膜炎(月盲)が原因となって起こる場合が多く、また、創傷性角膜炎、重度外傷、感染などから失明にいたる症例もあります。一般的に、1~2%の馬がその生涯で少なくとも一方の眼の失明に至ることが知られています。幸いにも、馬が失明するときには、徐々に視覚が不自由になっていくため、視野の片側または全体からの情報に頼らないよう順応するため、驚くほど上手に失明に慣れて、普通の生活が出来るようになる事が知られています。

馬の視覚が落ちてくる段階では、明るい光に強く反応したり、鼻を何かにぶつけたり、騎乗時に対向馬や障害物を怖がる、などの仕草を頻繁に示すようになります。そして、最終的に失明に至った時点では、一定期間、不安や恐怖を感じる時期があるため、いななく、そっぱる、硬直する、激しく旋回する、などの行動が見られることもあります。その後は、視覚があるのと変わらないような行動に戻っていきますが、臆病な馬や、疑い深い馬、および、突発的に失明した馬(外傷など)では、この順応により長い期間を要することもあります。



失明した馬の飼養管理法

片目の失明を起こした馬は、その後に良好な順応を示すことが一般的で、通常の馬と同様に、飼養や騎乗に使役できることが報告されています。片目失明を起こした直後には、一時的な捻転斜頚の症状を示す馬もあり、また、薬剤注射などの痛みを生じる作業は、健常眼の側から行うべきであることが提唱されています。片目を失明した馬の飼養環境内では、水桶の取っ手をテープで覆ったり、馬房壁から飛び出した釘を無くすなど、飼養環境内の突起物による怪我を防止する処置を講じることも重要です。また、放牧地の柵は、ぶつかってもケガしないよう、突起箇所を無くし、しなりのある材質の板を使うことが推奨されており、段差や穴が無いかを確認しておきます。

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一方、両目の失明を起こした盲目馬では、視覚なしでの生活に順応するのに三~六ヶ月を要する場合が殆どで、この期間中には攻撃的な行動などを示す症例もあります。順応期間中の盲目馬は、小さなパドックで放牧することが推奨されており、視覚が無い状態での不安な心理状態を最小限に抑えるため、毎日同じ時間に給餌、放牧、ブラシ掛けを行い、飼桶と水桶の位置を変更しない、などの工夫が大切です。

視覚なしでの生活に順応した盲目馬は、飼養環境を“精神的な地図”として記憶したり、聴覚や臭覚を正常馬よりも効率的に使うことで、眼が見えている個体なのではと思えるほど、驚くほど正常に近い生活を送るようになることが知られています。この際には、盲目馬は敏感な鼻先を使って、物の位置を確認および記憶すると考えられており、このため、毛刈りなどの際にも、鼻先に生えているヒゲを切ってしまわないように注意します。同様に、眼の周りの長い毛も切らないほうが良いと言われています。

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盲目馬に見られる特殊な行動としては、特定の正常馬とのあいだに“相棒関係”を構築することが知られており、この“相棒”は盲目馬が視覚を無くしたことを理解して、障害物を避けるように誘導するなどの行動を示すことが報告されています。このため、盲目馬を色々な正常馬と一緒に放牧して、この“相棒関係”を持てる個体を見つけることで、盲目馬がより安全かつ快適な余生を送れるようになると考えられています。残念ながら、盲目馬を多数の馬と一緒に放してしまうと、他の馬が体をぶつけたり、エサ場から遠ざけるように追い回すなどの行動を取ることがあるので、群れで飼うのは好ましくないと言われています。

盲目馬を繁殖牝馬として飼養する場合には、殆どの症例において、生まれた子馬を踏んでしまうなどの事故を起こすことなく、良好な繁殖成績を残すことが知られています。しかし、視覚を有しない母馬が、子馬が近くにいないと考えて、パニックから攻撃的な行動を起こす可能性もあるため、子馬の無口に鈴を付けて、その存在を聴覚で認識できるようにしたり、子馬の処置をする時などには、常に母馬の体のすぐ傍に子馬を位置させておく、などの工夫が大切です。

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盲目馬に騎乗することに関しては、万が一の人馬の事故の危険を考慮して、特に、両目の視覚を失くした馬に乗ることは推奨するべきではないと考えられます。しかし、例えば外乗に盲目馬を使用する場合には、障害物を避けたり小川をまたぐなどの細かい扶助を騎乗者が送ることで、事故の危険がなく外乗り使役に従事できることが知られています。この際、ちょうど盲目の人間が盲導犬を使うように、盲目馬が騎乗者を盲導犬と同じような「視覚の頼り」として使うことを学習できれば、普段よりも積極的かつスムーズに歩き回るようになれる事が報告されています。また、レースや障害飛越と異なり、馬場馬術に盲目馬を使用する場合には、正確で細かい扶助を用いて演技を行うという調教を積むことで、かなり高いレベルの馬場馬術の競技馬として成功できるという事例も示されています。

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失明した馬の管理者に関して重要なこと

馬が失明すると、危険な動物になる訳ではありません。しかし、失明した馬を管理するときには、管理者のほうも、接し方や扱い方を工夫する必要があります(特に両目とも失明した場合)。一般的に馬は、精神的同調を取る動物であることが知られていますので、視覚でヒトの表情や仕草を読み取ることが出来なくなると不安を覚えます。このため、失明した馬の管理者は、馬房掃除や手入れの際にも、馬に話しかけ続けたり、頻繁に馬体に触れることで、馬の不安を取り除くようにします。また、言語による合図も有用で、止まる合図(“Whoa”)や段差をまたぐ合図(“Step up”)などを聞き分ける調教をすることで、馬を曳くときも安心を与えることが出来ます。

失明した馬は、ヒトに頼って生きようとするため、視覚のある馬よりも、管理者との信頼関係が深くなることが多く、まるで犬がヒトになつくように接してくる事もあります。そういう意味では、ホースマンとして最大の喜びである、「馬から慕われる」という体験ができるのは、実は、失明した馬を管理するときなのかもしれません。

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Photo courtesy of Gilger BC, Equine Ophthalmology, 2005, Elsevier Saunders, St Louis, Missouri (ISBN: 978-0-7261-0522-7).
Copyright (C) nairegift.com/freephoto/, freedigitalphotos.net/, pakutaso.com/, picjumbo.com/, pexels.com/ja-jp/ All Rights Reserved.
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参考資料:
Gilger BC, Equine Ophthalmology, 2005, Elsevier Saunders, St Louis, Missouri (ISBN: 978-0-7261-0522-7).
Heather Smith Thomas. Caring for the Blind Horse. The Horse, Topics, Eye Problems, Welfare and Industry: Nov1, 2012.

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このエントリーのタグ: 飼養管理 厩舎管理 動物福祉

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