りんご味のハミで疝痛治療?
話題 - 2022年09月04日 (日)

りんご味のハミを着けることで、疝痛の治療に役立つという知見が報告されています。
馬の疝痛のなかでも、特に小腸疾患で開腹術を行なった後には、術後腸閉塞(POI: Postoperative ileus)という合併症を起こすことが知られています。過去の知見では、馬のPOIの致死率は八割以上に上ることが報告されています[1]。POIの発症馬には、蠕動促進剤や抗炎症剤が投与されますが、難治性の経過を取り、蹄葉炎を続発して予後不良となる症例もあります[2]。一方、ヒト医療の消化管手術では、術後にチューインガムを噛むことで、頭迷走神経反応(Cephalic-vagal response)による消化管蠕動の亢進が起こるため、排便までの時間が短縮したり、POIのリスクを減少できることが報告されています[3,4]。
乗馬の分野では、銜受けを改善する工夫として、りんご味のハミ(下記リンク)が使われており、ヒトのチューインガムに類似した持続的な咀嚼行動が見られます。そこで、米国のルイジアナ州立大学の研究者は、ハミ咀嚼(Bit chewing)によって、馬の消化管運動を亢進させる効果があるかを実験しています。この研究では、健常馬6頭に、りんご味のハミを装着させながら(六時間ごとに20分間の装着)、経鼻チューブで投与したビーズ(消化されない素材、8mm径、200個)を糞便から回収することで、胃腸の通過時間の評価が行なわれました。
参考文献:
Patton ME, Leise BS, Baker RE, Andrews FM. The effects of bit chewing on borborygmi, duodenal motility, and gastrointestinal transit time in clinically normal horses. Vet Surg. 2022 Jan;51(1):88-96.
(りんご味のハミの販売元)
結果としては、対照群の馬では、胃腸の通過時間が170時間(中央値)であったのに対して、ハミ咀嚼群の馬では、胃腸の通過時間が106時間と有意に短くなっていました。このため、開腹術をした疝痛馬にも、りんご味のハミを着けて持続的咀嚼をさせることで、胃腸の蠕動運動を亢進させて、POI予防につながる可能性があると考察されています。なお、この実験では、八割のビーズが排泄されるまでの時間を、胃腸の通過時間と定義してデータ解析されていました。一方で、聴診での腸蠕動音、および、エコー検査での十二指腸収縮については、対照群とハミ咀嚼群のあいだで有意差はありませんでした。
この研究では、りんご味のハミを馬に装着させる際に、通常の騎乗時のハミ装着よりも少しキツめに着けて、咀嚼を促す工夫がなされていますが、短時間の装着(20分間)だったこともあり、馬は適切にハミ装着を許容して、副作用は無かったと報告されています。他の文献では、ハミ装着で持続的な咀嚼動作をさせることで、腸蠕動音の亢進が聴取されたという報告もあります[5]。一方で、馬において、ハミ咀嚼が胃腸の通過時間を短縮させたメカニズムは明らかではありません。

この研究で用いられた、ビーズを使った胃腸活動の計測法に関して、他の文献では、75%のビーズが排泄されるまでに、平均42時間しか掛からなかったと報告されています[6]。つまり、本実験でのデータと差異が大きいので(健常馬で170時間)、胃腸の通過時間が早まったという結論には疑問符がつきます。また、聴診やエコー検査では、蠕動亢進を示唆するデータは示されておらず、ハミ咀嚼とPOIの治療効果と結びつけるのは、ややエビデンス不足のように感じます。また、サンプル数が6頭と少ないのも、この研究の限界点だと述べられています。
そして、疝痛馬にハミ咀嚼をさせた場合に、迷走神経系の刺激だけで、病的な蠕動低下を打ち消すほどの効能が得られるのかは、実際の臨床症例で検証する必要があると言えそうです。たとえば、開腹術後の疝痛馬では、抑鬱状態にあったり、腹部疼痛のほうに気を取られて、あまりハミを咀嚼してくれない可能性があるかもしれません。
参考文献:
[1] Gerring EE, Hunt JM. Pathophysiology of equine postoperative ileus: effect of adrenergic blockade, parasympathetic stimulation and metoclopramide in an experimental model. Equine Vet J. 1986 Jul;18(4):249-55.
[2] Lisowski ZM, Pirie RS, Blikslager AT, Lefebvre D, Hume DA, Hudson NPH. An update on equine post-operative ileus: Definitions, pathophysiology and management. Equine Vet J. 2018 May;50(3):292-303.
[3] Helman CA. Chewing gum is as effective as food in stimulating cephalic phase gastric secretion. Am J Gastroenterol. 1988 Jun;83(6):640-2.
[4] Roslan F, Kushairi A, Cappuyns L, Daliya P, Adiamah A. The Impact of Sham Feeding with Chewing Gum on Postoperative Ileus Following Colorectal Surgery: a Meta-Analysis of Randomised Controlled Trials. J Gastrointest Surg. 2020 Nov;24(11):2643-2653.
[5] Giusto G, Pagliara E, Gandini M. Effects of bit chewing on right upper quadrant intestinal sound frequency in adult horses. J Equine Vet Sci. 2014;34(4):520-523.
[6] Elfenbein JR, Robertson SA, MacKay RJ, KuKanich B, Sanchez L. Systemic and anti-nociceptive effects of prolonged lidocaine, ketamine, and butorphanol infusions alone and in combination in healthy horses. BMC Vet Res. 2014;10 Suppl 1(Suppl 1):S6.
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