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頚動脈への注射事故を防ぐには

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馬の頚動脈への注射事故について

馬に対して薬剤を静脈内投与するときには、頚静脈が使われることが一般的ですが、この際には、誤って頚動脈に注射してしまうリスクがあります。馬の頚動脈は、気管の背側および頚静脈のすぐ裏側を走行して、注射針を穿刺する位置や深さを間違えると、針先が動脈内に達してしまう事が起こりえます。馬の頚動脈に薬剤を注入してしまうと、脳神経組織に高濃度の薬剤が作用して、馬が昏睡してしまうことが知られています。

ここでは、そのような頚動脈への注射事故について検証した研究を紹介します。この研究では、米国の獣医内科学学会(American College of Veterinary Internal Medicine)の登録会員を対象に、手紙またはオンラインを介して、2001~2020年のあいだに発生した、意図しない頚動脈注射(Unintentional intracarotid injection)の事故に関して、そのときの状況や手技、事故後の合併症に関する聞き取り調査が実施されました。

参考文献:
Sonia Gonzalez-Medina, Yvette S Nout-Lomas, Gabriele Landolt. Unintentional intracarotid injections in the horse—15 cases (2010–2020). Equine Vet Edu. Epub, Aug11, 2022: doi.org/10.1111/eve.13706. Online ahead of print.



馬の頚動脈への注射事故の発生状況

結果としては、報告された頚動脈への注射事故は15件で、詳細不明な2件を除くと、鎮静剤を注射するときに発生した事故が62%(8/13件)で最も多かったことが示されました。通常、鎮静剤の静注では、投与量が5mL以下(キシラジン)または0.5mL以下(デトミジン)と少量であるため、シリンジ内に血液を引いたときに、静脈と動脈の違い(血液の色や勢い)が分かりにくかったり(下写真)、もしくは、クスリの全量が素早く動脈内に入るので、昏睡などをより起こしやすかったためと推測されます。

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この研究では、頚動脈への注射事故によって死亡した馬は7%(1/15頭)のみであり、死亡する事例は“稀”だと結論付けられています。しかし、15回の注射事故で馬1頭が亡くなるのは、かなり頻度が高いとも解釈できますので、やはり慎重な注射手技で、事故防止に努めることが重要だと言えます。一方、頚動脈への注射事故によって、擦過傷が100%(13/13件)、心疾患が23%(3/13件)の馬に起こりましたが、長期的な合併症に至った症例は1頭もいなかったことが報告されています。

この研究では、頚動脈への注射事故のうち、長めの注射針(1.5インチ=約3.8mm)を使った場合が77%(10/13件)と最も多く、また、20ゲージの注射針を使った場合が69%(9/13件)と最も多くなっていました。このため、やや短めの1.25インチ(3.2mm)の注射針を使ったほうが、動脈まで届きにくく、注射事故を起こしにくくなると考えられます。また、やや太めの18ゲージの注射針を使うことで、血液の色や勢いを視認しやすくなり、注入する前に動脈だと気付きやすくなる事も予測されます。

この研究では、頚動脈への注射事故のうち、注射針をシリンジに着けた状態で注射した場合が85%(11/13件)に上っていました。馬の頚静脈への注射手技としては、注射針だけ刺入して、血液の戻り具合いから動脈でないことを確認した後、針にシリンジを接続して注射するという手法もあり(下写真)、特に、怒張させた血管が見にくい馬(肥満や長毛)には有用だと言われています。このため、本研究のデータは、針だけ刺すほうが安全だということを示しているとも言えますが、逆に、15%の事故は、針だけ刺したにも関わらず起こっていたため、この手法が絶対に安全とも言い切れない、という解釈も成り立つと言えます。

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この研究では、頚動脈への注射事故のうち、頚部の真ん中辺りに注射針を刺した場合が46%(6/13件)と最も多くなっていました。一般的に、馬の頚動脈は、胸前に近い箇所では浅部を走行していて、注射事故を起こし易いため、頚静脈への注射は、頚部の真ん中辺りで実施するほうが良いとも言われます。しかし、今回のデータでは、真ん中辺りでも注射事故は起こっていましたので、注射する位置というよりも、やはり針を刺入する深さを間違えないように注意することが重要だと言えます。

この研究では、頚動脈への注射事故のうち、シリンジ内に吹き込んでくる血液に逆流するように注入した(Against jugular blood flow)という事例が85%(11/13件)に達していました。このため、注射針を刺したときの血流の勢いの強さを慎重に観察して、少しでも怪しい場合には刺しなおすことで、頚動脈に間違って注射してしまう事故を防げると考えられました。



馬の頚動脈への注射事故で重要なこと

この研究の聞き取り調査では、頚動脈への注射事故の際には、注射の最中または直後に、昏睡症状の前兆が現れたことが報告されており、迅速に馬および保定者の安全対策を講じるべきだと提唱されています。このため、獣医師が鎮静剤等を注射するときには、注射してから数十秒は馬の傍を離れず、万が一に、注射ミスで馬が昏睡した場合には、素早く対応するのが望ましいと言えます。

具体的には、保定者(馬主や飼養管理者)には速やかに馬から離れるよう指示して、獣医師自身は、馬の頭部を可能な限り保持して、倒れる瞬間に地面に打ち付けないようにします。馬が横臥した後は、頭部を保定したり、顔の下にタオルを敷くなどして、下側の眼を傷付けないようにします。また、馬が四肢を激しく動かして暴れることもあるため、周囲の人々には、前後肢に近づかないよう指示を出します。馬が昏睡から覚めたら、神経学的検査および心脈管系検査で合併症の有無を確認します。

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今回の研究は、米国での調査ですが、馬獣医師が何千人もいる国で、20年間で15件の注射事故が起きた(報告された)という頻度を見ると、やはり、滅多に起こらない事象なのだと推測されます。ただ、万が一に事故が起こって、馬が昏睡すれば、馬やクライアントの大怪我に繋がる危険性はありますので、普段から決して油断せず、正しい注射手技を常に実践して、頚動脈への注射事故の防止に努めることが大切なのだと思います。

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