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馬の繋靭帯損傷への装蹄療法

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馬の繋靭帯損傷について

繋靭帯は、馬の肢端にある結合組織の一つで、球節の支持機能を担う重要な構造物になります。馬の繋靭帯は、管骨近位部に起始し、管部中央で内外脚に分岐したあと、内側の種子骨に付着しています。この種子骨の遠位端には、繋骨後面に繋がっている種子骨靭帯があり、この3つの構造物(繋靭帯、種子骨、種子骨靭帯)が懸垂装置というユニットとして、球節をハンモックのように後ろから支える役目を果たしています。

安静時の懸垂装置は、球節を沈下させる負重を受け止める起立装置として作用しています。起立装置とは、主要関節をロックして、馬が筋肉を使わずに立ち続けられるようにする構造物のことで、他には、膝蓋靭帯、上腕二頭筋・三頭筋などが含まれます。一方、運動時の懸垂装置は、球節沈下動作を介して荷重負荷を柔らかく吸収するサスペンション作用、および、蹄反回時に筋収縮無しに推進力を生み出すスプリング作用を生み出しています。つまり、馬の繋靭帯は、立ったまま眠る能力と、筋疲労なく長距離を運動する能力の両方に関与している、非常に重要な構造物になります。

馬の繋靭帯の損傷には、①運動誘発性の繋靭帯炎、②慢性劣化病態である変性繋靭帯症(下写真)、③外傷に起因する繋靭帯断裂などが含まれます。このうち、①の繋靭帯炎は、強運動時の衝撃や荷重によって、靭帯線維が微細損傷することによって起こります。一方、②の変性繋靭帯症は、遺伝性素因や不正肢勢(前踏肢勢や繋ぎが長い等)によって、繋靭帯が慢性的に退行性変化を起こして虚弱化することで発症します。そして、③の外傷性の繋靭帯断裂は、馬が運動中に踏み誤ったり、接地中の後肢が滑走することで、球節を沈下させる強い力が加わり、繋靭帯の部分断裂または完全断裂に至ってしまう病態です。

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馬の繋靭帯損傷での装蹄療法について

繋靭帯を損傷する疾患のうち、②と③においては、懸垂装置として球節を支える機能が著しく損失するため、球節が直角に近くなるまで過剰に沈下してしまいます。その結果、跛行を示したり、荷重自体が困難になる場合もあり、過沈下してしまった球節を支持する装蹄療法が必要になってきます。特に②では、劣化した繋靭帯の強度回復は、殆ど見られないか、年単位の期間を要するため、装蹄療法の選択肢が限られてきてしまうという問題があります。

装蹄によって球節を支持する方策としては、蹄負面の後端を尾側に伸長させ、肢軸(管部の中央線)から降ろした線が地面と交差する位置に近づけることで、懸垂機能に掛かる負荷を軽減させる手法が挙げられます。具体的には、鉄尾の長い蹄底を装着させるのが有用であり、市販のエッグバー蹄鉄や、コの字型の鉄(魚の尻尾に似た形状)を溶接したフィッシュテイルバー蹄鉄(下写真)などが用いられています。これらは、沈下してくる球節を、直接的に押し上げる機能はありませんが、他の手法よりも管部や球節部への負担が少ないため、長期間にわたって継続できるという利点があります。

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また、他の装蹄療法としては、蹄踵を大きく挙上させて、繋ぎを立てることで(地面に対する繋軸角度を大きくする)、管部と繋ぎから成る球節前角度を広げるという手法もあります。この際には、鉄尾に別の鉄片を溶接したパテントバー蹄鉄(下写真)が使用されます。この結果、管部に掛かる負重のうち繋ぎへと伝わる割合が増えて、懸垂装置が支持する負荷が減るという作用が得られ、また、繋ぎが立つことで、必然的に蹄負面の後端も球節の真下の位置に近づくため、二次的に懸垂装置への負荷を減少させる効果も期待されます。しかし、パテントバー蹄鉄は、左右両方の後肢に装着させるのは困難であるため、③の病態が両側性に発症した馬に対して、片肢だけに用いると、対側肢の球節沈下を悪化させてしまうリスクがあります。また、②や③が片側性の場合も、パテントバー蹄鉄を着けた肢が前踏肢勢になってしまうと、踏着箇所が重心に近づき、蹄反回が遅れるため、結局、懸垂装置への緊張が増してしまう可能性もあります。

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その他の装蹄療法としては、鉄尾から球節後方へと二本の垂直棒を設置して、その間にエラスチコン・革・ゴム等でバンド状のハンモックを作って、沈下してくる球節を直接的に受け止める手法も試みられています(ハンモックバー蹄鉄と呼ばれることもあります:下写真)。この場合には、上記のフィッシュテイルバー蹄鉄に近いところまで鉄尾を伸長させて、そこに垂直棒を取り付けるため、蹄負面の後方伸長作用も得られます。残念ながら、ハンモック部分で球節を押している箇所には、褥瘡や擦過傷ができやすく、圧迫度合いの微調整も難しいという欠点があります。このため、③の繋靭帯断裂が治癒するまでの短期間だけ用いることは可能ですが、②のような病態に対して、持続的に使用するのは困難であると言われています。

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さらに、類似の方法としては、鉄尾から繋ぎの後面へと二本の逆U字状の金属棒を設置して、そこにガーゼを巻いてクッションにして、繋ぎや球節底部を支えるという手法が応用されることもあります(スワンネック蹄鉄と呼ばれることもあります:下写真)。これは、ハンモック蹄鉄よりも、やや広いエリアで負荷を受け止めてはいるものの、長期間使用するとやはり褥瘡を起こしてしまうと言われています。また、ハンモックバー蹄鉄よりも、圧迫度合いの微調整が難しいというデメリットもあります。やはり、②のような持続的治療を要する症例には不向きだと言えます。

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なお、スワンネック蹄鉄と同じようなやり方で、繋ぎの後面から球節を支える方法としては、鉄尾を伸長させた蹄鉄と繋ぎとの隙間に、ロール状のガーゼを詰め込み、その後面に副木を当てて、全体をエラスチコンでグルグル巻きにする手法もあります(下写真)。これは、装蹄療法というよりも、バンテージ装着において球節支持の作用も付与する方策であり、③の靭帯断裂が治癒するまでの期間に用いられることがあります。

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一方、若干、装蹄とは異なりますが、ブレース様の装具を管部~球節~繋ぎに取り付けて、球節沈下させる負荷を側面金具と前後面のパッドで受けとめる手法もあります。これは、エクエストライドブーツ(EqueStride Boots)という商品名で市販されており(下写真)、球節を支持する力を、管部前面・球節後面・繋ぎ前面に分散させて支持するため、褥瘡が出来にくいというメリットがあります。しかし、このブレース様装具は、本来、腱損傷をサポートするための器具であり、球節が直角近くまで沈下するような重篤な繋靭帯損傷には不向きであり、球節角度を大幅に矯正するほどの強度は無いことから、①の繋靭帯炎、または、②の繋靭帯変性の初期病態にのみ適用可能であると考えられます。

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馬の繋靭帯損傷に関して重要なこと

以上のように、重篤な繋靭帯損傷を発症した馬に対しては、様々な装蹄療法が試みられているものの、過沈下した球節を支持しながらも、合併症をまったく伴わない手法は確立されていないのが実状です。もともと、馬の球節にある懸垂装置は、強い負荷に耐えながら粘弾性の性状を維持するという特殊な解剖学的構造物である、人工物を用いてその機能を完全に代替するのは困難だと推測されます。

繋靭帯損傷への対策としては、装蹄療法以外にも、上記の①や③に対しては手術や血小板療法なども併用されていますが、②に対しては、未だに有効な内科的・外科的治療がありません。このため、フィッシュテイルバー蹄鉄による装蹄療法が奏功しなければ、繋靭帯の虚弱化が進行していき、予後不良となるケースも多いと言えますので、肢勢などから発症リスクの高い個体を見極め、若齢時期から蹄形や蹄繋軸の矯正を行なって、病気の発生や進行を少しでも抑えていくことが必要なのかもしれません。

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参考文献:
Nancy S. Loving, DVM. Treating Suspensory Injuries with Fetlock Support Shoes. The Horse, Topics, Hoof Care: May14, 2014.
Robert H. Koontz, DVM. Degenerative Suspensory Ligament Disease in Horses. The Horse, Topics, Hoof Care, Ligament & Tendon Injuries: Aug8, 2018.
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Georgina Roberts. Revolutionary EqueStride Boot. The key to successful tendon rehabilitation in sport horses (www.equestride.com)
The Patent Bar Shoe. Farrier’s Corner: The Atlanta Equine Clinic.

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