競走馬は故障前に歩幅が狭くなる?
話題 - 2022年09月08日 (木)

一般的に、競走馬の故障(運動器疾患)は、突発的に発生するのではなく、骨や腱、関節などへの微細損傷が蓄積することによって発症に至ることが知られています。つまり、強度運動による組織損傷の度合いが、組織修復の度合いを上回ってしまうと、故障を起こし易い肢の状態になると考えられています。このため、そのような微細損傷が蓄積している状態を未然に検知して、故障の前兆として認識することが出来れば、レース前の運動強度を抑えたり、レースを回避するなどして、競走馬の故障を予防できると推測されています。
競走馬が故障する前兆を検知するため、微細損傷している箇所をMRI画像で発見したり、損傷組織から血液中に出てくる成分(バイオマーカー)を測定する方法などが試みられていますが、故障を予測する的中能は低く、また、画像診断や採血の手間や費用を考えると、多数の馬を継続的に監視するスクリーニング検査としては、実現性が低いと言われています。そこで、より簡易で信頼性の高い方法として、レース中の襲歩における歩幅や速度を計測して、歩様の微妙な変化から、故障の前兆を検知するという研究が行なわれています。
参考文献:
Wong ASM, Morrice-West AV, Whitton RC, Hitchens PL. Changes in Thoroughbred speed and stride characteristics over successive race starts and their association with musculoskeletal injury. Equine Vet J. 2022 Apr 28. doi: 10.1111/evj.13581. Online ahead of print.

歩様指標によって故障の前兆を検知する試み
この研究では、オーストラリアのサラブレッド競走馬のうち、計584頭(故障馬146頭と対照馬438頭)の馬が出走した、計5,660回の平地レースを調査対象にして、レース終盤200mの襲歩歩様における、速度、歩幅、ストライド頻度などの数値と、故障発生との相関を、多因子ジョイントモデルで解析しました。なお、騎手が手綱を引いたり、落馬したり、失格になった際に生じた、エラー性の歩様変化は解析から除外されています。
結果としては、レース終盤の速度が0.1m/秒ほど遅くなる毎に、故障を起こす危険性が18%増加した(1.18倍のリスク)というデータが示されました。キャリアを通して速度が徐々に遅くなる傾向は、対照馬でも見られましたが、故障馬ではその遅延度合いの傾斜が明瞭に強くなっていました。また、レース終盤の歩幅が10cmほど狭くなる毎に、故障を起こす危険性が11%増加した(1.11倍のリスク)ことも示唆されています。キャリアを通して歩幅が徐々に狭くなる傾向は、対照馬では明瞭ではありませんでした。さらに、速度と歩幅に関するこれらの徴候は、キャリアを通して認められましたが、特に、故障が発生した直近6回のレースにおいては、歩幅の短縮と速度の減少が、急激に起こっていたことが分かりました。なお、ストライド頻度と故障のリスクには、有意な相関は認められませんでした。
これらの結果から、競走馬の故障を予防するためには、レース終盤の歩幅や速度を継続的に測定および監視して、歩幅が急激に短縮したり、速度が急激に遅くなる傾向が認められた場合には、それらを故障の前兆と見なして、適宜な予防対策を取ることが有益であると推測されています。このような歩様指標の変化が、実際になぜ起こるのかは解明されていませんが、不症候性の運動器損傷から生じる痛みを馬が感じたり、違和感を持った結果、そのような疼痛や違和感を減らしたり回避したりしようとする馬の試みが、歩幅を短くしたり、速度を抑える徴候に繋がったのではないか、という考察がなされています。

歩様指標で故障の前兆を評価するときの限界点と課題
これまでの知見では、運動器の損傷が蓄積して故障に至るメカニズムとして、2通りが考えられています。一つ目は、修復機能が未熟な骨格組織に、運動負荷が短期間で急激に掛かってしまって故障に至るというメカニズムで、これは競走キャリアの始めの時期に当てはまると言われています。二つ目は、修復機能が成熟している骨格組織であっても、その能力を超える量の運動負荷が掛けられると、損傷の修復が間に合わずに故障を起こしてしまうというメカニズムで、これは競走キャリアの後半の時期に当てはまると考えられています。今回の研究では、発症した故障の28%は、キャリアの最初の3回のレースで起こっており、一つ目のメカニズムに起因すると予測されます。このため、これらの故障においては、歩幅や速度を経時的にモニタリングして、前兆を発見する方策では間に合わないと推測され、キャリア初期の損傷蓄積を検知する他の手法を検討する必要があると考察されています。
この研究の限界点としては、レース終盤200mの歩様のみを調査対象にしていることが挙げられています。一般的に、レース終盤の筋疲労状態のほうが、骨格組織の微細損傷による歩様の不正は示されやすく、故障の前兆を発見するには適していると推測されます。その一方で、レース展開による差異は解析に考慮されず(逃げか追い込みか)、大負けのときに騎手が最大限に追い込まなかった等の騎乗バイアスの影響を受けてしまう、というデメリットは指摘されています。今後の研究では、レース序盤から中盤でのポジションや、何馬身差の負けであるか、などのデータを因子に加えても良いと思われます。
また、他の限界点としては、①今回はレース時の歩様のみが調査され、調教時の歩様は調査対象となっていないこと、②レース日の故障のみが調査対象で調教中の故障は考慮されていないこと、③歩様指標(歩幅、速度、ストライド頻度)は別々の因子として解析され、これらを同時に組み込んだモデルとしては統計解析されていないため、因子同士の相互作用があった場合には、幾つかの因子の有意性が変化する可能性があること、などが挙げられています。このうち、①と②は、歩様解析の調査対象を拡大することで、そして③については、サンプル数を増やして統計解析モデルの安定性を増すことで対応できると考察されています。
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