膝蓋骨が上方固定したときの対処法
馬の飼養管理 - 2022年09月09日 (金)

馬の膝蓋骨上方固定について
時々、ホースマンの方々から、「馬の後膝が脱臼した!」という緊急電話を頂くことがあります。そのような場合、馬が後肢を伸ばした状態で突っ張ってしまい、飛節や膝関節を曲げられなくなった状態を指しています(球節は少し曲げ伸ばし可)。解剖学的には、馬の膝蓋骨の下方に付いている内側膝蓋靭帯が、大腿骨の内側滑車の上端に引っ掛かっることによって発症し、膝蓋骨の上方固定というのが病名になります。
馬が後膝を曲げるためには、膝蓋骨が滑車溝のなかを上下に滑走する必要がありますので、膝蓋骨が上方固定されてしまうと、膝関節の屈曲が妨げられ、これに伴って飛節の屈曲も不可となります。馬の後肢には相反装置があるため、膝関節と飛節の屈伸運動は連動しているからです。このため、用手で膝蓋骨上方固定を整復させるには、内側滑車の上に引っ掛かっている膝蓋靭帯を外して、膝蓋骨を遊離させる処置をおこなう必要があります。
下図は、左後肢の膝関節を内側から見たもので、左側が正常な状態の膝関節で、右側が膝蓋骨の上方固定を起こした膝関節になります(図内の表記:P=膝蓋骨[Patella]、MPL=内側膝蓋靭帯[Medial patellar ligament]、MTR=内側滑車[Medial trochlear ridge])

馬が膝蓋骨上方固定したときの歩様
馬が膝蓋骨上方固定には、特徴的な歩様を示すことから、視診だけで診断できるケースが殆どです。しかし、蹄底膿瘍などの下肢に強い疼痛を起こす疾患では、罹患後肢を殆ど踏み込まなくなり、膝蓋骨の上方固定に類似した歩様に見えることもあります。また、重度のフレグモーネなどで、後肢の屈伸を嫌悪している馬では、後肢全体が突っ張ったような仕草を呈して、膝蓋骨上方固定と紛らわしい場合もあります。
一方、膝蓋骨の上方固定が不完全で、一瞬だけ固定されたあと直ぐに遊離する病態(膝蓋骨の遊離遅延と呼ばれます)では、罹患後肢の過屈曲を呈することから、鶏跛(Stringhalt)との見分けが難しいケースもあります。さらに、臀部筋の線維化を起こした馬(半腱様筋線維化筋症)では、後肢の踏着時に、蹄を叩きつける動作を示すことから、後肢が突っ張っているように見える場合もあります。
下記リンクの動画は、膝蓋骨が完全に上方固定した馬の歩様です。左後肢が伸びた状態で突っ張り、荷重が殆ど出来なくなって、後肢を引きずりながら歩いている様子が見えます。
下記リンクの動画は、膝蓋骨が間欠的に上方固定している馬の歩様です。やはり、左後肢が伸びた状態で突っ張っていますが、膝蓋骨が自然遊離した際には、正常な屈伸が可能になりますが、またすぐに上方固定してしまう様子が見えます。
馬が膝蓋骨上方固定したときの対処法
馬の後肢が突っ張った状態になり、膝蓋骨上方固定が疑われる時には、可能な限り、馬が倒れてもケガしない場所(馬房の中や柔らかい砂地)に連れて行きます。しかし、片方の後肢が使えないせいで、うまく歩けない事もあるので、無理はしないようにしましょう。その後に、下記の対処法を取ることで、上方固定された膝蓋骨の遊離を試みます。
対処法1:馬を後退させる
馬の胸前を押したり、曳き手を引っ張ることで、馬を後退させます。馬が後退するときには、後肢に荷重して、膝蓋骨に付着している大腿四頭筋を収縮させるため、引っ張られた膝蓋骨が、内側滑車の上をすり抜けて遊離されます。膝蓋靭帯の緊張が軽いときには、この動作だけで膝蓋骨が遊離できます。

対処法2:後肢を前方に引き出す
管部や繋ぎを保持して、後肢を前方に引き出します。蹄を地面に引きずることが多いですが、後肢を垂直よりも頭側に移動できれば、大腿四頭筋が膝蓋骨を頭背側方向に牽引してくれるため、膝蓋骨が遊離されやすくなります。馬が抵抗するときには、繋ぎにロープを掛けて前方に引くほうが安全です。

対処法3:膝蓋骨を背内側へ押し上げる
馬の後膝の前面にある膝蓋骨を触知したら、骨の側面に手の平を当てて、内側および背側に押し上げることで、膝蓋骨が内側滑車の上を滑り抜けて遊離されます。この際、内側滑車を押しても効果は無いので、後膝の前面にある硬い構造物を見つけたら、上方(背側)へと手を滑らせて、その構造物の上端のコーナーを触知すれば、そこに位置しているのが膝蓋骨になります。

対処法4:膝蓋骨を背内側へ押し上げながら、馬を後退させる
膝蓋靭帯の緊張が強く、膝蓋骨を押し上げるだけでは遊離できない場合には、押し上げながら馬を後退させることで、大腿四頭筋が膝蓋骨を背側に引っ張る力も作用させられるので、膝蓋骨を遊離させやすくなります。
対処法5:膝蓋骨を背内側へ押し上げながら、後肢を前方に引き出す
膝蓋靭帯の緊張が強いときには、膝蓋骨を押し上げながら後肢を前方に引き出すことで、内側滑車の上面を、膝蓋骨が強引に滑走させられることになり、滑車の頂点を過ぎれば膝蓋骨は遊離されます。この際は、1~4と異なり、馬は強い違和感を持つため、馬が飛びずさったり暴れることもあるので、術者と補助者が怪我しないよう充分に注意します。
馬が膝蓋骨上方固定したときに重要なこと
馬が膝蓋骨上方固定を発症した際に、対処法の1~5を試みても膝蓋骨を遊離できない場合には、速やかに獣医師に連絡して、診断および治療をしてもらうことが大切です。その場合、獣医師が到着するまでの間は、馬房内で張り馬にして、寝起きをさせないことが推奨されます。膝蓋骨上方固定が起こると、突っ張った後肢は荷重困難となり、その状態で馬が座り込んでしまうと、後肢が突っ張ったまま立ち上がろうとして、股関節脱臼や脛骨骨折を続発してしまう危険があるからです。
また、用手での遊離が達成できた場合でも、対処法の4または5が必要になったのであれば、膝蓋靭帯の緊張度がかなり強いと推測されるため、獣医師による治療を受けて、上方固定の再発防止を図ることが必要です。一方、対処法の1~3で遊離できた場合には、後躯の筋力強化や、後肢の柔軟体操をする等、上方固定を起こりにくくするトレーニングが推奨されます。具体的には、収縮運動を増やして大腿四頭筋を鍛えると共に、登坂運動やキャバレティ運動も有効だと言われています。

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参考資料:
Maggie Peitzmeier, DVM, Dipl. ACVS-LA. Upward Fixation of the Patella in Horses. The Horse, Topics, Conditioning, Conformation Problems, Hindlimb, Horse Care, Lameness, Muscle and Joint Problems, Sports Medicine: Mar6, 2019.