オス馬のシースの洗浄
馬の飼養管理 - 2022年09月12日 (月)

オス馬のシースの解剖学
ホースマンにとって、洗体やブラシ掛けなどの手入れは、楽しい仕事だと思いますが、シース(陰茎鞘)の洗浄となると、少し躊躇してしまうのかもしれません。しかし、オス馬のシースを定期的に洗浄することは、陰部の痛みや不快感を抑えるだけでなく、下部尿路の感染予防にもつながる非常に重要な作業になります。
オス馬のシースは、馬の外陰部の構造物を指し、外鞘、包皮、陰茎の3つから成っています。通常、陰茎がスムーズに出入りするため、シース内には皮脂を出す分泌腺があり、この皮脂に尿・垢・埃などが混じってスメグマ(恥垢)が形成され、それが更に硬い塊になったものをビーン(“豆”状に凝縮した恥垢)と呼びます(下写真A)。陰茎の先端には、尿道突起という尿管の開口部があり、その周囲には袋状の尿道憩室が存在し、この中にもビーンが溜ることがあります。
下写真の略語: Prepuce=包皮、Penis=陰茎、Sheath=外鞘、Diverticulum entrance=尿道憩室の入り口、Tip of urethara=尿道の開口部(尿道突起)

シースを洗浄するタイミング
一般的に、オス馬のシースを洗浄する頻度は、無去勢の牡馬で年一回、騙馬では年二回と言われています。また、シースが明らかに汚れている個体では、より頻繁な洗浄が必要となります。基本的に、少量のスメグマであれば、乾燥して薄皮のように自然に剥落しますが、多量に蓄積しているスメグマは洗浄してあげるのが好ましく、また、ビーンは固着していること多いので、洗浄時に用手除去することが推奨されます。
オス馬のなかでも、実際の交配に使役されている種牡馬では、病原体や感染症の伝搬を防ぐため、毎交配後に洗浄されることが殆どです。また、騙馬でも、排尿時に勢いよく尿が出てこない場合や、排尿する時に不快そうな姿勢を取ったり呻吟するときには、シースを洗浄して、異常が無いかを確認することが推奨されます。さらに、高齢なオス馬で、陰茎が充分に下垂されず、シース内で排尿して、尿が垂れ落ちている場合には、2~3ヶ月おきの洗浄が必要となります。
一方、オス馬の外陰部を見たときに、外鞘が明らかに腫脹しているという個体や(下写真B)、排尿時に下垂した陰茎に、発赤や発疹などの病変が観察される場合には(下写真C)、ビーン蓄積や感染が疑われるため、速やかにシースの洗浄および内診をすることが必要です。また、外観以外にも、排尿時の陰茎の下垂がスムーズに出来ていなかったり、排尿後に陰茎が引き戻されるのに時間が掛かり過ぎるという場合も、シース洗浄が必要となっている目安になります。

シースの洗浄方法
シースの洗浄は、オス馬にとっては違和感を伴いますので、鎮静剤を投与することが推奨されます。獣医師に鎮静を依頼したり、年数回の歯科処置では鎮静剤を打つことが多いので、その直後にシースを洗浄するようにすれば効率的です。非常に大人しいオス馬であれば、鎮静無しでも洗浄可能ですが、安全には最大限に配慮しましょう。作業者は蹴られないように、前肢の近くに立ちながら洗浄を行ない(下図1)、補助者に保定をしてもらうのが望ましいです。
シースの内部は、皮脂でネバついており、雑菌が多いので、作業者はゴム手袋をすることが推奨されます(下図2)。洗浄時には、ぬるめのお湯(38~40℃)を使い、柔らかいコットンガーゼ等を用いて洗浄します(台所用スポンジ等は固すぎる)。使用する洗剤としては、皮脂を溶解させる意味で、食器用の洗剤が良いと言われていますが、非常に少量のみを温水に加えます(軽く泡立つ程度)。海外業者では、馬のシースを洗浄するための専用のソープも市販されています。

シースを洗浄する際には、まず、外鞘の開口部に温水をかけ(上図3)、洗剤をふくませたガーゼで、外鞘全周および開口部辺縁を拭き取ります(下図4)。次に、陰茎の先端を掴んでゆるやかに引き出して、陰茎および包皮を外鞘の下方へと外転させることで、包皮の弛みが完全に伸びるように陰茎全体を下垂させます(下図5)。この処置は、鎮静をかけて筋弛緩が起こっていると容易になります。陰茎を掴むときに、シース全体を4~5cmほど上方に押し上げてから掴むと、違和感が少なくなります。

その後は、陰茎および包皮に付着しているスメグマとビーンを剥がしながら除去しますが(上図6)、強く固着している場合には、温水でふやかしながら剥がします。陰茎先端の尿道憩室の内部、および、包皮の付け根がジャバラ状になっている箇所も、温水をかけながら丁寧にスメグマ/ビーン除去を行ないます。尿道憩室の内部に形成されたビーンは、陰茎の先端部を少し絞って、憩室の内側から圧をかけることで取り出し易くなります(下図7)。

その後に、陰茎と包皮に洗剤をつけて、ガーゼで擦りながら洗浄しますが、これらの部位の皮膚は非常に繊細であるため、極めて丁寧に洗浄することが大切です。洗浄後は、温水をかけて洗剤を十分に洗い流します(上図8)。洗剤成分が遺残すると、皮膚の炎症を起こす要因となります。そして、陰茎及び包皮を観察して、発赤や発疹が無いか(特に固着していたビーンを剥がした部位)を視認します。怪しい病変は、写真に撮るなどして、獣医師の指示を仰ぎましょう。
シースの洗浄後には、作業者も手指を十分に洗浄および消毒するようにしましょう(上図9)。また、除去したスメグマやビーンは、細菌を多く含むので慎重に廃棄すると共に、シース洗浄をした場所の床は厳重に清掃して、消毒剤で流しておくことが推奨されます。

シースの洗浄に関して重要なこと
オス馬のシースは、スメグマやビーンが溜ってしまった状態でも、陰茎の下垂や引き戻しが不自由になるのみで、排尿不全に陥ることは稀であるため、ついつい洗浄を怠りがちになることが多いかもしれません。しかし、外鞘や包皮の炎症が悪化すると、違和感や痛みから馬が不機嫌な性格になったり、感染を続発すると後肢跛行を呈することさえあります。また、そのような炎症を回帰性に繰り返していると、外鞘組織の線維化を続発して、高齢馬になった時に、陰茎が出てこない(上写真)、または、出たまま戻らない等の問題を生じることもあります。
オス馬にとっては、シースを清潔に保ってあげることも、健康管理には必須であることを理解して、歯科処置などと同じように年間予定を立てて、定期的に洗浄してあげることが大切だと言えるでしょう。
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参考資料:
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