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馬の寝違えの対処法

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ホースマンの皆様は、寝違えた馬を助け起こした経験が少なからずあると思いますが、ひとつやり方を間違えると、ヒトも馬も深刻なケガをする危険があります。ここでは、馬の寝違えに対する正しい対処法についてまとめてみます。

参考資料:
Morgan KD. What is Stall Casting? Sports N’ Hobbies: Aug30, 2022.
Summer W. Why Horses Cast and Ways to Help. ILoveHorses: Oct16, 2020.
Steffanus D. Cast Horses: What To Do. Paulick Report: Jun13, 2019.
Bankes C. They won’t stop horses getting cast. Horse&Hound: Jan1, 2019.
Prevent your horse from being cast. ProEquineGrooms.com.



馬の寝違えとは

一般的に、馬の「寝違え」とは、馬房の壁際などに馬体がハマり込んで、起き上がることが出来なくなった状態を指します。通常、馬が立ち上がるときには、まず胸骨部を床面につけた伏臥位になったあと、両前肢を前方に伸ばす姿勢を取り、更にそこから、頭を前方および下方に大きく振ることで勢いをつけて、前駆の重みでカウンターバランスを取ることで、後躯を持ち上げながら立ち上がります。つまり、腹ばいになる、前肢を伸ばす、頭を振り下げる、などの動作のうち、一つでも妨げられると馬は起き上がることが出来ないことになります。

馬の寝違えで、最も多く起こるパターンは、馬が寝ころんで、ゴロゴロ転げ回るうちに、馬体が裏返ってしまい、四肢が馬房壁のほうに向いてしまう事があります。この結果、馬は伏臥位に戻ることが不可能となるため、起き上がることが出来ず、一晩中、暴れ回って疲労困憊してしまうこともあります。また、他のパターンとしては、馬が転げ回ったり、何度か起立動作を失敗した結果、腹ばいのまま馬房のコーナーに移動してしまう事もあります。この場合、前肢を伸ばせなくなったり、馬房壁に邪魔されて頭を振り下げることが出来なくなり、起立不能になってしまいます。

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幸いにも、寝違えてしまった馬は、ヒトが少し補助してあげるだけで立ち上がれる場合が殆どですが、状況によっては、非常に危険な病態を引き起こすこともあります。馬は、体格の割には皮膚が薄く、体重による圧迫性負荷を皮膚組織が緩和できないため、もし長時間にわたって寝そべったままになると、自分の体重で筋肉組織が圧迫されて血流が滞り、広範な筋浮腫や筋壊死を起こすリスクがあり、医学的には、これを筋区画症候群と呼んでいます。また、体重負荷が神経組織を圧迫してしまうと、橈骨神経麻痺などの末梢神経の病気を続発して、四肢にまったく力が入らなくなることもあります。これらが重篤になると、たとえ馬を補助して腹ばい姿勢に戻しても、立ち上がるのに十分な筋力が無く、持続的な起立困難に陥り、最悪の場合、死に至ることさえあります。



寝違えた馬への対処法

寝違えた馬に不用意に近づくことは、馬が暴れたときにヒトが大怪我する可能性があり、時には危険を伴うこともあります。このため、寝違えた馬を補助して起き上がらせる際には、必ず全員がヘルメットを被り、手袋もしておきます。そして、余裕があれば、馬房に設置している飼い桶や水桶を全て外しておきますが、馬が物音に驚くようであれば必須ではありません。

寝違えた馬への対処では、まず最初に、馬のタテガミを掴んで頭頚部を引っ張り、前躯を馬房壁から遠ざけるように馬体を回転させられるか試します。馬の前躯と壁のあいだに隙間ができて、そこに曲げた前肢が入りさえすれば、馬自身が前肢で壁を押して馬体を移動させることができ、伏臥位を取れるようになります。この際、無口を装着させて頭部を引っ張ろうとすると、馬が頚を痛めたり、補助者が手指を怪我するリスクがあるため推奨されません。

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もし、馬が重かったり、馬体が壁にもたれるように垂直に近い体位になっている時には、タテガミを引いても動かせないこともあります。その場合には、次の対処法として、肢端にロープをつけて引っ張り、馬体を裏返す方法を試してみます(壁から離れる向きに再度寝返りを打たせる)。この際、用手で馬の肢を引っ張ると、暴れたときに前後肢で蹴られたり叩かれる危険性があるので、必ずロープを使いましょう。ロープは2本用意して、最低でも2m以上の長さがあり、先端にモヤイ結びを作り、投げ縄状のループにします。

馬を裏返すためには、壁際にあるほうの前肢と後肢(裏返したときに上にくる前後肢)の繋ぎに、それぞれ1本のロープを取り付けますが、もし馬が肢を動かして危険なときには(特に後肢の場合)、管部に取り付けても構いません。そして、前後肢につけた2本のロープを同時に引っ張って、キ甲および背骨を支点にして馬体を裏返します。この際、馬房内に入ってロープを引いていると、裏返ったあとに四肢が補助者のほうに来るため、全員すばやく肢から離れるようにします。もし長いロープがあれば、馬房の外から引っ張る方がより安全です。馬体が裏返れば、馬は伏臥位になり前肢を伸ばして、起立動作を取ることが出来るようになります。

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馬の寝違えを防ぐ方法

馬の寝違えを予防するには、馬が転げ回った際に裏返ってしまうのを未然に防止することが重要です。最もシンプルな対策としては、壁際に多めにオガを敷いて傾斜を作っておく方法があり、この傾斜で馬体が押し戻されるため、寝違えしにくくなります。しかし、必要量のオガを敷くために費用を要したり、最低でも朝夕2回は傾斜を作り直す手間が掛かる、などの欠点があります。また、タイストールという、馬を繋ぎ飼いにするシステムもあり、馬は壁際に座り込むことが出来ないため、寝違え防止になりますが、馬が繋がれっ放しの生活になるため、慣れている馬しか行なえず、アニマルウェルフェアの側面からも課題が残るかもしれません。

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別の対策としては、馬が馬房にいるときには、寝違え防止用の上腹帯を装着させる方法もあります。この上腹帯は、キ甲部にくる箇所に金属ループが付いており(騎乗者の持ち手になる部分)、馬が完全に背臥位になるのを止めるアームの役目を果たすため、馬体が裏返るのを防止できます。ただ、この作用を得るには、上腹帯が体躯に密着している必要があるため、常に装着させておくと、キ甲や帯径に褥瘡や脱毛を起こすリスクがあります。ですので、頻繁に寝違えを起こす馬のみに、導入を検討しても良いのかもしれません。



また、寝違えを予防するための馬房構造としては、馬房壁にゴム製の出っ張りを取り付ける方法もあります。この出っ張りは、幅10~20cmで、床面から約1mの高さに設置され、たとえ馬が裏返ってしまっても、前後肢の蹄がこの出っ張りに引っ掛かって踏ん張れるので、馬体を壁際から離れるように押し戻せます。海外では、この馬房の出っ張り専用に加工された素材も市販されていますが、馬の蹄が引っ掛かれば機能を果たせるので、他の素材を取り付けても問題ありません。同様に、馬房壁の下方だけをゴムで覆って、蹄鉄が引っ掛かり易くするだけでも、類似の効果が得られると言われています。

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肢や馬体が拘束されてしまったら

寝違えよりも更に深刻な事態としては、肢や馬体が拘束されてしまう状況も起こりえます。たとえば、壁の一部が格子になっている馬房では、馬が蹴った際に、格子の金属棒のあいだに蹄が入り込んでしまう可能性があります。また、特殊なケースとしては、馬が立ち上がった拍子に、馬房扉の上部を両前肢が通過してしまうと、体躯の半分だけが扉を乗り越えて、馬体そのものが扉のうえにハマり込んでしまう場合もあります。

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これらの事象では、馬が暴れないように慎重に対応しなければ、骨折などの重篤な怪我を負ってしまう危険があります。まず、格子のあいだに蹄が拘束された場合には、馬が興奮しないようになだめながら、蹄を捻じって押し戻せないか試します。もしそれが困難であれば、グラインダー又は金切ノコギリで金属棒を切断しますが、この時には、必ず馬の蹄よりも床に近い側で切断するようにします。もし、切断するときのノイズで馬が大暴れする場合には、速やかに獣医さんに連絡を取りましょう。獣医師が、深い鎮静もしくは全身麻酔を打つことで、蹄の押し戻しや金属切断の作業を行ない易くなります。

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また、馬房扉の上に馬体が拘束されてしまった場合には、やはり馬が興奮しないようになだめながら、扉の蝶番を外せるか試します。もし溶接されていて外せなかったり、上から下にハメ込む構造になっていたときには、蝶番の部分をグラインダーで切断して扉を外すようにします。この場合も、ノイズで馬が暴れるようであれば、獣医師に鎮静をかけてもらってから作業をしましょう。万が一に、扉が外せなかったり、扉ではなく窓から半身を出してハマり込んだようなケースでは、馬に深く鎮静をかけた状態で、体躯に吊起帯や平打縄を装着させて、天井から吊り上げる処置を要することもあります。

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以上のように、馬が寝違えたり拘束されてしまった時には、迅速かつ正しく対処しなければ、馬の大怪我や死につながる事もあります。普段から、このような事態に遭遇したときの対処法を頭に入れて、イメージトレーニングしておくことに加えて、ロープやグラインダーなどの必要な機器を、厩舎内に常備しておくのも大切だと言えるでしょう。

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動画:寝違えた馬を裏返す方法(YouTube: Rescuing a cast horse at Seren Arabians)




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このエントリーのタグ: 事件/事故 飼養管理 厩舎管理 馬具

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Author:Rowdy Pony
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