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馬における針関節鏡の将来性

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馬の健康問題の八割は運動器疾患であり、そのうち最も多いのは関節疾患であることが知られています。馬の関節疾患の診断では、歩様検査(視診や屈曲試験)や診断麻酔(神経ブロックや関節ブロック)のほか、画像診断としては、X線検査やエコー検査が有用で、近年では、CTやMRI等の先端診断技術も応用されています。しかし、これらの検査法では、初期病態の発見が難しく、汎用性の低い手法も多いという問題点があります。

関節鏡は、関節内腔にカメラを挿入して、関節軟骨表面や滑膜を直接的に視認する検査法で、関節疾患の検査法の中でも、最も診断能の高い手法の一つであることが知られています。しかし、通常の関節鏡は全身麻酔を要することに加えて、太いカメラ器具(外径4~6mm)を刺入させるという侵襲性の高さがデメリットになります。一方、ヒト医療では、注射針のように細い形状の針関節鏡(Needle arthroscopy:ニードル関節鏡)が開発され、診察室での関節の内診が可能となってきています。

一般的な針関節鏡は、カメラの太さは1mmで、関節内に刺入させる外筒でも外径が1.3mmしかなく、18ゲージの注射針(外径1.26mm)と殆ど同じ太さであることから、通常の馬の関節注射をするレベルの侵襲性で関節鏡検査を実施できると考えられます。この場合、全身麻酔が不要で、立位で実施できるのが大きなメリットと言えます(鎮静と局所麻酔は必要)。欠点としては、通常の関節鏡ほど画質が良くないこと、カメラ角度が0°の機器が多いため、通常の関節鏡とは見え方が異なること、および、生食による灌流が出来ないため、関節炎による滑液混濁や穿刺時の出血で視野が悪くなることもある、などが挙げられます。

ここでは、馬の針関節鏡に関する現時点での知見および将来性をご紹介します。あくまで、概要の解説ですので、細かい手技や機器の規格等については、成書や論文をご確認ください。

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馬の手根関節における針関節鏡

馬の手根関節における針関節鏡は、健常馬6頭を用いて試用されています[1]。結果としては、立位で鎮静と局所麻酔を使って、迅速に施術が可能であり、全ての馬で良好に許容されたことが報告されています。しかし、近位側の関節(前腕手根関節)では、全ての馬で十分な関節腔の内診が可能であったのに比べて、遠位側の関節(中間手根関節)では、カメラの可動域制限のため、半数の馬では十分な視野が確保できなかったことが報告されています。

この研究では、副木と基盤を組み合わせた特製器具を用いることで、馬の前膝を屈曲位で保定(関節腔が広がった状態を維持)しながら針関節鏡が行なわれました。ただ、前腕手根関節と違って、中間手根関節は、直角ぐらいまで屈曲させないと関節腔が広がりにくく、また、関節包がタイトで内腔へと陥凹しやすいため、全身麻酔下のように強度に関節膨満させない限りは、関節鏡カメラでの十分な視診確保が難しいと推測されます。

一般的に、馬の手根関節は、X線検査で精査が容易であり、X線に写らない軟骨性の骨片も、エコー検査で発見できることが報告されています。このため、針関節鏡による内診が必要な症例は少ないのかもしれません。しかし、針関節鏡を使うことで、関節軟骨の剥離や裂開、初期の滑膜炎、手根骨間靭帯の挫傷など、X線やエコーでは確認できない病変を発見できる可能性もあると考えられます。また、屠体肢を使った検証では、背側関節包だけでなく、掌側関節包も針関節鏡で内診できることが示されています。

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馬の球節における針関節鏡

馬の球節における針関節鏡は、21頭の臨床症例に応用されており[2]、立位の手術にて、背側部の骨軟骨片の視診、および摘出が良好に達成されたことが報告されています。ただ、球節のこの部位における骨片摘出は、通常の関節鏡機器を用いた立位手術で実施可能であることが示されており、今回は、カメラ機器を針関節鏡に代えただけの報告となっていました。

一般的に、関節鏡による骨片摘出や軟骨掻把、滑膜切除などが実施される場合には、カメラ孔よりも大きい器具孔を設ける必要があるため、敢えて針関節鏡を使用するメリットは低いと考えられます。この研究では、馬が暴れて器具が損傷すると懸念される場合には、より安価な針関節鏡を選択するという指針も提唱されていますが、機器が細いぶん、関節腔内で折れるリスクもあるため、逆に、通常の関節鏡を使ったほうが良いような気もします。

今後の研究では、球節の近位関節嚢から穿刺して、掌側部の球節内腔を内診できるか否かを検討するべきと考えられました。なお、穿刺位置としては、外側アプローチのほうが視認可能なエリアは広いと推測されますが、種子骨の側副靭帯を貫通しながら穿刺することになるため、出血を伴うことが多く、生食の灌流が出来ない針関節鏡では、視野を妨げる可能性もあると考えられます。

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馬の飛節における針関節鏡

馬の飛節における針関節鏡では、6頭の健常馬を用いた試験が行なわれており[3]、背外側および背内側の関節嚢から機器を挿入することで、下腿足根関節腔の内診が可能であることが報告されています。この場合、迅速な施術が達成され、全ての馬で良好に手術を許容したものの、視野が不十分な馬が6頭中の2頭、関節内腔の出血が認められた馬が6頭中の3頭ありました。一方、背内側部の脈管組織の損傷を避けるため、この部位の穿刺および器具操作には慎重さを要することが報告されています。

馬の下腿足根関節の関節鏡検査を要する疾患としては、離断性骨軟骨炎(矢状隆起部)や骨軟骨症(外側滑車)が挙げられ、いずれも関節液増量から関節包の膨満を起こすことから、健常馬よりも針関節鏡による視野は確保しやすいと推測されます。今後の研究では、針関節鏡による足根腱鞘(サラピンの発症部位)および腱間滑液嚢(飛端腫の発症部位)などの内診が実施可能であるかを検証してみても面白いのかもしれません。

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馬の膝関節における針関節鏡

馬の膝関節における針関節鏡では、6頭の健常馬、および、3頭の症例馬への応用例が報告されています[4]。その結果、馬の大腿脛骨関節の全ての領域において、針内視鏡による内診が可能であることが示唆されており、症例馬1頭では、X線やエコー検査で発見できなかった骨軟骨片が確認されたと報告されています。また、立位にて鎮静と局所麻酔を用いることで、全ての馬で針関節鏡を良好に許容したと述べられています。

一般的に、馬の膝関節では、尾頭側方向でのX線撮影には大型装置を要したり、半月板や十字靭帯の損傷は、位置によってはエコー検査で発見しにくいことも多いため、立位で実施できる針関節鏡の有用性は高いと考えられます。一方、膝関節にある3つの関節包のうち、大腿膝蓋関節は皮膚からの距離が遠く、針関節鏡のカメラでは届きにくく、充分な広さの内診視野を確保できない個体も多いと推測されます。

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馬の肩関節における針関節鏡

馬の肩関節における針関節鏡は、健常馬6頭を用いて試験されており[5]、立位にて鎮静と局所麻酔を用いることで、迅速な施術が可能であり、また、関節周囲への生食の漏出も軽度に留まり、全ての馬が処置を良好に許容したことが報告されています。馬の肩関節における、針関節鏡での内診の視野は、通常の関節鏡と類似しており、高い実効可能性が示唆されています。この場合、外側中央部の関節域は完全に内診できたものの、頭外側および尾外側の関節域は、半数の馬で視野が不十分であったことが報告されています。

一般的に、馬の肩関節は、体躯に近い位置にあることから、X線撮影には大型装置を要し、神経ブロックも困難な領域であることから、立位で実施可能な針関節鏡の有用性は高いと考えられました。一方で、この研究では、上腕骨頭の内側部や関節窩の視認は難しかったと報告されており、骨軟骨症による関節軟骨の病巣を見逃す可能性はあると推測されます。また、他の報告では、針関節鏡による二頭筋滑液嚢の内診は困難であるという知見も示されています[6]。

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馬の顎関節における針関節鏡

馬の顎関節における針関節鏡は、3頭の健常馬を用いて試験されており[7]、立位にて鎮静と局所麻酔を用いて、吻側と尾側の上顎半月板関節および下顎半月板関節の内診が可能であることが報告されています。術中の合併症は確認されておらず、また、ギュンテル開口器を使って、下顎骨頭を滑走させることで、より広範な関節腔域の内診が可能になったと報告されています。

一般的に、馬の顎関節の疾患(変性関節疾患など)を診断するには、頭部CT検査などの先端診断機器を要することが多いため(X線やエコー検査では病態確認が難しいケースが多い)、より安価な針関節鏡検査の有用性は高いと考えられます。また、病巣掻把などの治療を要する症例においても、馬の顎関節腔は非常に狭いため、通常の関節鏡よりも細い針関節鏡カメラを使用することで、ロンジュール等の器具が動かし易くなると考察されています。

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馬の頚椎間関節における針関節鏡

馬の頚椎間関節における針関節鏡は、健常馬6頭を用いて試用されており[8]、立位にて鎮静と局所麻酔を用いることで、第五第六頚椎間関節および第六第七頚椎間関節を内診できることが報告されています。これらの関節は、頭背側アプローチを用いることで、関節軟骨の頭側部を視認できることが分かったものの、一部の関節(2/12頭)では、複数回のアプローチを要したことが報告されており、手技の熟練を要すると言えそうです。

馬の頚椎間関節は、変性関節疾患などを発症して、ハミ受け不全やプアパフォーマンスを呈することが知られており、特に尾側の頚椎間関節におけるX線やエコー検査では、病態が進行するまで診断が難しい場合が多いため、針内視鏡で関節腔を内診することの有用性は高いと考察されています。一方で、針関節鏡を入れた状態で、脊髄針を同時に関節腔に到達させるのは難しかったと述べられており、病変が見つかった場合に、抗炎症剤の関節内投与を針関節鏡でサポートする目的では応用しにくいと考えられました。

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馬の手根腱鞘における針腱鞘鏡

馬の手根腱鞘(手根管)における針腱鞘鏡は、6頭の健常馬を使って試験されており[9]、立位・鎮静・局所麻酔によって、手根腱鞘の近位部の内診は可能であることが報告されています。しかし、立位の馬では、腱鞘組織の緊張が強いため、腱間陥凹の視認が完全に達成されたのは、6頭中の2頭に過ぎませんでした。その他に、針腱鞘鏡による合併症は確認されませんでした。

馬の手根腱鞘における炎症性病態は、屈腱炎や支持靭帯炎、副手根骨骨折、および、遠位橈骨の骨軟骨腫などによって発生しますが、いずれもX線やエコー検査で診断可能であるため、針腱鞘鏡による内腔精査を要する症例は、それほど多くないのかもしれません。一方で、手根管症候群では特徴的な滑液増量を認めるため、本研究では困難とされた、腱鞘の遠位部における内診が容易になる可能性もあると推測されます。

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以上のように、馬における針関節鏡は、多様な関節組織の診断に応用され始めており、全身麻酔を必要としないこと、および、外科的な侵襲性が低いことから、今後も様々な関節および病態への臨床応用が可能になると推測されます。このような診断技術の向上によって、不必要な関節注射を避けられたり、関節疾患の早期発見および早期治療に寄与できる利点が出てくるのかもしれません。

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参考文献:
[1] Kadic DTN, Miagkoff L, Bonilla AG. Needle arthroscopy of the radiocarpal and middle carpal joints in standing sedated horses. Vet Surg. 2020 Jul;49(5):894-904.
[2] Bonilla AG. Standing Needle Arthroscopy of the Metacarpophalangeal and Metatarsophalangeal Joint for Removal of Dorsal Osteochondral Fragmentation in 21 Horses. Vet Comp Orthop Traumatol. 2019 Sep;32(5):420-426.
[3] Kadic DTN, Bonilla AG. Diagnostic needle arthroscopy of the tarsocrural joint in standing sedated horses. Vet Surg. 2020 Apr;49(3):445-454.
[4] Frisbie DD, Barrett MF, McIlwraith CW, Ullmer J. Diagnostic stifle joint arthroscopy using a needle arthroscope in standing horses. Vet Surg. 2014 Jan;43(1):12-8.
[5] Pouyet M, Bonilla AG. Diagnostic needle arthroscopy of the scapulohumeral joint in standing sedated horses. Vet Surg. 2021 Jan;50(1):29-37.
[6] Canola PA, Cardenas JJ, Sá GC, de Paula VB. Needle Arthroscopy of the Scapulohumeral Joint and Bicipital BURSA in Horses: An Ex Vivo Study. J Equine Vet Sci. 2021 Jun;101:103432.
[7] Carmalt JL, Pimentel KL. The Equine Temporomandibular Joint: Comparisons Between Standard and Needle Arthroscopic Examination of Cadaver Specimens and Standing Horses. Front Vet Sci. 2022 Apr 26;9:876041.
[8] Perez-Nogues M, Vaughan B, Phillips KL, Galuppo LD. Evaluation of the caudal cervical articular process joints by using a needle arthroscope in standing horses. Vet Surg. 2020 Apr;49(3):463-471.
[9] Miagkoff L, Bonilla AG. Diagnostic tenoscopy of the carpal sheath with a needle arthroscope in standing sedated horses. Vet Surg. 2020 Jun;49 Suppl 1:O38-O44.

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このエントリーのタグ: 手術 関節炎 治療 検査 跛行

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