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馬のボーンシストの螺子はラグ固定しなくても良い?

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馬のボーンシストの螺子固定術

馬のボーンシスト(軟骨下骨嚢胞)は、大腿骨の内顆に好発し、関節鏡での掻把術や抗炎症剤のシスト内投与等で治療されますが、近年では、シストを貫通するように螺子固定する外科的療法が行なわれています。螺子固定によってボーンシストが治癒する理由としては、螺子が嚢胞内腔に圧迫負荷を加えることで、骨造成を刺激することが挙げられており、このため、ボーンシストの螺子固定術では、ラグスクリュー様式(ラグ固定)で螺子を挿入することが提唱されています。

一般的に、ラグスクリューでは、手前側の骨片にはグライド穴が開けられ、螺子は空回りするのみで、奥側の骨片のスレッド穴を螺子が堅固に掴むことで、始めて圧迫力を作用させられます。しかし、大腿骨内顆のボーンシストでは、特にサイズの大きなボーンシストにおいては、軸側の皮質骨のみに短いスレッド穴が開けられるため、螺子が薄い軸側皮質骨を堅固に掴んで、充分な圧迫力を得られているかは不明です。

このため、下記の研究では、馬のボーンシストの螺子固定における最適な術式を検討するため、人工骨または3Dプリントされたポリ乳酸(PLA)モデルを用いてボーンシストを再現して、4.5mmコーティカルスクリューを用いて螺子固定したあと、歪み計を用いて圧迫力の測定が行なわれました。螺子固定の方式としては、奥側の皮質骨をドリル穿孔しない場合(単皮質螺子)、または、手前側と奥側の両方の皮質骨をドリル穿孔する場合(両皮質螺子)のそれぞれにおいて、ラグスクリュー様式(ラグ固定)またはポジションスクリュー様式(中立固定)の両方で試験されました。この際、手前側の皮質骨にグライド穴を作成した場合をラグ固定と定義し、また、単皮質螺子でのラグ固定とは、シスト内にある海綿骨の八割以上に及ぶスレッド穴が作成された場合と定義されました。

参考文献:
Moreno CR, Santschi EM, Janes J, Liu J, Kim DG, Litsky AS. Compression generated by cortical screws in an artificial bone model of an equine medial femoral condylar cyst. Vet Surg. 2022 Jul;51(5):833-842.



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ボーンシストに対するラグスクリュー固定の作用

結果としては、PLAモデルでの圧迫力を見ると、単皮質螺子の中立固定(208N)に比較して、両皮質螺子のラグ固定(379N)および中立固定(437N)のほうが、有意に強い圧迫力を作用していたことが分かりました。また、ラグ固定同士を比べると、単皮質螺子(265N)よりも、両皮質螺子(379N)のほうが、有意に強い圧迫力を作用していました。そして、人工骨モデルでの圧迫力を見ると、単皮質螺子の中立固定(228N)に比較して、両皮質螺子のラグ固定(293N)のほうが、有意に強い圧迫力を作用させていました。いずれのモデルおよび術式でも、ラグ固定と中立固定のあいだでは、圧迫力に有意差は見られませんでした。

また、この研究では、螺子固定の直後と12時間後における圧迫力を測定して、経時的な圧迫力の減少を評価しました。その結果、PLAモデルでの圧迫力を見ると、両皮質螺子において、ラグ固定では圧迫力が64%も減少したのに対して、中立固定では圧迫力の減少は39%に留まっていました。同様に、単皮質螺子においても、ラグ固定では圧迫力が67%も減少したのに対して、中立固定では圧迫力の減少は58%に留まっていました。

このため、螺子が手前側と奥側の皮質骨を両方とも掴んでさえいれば(=両皮質螺子)、ラグ固定と中立固定では、同程度の圧迫力が作用させられる、というデータが示され、また、ラグ固定よりも中立固定のほうが、術後の圧迫力が長時間維持される、という結果となりました。実際の馬のボーンシストの螺子固定術では、軸側(奥側)の皮質骨を貫通して、螺子先端が反対側へと飛び出してしまうと、顆間隆起や十字靭帯を損傷するリスクがあるため、軸側皮質骨にどれくらいの長さのスレッド穴を作成できるかは不明瞭となりがちです。そう考えると、中立固定で螺子を挿入するほうが、シスト内への圧迫力を作用させつつ、奥側の皮質骨部の螺子が緩んだ場合でも、圧迫力を維持できるという利点があると考えられました。



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馬のボーンシストの螺子固定において重要なこと

一般的に、外科学のセオリーとしては、骨片間圧迫はラグ固定によって得られ、中立固定の螺子は骨片位置を維持するのみ(骨片間圧迫は得られない)とされていましたので、本研究の結果は意外であった側面があると筆者は述べています。その要因としては、通常の骨折片同士の螺子固定では、骨折線において、皮質骨と皮質骨が密着している箇所での圧迫力を論議していたのに対して、ボーンシストの螺子固定では、シスト内の海綿骨組織内の圧迫力を見ているため、中立固定で挿入された螺子であっても、螺子シャフトにある螺旋溝の内部に海綿骨が押し付けられることで、組織間圧迫力は得られるというデータが示されました。

今回の実験において、ラグ固定による圧迫力が術後12時間で約1/3まで減少したのに対して、中立固定では約2/3の減少に留まっていました。この理由としては、ボーンシストの螺子固定では、通常の骨折における骨折線(正確には骨折面)のように、皮質骨同士が密着している箇所が無いため、たとえラグ固定で螺子を設置した場合でも、シスト周縁の皮質骨が歪みを生じて、グライド穴のほうの螺子が緩んだためであると推測されます。このような緩みによる圧迫力損失は、予測どおり、単皮質固定においてより顕著に見られました(奥側の皮質骨を螺子先端で掴んでいないため)。

実際のボーンシストの臨床症例での内固定においても、中立固定で螺子を挿入することで、幾つかのメリットがあると推測され、それには、①グライド穴とスレッド穴の二種類をドリル穿孔する必要が無いので、螺子挿入に要する時間が節約できる、②手前側の皮質骨に開ける穴が、4.5mmから3.2mmと細くなるため、皮質骨の強度低下を避けられる、③奥側のスレッド穴の重要性が低くなり、軸側の皮質骨を奥深くドリル穿孔する必要性が下がるため、顆間隆起などの軸側構造物を医原性損傷する危険性が低くなる、④螺子先端が軸側に抜けそうな場合に、短めの螺子に交換することの弊害が少なくなる(ラグ作用が得られているかを懸念しなくて済むため)、⑤万が一に、螺子固定をやり直す必要が出たときにも、同じドリル穴に4.5mmのラグ固定をする選択肢が残る(もしグライド穴にしてしまうと、5.5mm螺子を入れ直すしか選択肢が無い)、などが含まれます。

今後の研究では、ボーンシストを中立固定で螺子固定する方法について、臨床症例での治療成績を積み重ねて、本当に、ラグ固定と同等のシスト治癒効果が得られるのかを検証する必要があると言えます。また、特にサイズの大きいボーンシストにおいて、前述の②や③のメリットが、実際に施術するときの利点になり得るかも評価すべきと考えられます。

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