馬の開腹術の術創感染はナゼ起こるのか?
話題 - 2022年09月17日 (土)

馬の疝痛の外科的治療で実施される開腹術では、その10~37%で術創感染が起こることが知られています。その結果、創傷ヘルニアを続発するリスクが4~9倍高くなり、治療費の増加に繋がるのみならず、術創感染を起こした馬の生存率は有意に低下することも報告されています。このため、馬の開腹術の術創感染を予防する方策を検討するため、下記の研究では、2014~2015年にかけて、開腹術が適応された31頭の疝痛馬において、術創部サンプルの経時的な細菌培養が行なわれました(術創感染の有無に関わらず)。
参考文献:
Isgren CM, Salem SE, Townsend NB, Timofte D, Maddox TW, Archer DC. Sequential bacterial sampling of the midline incision in horses undergoing exploratory laparotomy. Equine Vet J. 2019 Jan;51(1):38-44.
結果としては、術中サンプルの細菌培養が陽性であったことと、その後の術創感染の発症とは有意には相関しておらず、そのうちの術創感染を起こした馬では、感染した術創からは、術中サンプルとは異なった種類の細菌が分離されたことが報告されています。このため、馬の開腹術で発生する術創感染は、手術中に術創部位が汚染されたことが原因ではないことが示唆されました。過去の研究でも、馬の開腹術の44~96%で術創が汚染されているものの、術創感染の予測因子にはならないことが報告されています[1,2]。なお、この研究では、術創からの排膿や漿液排出が24時間続いた場合を術創感染と定義しており、その発生率は23%(7/31頭)でした。

この研究では、殆どの症例における術創の保護として、ステントバンテージが使用されたものの、その不使用や、ステントバンテージがズレてしまった事と、術創感染との相関は認められませんでした。このため、開腹術後の術創感染では、必ずしも、外部環境から術創へと細菌が侵入して、術創の感染に至った訳ではないと推測されています。また、術創感染の有無に関わらず、術後の四日目までには、術創部の細菌培養が陽性になる割合が増加しており、これは、正常な皮膚細菌叢が回復したことに起因すると推測されています。
この研究では、開腹術での術創感染における細菌の伝搬経路としては、菌血症による血行性細菌感染の可能性が高いと考察されており、過去の研究でも、大腸炎や絞扼性小腸疾患を発症した馬において、菌血症を続発することが報告されています[3,4]。また、術創感染の発生には、細菌が侵入したか否かだけではなく、感染に対する馬体の抵抗力や、病原体および環境の関連因子などが複雑に関与することが知られています[5,6]。このため、馬の開腹術での術創感染は、単純に術創または血液サンプルを培養して、感受性のある抗生物質を予防的に投与すれば防げる訳ではなく、馬の全身状態または消化管病態に関するどのような因子が、術後の術創感染における危険因子となるかを解析する必要があると考察されています。

この研究では、腸管切開術や吻合術など、消化管を開ける術式が行なわれた馬は七割に上っていましたが、そのうち、手術直後の白帯又は皮膚サンプルから細菌が分離された馬は27%に留まっており、何より、消化管を開ける手術の有無と、術創感染の発症には、有意な相関は無かったことが報告されています。また、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌、および、基質特異性拡張型ベータラクタマーゼ産生菌が分離された馬がそれぞれ1頭および4頭いたものの、これらの耐性菌が分離された馬のうち、術創感染を起こした個体は無かったことから、馬体の抵抗力が充分であれば、術創を汚染する細菌の種類は、有意な予後判定指標にはならないと推測されました。
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参考文献:
[1] Rodriguez F, Kramer J, Fales W, Wilson D, Keegan K. Evaluation of intraoperative culture results as a predictor for short-term incisional complications in 49 horses undergoing abdominal surgery. Vet Ther. 2009 Winter;10(4):E1-13.
[2] Ingle-Fehr JE, Baxter GM, Howard RD, Trotter GW, Stashak TS. Bacterial culturing of ventral median celiotomies for prediction of postoperative incisional complications in horses. Vet Surg. 1997 Jan-Feb;26(1):7-13.
[3] Johns I, Tennent-Brown B, Schaer BD, Southwood L, Boston R, Wilkins P. Blood culture status in mature horses with diarrhoea: a possible association with survival. Equine Vet J. 2009 Feb;41(2):160-4.
[4] Hurcombe SD, Mudge MC, Daniels JB. Presumptive bacterial translocation in horses with strangulating small intestinal lesions requiring resection and anastomosis. J Vet Emerg Crit Care (San Antonio). 2012 Dec;22(6):653-60.
[5] Goh C, Knight JC. Enhanced understanding of the host-pathogen interaction in sepsis: new opportunities for omic approaches. Lancet Respir Med. 2017 Mar;5(3):212-223.
[6] Verwilghen D, Singh A. Fighting surgical site infections in small animals: are we getting anywhere? Vet Clin North Am Small Anim Pract. 2015 Mar;45(2):243-76, v.
参考動画:Equine Stent Bandage (EVET2011)