馬の便秘疝の治療によって腸捻転が起きる?
話題 - 2022年09月18日 (日)

馬の結腸食滞(いわゆる便秘疝)は、最も発症率の高い消化器疾患の一つであることが知られています。便秘疝の治療では、経静脈補液によって脱水を改善しながら、経鼻チューブを通して、下剤(硫酸マグネシウム)や流動パラフィンを投与する方針が古典的ですが、近年では、経鼻チューブを通して多量(8~10L)の電解質液を投与するという経腸補液療法が実施されています。この手法では、食滞物を直接的に軟化および遊離させることから、経静脈補液補液よりも治療効果が高いことが報告されています。
下記の症例報告では、便秘疝を呈した四頭の症例において、経腸補液療法によって食滞が治癒するどころか、結腸捻転が続発したため、開腹術による整復が行なわれました。術中には、中程度の胃拡張が併発していたことが分かり、これは術後の胃内視鏡でも確認されました。これらの症例では、初診の時点では、腸捻転を起こしていないことが直腸検査で確認され、経腸補液療法を起こしてから短時間で、疼痛症状が悪化して開腹術が選択されたことから、経腸補液を実施したこと自体が、捻転を誘発したと推測されています。
参考文献:
Giusto G, Cerullo A, Gandini M. Gastric and Large Colon Impactions Combined With Aggressive Enteral Fluid Therapy May Predispose to Large Colon Volvulus: 4 Cases. J Equine Vet Sci. 2021 Jul;102:103617.
これらの症例において、結腸捻転が続発した要因としては、食滞で膨満した結腸によって窮屈になっていた腹腔内のスペースが、経腸補液によって膨らんだ胃袋によって更に制限されたため、自由度の減少した結腸が蠕動に伴って捻じれていったと考えられました。これらの症例に対する経腸補液では、18~22mL/kgの電解質溶液(体重500kg計算で9~11L)が、留置された経鼻チューブを介して、自然落下で胃内に滴下されていました。このため、腹腔膨満を起こしかけているような便秘疝の症例では、経腸補液療法を実施する場合にも、小容量の電解質を複数回に分けて投与することで、胃容積が急激に増えすぎないように注意するべきと考察されています。
一般的に、幽門の機能低下等によって胃拡張が起こっている馬では、結腸pHの変化から腸内細菌叢が異常を呈して、腸変位や腸捻転を続発しうることが知られています。一方で、変位または捻転した結腸によって幽門部が圧迫を受けたり、結腸十二指腸靭帯が緊張した場合には、幽門通過が遮断されて、胃拡張を続発することもあります。つまり、胃拡張が結腸捻転の原因であるケースと、結腸捻転が胃拡張を誘発したケースの両方があり得るため、今回の研究で確認された胃拡張と結腸捻転の併発においても、この二つの因果関係については更なる検討が必要だと考察されています。

この研究では、経腸補液療法を実施する際に、胃拡張が起きていないかを確認することの重要性が指摘されており、治療開始前に腹部エコー検査で胃拡張の有無や重篤度を診断したり(エコーで胃を視認するのは難易度が高いが)、経腸補液の開始後にも、直腸検査を何回か行なって、結腸膨満や腹圧上昇が悪化していないかをチェックすることが推奨されています。また、初診で経鼻チューブを入れた際の、胃逆流液の量や酸性臭の有無、胃内圧の上昇度合い(サイフォンしなくても逆流が起きたか否か)によっても、胃拡張の有無を推定できるかもしれません。
一般的に、経腸補液療法では、注入された電解質溶液によって、食滞物の水和や軟化を促すという直接的な効能に加えて、胃が膨らむことによる生理的な胃結腸反射が生じて、結腸の蠕動が促進され、食滞物を遊離させるのに役立つことが知られています。このため、今回の研究において、初診時にすでに結腸が捻じれ掛けていた症例がいたとすると、胃壁の膨張が過度になり、急激な反射と蠕動亢進が生じた結果として、結腸蠕動に至った可能性もあると考えられました。馬の腹部エコーでは、直腸検査で手の届かない領域であっても、背側と腹側結腸の部分捻転(180°回転)を確認できる場合もあるため、経腸補液を選択する際には、事前にエコー検査を実施しておくことが有用なのかもしれません。
この研究で回顧的調査された症例は、2012~2019年における二次診療施設の医療記録から抽出されており、八年間で四頭という低い発症頻度を鑑みると、経腸補液によって便秘疝から腸捻転に悪化させてしまうのは、かなり稀な事象であると言えるかもしれません。また、この四頭は、結腸捻転の切除や吻合を要することなく(骨盤曲切開による食滞物の排出は行なわれた)、全頭とも無事に生存しており、獣医師が迅速に二次診療施設に移送したために、開腹術による整復が間に合ったと考察されています。このため、便秘疝を治療する際には、経腸補液を開始後の経過を慎重に観察して、容態悪化に素早く気付くことが大切だと考えられました。

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