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馬のメラノーマは予防接種で防げるのか?

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馬のメラノーマ(別名:黒色腫)は、最も多く見られる皮膚の腫瘍の一つで、15歳以上の芦毛馬における有望率は八割にのぼると言われています。幸いにも、悪性の病態を示すものは少ないものの、肛門やノドの周りにできると、排便障害や呼吸困難を呈することもあります。ここでは、馬のメラノーマの予防接種に関する現状を紹介します。

参考資料:
Nancy S Loving. Equine Melanoma Vaccines. The Horse, Topics: jan19, 2018.
New Treatment for Horses with Melanoma (Davie County Large Animal Hospital)

米国では、犬の口腔メラノーマに対して、プラスミド遺伝子ワクチン(商品名:オンセプト)が開発および認可されており、悪性のメラノーマを発症した犬では、余命を18~24ヶ月ほど延ばせることが知られています。一般的に、メラノーマの腫瘍細胞は、メラニン色素の生成に関与するチロシナーゼという蛋白を持っていますが、遺伝子ワクチンを投与することによって、メラノーマ細胞がヒトのチロシナーゼ蛋白を生成するようになり、馬自身の免疫細胞から異物と認識されて貪食を受けることで、メラノーマ細胞の除去および病変退縮に繋がると言われています。

近年の研究では、健常馬にメラノーマの遺伝子ワクチンを接種することで、良好なチロシナーゼ蛋白の発現および免疫応答が確認されたことから、更に、メラノーマを発症している症例馬に対して、この遺伝子ワクチンを皮下接種して、腫瘍病変の変化を追跡する研究が行なわれました。その結果、80%のワクチン接種馬において、メラノーマ病変の退縮(病変サイズが三割以上小さくなった)が認められ、それ以外の馬でも、急激な病変成長が無くなったことが報告されています。また、注射箇所の一時的な腫れを除けば、有意な副作用は確認されませんでした。

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メラノーマの遺伝子ワクチンは、二週間おきに四回の基礎免疫を行なった後、六か月おきの補強免疫を行なうため、針無し注射装置を用いた浅胸筋部への皮下接種が実施されます。このワクチン接種に掛かる費用は、基礎免疫では約40万円(2,800ドル)で、補強免疫では約10万円(700ドル)となっています。つまり、初年度の費用は約50万円で、その後は毎年約20万円となるため、クライアントへの負担はかなり大きいと言えます。なお、米国では獣医の腫瘍専門医または内科専門医(小動物)のみが発注でき、日本での使用は認可されていません。

研究者によると、メラノーマの遺伝子ワクチンは、早期治療した場合に最も高い効能を示すと言われており、皮膚のメラノーマ病変に始めて気付いたタイミングで、速やかに基礎免疫を行なうことで、病変が退縮して再発もしないと提唱されています。その場合、初期病変が破裂して腫瘍細胞を撒き散らすのを防げるというメリットがあることに加えて、その後の補強免疫が不要になる個体もあると言われています。ただ、初期治療の時点で、腹腔病変が無いかを直腸検査で精査することが推奨されています。

現時点では、馬のメラノーマへのワクチン接種は、費用が高額であることから、メラノーマ病変が進行して、他の治療法では対応できなくなった馬に適応されることが殆どであると言えます。その場合、高額なワクチンを打っても、メラノーマの病変は小さくなるのみで消失する訳ではないことから、病変の外科的切除と比較して、費用対効果が高いとは言えないのが実状です。今後、ワクチンの価格が下がり、早期治療として広く普及していくようになれば、どの程度の割合で、メラノーマ病変を完全に消失させる(そして再発もしない)という効能が得られるかが実証されると考えられます。

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なお、他の手法としては、メラノーマ病変内にプラスミド遺伝子を注入して、腫瘍細胞に細菌(化膿性レンサ球菌)の蛋白質を発現させることで、免疫細胞に病原体として認識させて貪食させるという免疫療法も試みられています。また、ベツリン酸という成分をメラノーマ病変内に注入することで、抗癌剤に似た腫瘍細胞を死滅させる効能があることも分かってきています。これらの手法は、基礎研究の段階ですが、安全性と実馬における治療効果が証明されれば、臨床応用される可能性があると言われています。

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