馬の整体は背筋痛に効く?
話題 - 2022年09月21日 (水)

馬の整体(Chiropractic)の効き目について疑問を持たれているホースマンの方もいらっしゃるようです。ここでは、馬の背筋痛に対する整体の効能を評価した知見を紹介します。
オランダのユトレヒト大学の研究[1]では、背部に問題があると診断された10頭の温血馬に対して、整体処置(背部、頚部、骨盤領域の用手操作)が施され、処置前、処置一時間後、および、処置三週間後における運動学的歩様解析が実施されました。その結果、処置一時間後の速歩における胸椎(T10-T13-T17)の可動域(屈曲及び伸展可動角度)が0.3度、胸腰椎の可動域が0.8度増加しましたが、これらは処置三週間後には減少していました。また、速歩における骨盤傾斜は、処置一時間後では1.6度、処置三週間後では3.0度減少していました。さらに、処置後三週間では、骨盤軸性捻転が左右対称に近づいていたことも分かりました。
この研究では、整体処置の主な作用として、背中(胸椎部)の可動域増加、骨盤傾斜の減少、骨盤動作の左右均等性の向上が挙げられています。そして、これらの統計学的に有意な変化は、背部の問題に効能があると推測されるものの、生物学的には僅かな変化であることから、実際のパフォーマンス向上に繋がるか否かは、より症例数を増やして評価する必要があると結論付けられています。この研究では、無処置の対照群が無いため、処置後三ヶ月で自然治癒した度合いは評価されておらず、また、無作為抽出や二重盲検がされていないなど、整体処置の効能を検証するには課題の多い研究デザインだと言えます。
なお、この研究には、後日、他の研究者から異議が唱えられ[2]、整体の効能や、脊椎の亜脱臼に対する影響について、記述に誤りがあると指摘されています。そして、ヒト医療の知見[3]を引用して、脊椎への整体処置によって、如何なる医学的問題への効能も実証されていないことや、費用対効果が証明されていないことも指摘されています。この異議に対する回答[4]では、指摘内容は妥当であると述べながらも、ヒト医療の知見[5]において、下部背筋痛に対する医療的処置と整体処置の効能は、処置六ヶ月後の時点では同等であった、という報告もあると反論しています。

これらのやり取りを見るかぎり、ヒト医療でも整体については賛否両論があり、実際の作用に関する知見が不十分であると言えそうです。そう考えると、今後は馬の整体についても、効能や費用対効果に関するエビデンスを示していくことが重要だと言えそうです。馬の整体に関しては、他の著者による二つの総説[6,7]においても、馬の背部問題に対する整体の未来は、その効能および基本的病態生理学を解明する将来的な研究に掛かっている、と述べられています。
一方、米国のコロラド州立大学の研究[8]では、背筋痛を呈した61頭のウェスタン競技馬に対して、整体処置とレーザー治療のどちらか、または、併用治療が実施され、視覚的アナログ尺度による疼痛の評価が行なわれました。その結果、整体処置では、背筋痛や筋緊張亢進には有意な効能は示されなかったものの、体躯や骨盤の屈曲反射は改善していました。また、レーザー治療では、背筋痛や筋緊張亢進が有意に改善されており、併用療法では、筋緊張亢進や体躯強直性の改善効果が増強されていました。つまり、整体処置には、レーザー治療による疼痛改善をサポートする作用は期待できるものの、馬の整体処置そのものには、背筋痛を改善する効能は示されなかったと考察されています。
また、ヒトの整体では、「骨盤のゆがみを直す」という表現がなされるものの、通常の医療における「骨盤のずれや歪み」は緊急を要する重症扱いの疾患であり、整体処置の対象とすることに警鐘が鳴らされています。また、ヒトの脊椎側彎症への手技による施術、側弯角度の改善・完治に関しては、関連学会から、整体による効能を示す医学的根拠は無いとされています。馬においても、骨盤や脊椎のゆがみを整体で直せるというエビデンスは示されていないのが現状です。

以上のような、馬の整体に関する知見をまとめて見ると、背筋痛への効能については、まだ明確なエビデンスが無いと報告されています。ただ、馬の背部の病態によっては、整体が奏功するケースもあるかもしれませんので、馬体がどういう状態であれば整体治療が有益なのか?を判断する基準を確立するため、多数の症例への治療成績を回顧的調査する必要があると言えそうです。
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参考文献:
[1] Gomez Alvarez CB, L'ami JJ, Moffat D, Back W, van Weeren PR. Effect of chiropractic manipulations on the kinematics of back and limbs in horses with clinically diagnosed back problems. Equine Vet J. 2008 Mar;40(2):153-9.
[2] Ramey D. Statement of chiropractic manipulations for the back lacks support. Equine Vet J. 2008 Jul;40(5):523.
[3] Ernst E. Chiropractic: a critical evaluation. J Pain Symptom Manage. 2008 May;35(5):544-62.
[4] Moffatt D. Chiropractic effectiveness is widely studied in the treatment of human back pain. Equine Vet J. 2008 Sep;40(6):619.
[5] Hurwitz EL, Morgenstern H, Kominski GF, Yu F, Chiang LM. A randomized trial of chiropractic and medical care for patients with low back pain: eighteen-month follow-up outcomes from the UCLA low back pain study. Spine (Phila Pa 1976). 2006 Mar 15;31(6):611-21.
[6] Haussler KK. Back problems. Chiropractic evaluation and management. Vet Clin North Am Equine Pract. 1999 Apr;15(1):195-209.
[7] Haussler KK. Equine Manual Therapies in Sport Horse Practice. Vet Clin North Am Equine Pract. 2018 Aug;34(2):375-389.
[8] Haussler KK, Manchon PT, Donnell JR, Frisbie DD. Effects of Low-Level Laser Therapy and Chiropractic Care on Back Pain in Quarter Horses. J Equine Vet Sci. 2020 Mar;86:102891.