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馬のリハビリ療法:10個の重要事項

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馬の運動器疾患のなかでも、腱や靭帯、関節組織の損傷は、治癒に長期間を要することが多く、その治療期間中には、筋委縮によるパフォーマンスの低下を起こすことが一般的です。近年、馬の獣医療においては、ヒト医療におけるリハビリ療法と同様に、長期間の病気療養で下がってしまった馬の競技能力を、如何に短期間かつ有効に回復させていくか、という理念が生まれ、その技術や知見が深まってきています。ここでは、そのような馬のリハビリ療法に関する重要事項をまとめた記事を紹介します。

参考資料:
UC Davis Center for Equine Health Horse Report. 10 Sport Horse Medicine and Rehabilitation Facts. The Horse, Topics, Article, Equine Rescue and Rehabilitation, Sports Medicine, Sports Nutrition, Welfare and Industry: Sep8, 2022.

重要事項1:リハビリ療法の専門医
実は、馬のリハビリ療法は、比較的に新しい専門分野であり、米国においても、スポーツ医療とリハビリ療法の専門医制度が確立されたのは2018年になってからです。ちょうどヒトのスポーツ選手が、スポーツ医療に特化した専門医師による指導でリハビリを行なっているのと同様に、獣医学の領域においても、スポーツ医療およびリハビリ療法の深い知識と技術を持った専門医が、馬を始めとするスポーツ競技に使役される動物に対して、生活の質とパフォーマンスを向上させるケアを行なうようになってきました。そして、この専門医制度の重要な目的は、科学的根拠に基づいた研究を実施して、リハビリ療法の知見を深めると同時に、有効なリハビリ療法のプロトコルを確立させていくことにあると提唱されています。

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重要事項2:ヒトのリハビリ療法のやり方が馬に当てはまるとは限らない
ヒト医療において、物理的療法が奏功してきた背景には、運動器の治癒過程に関する科学的知見が深化してきたからだと言われており、これには、様々な運動器組織における治癒速度に関する理解が確立されてきたことが含まれます。一方、馬のリハビリ療法においては、様々なリハビリ療法の有効性を示すための、多数の症例を対象とした無作為割り当ての研究が不足している、という警鐘が鳴らされています。そして、リハビリ療法の効率的なプロトコルを築き上げていくためには、より科学的かつ臨床的な視点に基づくデータを積み重ねていく必要があると提唱されています。ヒト医療のデータ転用ではなく、馬のリハビリは、馬のデータに則って確立させていく必要がありそうです。

重要事項3:リハビリ療法の良し悪しは確定診断に掛かっている
馬の運動疾患に対する初期治療は、臨床症状を元に判断されることが一般的です。しかし、その後に、リハビリ療法の機能的な調整を行なっていくためには、各馬の病態を正確に把握することが必須であり、そのためには、疼痛、固有受容器、関節可動域、筋力、運動制御能力、持久力、神経筋機能などを総括的に評価することが重要になってきます。リハビリ療法の計画を最も効率よく改善して、治療成績を向上させていくためには、運動器疾患の一次病態を明確に認識することが大切だからです。病気の診断は、リハビリ開始前だけでなく、リハビリの最中にも実施していくのが重要だと言えそうです。

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重要事項4:リハビリは過程であり、常に計画の調整を要する
最適なリハビリ療法の計画においては、此処の運動器疾患が治癒していくステージに応じて、最善の治療内容を決定していく必要があります。そのためには、リハビリ療法の専門家に指導を仰ぎ、最も安全かつ効力の高い手法を判断していく事になります。成功をもたらすリハビリ療法は、馬主と獣医師、装蹄師、栄養士、馬の飼養管理者などのチームワークと協働作業が必須であり、全ての馬に対して、これさえ実施すれば良いというリハビリメニューは存在しないという認識が重要です。基本的に、馬のリハビリメニューは、オーダーメイドにしなくてはいけない、という事のようです。

重要事項5:馬房休養は良い面だけではない
古典的に、馬のリハビリにおいては、長期間に及ぶ馬房休養が行なわれてきましたが、近年の研究では、馬体を動かさないことは、筋機能や関節柔軟性に悪影響を与えて、関節軟骨の変性や瘢痕組織の形成を進行させてしまうことが分かってきました。そのため、リハビリ療法の新しい方針としては、損傷部位の治癒を促進しながらも、馬を動かし続けることが試みられており、運動管理療法がリハビリの中で重要な一面を占めてきています。この考え方は、変性関節疾患などでは特に重要であり、馬房休養が長すぎることで、病態を悪化させるリスクを考慮する必要が出てくるのです。

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重要事項6:食餌の問題が競技能力低下を引き起こす
馬が怪我や病気になったときには、健康なとき以上に、体重とボディコンディションスコアを評価することが大切になってきます。リハビリ期間中には、馬の体重や活動量が変化していくので、栄養学的な評価を実施することが推奨されます。それに併せて、肥満や筋力低下などの問題が起きないような食餌管理を行ない、怪我のリスクを抑えながらも、筋力増強と運動能力向上を図っていくことが必要になってきます。やはり、運動メニューと食餌メニューの両方を改善することで、はじめて有効なリハビリ療法を築き上げていけると言えそうです。

重要事項7:リハビリ療法は競技馬だけのためではない
適切なレベルの運動能力を維持することは、競技馬のみならず、全ての馬において重要であり、特に高齢馬ではその必要性も増すと言えます。リハビリ療法の計画は、筋機能の維持、パフォーマンス向上、長期的な生活の質を維持するため、各馬の年齢や活動内容に応じて、個別に仕立てていくことが大切です。そして、病気の予防的観点に立てば、病態の早期診断と狙いを定めた治療法が重要になってきます。

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重要事項8:馬の水泳療法は無呼吸による影響を生じる
馬が水泳運動を行なっている時には、鼻孔を狭めて、無呼吸を維持する時間があり、これによって、馬体の浮力を得ることに加えて、哺乳類における潜水反射(Mammalian dive reflex)を生じることが知られています。全ての陸上脊椎動物は、半身浸水時の潜水反射によって、心拍数を下げて、血液を心臓と脳に再分布させることで酸素を節約します。このため、水泳療法の効能を評価するときには、呼吸器病態を悪化させていないかを注視することが重要になってきます。近年、馬のリハビリに応用されている水泳も、充分に注意しながら実施していく必要がありそうです。

重要事項9:肢巻きやプロテクターが肢端の発熱を引き起こす危険性
馬の運動時に装着される肢巻きやプロテクターは、筋肉に乏しい馬の肢端を保護するために有益です。しかし、無装着の場合に比べて、肢巻きやプロテクターの装着によって、肢端組織の発熱に繋がるという研究結果が示されています。その要因としては、肢巻きやプロテクターによって肢端部における発汗が妨げられることが挙げられており、ポロラップという種類の肢巻きでは、肢端の湿度が94%に達したと報告されています。特に、屈腱炎や靭帯炎のリハビリ療法では、肢巻きの有無やタイプにも注意を払って、発熱による病態の悪化や再発を防いでいくことが大切です。

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重要事項10:騎手と馬装もリハビリ療法の一端を担う
騎乗者の左右不均等性や、不適切に装着された馬具は、一次疾患を悪化させるのみならず、病態の再発に繋がることもあります。特に、鞍の装着については、リハビリ期間中に何度も再評価することが推奨されており、その失宜は、運動負荷や馬体のコンディションに大きな悪影響を与えうることが知られています。このため、リハビリ療法の期間中には、年数回の頻度で、鞍の装着具合いを評価して、馬体の強化および筋力増強を図ることが推奨されています。

馬の運動器疾患において、これまでは、「病気を治す」ことが主要素であり、その後に必要となる「競技能力の回復」については、あまり着目されていなかったのかもしれません。しかし、馬の能力をマイナスからゼロに戻す(=病気の治療)ことと同じくらいに、ゼロからプラスへと伸ばす(=パフォーマンスの回復)ことは重要であると言えます。今後は、どの病気のどのステージであれば、どのような運動メニューが有益であるのか、という知見やエビデンスを蓄積して、最適なリハビリ療法のプロトコルを確立させていく努力が必要なのではないでしょうか。

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