馬の5つの自由
馬の飼養管理 - 2022年09月23日 (金)

馬をはじめとする飼育動物たちは、本来の自然界での生活を送ることはできず、制限された環境で飼養されています。このため、私たち人間には、飼育動物が可能な限り快適で、可能な限り苦痛を受けずに暮らしていけるようにする義務と責任があります。そこで、1960年代の英国では、飼育動物の管理方法を改善し、動物の福祉を確保することを目的として、「動物の5つの自由」(The Five Freedoms for Animal)という下記の理念が定められ、これは現在でも、国際的に認められている動物の福祉基準となっています。
動物の自由1: 飢えと渇きからの自由(Freedom from Hunger and Thirst)
動物の自由2: 不快からの自由(Freedom from Discomfort)
動物の自由3: 痛み・傷害・病気からの自由(Freedom from Pain, Injury or Disease)
動物の自由4: 恐怖や抑圧からの自由(Freedom to behave normally)
動物の自由5: 正常な行動を表現する自由(Freedom from Fear and Distress)
これらの5つの自由は、ヒトが飼養している全ての動物に対して与えられなければならない、と考えられており、言うまでもなく、馬においても同様です。ここでは、「馬の5つの自由」を確保するために具体的にどうすれば良いのか、という知見を紹介します。
参考資料:
Dale Rudin. The Five Freedoms and Equine Welfare: The Five Freedoms and equine welfare standard set by the British Farm Animal Council sheds some light on whether your horse may be happy. Horse Illustrated, Topics, Horse Care, Horse Adoption, Welfare, and Charities: Aug19, 2022.
馬の自由1:飢えと渇きからの自由
馬に対して、「飢えと渇きからの自由」を保障するためには、常に十分かつ清潔で、丁度よい温度の飲料水を提供することが大切です。つまり、水桶やウォーターカップは毎日洗浄して、一日中、十分な飲料水が飲めるようにし、その水の温度は、出来る限り摂氏7~18℃を保てるように努めます。また、飼料に関しては、本来の馬の生活スタイルでは、一日の16~18時間を牧草を食むことに費やしますので、可能な限りそれに近づけるよう、飼料の給餌回数を増やすことに加えて、もし可能であれば、牧草地で放牧させる時間を取るようにします。また、一般的な馬の飼養環境では、粗飼料の全てを新鮮な青草でまかなうことは困難であり、止むを得ず、乾草や濃厚飼料で代替することになるため、どうしても不足する栄養素が出てきます。このため、適切なサプリメントを飼料添加することで、馬体に必要な栄養成分を全て充足できるように努めます。

馬の自由2:不快からの自由
馬に対して、「不快からの自由」を保障するためには、馬の飼養スペースが充分に快適であることが必要です。特に、厩舎飼いされている馬にとっては、馬房スペースの諸要因がこれに関わってくる事になり、馬房が十分な広さであること、適切な換気がされていること、快適な床素材と敷料が提供されていること、安全な建築構造であること、悪天候を遮蔽できること、などが含まれます。国際的には、適切な馬房のサイズは3.66メートル四方(12フィート四方)であると言われており、また、快適に寝そべるために十分な量の敷料があって、馬が横臥して四肢を完全に伸ばせるだけの広さと形状にすることが推奨されています。

馬の自由3:痛み・傷害・病気からの自由
馬に対して、「痛み・傷害・病気からの自由」を保障するためには、①バランスの取れた飼料給餌によって病気を予防すること、②怪我や故障を起こさない厩舎および馬場の環境を整備すること、および、③普段の馬体のケアおよび医療的な疾病予防・治療を提供すること、などが挙げられます。①については、適切なカロリー計算に基づいて、飼料の量と内容を決めて、馬体に必要な全ての栄養素を給与するよう努めることが大事となります。また、②については、快適な馬房環境で十分な休息を取れるよう努めることに加えて、馬が擦り傷や寝違えをしないような馬房構造にすることも大切です。さらに、馬場の砂に関しても、正しい組成と十分量を維持して、怪我や故障を予防することも②に含まれます。そして、③については、ブラシ掛け、裏掘り、洗体などの日常的な馬体のケアを通して、病気や怪我の早期発見および予防を図ることが大切です。また、定期的な健康診断や予防接種、歯科検診、装蹄を実施することに加えて、跛行や疝痛の徴候が認められた際には、速やかに獣医師の診察を仰ぐことも大切だと言えます。もう一つ、鞍や頭絡などの馬具の装着具合いを定期的に点検することも、馬装不備による怪我や故障を防ぐために不可欠だと言えます。

馬の自由4:恐怖や不安からの自由
馬に対して、「恐怖や不安からの自由」を保障するためには、馬の騎乗や調教を行なうことが、馬にとって楽しく、興味を持てて、かつ、安心と情熱という報酬を得られるものとしていくことが必要です。たとえば、馬が扶助に対して瞬間的に反応しないからと言って、それを強制したり、鞭を使うなどの負の結果ばかり与えていると、馬の脳ミソの恐怖中枢が刺激され、ストレスホルモンが分泌されて、生活の質の低下を招いてしまいます。馬がストレスの多い状況に何度も曝されると、馬自身の気性が不安定になり、神経質かつ用心深くて(過覚醒的)、過敏反応ばかり示す性格になってしまいます。必要なのは、その逆で、馬の調教やハンドリングの過程を、穏やかで、馬を勇気づける方向性で、なおかつ、ポジティブな精神的反応を促すようにしていく事だと言えます。

馬の自由5:正常な行動を表現する自由
馬は本来、自分の意図通りに動き回り、周囲の環境を探索し、社会的交流を求め、寝ころび、走り、遊び、休み、そして、食べるという生活を送る動物です。そして、馬に対して、「正常な行動を表現する自由」を保障するためには、これらの行動を制限なく取れるような飼養環境を提供することが必要であり、もしそれが妨げられると、抑鬱、不安症、攻撃性、消化器異常、悪癖、および、予想外な異常行動などを示すようになってしまいます。勿論、厩舎飼いされている馬において、上記を全て満たすような飼養環境を提供することは大変です。しかし、可能な範囲において、放牧地に馬を放して、自由に動き回り、探索し、他の馬たちと交流できるようにすると同時に、十分な広さと快適性を持つ馬房を提供することで、正常行動の表現を制限しないよう努めていくことが大切だと言えます。

馬の5つの自由に関して重要なこと
言うまでもなく、現代社会で飼養されている殆どの馬たちは、動物の福祉が確保された状況で飼われている筈です。しかし、上記のような、5つの自由という理念に基づいて、もう一度、飼養管理の諸要素を再点検していくことで、馬をより快適に、より健康に、そして、より幸せにしていくための、飼養方法の改善点が見えてくるのかもしれません。
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