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安全な馬の筋注方法

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ホースマンの中には、馬に筋肉注射するときの手法について不安を持っている方もいらっしゃるかもしれません。

一般的に、馬に対する薬剤の筋肉内投与は、抗生物質等の投与経路として用いられ、原則として、獣医師に投薬処置を実施してもらうことが推奨されます。しかし、通常の抗生物質は、五日間の連続投与を要することから(場合によっては七日間や十日間投与することもある)、往診料が高騰するのを避けるため、獣医師の指導に則って、馬主もしくは飼養管理者が筋肉注射を実施することがあります。ここでは、そのような薬剤の筋肉注射における、安全な手技や注意点についてまとめてみます。

参考資料:
How to Administer Injections into Muscle of Horses: Royal Veterinary College.
How to administer an intramuscular injection: San Luis Rey Equine Hospital.
Equine Intramuscular Injections: Willamette Valley Veterinary Service.
Intramuscular Injection Sites: The Atlanta Equine Clinic.
How to Give Intra-muscular Injections: Genesee Valley Equine Clinic.
How to give your horse intramuscular injections: Totally Vets.
How to give an intramuscular injection: Rideau St Lawrence Veterinary Services.



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馬の筋肉注射をおこなう部位

一般的に、馬に筋肉注射するときには、頚部、後躯、前胸部の筋肉が使用されます。上図は、頚部の筋肉(=Neck muscles)、大腿部の筋肉(=Hamstring muscles)、臀部の筋肉(=Gluteal muscles)、前胸部の筋肉(=Pectoral muscles)の位置を示しています。

このうち、頚部への筋注では、筋肉が比較的に厚くて、薬剤吸収が速やかに起こることに加えて、実施者へのリスクが少ないという利点があります。その一方で、骨や靭帯などの重要な組織を避けながら針を穿刺する必要があり、注射箇所に膿瘍が出来てしまった場合には、排膿処置が容易ではないという欠点もあります。それを踏まえても、通常、獣医師以外が薬剤を筋注する場合には、実施者の安全を考慮して、頚部の筋肉へ注射する手法が推奨されます。

一方、後躯への筋注では、大腿部または臀部の筋肉に注射する選択肢があります。このうち、大腿部への筋注では、筋肉が厚いため、骨や靭帯などの重要な組織に穿刺するリスクが少ないという利点がありますが、針を刺したときに実施者が蹴られる危険があります。また、膿瘍が出来たときの排膿処置は容易ではあるものの、膿瘍を起こした筋肉が線維化して、歩様異常を呈する病気(半腱様筋線維化筋症)を続発する可能性があります。また、臀部への筋注では、筋肉は厚いものの、坐骨神経を穿刺してしまうリスクや、針を刺したときに実施者が蹴られる危険があり、膿瘍が出来たときの排膿処置も容易ではありません。これらの理由から、獣医師以外が筋注する場合には、実施者が蹴られて怪我をする危険性を鑑みて、後躯の筋肉へ注射することは推奨されません(馬が蹴った際に、注射針が折れる危険性もある)。

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また、前胸部への筋注では、膿瘍が出来たときの排膿処置は容易であるものの、筋肉が薄くて薬剤の吸収遅延が起こる可能性があり(膿瘍形成の要因となる)、胸骨の近くまで針が達してしまう危険性も懸念されます。また、実施者が蹴られるリスクは低いものの、頚部への針穿刺よりも痛がる個体が多いため、馬が暴れて針が折れる危険性は否定できません。これらのリスクを考慮して、獣医師以外が筋注する場合には、前胸部の筋肉へ注射することは推奨されません。



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馬の筋肉注射の手技

馬に対して、馬主や飼養管理者が筋肉注射を実施する際には、上述の理由から、頚部の筋肉へ注射することが一般的です。もし、何らかの理由で、頚部の筋肉が使えない場合には、獣医師に往診で注射してもらうか、経口投与できる薬剤に変更することが強く推奨されます。このため、以下では、頚部の筋肉への注射手技について解説します。

馬の頚部への筋注では、骨や靭帯などの重要組織を避けるため、針を刺しても良い部位はかなり狭いという認識が必要です。まず、頚部の尾側には肩甲骨があり、頚部の背側には太い項靭帯が走行しているため、これらを避ける必要があり、また、頚部の腹側には頚椎が走行しているため、ここへの針穿刺も禁忌となります。これら3つの構造物(肩甲骨、項靭帯、頚椎)に囲まれた三角形のエリアが、馬の頚部に筋注する部位になります。上写真では、肩甲骨(Scapula)、項靭帯(Nuchal ligament)、頚椎(Vertebrae)に囲まれた、白い三角形のエリアが、筋注できる範囲となります。

これらの構造物のうち、項靭帯に薬剤を注入してしまうと、薬剤の吸収が悪く膿瘍を起こすリスクが高いので(靭帯組織への血流は筋肉よりも少ないため)、針を刺す位置が上方になり過ぎないよう注意します。通常、項靭帯と筋肉の境目は、皮膚ごしに触知できるので、この境目よりも拳1つ分は下方に針穿刺するようにします。一方、頚椎の周囲を穿刺してしまうと、重篤な神経損傷や髄膜炎を引き起こすリスクがあるので、針を刺す位置が下方になり過ぎないよう注意します。やはり、頚椎の骨組織も、皮膚ごしに触知できるので、触れる椎骨の突起から拳1つ分は上方に針穿刺するようにします。

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馬の頚部に筋注するときには、注射針は18ゲージのものを使用することが推奨されます。これは、やや太めの注射針ではあるものの、馬が暴れても針が折れにくく、粘度の高い薬液でも注入しやすいというメリットがあります。また、筋注する薬剤をシリンジに吸うときには、薬液量よりも一段階サイズの大きなシリンジを使うようにします(例:10mLの薬液には20mLシリンジ、20mLの薬液には30mLシリンジ、30mLの薬液には50mLシリンジを用いる)。こうすることで、注射時に内筒を引いて血液が戻ってこないかを確認するのが容易になります。一般的に、筋肉注射する薬剤は、懸濁液であることも多いので、十分に瓶を振って混和してからシリンジに吸うようにします。

頚部への筋注では、針を刺したときに馬がそっぱらないように、曳き手を柱や壁に結びつける事はせず、実施者又は補助者が曳き手を持ち、頭部を保定するようにします。そして、注射する箇所を再度触って確認したあと、穿刺部位をアルコール綿花(アル綿)などで拭き取り、ホコリ等を取り除きます。その後、前述の三角形のなかの穿刺箇所に、皮膚に直角に注射針を刺します。このとき、シリンジに針が付いた状態のまま刺すことも出来ますが、馬が臆病で驚きやすい性格の場合には、シリンジから外した注射針だけを先に刺すことで、刺した瞬間に馬が飛び上がっても、針が折れるリスクを軽減できます(針だけ刺した後にシリンジを取り付ける)。また、利き手と反対の手で、穿刺部位の横10cm位の皮膚を摘まんで、皮膚を緊張させながら針を穿刺することで、刺すときの痛みから注意をそらす事もあります。

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筋肉内に注射針を穿刺した後は、シリンジの内筒を引いて、血液が戻ってこないことを確認します。特に、ペニシリン系の抗生物質を筋注する際には、誤って血管内に注入すると、アナフィラキシーショックを起こす危険が高いため、この確認作業はとても重要です。もし血液が戻ってきた場合には、数cmズラした箇所に針を刺し直します。血液が戻ってこないことを確認したら、シリンジの内筒を押して薬液を注入しますが、この時にも疼痛で馬が動くことがあるので、利き手と反対の手でシリンジを保持しておくことで(手首または肘を馬の頚部に当てておく)、馬の動きに付いていくことが出来て、針で筋肉を損傷せずに済みます。

また、注射する薬液量が20mLを越える場合には、全量を一箇所に注入するのではなく、二箇所に分けて注入すると、吸収が良くなり、膿瘍形成のリスクを軽減できます。この場合は、薬液の半量を注入した後、注射針を一回抜いて刺し直すか、もしくは、針を皮下まで引き戻して、少し角度を変えてから(針先を30度ほど頭側へ向ける)、もう一度深部まで刺入させて、残りの薬液を注入します。勿論、この二度目の注入の前にも、必ず内筒を引いて、血液が戻ってこないことを再確認するようにします。

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薬液の全量を注入した後は、真っすぐに注射針を引き抜くようにしますが、この際にも、馬が動くことがあるので、無口をシッカリ保定しておきます。注射後に、頚部の筋肉をマッサージすることは不要です(薬液の吸収を促進する効果は殆ど無いため)。もし、刺した箇所から血液が垂れてくる場合には、頭部を挙上させながら、針穴をアル綿で押さえて圧迫止血します。この際、針穴を指で押さえると、血液が皮下に貯まって血腫が出来てしまうので、必ずアル綿に血液を吸わせながら圧迫するようにします。



馬に筋肉注射するときの注意点

馬の筋肉内に薬剤を注射した後、万が一にアナフィラキシー反応が起こった場合には、注射の5~10分後に、馬が興奮したり、頻脈、頻呼吸、発汗、筋振戦などの症状を示すようになります。この場合には、すぐに馬を馬房に入れて、電気を消して、騒音を無くし、安静状態にします。獣医師が近くにいる場合には、速やかにデキサメサゾンの静注、および、10L以上の補液を行ないます。勿論、翌日以降の筋注は行なわず、別の種類の薬剤に切り替えるか否か、獣医師の指示を仰ぐようにします。そして、アナフィラキシー反応を起こしたことを、馬の健康手帳に記入しておき、今後、同じ薬剤が投与されないように記録を残しておきましょう。

また、馬に抗生物質を筋注するときには、通常は、数日間にわたって連続で筋注することになるため、毎回、新しい針とシリンジと使うようにして、薬剤は冷蔵保存しておくことが大切です。また、注射部位は、左右の頚部に交互に注射するようにします。万が一に、前回注射した箇所が重度に腫れてきた場合には、他の部位(後躯や前胸部など)に注射するのではなく、投薬を中止して、速やかに獣医師に連絡を取ります。もし、筋注した箇所が感染して腫脹している場合には、すぐに対処しなければ膿瘍形成するリスクがあり、さらには、クロストリディウム菌などが侵入したケースでは、重篤な壊死性筋炎を引き起こす危険性もあります。

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さらに、筋注した箇所の筋肉が腫れる理由としては、アレルギー反応が挙げられます。もしも、最初の注射で、薬剤がアレルゲン感作されて、筋肉に浮腫を生じているケースでは、翌日に同じ薬剤を筋注することで、致死的なアナフィラキシー発作を起こして、馬が急死することもあります。同じ理由で、もし二日目以降の注射において、針を刺してシリンジの内筒を引いた際に、血液ではなく漿液が大量に引き戻されてきた場合には、薬剤は注入せずに針を抜き、速やかに獣医師に連絡するようにします。

当然ながら、静脈内に投与するべき薬剤は、絶対に筋肉注射しないようにします。特に、バナミンやフェニルブタゾン等の抗炎症剤を筋肉内に投与すると、劇的な筋壊死を引き起こすことがあるため、静注以外は絶対に禁忌であると言えます。万が一、馬の頚部に筋炎を起こすと、脊髄、気管、食道などの重要な組織に炎症が波及して、致死的な全身病態を続発することもあるため、頚部への筋注は、常に細心の注意を払って実施すべき手技であることを認識しておくことが大切です。

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参考動画:How to administer an Intramuscular Injection





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