馬の鞍傷への対処法
馬の飼養管理 - 2022年09月26日 (月)

鞍(Saddle)は、ヒトが馬に騎乗するときに使用する馬具の一つで、腹帯で馬の背中に固定されることで、騎乗者の体を馬上で安定して支持する場所を提供することに加えて、馬の背中を保護する機能を担っています。もともと馬の骨格は、物を運ぶための進化をしていないため、馬の背中の形状は、ヒトの下半身の形状とは大きく異なります。このため、鞍は人馬の接点をもたらし、騎座での扶助を介したコミュニケーション経路となり、さらに、馬の体躯への衝撃や摩擦力を緩和する必要があります。そして、鞍装着の失宜によって生じる鞍傷(Saddle sore)は、治療や予防を適切に実施しなければ、馬の健康と福祉を損なう結果を生み出します。ここでは、そのような鞍傷への対処法をまとめてみます。
参考資料:
Thomas HS. Saddle Sore Spots. The Horse, Topics: May2, 2014.
Woodward M. Saddle Sores in Horses (Collar Galls): MSD Veterinary Manual.
Doug Thal. Sores Caused by Saddle, Tack Rubs: Horse Side Vet Guide.
Saddle Sores (Collar Galls) in Horses. WAG. Horse Conditions.
What can I do to heal a saddle sore on my horse? EcoGold: Dec11, 2018.
Saddle Sores. EquiMed, Diseases and Conditions, References: Aug14, 2014.
馬の鞍傷の原因
馬の鞍傷の発症には、諸要因が関与していますが、一番大きなものは、鞍の長さや幅、パッドの形状や厚みなどが、馬の背中の形状と合致していないことが挙げられます。特に、鞍褥(あんじょく)の幅が広すぎたり狭すぎたりして、馬のキ甲部の形状と調和していないと、鞍が後方にズレる作用を生んで、鞍尾部のキズを起こします。これを避けるため、鞍の後橋をパッドで持ち上げると、前橋に掛かる衝撃が相対的に増して、キ甲に鞍傷を生じる可能性があります。また、鞍の下に敷くゼッケンが、傷んでいたり汚れていると、皮膚に擦過傷をつくる原因となりえますし、ゼッケンが厚すぎると、鞍が前後に振動する要因となり、逆に鞍傷を起こし易くなってしまいます。
さらに、馬具の装着に問題が無くても、乗り方のミスによって鞍傷ができてしまうケースもあります。騎乗者が馬上でバランスを保てないと、背中の一定箇所ばかりに衝撃が加わり、その部位に褥瘡を形成してしまいます。また、鞍に緩やかに座り込むことが出来ないでいると、背中への衝撃を不快に感じた馬が、背中を凹ませながら運動することになり、キ甲と前橋部が接触する一因になります。さらに、騎乗者が鞍の後橋に座り込んでしまうと、たとえ背中の形状と一致している鞍であっても、鞍そのものが変位してしまい、不均一な摩擦を生んで鞍傷に至ることもあります。なお、腹帯は帯径より後方には移動しにくいため、鞍が後ろへズレると、腹帯の後ろ側の皮膚に圧迫が加わって浮腫になってしまうこともあります。
鞍傷の直接的な原因は、背中への圧迫が不均一になったり、一箇所に圧迫が集中することにあります。これらの作用がたとえ小さいものであっても、その状態が持続的に繰り返されると、圧迫を受けた箇所の皮膚に損傷を与えていきます。そして、損傷を受けた部位の皮膚は浮腫を起こして、相対的に厚くなり更に圧迫力が強くなるうえ、皮膚が皮下識の上を前後に滑走して摩擦を緩和する作用も失われてしまいます。

馬の鞍傷の症状
馬の鞍傷には必ず前兆があります。騎乗後に鞍を外した際には、圧迫を受けていた箇所の皮膚が、不自然に乾いていることが多く、これは、血液循環が不正になっているため、発汗も妨げられるためです。また、繰り返し圧迫を受けた箇所は、体毛が逆立ったり渦巻状になっていることも多く、それが進行すると脱毛してくる事もあります。さらにそれが悪化すると、皮膚の炎症を伴うようになり、見た目は正常でも、触ると熱を帯びていたり、僅かに腫れていたり、馬が触られることを嫌悪する仕草を示すようになります(皮筋を震わせる、背部を凹ませる、尻尾を振る、横目で見返す等)。
馬の鞍傷病変には幾つかの種類があり、鞍ズレ(Sitfast)は、圧迫壊死した皮膚組織がプラグ状に固まったもので、ヒトの足にできる靴ズレと類似の性状です。鞍ズレは、皮膚だけの病変のこともあれば、皮下識に及ぶ場合もあり、徐々に皮膚表面に隆起してくるようになります。一方、鞍コブ(Saddle gall)は、皮下識に起きた挫傷を指します。これは、狭い箇所の皮膚が擦れたり圧迫を受けることで、皮下識の微細脈管が破裂して、漿液が貯留することで発生します。さらに、汗疹(Heat rush)は、圧迫を受けた箇所の汗管が閉塞し、皮膚の発赤や発疹を起こす病態です。これは、圧迫が集中した箇所に起こるほか、汚れて通気の悪いゼッケンによって生じることもあります。そして、これらの皮膚への損傷が蓄積すると、最終的には皮膚の裂傷を起こして、細菌が侵入することで、滲出液や排膿を呈して、強い痛みを伴うようになります。

馬の鞍傷の治療
馬の鞍傷への対処法として、よくある間違いは、鞍傷ができた箇所に当て物を入れることになります。基本的に、鞍傷を治すためには、病変箇所に掛かっている圧迫を取り除く必要がありますので、むしろ、当て物を無くすのが適切な対策と言えます。たとえば、キ甲に鞍傷ができた馬には、キ甲部位に穴の開いたパッドを入れるのが有効であり、鞍の真ん中付近の背部に鞍傷ができた馬には、鞍尾部が厚いパッドを入れたり、時には、パッドを切って穴を作るのも一案です。
そして、鞍傷の箇所にワセリン等の潤滑剤を塗ることで、摩擦を緩和することも有用ですが、潤滑剤はゼッケンにも付着するため、常にゼッケンを清潔かつ乾燥した状態に保ち、通気性と摩擦緩和の機能を維持するように努めます。勿論、騎乗後の手入れの際には、鞍傷の箇所の汚れを取り除き、十分に乾燥させてから、必要に応じて抗生物質の軟膏を塗布します。さらに、馬着によって鞍傷が擦れてしまう場合には、ペットシーツをテープで留めるなど、鞍傷になった箇所の皮膚を保護する処置を施します。
一方、鞍傷が裂傷に至ってしまい、表面に痂皮形成しているケースでは、僅かな圧迫力で痂皮が剥がれてしまい、創傷治癒を遅延させてしまいます。この場合、痂皮に覆われた箇所の皮膚及び皮下識の治癒が進み、成熟した角化組織が生成されるまでは、騎乗を控える必要が出てくることもあります。勿論、鞍やパッドを交換することで、痂皮の剥落を防止できれば騎乗を続けることは可能ですが、準備運動や整理運動を調馬索や曳き馬に代えることで、鞍傷部位を保護する方策が推奨されます。

馬の鞍傷の予防
馬の鞍傷を予防するには、当然ながら鞍を正しく着けることが重要になってきます。まず、馬装前に、馬体を十分にブラシ掛けして、馬具と皮膚のあいだにホコリが残らないようにします。その後、ゼッケン、パッド、鞍の順で装着させていきますが、全てを少し前方に置いて、最後に後方に滑らせて理想の位置に持ってくることで、体毛が逆立たないように努めます。馬の皮膚は非常に敏感であり、僅かなホコリや毛並みの不整で、不均一な皮膚の圧迫を生んでしまうからです。そして、ゼッケンを常に清潔に保ち、表面がほつれたりザラついたりしていないかを気を付けることも重要です。
馬の鞍傷を未然に予防するためには、その前兆を見逃さないことも大切です。前述のように、鞍によって不均一な圧迫、または一箇所に集中した圧迫が生じているときには、皮膚の乾燥や体毛の流れの不整、および、皮膚の熱感、腫脹、圧痛などを呈しますので、騎乗後に馬装を解除する際には、馬の背中を慎重に観察および触って、僅かな皮膚の異常を早期発見してあげることが重要です。もう一つ、馬に乗る前段階として、騎乗者が自らのバランス維持の練習を積むことも鞍傷の予防につながります。近年では、ゴム製のバランスボールを用いた騎座のトレーニング方法などもありますので、騎乗者自身が、安定して鞍に座れるスキルを反復練習してみるのも、鞍傷を予防するための一案だと言えます。

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