馬の行動と腸内細菌叢の関連性
話題 - 2022年09月27日 (火)

馬の行動と腸内細菌叢の関連性について、徐々に新たな知見が示されています。
参考資料:Stacey Oke, DVM, MSc. Horse Behavior and the Microbiome: What’s the Connection? The Horse, Topics, Behavior, Digestive System, Digestive Tract Problems, Horse Care, Nutrition, Vet and Professional: Nov27, 2021.
近年、ヒト医療の分野において、脳の状態が腸に影響を及ぼし、逆に、腸の状態も脳に影響を及ぼす現象が研究されており、この二つは自律神経系や液性因子(ホルモン、サイトカインなど)を介して密に関連していることが分かってきました。同様な現象は、馬にも起こると推測されており、腸内細菌叢および腸内環境が、脳機能のほか、気性・性格にも影響を及ぼすという関係性を、細菌腸脳軸(Microbiome-Gut-Brain Axis)と呼んでいます。
フランスの研究者による実験では、給餌内容が馬の行動に影響することが示されています。この実験では、乾草中心の飼料を給餌した馬群と、澱粉を多く給餌した馬群において、糞便検査による腸内細菌叢の解析、および、社交性と新奇恐怖性の評価が行なわれました。その結果、澱粉を多給された馬では、嫌気性菌、乳酸菌、アミロース分解性菌などが腸内細菌に増えており、行動学的には、警戒心の高い行動を示しており、行動変化の度合いと細菌叢の変動率には有意な正の相関が認められました。また、英国で実施された類似の研究においても、粗飼料中心の給餌を行なったポニーに比較して、澱粉を多給したポニーの腸内細菌叢を見ると、繊維質を発酵する菌が減少して、乳酸産生菌が増加していました。
一方、ヒト医療における「細菌腸脳軸」の知見としては、特定の菌種(乳酸菌やビフィズス菌等)は中枢神経系に影響を与えうる物質(セロトニンやカテコールアミン等)を生成して、腸内神経や自律神経を刺激して、更には、中枢神経の視床下部下垂体軸にも影響を与えていることが解明されています。また、馬に関連する事項としては、腸内細菌が発酵の過程で生成する短鎖脂肪酸には免疫調節機能がありますが、この短鎖脂肪酸は神経組織にも作用して、行動変化をもたらすことも分かってきています。

一般的に、強度運動を課せられる競技馬や競走馬には、摂取カロリー量を増加させるため、粗飼料の割合を減らして、糖質や澱粉の含有量が高い飼料が給餌されます。しかし、このような飼料管理は、消化器ストレスになることが知られており、物理的なストレスと同様に、行動学的な悪影響をもたらす可能性が指摘されています。具体的には、馬が神経質になる、警戒心が強くなる、サク癖や熊癖などの異常行動を始める、などが含まれ、このような、飼料変化によって生じる馬の行動変化には、「細菌腸脳軸」という科学的メカニズムが関与していると考えられます。
そのような弊害を避けるため、高カロリー飼料が必要な馬に対しては、澱粉の給餌量を体重1kg当たり1グラム以下(一日量)にすることが推奨されており、その代替として、ビートパルプやアルファルファペレット等の、消化性の高い粗飼料を給餌する方針が提唱されています。また、不足分のカロリー量を補足するためには、オイルを飼料添加する方法があり、総給餌量の8%程度をオイルで給与するのであれば、生理学的な弊害は生じないというデータが示されています。このため、体重1kg当たり1mLのオイル添加(一日量)をすることで、腸内細菌叢のバランスを保ちつつ、必要カロリー量を給与するという飼料管理が提唱されています。さらに、飼料内容の変更を緩やかに実施することも、腸内細菌叢の不均衡を避けるために重要であると言われています。
現時点では、馬の「細菌腸脳軸」に関する研究は始まったばかりであり、どのような飼料給餌を行なえば、どのような行動変化を誘導できるかについての知見は、今後の研究で明らかにしていく必要があります。しかし、馬の腸内細菌叢が、肉体的な健康だけでなく、精神的な健常性にも寄与していることは徐々に解明されてきており、飼料管理の方針を検討する際には、単に、馬体に必要なエネルギー量や成分を消化管に放り込むだけでなく、それらによって、腸内細菌叢にどのような変化をもたらすのかを考慮していくことが重要だと言えます。

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