手術スキルは覚えにくく忘れやすい
話題 - 2022年09月29日 (木)

海外では、獣医師の手術スキルに関して、どのような手法で学んでいくのが良いのか、という研究が行なわれています。
米国のアーバン大学の研究[1]では、獣医学生に手術の縫合方法(外科結び、締め結び、ミラー結び)を習得させるため、二週間にわたる集中的講習、または、八週間にわたる持続的講習を実施して、その直後、その翌月、および、三ヶ月後における縫合手技の正確さが評価されました。その結果、集中的講習を受けた場合よりも、八週間の持続的講習を受けた場合のほうが、より正確に縫合できることが分かり、また、集中的講習を受けた場合のほうが、縫合の正確さがより早く失われることが示されました。
このため、手術の基本である縫合スキルを習得させるためには、約二ヶ月間というかなり長期間にわたる持続的な講習を行なうことで、より正確に縫合できる技術が習得できることが示されました。さらに、集中的講習を受けた場合には、縫合の種類によって自信の無さに差異があったのに対して、八週間の持続的講習を受けた場合には、全ての縫合法を自信を持って実施できたことが報告されており、短期間の集中講習では、スキルの習得度合いに個人差が出易いことも示唆されています。
一方、米国のワシントン州立大学で実施された研究[2]では、獣医学生に対して三つの異なる形態で、犬の皮膚腫瘍摘出術の講習が行なわれ、その後に手術スキルの評価テストが実施されました。この研究の実習形態としては、①計画だった個別指導と自習の組み合わせ、②無作為な個別指導と自習の組み合わせ、③全体講習のみ、等が行なわれました。
その結果、評価テストでの合格率は、計画だった個別指導が実施された場合(形態①)では78%とかなり高かったのに対して、②では65%、③では62%と、比較的低い水準に留まっていました。この研究における形態①では、標準化された動画教材と対面での個人講習、および、自習によってスキルの復習ができる方式が取られており、細やかな技術指導を実施することで、手術スキルの習得度合いが向上できる、という考察がなされています。

さらに、米国のリンカーンメモリアル大学の研究[3]では、獣医学生に対して犬の避妊手術の講習を実施して、その直後、および、五ヶ月後に手術スキルの項目別評価が行なわれました。その結果、手術の講習直後に比較して、講習の五ヶ月後においては、手術スキルの評価スコアが有意に減少していたことが分かりました(この五ヶ月間は、手術スキルの指導や復習は実施されていなかった)。また、評価テストで不合格になる割合は、講習直後では9%であったのに対して、五ヶ月後には30%に達していたことも報告されています。
このため、手術の手法を学んだ後には、半年も経たないうちに、そのスキルが落ちてしまうことが示され、継続的に手技の練習をしていくことの重要性が再確認されるデータが示されたと言えます。この研究では、避妊手術の講習は、生体ではなく練習用模型を使用して実施されていたことから、獣医学生に対して、手術の講習を修了した後であっても、模型を用いた復習セッションを通して、手術スキルを再習得するよう指導するべきである、という考察がなされています。
以上の結果から、獣医師が手術手技を学ぶときには、十分な時間を掛けて、かつ、効率的な講習方式を取ることで、始めて適切な手術スキルの体得が可能となることが示され、さらに、学んだ手技の復習を怠ると、短期間で手術スキルを忘れてしまうことが示唆されました。やはり、日々の反復練習を通して、手術スキルが衰えないように努めていくことの重要性が、あらためて示された研究結果ではないでしょうか。
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参考文献:
[1] Shaver SL, Yamada N, Hofmeister EH. Retention of basic suturing skills with brief or extended practice in veterinary students. Vet Surg. 2020 Aug;49(6):1239-1245.
[2] Compton NJ, Cary JA, Wenz JR, Lutter JD, Mitchell CF, Godfrey J. Evaluation of peer teaching and deliberate practice to teach veterinary surgery. Vet Surg. 2019 Feb;48(2):199-208.
[3] Hunt JA, Gilley RS, Spangler D, Pulliam T, Anderson S. Retention of basic surgical skills in veterinary students. Vet Surg. 2022 Sep 18. doi: 10.1111/vsu.13891. Online ahead of print.