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牝馬の帝王切開後の繁殖能力

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繁殖牝馬における帝王切開の後の繁殖能力が調査されています。
参考文献:Abernathy-Young KK, LeBlanc MM, Embertson RM, Pierce SW, Stromberg AJ. Survival rates of mares and foals and postoperative complications and fertility of mares after cesarean section: 95 cases (1986-2000). J Am Vet Med Assoc. 2012 Oct 1;241(7):927-34.

一般的に、馬の難産の症例では、15~25%に対して帝王切開が適応され、母体の生存率は81~91%、子馬の生存率は4~31%である事が報告されており[1,2]、また、帝王切開が行われた後の出産率は36~72%と様々です[3,4]。しかし、これらの生存率や術後出産率に影響を与える因子については、詳しく解析された研究はあまりありません。この研究論文では、1986~2000年にかけて、難産の治療のため(もしくは選択的)に帝王切開が行われた95頭の繁殖牝馬における、母体および子馬の生存率、および、翌年~三年後におけるその繁殖牝馬の受胎率と出産率が調査されています。

この研究では、帝王切開における母体の生存率は84%、子馬の生存率は35%でしたが、難産の経過時間の長さとこれらの生存率のあいだには、有意な相関はありませんでした。一方、術後に胎膜遺残や子宮動脈破裂などの合併症を起こした牝馬の割合は、難産の経過が90分以下の場合には38%に留まったのに対して、90分以上の場合には64%と、有意に高かったことが示されました。このため、繁殖牝馬への帝王切開の実施に際しては、難産の重篤度を的確に見極めて、早期の手術に踏み切ることで、母体に生じる術後合併症の危険性を抑えられる事が示唆されました。

この研究では、95頭の症例全体において、帝王切開のあとの三年間における出産率は55%で、これは、帝王切開より前における出産率(77%)よりも顕著に低くなっていました。また、帝王切開の翌年における受胎率(51%)と出産率(41%)、二年目における受胎率(69%)と出産率(61%)、および、三年目における受胎率(68%)と出産率(58%)に比べて、顕著に低い値を示していました。このため、帝王切開が行われた牝馬では、その後の繁殖能力がある程度は低下してしまうのは避けられないものの(特に翌年の繁殖成績は著しく下がる)、手術から二年目以降では比較的に良好な受胎能と出産率が期待できることが示唆されました。

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この研究では、帝王切開のあとの三年間における受胎率と出産率を見ると、難産の経過が90分以下の場合には受胎率が79%で出産率が68%に上ったのに対して、90分以上の場合には受胎率が64%で出産率が52%というように、かなり低下している傾向が見られました。また、帝王切開のあとの三年間における出産率を見ると、牝馬の年齢が三~八歳の場合には57%、九~十五歳の場合には66%であったのに対して、十六歳以上の場合には31%と、顕著に低くなっていました。このため、帝王切開が行われた牝馬では、術前の難産の経過時間の長さや、患馬の年齢の高さなどが、その後における繁殖能力の低下度合いに、有意な影響を与える可能性がある事が示唆されました。

この研究では、胎仔の先天性奇形のため部分的胎仔切断術を要した症例においては、術後合併症を起こす割合が93%に及んでおり、この内訳としては、牝馬が斃死した場合が40%、胎膜遺残が40%、子宮動脈破裂が13%などとなっていました。また、今回の研究における95頭の患馬のうち、胎仔の先天性奇形が認められたのは32%で、過去の文献における、胎仔奇形の有病率である35~48%とも合致するデータが示されたと言えます[4,5]。

この研究では、帝王切開のあとに受胎能や出産率の低下が起こるのは、手術自体の侵襲によるものではなく、帝王切開を要するような重度の難産の結果、生殖器組織の弛緩や損傷が起こり、外陰部および膣障壁の統合性損失、子宮退縮の遅延、子宮口外傷、子宮変性を続発することが、主要因になっているという考察がなされています。そして、例え帝王切開が実施されなくても、長時間にわたる経腟分娩が試みられる事によっても、その後の繁殖能力の低下を引き起こすことが報告されています[1,4]。

一般的に、帝王切開が実施された繁殖牝馬では、胎膜遺残の合併症を続発する危険性が高いことが知られており[6,7,8]、今回の研究でも、47%の症例において胎膜遺残が発生していました。この要因としては、帝王切開は分娩第一段階よりも前に施術されることが多いため、漿尿膜の結合が堅固で、子宮収縮の長さや強さが不十分であること(高濃度のオキシトシンやプロスタグランディンは、分娩第一~第二段階にかけて分泌されるため)が挙げられています[9]。このため、帝王切開の術後の牝馬に対しては、胎膜遺残の慎重なモニタリングや、子宮洗浄の早期実施によって、子宮炎や蹄葉炎などの合併症の予防に努めることが重要であると提唱されています。

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参考文献:
[1] Freeman DE, Hungerford LL, Schaeffer D, Lock TF, Sertich PL, Baker GJ, Vaala WE, Johnston JK. Caesarean section and other methods for assisted delivery: comparison of effects on mare mortality and complications. Equine Vet J. 1999 May;31(3):203-7.
[2] Norton JL, Dallap BL, Johnston JK, Palmer JE, Sertich PL, Boston R, Wilkins PA. Retrospective study of dystocia in mares at a referral hospital. Equine Vet J. 2007 Jan;39(1):37-41.
[3] Byron CR, Embertson RM, Bernard WV, Hance SR, Bramlage LR, Hopper SA. Dystocia in a referral hospital setting: approach and results. Equine Vet J. 2003 Jan;35(1):82-5.
[4] Juzwiak JS, Slone DE Jr, Santschi EM, Moll HD. Cesarean section in 19 mares. Results and postoperative fertility. Vet Surg. 1990 Jan-Feb;19(1):50-2.
[5] Vandeplassche MM. The pathogenesis of dystocia and fetal malformation in the horse. J Reprod Fertil Suppl. 1987;35:547-52.
[6] Vandeplassche M, Spincemaille J, Bouters R. Aetiology, pathogenesis and treatment of retained placenta in the mare. Equine Vet J. 1971 Oct;3(4):144-7.
[7] Watkins JP, Taylor TS, Day WC, Varner DD, Schumacher J, Baird AN, Welch RD. Elective cesarean section in mares: eight cases (1980-1989). J Am Vet Med Assoc. 1990 Dec 15;197(12):1639-45.
[8] Vandeplassche M, Spincemaille J, Bouters R. Aetiology, pathogenesis and treatment of retained placenta in the mare. Equine Vet J. 1971 Oct;3(4):144-7.
[9] Vivrette SL, Kindahl H, Munro CJ, Roser JF, Stabenfeldt GH. Oxytocin release and its relationship to dihydro-15-keto PGF2alpha and arginine vasopressin release during parturition and to suckling in postpartum mares. J Reprod Fertil. 2000 Jul;119(2):347-57.

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