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馬における破骨細胞抑制剤の安全性

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近年、馬に対して頻繁に用いられるようになってきた薬剤として、破骨細胞の抑制剤であるビスホスホネート(Bisphosphonates)があります。ここでは、このビスホスホネートの安全性に関する知見を紹介します。

参考文献:Vergara-Hernandez FB, Nielsen BD, Colbath AC. Is the Use of Bisphosphonates Putting Horses at Risk? An Osteoclast Perspective. Animals (Basel). 2022 Jul 3;12(13):1722.

破骨細胞とは、単球系の前駆細胞が融合して形成される多核巨細胞で、骨吸収する役目を担っています。通常、骨吸収が骨形成を上回ってしまうと、骨組織の虚弱化を引き起こすため、ヒト医療では、特に女性の骨粗鬆症の治療薬として、破骨細胞の活動を抑制する製剤が臨床応用されてきました。破骨細胞の抑制剤であるビスホスホネートには、第一世代のクロドロネート、第二世代のティルドロネート、第三世代のゾレドロネート等があり、世代の高い薬剤ほど骨吸収抑制の作用が強いと言われています。

しかし、破骨細胞は、骨を破壊する悪者ではありません。本来、骨という組織は、生体への衝撃や歪みを受け止めて、毎日、微細損傷を生じているため、常に修復を繰り返すことでその強度を維持しています。この際、破骨細胞は、損傷した部分の骨を取り除き、さらに、骨形成を行なう骨芽細胞を活性化させる機能を持っています。つまり、破骨細胞は、骨の修復作業を統率するという重要な役割を担っている訳です。

また、成長過程の個体では、成長板で軟骨内骨化が起きることで骨が伸びていきますが、この際に、軟骨を取り除いて、その後の緻密骨の生成を制御しているのが破骨細胞になります。さらに、筋肉の活動に欠かせないカルシウムを、骨組織から供給するためにも、破骨細胞による骨吸収作用は欠かせません。つまり、破骨細胞は、骨組織の修復、骨格の発育、骨の代謝系をつかさどる、非常に重要な細胞だと言えます。

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破骨細胞抑制剤による副作用

ビスホスホネートの投与によって破骨細胞を抑制してしまうと、骨組織の修復作業が妨げられることから、長期的に深刻な副作用が懸念されます。ヒト医療では、ビスホスホネート投与によって、下顎骨の壊死症や不定型な大腿骨骨折を発症することが知られています。また、短期的な副作用として、腎毒性や低カルシウム血症などを起こすこともあります。なお、同様な病態は、動物(羊、豚、犬、猫)でも起こり得ることが示されています。さらに、破骨細胞抑制剤による骨格発育の阻害も副作用の一つであり、ウサギでの実験では、ビスホスホネートの投与によって、脛骨が正常よりも3%短くなったことが報告されています。

また、ビスホスホネートの問題点として、一度投与してしまうと、骨組織に吸着して、長期間にわたって破骨細胞の働きを抑制してしまうことが挙げられます。ヒト医療では、ビスホスホネート投与から三年以上にわたって、下顎骨壊死を引き起こす危険性があることが報告されており、また、大腿骨骨折の約1%が、ビスホスホネート投与に起因するものであると言われています。同様に、猫においても、ビスホスホネートの副作用による下顎骨壊死、および、大腿骨骨折の症例が報告されています。

もう一つ、破骨細胞の抑制剤を使うことの問題点としては、ビスホスホネートには抗炎症作用と鎮痛作用があることが挙げられています。ヒト医療における治療成績のメタ解析によれば、ビスホスホネートによる症状の改善において、病気を治す効果よりも、痛みを緩和する作用が大きく寄与していたことが分かってきています。つまり、破骨細胞を抑制して骨修復を妨げたうえに、疼痛を覆い隠してしまうことで、骨折などの重篤な骨疾患を誘発している危険性がある、という警鐘が鳴らされています。

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馬への破骨細胞抑制剤の投与について

現在、馬においては、オスフォス(Osphos®)およびティルドレン(Tildren®)というビスホスホネート製剤があり、いずれも、米国食品医薬品局(FDA)によって、馬のナビキュラー症候群の治療薬として認可を受けています(四歳以上の馬が投与対象)。しかし、2019年のアメリカ馬臨床医協会(AAEP)の学会では、馬臨床におけるビスホスホネート製剤の使用に関する討論が行なわれ、本来の適応症である蹄病(ナビキュラー症候群)以外にも、四肢や体躯など、他の部位の骨疾患に対して、オスフォスやティルドレンが頻繁に用いられていることに懸念が表明されています。

馬における破骨細胞抑制剤は、特に二歳以下の若齢な競走馬に対する副作用が心配されています。近年では、競走馬の調教で発症する管骨瘤や種子骨炎に対して、ビスホスホネートが投与されており、X線画像上で病態治癒が確認されるケースもあります。しかし、若齢馬における骨密度の増加は、骨強度の向上に必ずしも相関するものではないうえ、その後の骨修復を遅延または抑制するリスクもあるという警鐘が鳴らされています。また、成長期の馬における骨の代謝(ターンオーバー)が妨げられることで、健常馬に見られる運動への骨格適応(Normal skeletal adaptation to exercise)が十分に起こらないことも懸念されています。

なお、馬におけるビスホスホネートの短期的な副作用としては、疝痛様の症状や腎不全(特に抗炎症剤が併用された場合)などが挙げられています。また、ビスホスホネートを投与された馬の長期的な検査では、クロドロネートが投与18ヶ月後に血液から検出されたり、ティルドロネートが投与三年後に血液および尿から検出されたことが報告されており、馬においても、一度投与されたビスホスホネートが、長期間にわたって体内に残存してしまうことが示されています。

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馬での破骨細胞抑制剤について重要なこと

現在のところ、馬におけるビスホスホネート投与の副作用は、投与から一年程度の経過が報告されているのみであるため、今後の研究では、ヒトや他の動物で起こっているような、骨壊死や骨折などの副作用について、長期間の経過観察によって解明されていく必要があると提唱されています。さらに、ビスホスホネートが投与事例のうち、本来の適応症であるナビキュラー症候群は二割に留まっており、約八割の症例では、ビスホスホネートの効能や副作用が証明されていない他疾患に対する投与であったことも認識すべきです。

馬において、ビスホスホネートの治療効果を検討する場合には、非ステロイド系抗炎症剤(NSAID)等の他の治療薬との比較を行なうことで、効能発現のメカニズムを解明することの重要性も指摘されています。もし、ビスホスホネートによる症状改善が、破骨細胞の抑制ではなく、抗炎症及び鎮痛作用によるものであり、その度合いがNSAIDと大差が無いのであれば、骨修復や骨格発育の阻害という副作用を鑑みて、ビスホスホネートよりもNSAIDを選択するべきであると判断されるからです。

本来、ビスホスホネートは、ヒト医療において、比較的に高齢(閉経後)な女性の骨粗鬆症の治療薬として使われているものであり、アスリートである競技馬や競走馬に用いる際には、慎重には慎重を期すべきなのかもしれません。

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