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抗生物質による馬の下痢症

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馬の抗生物質に起因する下痢症の実態が調査されています。
参考文献:Barr BS, Waldridge BM, Morresey PR, Reed SM, Clark C, Belgrave R, Donecker JM, Weigel DJ. Antimicrobial-associated diarrhoea in three equine referral practices. Equine Vet J. 2013 Mar;45(2):154-8.

この研究では、米国の三つの州の馬の紹介診療施設における、5,251頭の馬症例の医療記録が解析され、抗生物質の投与に起因する下痢症を発症したのは32頭であった事が報告されています。そして、これらの症例のうち、下痢が原因で安楽死となった馬は六頭で、このうち、四頭ではクロストリディウム感染、残りの二頭ではサルモネラ感染が確認されました。これらの下痢症の原因となった抗生物質としては、Enrofloxacin(七頭)およびPenicillinとGentamicinの併用(七頭)が最も多く、次いで、Doxycycline(四頭)、Gentamicin(二頭)、Potentiated sulphonamidesとGentamicinの併用(二頭)、DoxycyclineとRifampinの併用(二頭)となっていました。

このため、馬の紹介診療施設においては、抗生物質投与に起因する下痢の発症率は0.6%(32/5,251頭)とかなり低かったものの、その死亡率は19%(6/32頭)に達しており、抗生物質の投与量や投与期間を決める際に、獣医師の慎重な判断が重要であることを、再確認させるデータが示されたと言えます。他の文献では、抗生物質投与に起因する下痢症を起こした場合には、患馬の生存率が4.5倍も悪化するという知見も示されており[1]、また、紹介診療ではなく、二次診療を行う大規模な馬病院では、より高い下痢症の発症率が報告されています[2,3]。

一般的に、抗生物質を投与された馬では、薬剤によって正常な腸内細菌叢が損なわれ、炭水化物や揮発脂肪酸の代謝が阻害された結果、水分吸収の低下から下痢の発症に至るという病因論が上げられています[4]。また、正常な腸内細菌叢が損なわれると、クロストリディウム菌やサルモネラ菌などの共生腸内細菌の増殖が起こったり[5]、抗生物質そのものが腸管運動性や腸内細菌の毒素産生に関与する可能性も指摘されています[6,7]。

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一般的に、馬の腸内細菌は嫌気性菌の割合が多いため、嫌気性菌への作用が少ない抗生物質ほど下痢症を引き起こしにくいと推測されており、これには、増強スルホンアミド系、フロロキノロン系、および、アミノグリコサイド系などが含まれます。そして、今回の研究でも、増強スルホンアミド系抗生物質では、下痢の発症率は0.1%(1/898頭)と非常に少なかった事が示されました。一方、フロロキノロン系抗生物質であるEnrofloxacinによる下痢症は、七頭と最も多いグループであったものの、これはEnrofloxacinによる治療が選択された症例数そのものが多かったためと提唱されています。

馬の抗生物質投与に起因する下痢症に関する他の文献では、Oxytetracycline投与によって下痢を引き起こす危険性が高いという知見もありますが[8]、今回の研究では、Oxytetracyclineが使用された頭数がかなり多かったものの(1243頭)、下痢を発症した馬は一頭もなく、この理由としては、過去の文献よりも投与量が少なかったためではないか、という考察がなされています。一方、今回の研究では、ペニシリンとゲンタマイシンによる下痢の発症率を見ると、ペニシリン単独では0%(0/628頭)、ゲンタマイシン単独では0.2%(2/828頭)であったのに対して、ペニシリンとゲンタマイシンが併用された場合には3.2%(7/222頭)と、顕著に下痢症を起こし易かった事が報告されています。

この研究では、ケンタッキー州、フロリダ州、ニュージャージー州の三つの診療施設が調査対象となっていますが、抗生物質に起因する下痢の発症率をそれぞれの場所で比べると、ケンタッキー州では0.7%、フロリダ州では0.3%であったのに対して、ニュージャージー州では2.8%と、かなり大きな違いが認められました。このような発症率の差異が生じた原因については、この論文内では明瞭には結論付けられていませんが、飼料や土壌の質による腸内細菌叢の構成の違いや、飼養条件の違い(放牧飼い v.s. 厩舎飼い)、飼料添加物や抗生物質以外に使用されていた薬剤の違い(NSAID等)、などの要因が関与している可能性が指摘されています。

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関連記事:
・馬に対するセフチオフルの使い方
・馬の開放骨折における抗生物質治療

参考文献:
[1] Cohen ND, Woods AM. Characteristics and risk factors for failure of horses with acute diarrhea to survive: 122 cases (1990-1996). J Am Vet Med Assoc. 1999 Feb 1;214(3):382-90.
[2] Gustafsson A, Baverud V, Gunnarsson A, Rantzien MH, Lindholm A, Franklin A. The association of erythromycin ethylsuccinate with acute colitis in horses in Sweden. Equine Vet J. 1997 Jul;29(4):314-8.
[3] Wilson DA, MacFadden KE, Green EM, Crabill M, Frankeny RL, Thorne JG. Case control and historical cohort study of diarrhea associated with administration of trimethoprim-potentiated sulphonamides to horses and ponies. J Vet Intern Med. 1996 Jul-Aug;10(4):258-64.
[4] Nord CE, Edlund C. Impact of antimicrobial agents on human intestinal microflora. J Chemother. 1990 Aug;2(4):218-37.
[5] Gustafsson A, Baverud V, Gunnarsson A, Rantzien MH, Lindholm A, Franklin A. The association of erythromycin ethylsuccinate with acute colitis in horses in Sweden. Equine Vet J. 1997 Jul;29(4):314-8.
[6] Roussel AJ, Hooper RN, Cohen ND, Bye AD, Hicks RJ, Bohl TW. Prokinetic effects of erythromycin on the ileum, cecum, and pelvic flexure of horses during the postoperative period. Am J Vet Res. 2000 Apr;61(4):420-4.
[7] Roussel AJ, Hooper RN, Cohen ND, Bye AD, Hicks RJ, Schulze JL. Evaluation of the effects of penicillin G potassium and potassium chloride on the motility of the large intestine in horses. Am J Vet Res. 2003 Nov;64(11):1360-3.
[8] Andersson G, Ekman L, Mansson I, Persson S, Rubarth S, Tufvesson G. Lethal complications following administration of oxytetracycline in the horse. Nord Vet Med. 1971 Jan;23(1):9-22.
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