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馬の買い手のための購入前検査

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ホースマンにとって、馬を購入することは、新たなライフパートナーに出会う楽しみの瞬間であると同時に、その後の飼養管理にコミットしていく意味では、慎重を期さなければいけないタイミングでもあります。このため、その馬の健康状態を適正にチェックするため、獣医師による購入前検査が実施されることが一般的です。ここでは、馬の買い手の立場から見た、購入前検査のポイントについて紹介します。

参考資料:
Joan Norton, VMD, Dipl. ACVIM. The Buyer’s Guide to Prepurchase Exams. The Horse, Topics, Diagnostics and Technology: Aug25, 2021.



馬の購入前検査とは

馬の買い手として認識しておく点としては、購入前検査は「合格か不合格か?」の二択を決めるものではなく、あくまで、検査日における馬の健康状態をスナップショットした結果に過ぎず、その馬の将来的なパフォーマンスを保障することは出来ない、という事になります。また、馬体すべてが完璧な状態であるという馬は存在しないため、どんな馬であっても、慎重な検査を行なえれば、正常ではない所見が見つかることが殆どですが、大事なことは、将来的にその馬のパフォーマンスや管理コストにどの程度の影響を与えうるのかについて、その時点での最善の予測を行なうことになります。

馬の購入前検査を実施する獣医師は、当然ながら、馬臨床に精通した技術と知識を持ち、馬の売り手との利益相反が無いことが重要であり、買い手自身が検査費用を負担することで、検査結果を売り手と共有する義務が生じないことも、忖度のない検査結果を示してもらうために必須となってきます。購入前検査の実施に際しては、検査日を売り手に事前通告しておくことで、鎮痛剤の服用を中止して、正確な歩様視診が出来るようにしておき、どの程度の費用を掛けて、どのレベルの画像診断を実施するかについても、事前に獣医師と協議しておくことが推奨されます。

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馬の購入前検査の基本項目

馬の購入前検査で最も重要な項目は、獣医師による身体検査であり、それによって、どのような追加検査を行ない、その馬がどんな種類やレベルの騎乗に使役できるかを判断していくことになります。馬の買い手としては、購入前検査に含まれるべき最低限の項目として、下記のものを依頼することが大切になってきます。

身体検査:全身の総括的な検査によって、ボディコンディションスコア(削痩や肥満の評価)、姿勢や肢勢、蹄形の評価(蹄鉗子検査を含む)、および、給餌されている飼料内容の評価を行ないます。馬体の健康状態を総括的に評価できることに加えて、馬の気性や性格を判断することも重要です。

古傷や手術痕の検査:疝痛治療のための開腹術や、上部気道疾患の治療のためのノドの手術痕などを、視診や触診で確かめます。開腹術を要するほどの疝痛を起こした前歴を持つ馬では、深刻な消化器疾患を再発するリスクが予測されるからです。

口腔検査:歯科疾患の有無や、歯の状態をチェックすることで、将来的な歯科ケアの頻度やコストを推測できることに加えて、馬の年齢を確認することも可能となります。

眼科検査:角膜、前眼房、後眼房などを総括的に検査することで、眼病の前歴の有無を判断すると同時に、月盲などの将来的なパフォーマンス低下につながる疾患のリスクを評価できます。

心臓の聴診:特に高齢馬では、心雑音や不整脈を聴取することで、運動能力に影響するレベルの心疾患があるかを判断できる場合もあります。残念ながら、心音だけでは検知できない心疾患もあるため、心エコー等の追加検査の必要性を判断することも重要となってきます。

肺の聴診:一般的に、馬の安静時の肺音は小さく、僅かな肺病態の有無を聴取できないため、必ず再呼吸バッグを用いて両方の肺領域の聴診を実施することが大切です。もし必要であれば、運動負荷を掛けて、その直後の肺聴診も実施するようにします。


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馬の購入前検査の追加項目

殆どの馬の購入前検査においては、跛行検査および運動器の画像診断が行なわれ、特に、身体検査で認められた姿勢や肢勢から発症素因が疑われる箇所が精査されます。また、十代後半の乗用馬においては、両前肢の蹄を慎重に検査することも重要です。跛行検査では、硬地での常歩と速歩の歩様観察、四肢の屈曲試験、砂地での調馬索による歩様観察を実施し、必要であれば、騎乗時の歩様検査も行なわれます。馬によっては、特定の状況でのみ、跛行や歩様の不整を示すこともあるため、硬地と砂地、直線と回転、収縮と伸長させた歩様、ハミ受けの有無、後退させたときの肢の運びなども精査するようにします。

ただ、どんな馬であっても、左右手前での体の動きの非対称性や、得意な手前、苦手な移行、古傷をかばった踏着仕草などが認められることが一般的です。このため、購入前検査においては、その時点での歩様が完璧であるか否かだけでなく、将来的に意図する騎乗使役に合致するレベルの健常さであるかどうかを判断することが大切になってきます。また、各馬の運動器疾患の前歴や、投薬や手術などの治療歴、それに対する反応性なども、将来的な運動器の健康さを判断する上で重要になります。

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そして、購入前検査においては、跛行や歩様不整の有無に関わらず、四肢の各部位のX線検査を実施することが一般的であり、既に完治している古傷や、将来的に発症が懸念される疾患の前兆を検知できることもあり、さらに、検査日に鎮痛剤が服用されていたとしても、その病態を発見できるという利点があります。一般的に、病気が疑われる馬体部位が特に無いときには、両前肢の蹄と球節、および、両後肢の飛節と膝関節をX線撮影することが推奨されます。また、視診や触診によって疼痛や違和感が疑われる場合には、後肢の球節、手根関節、肩関節、椎骨棘突起などがX線撮影されることもあり、咀嚼異常や神経学的歩様不整(腰萎など)が認められた馬においては、頭部や頚部の画像診断を行なうことが推奨されます。さらに、四肢の触診で軟部組織の腫脹や圧痛が認められた馬においては、管部の腱靭帯組織のエコー検査を行なうことが推奨されます。海外では、核シンチグラフィー検査によって、肩や股関節、骨盤、椎骨などの骨疾患を診断することもあります。そして、呼吸器雑音や肺聴診での異常所見が認められた馬においては、上部気道の内視鏡検査が実施されることもあります。

その他の検査としては、血液検査(血球検査および血液生化学検査)によって、肝機能や腎機能を始めとする主要臓器の異常をスクリーニングすることも重要であり、特に、ポニーや高齢馬、肥満や削痩を呈した馬、胸部や腹部の聴診で異常所見を認めた馬では、必ず実施すべき検査であると言えます。また、糞便内の寄生虫卵の鏡検や砂沈殿検査、生殖器の内診(特に繁殖牝馬として使役する可能性がある場合)、尿検査による泌尿器系の評価が実施されることもあります。さらに、ドーピング検査によって、検査日に鎮痛剤や鎮静剤が投与されていなかったことを確認することもあります。

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馬の購入前検査において重要なこと

馬の購入前検査は、ヒト医療におけるプロスポーツ選手のメディカルチェックとは異なり、検査をパスするかどうかを判断することが目的ではなく、あくまで、その馬の馬体の特徴や個性を明らかにして、将来的な飼養管理や運動管理における課題や予測されるリスクを見極める一助とすることが大切になってきます。馬によっては、既に完治していて将来的に問題にならない古傷がX線に映ってしまう事もあれば、逆に、近い将来にパフォーマンスを大幅に損なうような病気の前兆が、どんなに検査項目を増やしても検知できないこともあります。

しかし、そのような購入前検査の限界点を理解しながら、その時点で得られる最大限の情報に基づいて、買い手と売り手にとって最善の判断を下してあげることが、馬のウェルフェアを維持して、人馬双方に幸せをもたらしていく上で重要になってくるのではないでしょうか。

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