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馬の鼻翼ヒダの切除術

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馬の鼻翼ヒダの切除術についてまとめてみます。あくまで概要解説ですので、詳細な手技については成書や論文を確認して下さい。

鼻翼ヒダ(Aler folds)は、鼻腔の背吻側部に位置しており、真の鼻孔と、その内側にある憩室(いわゆる偽の鼻孔)を隔てています。また、腹鼻甲介軟骨の延長である鼻翼軟骨は、鼻翼ヒダの尾側部に付着し、横鼻筋に挙上されることで、偽の鼻孔を拡げる役目を担っています。しかし、この鼻翼ヒダが長過ぎたり虚弱化した場合には、通気を妨げてしまい、呼吸雑音や運動不耐性の原因になると言われています[1]。このときの雑音は、吸気と呼気の両方において、持続的な振動音として聴取され[2]、呼気時の鼻咽頭内圧を上昇させることが示されており[3]、呼吸雑音と運動不耐性を呈した症例の11%を占めたとの報告もあります[4]。

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そのような病態においては、鼻翼ヒダを外科的に切除することで、雑音の消失や、鼻咽頭内圧の正常化が期待できます。しかし、鼻道や副鼻腔など、他の上部気道の疾患でも類似の症状を示すこともあるため、施術に先立って、本当に鼻翼ヒダが悪影響を与えているのかを確認する必要があります。この際には、左右の鼻翼ヒダを正中側に牽引するようにマットレス縫合を施し、それを鼻橋部で結び付けて、左右の鼻孔を最大限に開口させた状態で運動をさせることで、呼吸雑音や運動不耐性が消失又は改善するか否かを観察します。呼吸雑音や運動不耐性の原因が、鼻翼ヒダであると推測された症例に対しては、全身麻酔下または立位での鼻翼ヒダ切除術が選択されます。

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馬の鼻翼ヒダ切除術は、全身麻酔下で実施されることが一般的で、患馬を横臥位または背臥位に保定します。通常、この手術では、鼻翼ヒダの全長にアクセスするため、外鼻孔を切開することが多く、その場合、横臥位のほうが術野を視認しやすいと言われています。この術式では、まず外鼻孔を切開して、タオル鉗子で辺縁を掴んで、鼻孔を最大限に拡げます(上写真)。その後、外側鼻道壁の鼻翼軟骨の尾側部から、腹鼻甲介吻側部にかけての鼻翼ヒダを切除しますが(最上図、下写真)、軟骨自体は切開しないようにします。この際、かなりの出血を伴うため、長い湾曲した止血鉗子(22.5cmのロチェスターカーマルト鉗子)を用いて、出血の制御およびメス切開の誘導が施されることもあります。そして、鼻翼ヒダの切開端を吸収糸(Size-0)で連続縫合することで止血を施し、外鼻孔の切開端のほうは、内側と外側の二層を連続縫合で閉鎖します。

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なお、外鼻孔を切開すると、術後に外観を損なう可能性もあるため(特にショーホースにおいては有意)、外鼻孔辺縁を切開せずに開創器で持ち上げながら施術することもありますが(下写真)、外鼻孔を切開する術式のほうが、鼻翼ヒダの尾側端まで完全にアクセスできるという利点があります。

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また、鼻翼ヒダを立位で切除する方法もあり[5]、この場合にも、やはり外鼻孔辺縁は切開することなく、開創器で持ち上げながら施術します。そして、鼻翼ヒダをアリス鉗子で下方に牽引しながら、切開及び脈管封鎖するバイポーラの電気メス(LigaSure device)を用いて、鼻翼ヒダを切除します(下写真)。この際、熱による鼻翼軟骨の壊死を防ぐため、電気メスによる焼烙処置は二回までとすることが提唱されています。

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馬の鼻翼ヒダの切除術では、通常、術後の10~12日で創部治癒が完了して、騎乗を再開できると言われており、術後には、抗炎症剤の全身投与(三日間)および術創の洗浄と軟膏塗布(七日間)が実施されます。しかし、長期的な予後を見てみると、鼻翼ヒダの切除術後に、呼吸雑音の減少や運動不耐性の改善が認められるのは、約七割の症例に留まることが報告されています[1]。このため、もし可能であれば、初診の段階において、マットレス縫合で鼻翼ヒダを拡げながら運動をさせて、その際、騎乗運動中の内視鏡検査によって、他の上部気道疾患が併発していないかを術前に確認することが推奨されています。

過去の症例報告では、鼻翼ヒダ虚脱の馬において、軟口蓋背方変位(DDSP)や披裂喉頭蓋ヒダ軸側偏位(ADAF)の発症が報告されており、これらの疾患が原因で気道内圧が上昇して、鼻翼ヒダの問題を続発していた可能性が示唆されています[5]。一方、上部気道の併発疾患が無いにも関わらず、鼻翼ヒダの切除術でも症状が完治しない症例もあり、この場合には、鼻翼ヒダの尾側縁が完全には切除できていないためと推測されています[3]。このため、外鼻孔を切開して拡げることで、ヒダ尾側部へと十分にアプローチすることが推奨されており、特に、鼻孔辺縁の虚弱化が認められた症例においては、外鼻孔を縫合閉鎖した箇所が線維化して堅固になることもメリットであると考察されています[6]。

Photo courtesy of McGorum BC. Equine Respiratory Medicine and Surgery (WB Saunders)

参考文献:
[1] Hawkins JF, Tulleners EP, Evans LH, Orsini JA. Alar fold resection in horses: 24 cases (1979-1992). J Am Vet Med Assoc. 1995 Jun 15;206(12):1913-6.
[2] Franklin SH, Allen KJ. Assessment of dynamic upper respiratory tract function in the equine athlete. Equine Vet Educ. 2017;29(2):92-103.
[3] Strand E, Ossurardóttir S, Wettre KB, Fjordbakk CT. Alar fold resection in 25 horses: Clinical findings and effect on racing performance and airway mechanics (1998-2013). Vet Surg. 2019 Jul;48(5):835-844.
[4] Strand E, Fjordbakk CT, Sundberg K, Spangen L, Lunde H, Hanche-Olsen S. Relative prevalence of upper respiratory tract obstructive disorders in two breeds of harness racehorses (185 cases: 1998-2006). Equine Vet J. 2012 Sep;44(5):518-23.
[5] Kallmyr A, Giving EM, Moen LO, Qverlie M, Holm T, David F. Complete resection of the alar folds in eight standing horses with a bipolar dividing and vessel-sealing device. Vet Surg. 2020 Apr;49(3):521-528.
[6] Torre F. Use of a stainless steel mesh combined with resection of the alar fold for correction of unilateral paralysis of the nostril in a Standardbred filly. Equine Vet Educ. 2010;12(5):234-236.


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