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子馬の支持靭帯切断術による長期的な影響

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子馬の病気を診療するときには、成馬になったときのパフォーマンスへの影響も考慮する必要があります。一般的に、遠位支持靭帯(深屈腱の副靭帯)の切断術は、蹄関節の屈曲性肢変形症(いわゆるクラブフット)において、深屈腱から蹄骨に掛かる緊張を緩和することで、蹄繋軸前方破折の肢勢を矯正する目的で実施されます。

ここでは、支持靭帯の切断術が、スポーツ馬の競技能力に対して、どのような長期的な影響を与えるかを調査した研究を紹介します。この研究では、コペンハーゲン大学の獣医病院において、2004~2015年にかけて、支持靭帯の切断術が施された78頭の子馬における、医療記録および成長後の競技成績の回顧的解析と、194頭の対照馬との比較が行なわれました。

参考文献:
Wismann ES, Jacobsen S, Thofner M, Ladefoged S, Ekstrøm C, Lindegaard C. Long-term athletic performance in sport horses after desmotomy of the accessory ligament of the deep digital flexor tendon. Equine Vet J. 2022 May;54(3):495-501.

結果としては、対照馬が競技会に出場した割合(38%)に比較して、支持靭帯切断術が実施された馬が競技会に出場した割合(28%)は顕著に低い傾向が認められました。また、競技会に出場する確率は、手術を受けた年齢や、手術を受けた肢の数(片方前肢 v.s. 両前肢)とは、有意には相関していませんでした。

一方、スポーツ馬としての競技キャリアの長さを見た場合には、対照馬の競技会への参加回数(平均値15.6回)と参加日数(中央値570日)に比較して、治療馬の競技会への参加回数(平均値9.7回)と参加日数(中央値219日)は、いずれも有意に少ないことも示されました(片方の前肢への施術)。一方、両前肢ともに施術された馬においても、競技会への参加回数(平均値6.1回)と参加日数(中央値446日)は、いずれも対照馬よりも有意に低くなっていました。

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このため、子馬のクラブフットに対する支持靭帯切断術では、スポーツ馬としての長期的な予後を見た場合、競技会への出場(参加の有無、回数、日数)という意味では、パフォーマンスを低下させ得ることが示唆されました。この要因としては、支持靭帯によって深屈腱が管骨にイカリのように連結される作用が無くなり、近位にある筋肉(深肢屈筋)への負荷が増加するため、筋疲労を起こし易くなることや、腱靭帯の弾性力としてパワーを貯める作用を得られなくなるため、持久力・瞬発力・跳躍力などにマイナスの影響を与えることなどが挙げられます。

一方で、この研究では、此処の馬の肢勢や蹄形は評価されていないため、支持靭帯が切断されたこと以外の要因で、スポーツ馬としてのパフォーマンスが低下した可能性は排除できないと言えます。たとえば、クラブフットを発症するような馬では、繋ぎが長く立った肢勢によって、蹄繋軸の後方破折、および、冠関節や球節の関節疾患を好発した可能性は否定できません。また、過去の研究では、支持靭帯を切断して深屈腱の緊張を緩和させると、代償的に浅屈腱や繋靭帯への負荷が増加することも報告されており、更に、筋疲労による球節過沈下を併発すると、浅屈腱炎や繋靭帯炎の発症素因となる危険性も考えられます。

以上の結果から、子馬に対して支持靭帯の切断術を行なうと、将来的なパフォーマンス低下につながる可能性があるため、運動管理療法や装蹄療法などの早期治療をまず試みて、出来るだけ手術を回避することが求められる、という解釈ができるかもしれません。しかり、この研究で示された競技会出場率の低下(38%→28%)は、統計的には有意な差では無いため、支持靭帯の切断術によってクラブフットが矯正されて、子馬の健康と福祉に利益があるのであれば、積極的に手術を実施するべきだとも考えられます。

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このエントリーのタグ: 繁殖学 治療 跛行 手術 子馬

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