膝関節の診断麻酔で蹄跛行が消える?
話題 - 2022年10月10日 (月)

馬の跛行検査において、疼痛箇所を限局するための診断麻酔は重要な手技であり、原因病態を確定診断するには必須であると言われています。しかし、馬の後肢の解剖学では、遠位肢の疼痛を支配する神経は、その近位部では膝関節包の尾側を走行しているため、局所麻酔薬の浸潤度合いによっては、疼痛緩和の領域が混同されて、原因疾患を誤診してしまう危険性が指摘されています。
この現象を評価するため、下記の研究では、蹄部クランプを用いて中程度の片側性後肢跛行を誘導した九頭の馬において、膝関節への診断麻酔(関節ブロック)を施して、その後、10分おきに九回に渡って、運動解析装置を用いた跛行の検査が実施されました。
参考文献:
Radtke A, Fortier LA, Regan S, Kraus S, Delco ML. Intra-articular anaesthesia of the equine stifle improves foot lameness. Equine Vet J. 2020 Mar;52(2):314-319.
その結果、膝関節の診断麻酔によって、後肢の蹄跛行が改善してしまうという現象が確認され、骨盤の上下振れ幅の計測値(診断麻酔の90分後)は、処置群では4.3mmであったのに対して、対照群では2.3mmに留まっていました。また、蹄跛行の改善度合いは経時的に顕著になっていく傾向が認められ、診断麻酔の30分後では23%の跛行改善、60分後では33%の跛行改善、90分後では38%の跛行改善を示していました。

このため、後肢跛行の診断麻酔を実施する場合には、膝関節の診断麻酔によって、蹄の疼痛が原因であった跛行も改善してしまう、という可能性を考慮して、麻酔後の歩様変化を解釈する必要があると考えられました。また、このような麻酔範囲の混同は、膝関節の診断麻酔への反応性を、あまり時間を置かずに判定するだけでは避けられず、注射の手間やリスクを鑑みても、やはり、膝関節痛が疑われる症例に対しては、蹄の疼痛を前もって除外診断することがベストであると考察されています。
この研究では、膝関節の診断麻酔によって蹄跛行が改善する度合いには、大きな個体差があることが分かり、九頭のうち三頭では、50%に及ぶ跛行改善を呈したのに対して、別の四頭では、10%以下の跛行改善に留まっていました。これは、馬の体型や筋肉量によって、神経と膝関節包の物理的な近さに差異があったためと考察されています。一方、このような跛行改善の多様性は、麻酔前の時点での蹄跛行の重篤度とは相関していないため、本現象に伴う誤診が、蹄の疼痛が軽いときだけ留意すれば済む訳ではない、という警鐘が鳴らされています。

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