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馬の管部への診断麻酔の手法

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馬の跛行検査における神経ブロックは、疼痛の限局化および原因疾患の確定診断のために必須の手法ですが、前肢の近位管部における診断麻酔では、その反応性や検査結果の解釈の難易度が高いと言われています。その要因としては、高四点神経ブロックで麻酔される掌側神経と掌側中手神経が、軟部組織の深部を走行しており、注射した局所麻酔薬が近位または遠位に浸潤して、無痛化される領域が紛らわしくなること、管骨の近位掌側部(繋靭帯起始部)には外側掌側神経深部枝の神経支配が及んでいること、手根中手関節包が近位管部まで伸展していて局所麻酔が迷入して無痛化されてしまうこと、等が挙げられます。

ここでは、前肢の近位管部での神経ブロック手法の違いが、局所麻酔薬の浸潤度合いに及ぼす影響を評価した論文を紹介します。この研究では、8頭の健常な成馬を用いて、四種類の神経ブロックの手法によって造影剤を注射したあとに経時的なX線撮影を行ない、造影剤の浸潤度合いが比較されました。

参考文献:
Nagy A, Bodo G, Dyson SJ. Diffusion of contrast medium after four different techniques for analgesia of the proximal metacarpal region: an in vivo and in vitro study. Equine Vet J. 2012 Nov;44(6):668-73.

この研究では、前肢の近位管部における神経ブロックとして、以下の四種類の手法が比較されました。
手法①:内側と外側の掌側中手神経を、管骨の掌側面に垂直になるように第四および第二中手骨の軸側に注射針(20G、3.8cm)を穿刺(骨に当たる迄)して、それぞれの箇所に造影剤(2mL)を注射する。注射部位は、第四および第二中手骨の基底部の遠位部(手根中手関節から1.5~2.0cm遠位側)とする。
手法②:外側の掌側中手神経を、管骨の掌側面に垂直になるように第四中手骨の軸側に注射針(20G、3.8cm)を穿刺(骨に当たる迄)して造影剤(2mL)を注射した後、内側の掌側中手神経は、針を皮下まで引き戻してから、背内側方向へと針先を向けて、第二中手骨と管骨の境界を狙って針を押し込み(骨に当たる迄)、造影剤(2mL)を注射する(注射部位は手法①と同じ高さ)。
手法③:外側の掌側神経を、副手根骨のすぐ遠位部で皮膚に直角に注射針(20G、2.54cm)を穿刺して造影剤(3mL)を注射する。注射部位は、副手根中手靭帯の1cm深部の位置とする。
手法④:外側の掌側神経を、副手根骨の真ん中の高さで(副手根骨の近位および遠位端の中間点)、皮膚に直角で、副手根骨の内側溝へと注射針(20G、2.54cm)を穿刺して造影剤(3mL)を注射する。


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手法①では、注射された造影剤が、8頭のうちの全頭で、第四および第二中手骨に沿って近遠位方向へと浸潤しており(下写真左の白矢印)、また、8頭中の1頭で、中間手根関節の高さまで、近位方向に浸潤していました。一方、滑膜組織への侵襲性に関しては、8頭中の4頭では、手根中手関節および中間手根関節の内部へと迷入していました(下写真右の白矢印)。

手法②では、注射された造影剤が、8頭中の6頭で、第四および第二中手骨に沿って近遠位方向へと浸潤しており、また、8頭中の3頭で、リンパ管によって手根部近位へと流出していました。一方、8頭中の1頭では、手根中手関節および中間手根関節の内部へと迷入しており、さらに、8頭中の1頭で、注射部位の血腫が確認されました。

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手法③では、注射された造影剤が、8頭中の7頭で、手根中手関節より下方の高さまで遠位方向へと浸潤しており(下写真左の黒矢頭)、また、8頭中の2頭で、脈管神経束の内部を通るように、近遠位方向へと浸潤していました。一方、8頭中の1頭では、造影剤が手根腱鞘の内部へと迷入していましたが、手根関節内に迷入した馬はいませんでした。

手法④では、注射された造影剤が、8頭中の4頭で、副手根骨より近位方向へと浸潤して橈骨の高さまで到達しており、また、8頭中の2頭で、Y字形の脈管神経束に沿うように、近位方向へと浸潤していました(下写真右の白矢印)。一方、手根関節や腱鞘の内部に造影剤が迷入した馬はいませんでした。

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以上の結果から、近位管部を診断麻酔する手法では、近遠位方向への麻酔薬の浸潤は限定的で、無痛化領域が紛らわしくなる割合は低かったものの、手根関節の関節包を誤って穿刺してしまうリスクがあるという警鐘が鳴らされています。このため、関節組織が無痛化されてしまう可能性を考慮して、近位管部の疼痛性疾患(起始部繋靭帯炎など)を確定診断するために、手根関節の疾患を除外診断することが重要だと言えます。また、注射の準備をする際に、剃毛や厳重な消毒を実施して、細菌性関節炎を予防することの重要性が再確認されました。

また、近位管部に注射針を穿刺するときには、内外側を別々に刺すよりも、外側から刺した針で、内外側の両方に注射した方が、関節包を誤って穿刺する危険性が下がると考察されています(手法①よりも手法②のほうがリスクが低い)。しかし、外側から穿刺した針で、内側の神経をブロックすることで、深部の動静脈を損傷して血腫を生じる危険が懸念されます。さらに、実際の診断麻酔では、内外側の掌側神経も一緒に局所麻酔するため(高四点神経麻酔の手技として)、肢の内側から刺した針で、内側の掌側神経と掌側中手神経を局所麻酔するほうが、最終的な組織侵襲性の度合いが低いという利点もあります。

一方、副手根骨の部位に注射する手法では、手根関節包を誤って穿刺してしまうリスクは低いものの、腱鞘を穿刺してしまう危険性は否定できないため、やはり剃毛や厳重な消毒が推奨されます。また、この部位への針穿刺で、疼痛反応を示した馬も散見されたことから、保定などをシッカリと行なう必要性は指摘されています。さらに、注射した麻酔薬が近位方向へと広範囲に浸潤して、橈骨や前腕部などを無痛化してしまって、この部位の疾患と、近位管部の疾患との誤診を生じてしまうケースもあり得ると推測されます。

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過去の研究では、後肢の外側底側神経の深部枝のブロック(繋靭帯起始部を無痛化する診断麻酔)についても評価されており(下記リンク)、神経ブロックの15分後までに、近位方向へ約21mm、遠位方向へ約44mmの造影剤の浸潤が認められ、注射箇所よりも広い領域が無痛化されてしまうことが分かりました。また、8頭中の3頭では、足根腱鞘の内部への造影剤の迷入が確認されており、誤って腱鞘を穿刺するリスクが指摘されています。さらに、8頭中の2頭では、足根中足関節内の局所麻酔薬の濃度が、注射の10分後までに、関節を無痛化するレベルまで上昇したことが示されています。

これらの結果から、後肢における近位管部の診断麻酔においても、注射した局所麻酔薬が予想した領域よりも広く無痛化をしてしまったり、関節や腱鞘を誤って穿刺してしまう危険性は否定できないと考えられました。このため、そのような診断麻酔の際には、穿刺箇所の消毒を徹底すると同時に、局所麻酔が広範に効いてしまっている可能性を頭に入れながら、注射箇所の近位側に起こり得る運動器疾患も、念のために精査および除外診断していくことで、疼痛性疾患の誤診を減らしていけると考えられました。

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参考文献:
Contino EK, King MR, Valdes-Martinez A, McIlwraith CW. In vivo diffusion characteristics following perineural injection of the deep branch of the lateral plantar nerve with mepivacaine or iohexol in horses. Equine Vet J. 2015 Mar;47(2):230-4.


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