競走馬の関節注射と骨折の関連性
話題 - 2022年10月12日 (水)

馬の健康問題の八割は運動器疾患であり、そのうち最も多いのは関節疾患であることが知られています。そのような関節疾患の内科的治療としては、抗炎症剤やヒアルロン酸の関節注射が実施されることがありますが、疼痛を緩和するメリットに併せて、一次病態を悪化させたり、軟骨変性を進行させるなどのデメリットも指摘されています。
ここでは、競走馬の関節注射と骨折との関連性について調査した知見を紹介します。この研究では、英国のロスデイル馬病院において、2006~2011年にかけて、関節注射療法が実施された1,488頭のサラブレッド競走馬における、医療記録および治療後の骨折発症に関する回顧的解析が行なわれました。
参考文献:
Smith LCR, Wylie CE, Palmer L, Ramzan PHL. A longitudinal study of fractures in 1488 Thoroughbred racehorses receiving intrasynovial medication: 2006-2011. Equine Vet J. 2018 Nov;50(6):774-780.
結果としては、関節注射を受けた競走馬のうち、注射後の56日以内に重篤な骨折を発症した馬は3%に及んだことが分かり(44/1,488頭)、その骨折のために安楽殺となった馬は0.7%であった(11/1,488頭)ことが報告されています。また、関節注射後の56日以内に骨折した馬の総数は96頭で、このうち、骨折後に競走復帰を果たした馬は56%に留まった(54/96頭)ことも示されました。

また、関節注射後に骨折した96頭のうち、注射前にその治療部位が画像診断された馬は7%に過ぎなかった(7/96頭)ことが示されました。そして、調査対象の1,488頭に実施された関節注射の総回数は8,692回に及んでおり(一頭当たり5.8回)、さらに、三回以上の関節注射を受けた馬における骨折の発症率は、三回以下の馬に比較して、二倍以上も高かった(ハザード比は2.31)ことも報告されています。
これらの結果から、競走馬への関節注射のあとに骨折が発症する確率は、比較的に低い(約3%)というデータが示されたものの、同一の関節に三回以上注射されると骨折の発症率が上がる傾向が認められ、また、複数回の注射が行なわれる際には、画像診断が省かれるケースも多いという傾向が見られました。このため、既存の関節疾患への継続治療であっても、関節注射の前には慎重な跛行検査や画像診断を実施して、不必要な注射を控えたり、レース出走を回避することで、骨折の発症を予防できる可能性もあると考えられました。
一般的に、馬の関節注射療法においては、注射される薬剤そのものが骨折のリスクを増す可能性は低いものの、抗炎症剤による軟骨変性から小片骨折を誘発したり(骨軟骨片の発生)、関節注射によって荷重痛が覆い隠されることで、軟骨下骨の微細損傷が蓄積してしまい、致死的な重度骨折につながることが考えられます。また、慢性の滑膜炎から関節液の潤滑作用が減退して、屈伸時の違和感を生じると、馬自身が注射された関節をかばう事で、別の肢への負荷増加から骨折に至るという可能性もあります。

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