COX-2限定阻害薬:馬の内臓疼痛での効能
話題 - 2022年10月15日 (土)

これまで、馬の軟部組織の痛みには、フルニキニンメグルミン(バナミン®)が投与されることが多かったですが、近年では、副作用の少ない新しいタイプの薬剤が応用されてきています。
一般的に、馬の抗炎症・鎮痛剤としては、COX-1およびCOX-2の両方の炎症介在物質を阻害する薬剤(フルニキニンメグルミン等)が使用されてきましたが、COX-1は胃腸粘膜の新陳代謝にも関わっているため、これを阻害することで、胃潰瘍や大腸炎などの副作用が起こることがあります。このため、安全性の面では、COX-2だけを限定的に阻害する薬剤のほうが好ましいと言えますが、その反面、抗炎症や鎮痛の効果は劣るのではないかと考えられてきました。
ここでは、馬の内臓疼痛における、COX-2限定阻害薬の効果を検証した知見を紹介します。この研究では、30頭の馬に鼠径部去勢を実施した後、12頭にはフルニキニンメグルミン、10頭にはメロキシカム(COX-2限定阻害薬)、残りの8頭にはケトプロフェン(COX-2限定阻害薬)が投与され(去勢日の朝および翌日の朝、いずれも静注)、去勢の前日、当日(去勢の半日後)、翌日における身体検査や疼痛スコアによる内臓疼痛(Visceral pain)の評価が行なわれました。
参考文献:
Lemonnier LC, Thorin C, Meurice A, Dubus A, Touzot-Jourde G, Courouce A, Leroux AA. Comparison of Flunixin Meglumine, Meloxicam and Ketoprofen on Mild Visceral Post-Operative Pain in Horses. Animals (Basel). 2022 Feb 21;12(4):526.
結果としては、去勢の前日、当日、翌日のいずれの時点においても、三郡のあいだで有意差は無かったものの、フルニキニンメグルミンとメロキシカムでは、去勢の当日と翌日で疼痛スコアが有意に下がったのに対して、ケトプロフェンでは有意な減少は認められませんでした。また、いずれの薬剤においても、去勢の翌日における疼痛スコアは、去勢前日よりも有意に高かったことが示されました。このため、馬の鼠径部去勢による内臓疼痛に対しては、フルニキニンメグルミンとメロキシカムのあいだで、同程度の鎮痛効果が期待されるという考察がなされています。一般的に、馬に対する鎮痛効果においては、非特異的なCOX阻害薬のほうが、COX-2限定阻害薬よりも優れているという見解が持たれていますが[1]、この研究では、経験則とは相反するデータが示されたと言えます。

過去の文献では、疝痛の実験モデルにおいては、フルニキニンメグルミンとメロキシカムのあいだで、鎮痛効果に差が無かったという報告[2]や、実験馬での薬物動態調査においても、フルニキニンメグルミン、メロキシカム、フィロコキシブ、および、フェニルブタゾンのあいだで、抗炎症や鎮痛作用に差異は無いという報告があります[3]。一方で、小腸絞扼の臨床症例においては、フルニキニンメグルミンに比較して、メロキシカムのほうが鎮痛効果は劣っていたという知見や[4]、去勢の術後においても、フルニキニンメグルミンよりもメロキシカムによる鎮痛効果が劣っていたという報告があります[5]。このため、COX-2限定阻害薬の鎮痛効果に関しては、更なる検討を要すると言える反面、実験モデルと臨床症例では、異なる効能が示される可能性はあると考えられました。
この研究では、疼痛スコアによる鎮痛作用の評価が主とされており、抗炎症効果は精査されていませんでしたが、通常、非ステロイド系抗炎症薬においては、抗炎症作用よりも鎮痛作用のほうが、効果は急性発現性で消失は早いことが知られています。フルニキニンメグルミンによる抗炎症作用は、投与後の12~16時間でピークを迎え、約36時間は継続するのに対して、ケトプロフェンによる抗炎症作用は、4時間でピークを迎え、約24時間続くと言われています。ただ、去勢の術創を始めとする軟部組織からの疼痛では、炎症反応が疼痛発現の主要因であることから、去勢翌日の疼痛スコアが、ケトプロフェンでは高い傾向にあったことは、抗炎症作用も他の2つの薬剤よりも下回ることを暗示すると考察されています。
馬に用いられているCOX-2限定阻害薬のうち、フィロコキシブは、COX-1とCOX-2のIC50比率(COX活性を半分に抑える薬剤濃度の比率)が200に達しており、COX-2の選択性が非常に高いことから、COX-1阻害による胃腸粘膜への副作用もかなり低いことが知られています。フィルコキシブは内服薬として臨床応用されることが多いため、この研究の投与群には含まれてはいませんでしたが、クライアント自身が経口投与できる薬剤として有用性が高いことから、今後の研究では、他のタイプのCOX-2限定阻害薬との比較をすることが提唱されています。
近年の、ヒト医療分野の基礎研究によれば、COX-2活性は、中枢神経や腎臓、卵巣、胎盤、骨などでも、恒常性維持に重要な機能を担っていることが判明しています。つまり、消化管粘膜への副作用の低さに関わらず、COX-2限定阻害薬が、馬体にまったく悪影響を与えない訳ではない、という認識が重要であるという警鐘が鳴らされています。なお、この研究では、メロキシカム投与群のうちの一頭において、術後に大腸炎の症状が認められていますが、COX-2限定阻害薬の投与との関連性は、明瞭には解明・考察されていませんでした。
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参考文献:
[1] Duz M, Marshall JF, Parkin TD. Proportion of nonsteroidal anti-inflammatory drug prescription in equine practice. Equine Vet J. 2019 Mar;51(2):147-153.
[2] Little D, Brown SA, Campbell NB, Moeser AJ, Davis JL, Blikslager AT. Effects of the cyclooxygenase inhibitor meloxicam on recovery of ischemia-injured equine jejunum. Am J Vet Res. 2007 Jun;68(6):614-24.
[3] Fogle C, Davis J, Yechuri B, Cordle K, Marshall J, Blikslager A. Ex vivo COX-1 and COX-2 inhibition in equine blood by phenylbutazone, flunixin meglumine, meloxicam and firocoxib: Informing clinical NSAID selection. Equine Vet. Educ. 2021, 33, 198–207.
[4] Naylor RJ, Taylor AH, Knowles EJ, Wilford S, Linnenkohl W, Mair TS, Johns IC. Comparison of flunixin meglumine and meloxicam for post operative management of horses with strangulating small intestinal lesions. Equine Vet J. 2014 Jul;46(4):427-34.
[5] Gobbi FP, Di Filippo PA, Mello LM, Lemos GB, Martins CB, Albernaz AP, Quirino CR. Effects of Flunixin Meglumine, Firocoxib, and Meloxicam in Equines After Castration. J Equine Vet Sci. 2020 Nov;94:103229.