馬の病気:種子骨遠位靭帯炎
馬の運動器病 - 2013年08月28日 (水)

種子骨遠位靭帯炎(Distal sesamoidean desmitis)について。
種子骨遠位靭帯は、近位種子骨(Proximal sesamoid bone)の底部と基節骨(Proximal phalanx)および中節骨(Middle phalanx)をつなぐ結合組織で、繋靭帯合同装置(Suspensory apparatus)の一端を成し、直鎖種子骨遠位靭帯(Straight distal sesamoidean ligament)、斜位種子骨遠位靭帯(Oblique distal sesamoidean ligaments)、十字種子骨遠位靭帯(Cruciate distal sesamoidean ligaments)、短種子骨遠位靭帯(Short distal sesamoidean ligaments)から構成されています。この四種類の中では、斜位種子骨遠位靭帯の炎症が最も多く見られ、特に前肢の内側脚部(Medial branch)に好発することが知られています。斜位種子骨遠位靭帯は、内外側に対を成す靭帯であるため、馬が踏み誤った際の遠位肢の捻転(Distal limb torsion)や、非対称性負重(Asymmetric loading)を起こす蹄の内外側不均衡(Lateromedial hoofimbalance)、および、球節の内反症や外反症(Fetlock varus/valgus deformities)などによって、靭帯の挫傷(Ligamentous strain)と炎症を発症すると考えられています。一方、直鎖種子骨遠位靭帯は対を成さず、正軸性(Midaxial)に一本だけ走行する靭帯であるため、球節の過伸展(Fetlock hyperextension)によって微細断裂(Micro-rupture)と炎症を引き起こす事が病因であると考えられています。
種子骨遠位靭帯炎の症状としては、軽度~中程度の跛行(Mild to moderate lameness)、繋部掌側面の腫脹(Swelling on palmar pastern surface)(いわゆる掌側繋骨瘤:Volar ringbone)、患部の熱感と圧痛(Heat and pain on palpation)などが挙げられ、遠位肢屈曲試験(Distal limb flexion test)による跛行悪化が見られます。また、直鎖および斜位種子骨遠位靭帯の完全断裂(Complete rupture)を起こした症例では、冠関節の亜脱臼(Pastern joint subluxation)が認められる場合もあります。
種子骨遠位靭帯炎の診断としては、レントゲン検査(Radiography)によって靭帯付着部の増殖体形成(Enthesiophyte formation)や、靭帯体部の石灰化(Mineralization)が認められ、種子骨底部(Basilar aspect of sesamoid bone)または近位掌側基節骨(Palmar proximal aspect of proximal phalanx)の裂離骨折(Avulsion fracture)の併発が確認される症例もあります。また、超音波検査(Ultrasonography)では、靭帯の肥大化(Enlargement)(対側肢と比較して)、瀰漫性(Diffuse lesion)または中心性(Core lesion)の低エコー性繊維破損(Hypoechoic fiber disruption)、靭帯周囲の液体貯留(Periligamentous fluid accumulation)などの所見が確認され、慢性病態では、高エコー性瘢痕形成(Hyperechoic scar formation)を生じる場合もあります。レントゲン検査および超音波検査における異常は必ずしも疼痛発現と一致しない症例もあるため(特に斜位種子骨遠位靭帯の繋骨付着部における増殖体形成において)、掌側指神経麻酔(Palmar digital nerve block)(=跛行は変化しない)および遠軸性神経麻酔(Abaxial nerve block)(=一般的に跛行が改善または消失する)を用いて、画像上の異常所見と跛行の因果関係(Causality)を証明することが重要です。また、種子骨遠位靭帯炎を発症した症例では、繋靭帯炎(Suspensory desmitis)を併発する事が多いため、必ず繋靭帯の超音波検査を併行して実施することが大切です。
種子骨遠位靭帯炎の治療としては、馬房休養(Stall rest)、冷水療法(Cold hydrotherapy)、圧迫肢巻(Pressure bandage)、非ステロイド系抗炎症剤(Non-steroidal anti-inflammatory drugs)の投与などを介しての保存性療法(Conservative therapy)が行われ、蹄の内外側不均衡および蹄反回(Foot breakover)を改善する装蹄療法(Shoeing therapy)も併行して実施されます。保存性療法に際しては、発症後の三ヶ月目において超音波による再検査を行うことが推奨されます。多くの症例において4~6ヶ月の休養が必要ですが、完治に一年以上の期間を要する場合もあります。慢性に軽度跛行(Chronic mild lameness)を呈し、競走馬および競技馬としては予後不良(Poor prognosis)を示す症例もあり、また、比較的高い靭帯炎の再発率(Recurrence rate)も報告されています。
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