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馬の球節固定術

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馬の球節(中手指骨間関節または中足指骨間関節)の固定術についてまとめてみます。あくまで概要解説ですので、詳細な手技については成書や論文を確認して下さい。

馬に対する球節固定術は、懸垂装置の破損によって球節の掌側支持機能が失われた場合や、球節の重篤な関節疾患などによって疼痛管理が困難な場合に適応されます。このうち、前者では懸垂装置の機能を回復させる外科的措置(テンションバンドワイヤーの設置)が必要になるのに対して(下図左の右側)、後者ではその必要が無いという違いがあります(下図左の左側)。前者の例としては、両軸性の種子骨骨折、および、繋靭帯や種子骨靭帯の断裂が含まれ、後者の例としては、球節の変性関節疾患や、種子骨の軸側部骨折(懸垂装置の連続性は維持されているが、種子骨間靭帯の支持機能が損なわれているケース)などが含まれます。

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馬の球節固定術では、広い幅の14孔または16孔プレートが使用され、ダイナミック・コンプレッション・プレート(DCP)やリミテッド・コンタクトDCP(LC-DCP)による施術も可能ですが、ロッキング・コンプレッション・プレート(LCP)の方が強度および機能的に優れているという利点があります(上図右)。球節の固定術では、球節の圧迫面(管骨や基節骨の背側面)にプレートを取り付けることから、元来の整形外科の原則(プレートは骨の緊張面に取り付けるべき)とは異なっているため、この観点から言えば、螺子頭がプレート孔に固定されて、外固定インプラントに類似したバットレス固定機能を付与できるLCPのほうが好ましいと言えます。

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球節固定術での安定性を得るためには、基節骨に挿入する螺子の数を最大にする(出来れば4つの螺子で固定)ことが重要であり、プレートの遠位端を、中節骨に接触しない最遠位の位置にするように試みます。また、プレートは管骨および基節骨の肢軸上(矢状線上)にくるように設置し、プレートの近位端が管骨の骨幹部に位置しないような長さを選択します(上図左)。さらに、球節の沈下によるインプラントへの歪みを抑えるため、球節固定術を実施するときの球節角度は15~20度の伸展位として(上図右)、健常馬が自然に駐立しているときの球節よりも少し屈曲した状態(球節が真っ直ぐに近い肢勢)となります。

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馬の球節固定術は、全身麻酔下での横臥位(治療肢を上にする)にて施術され、術野の消毒とドレーピングの後、近位管骨(手根部から4cm遠位)の背外側部から外側指伸筋腱の走行に沿って遠位基節骨(冠関節のすぐ近位)の正中部へと、弧を描くような線で切開してから(外側指伸筋腱と繋靭帯伸肢枝を分割しながら)、皮膚・皮下識・関節包・骨膜などを一括して反転させます(上図左)。そして、管骨および基節骨の背側面の骨隆起を骨ノミで削って、プレートが安定して骨に密着するようにしてから、前述の球節角度(15~20度の伸展位)になるように、ベンダーを使ってLCPを曲げておきます。その後は、球節の外側側副靭帯を残したまま、サージカルソーで管骨外顆の骨切術を実施することで、球節を脱臼させます(上図右)。そして、管骨と基節骨の関節軟骨を掻把し、海綿骨まで多数のドリル穿孔をしておくことで、骨髄からの前駆細胞を動員させて、術後の骨癒合を促します。

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管骨の遠位掌側面にアプローチした後は、管骨と種子骨の隙間にパッサー器具を用いながらワイヤーを挿入させます。そして、遠位管骨と近位基節骨に対して、水平方向に開けた3.2mmドリル穿孔(上図左)を行ない、管骨と基節骨の掌側面に8の字形にワイヤーを通過させることで(1.25mmワイヤーを二重に通過させる)、テンション・バンド・ワイヤーの機能をもたらします(上図中央)。なお、このワイヤー設置の際には、球節角度を最終的な角度(15~20度の伸展位)よりも、更に少し伸展させておくことで(約10度の伸展位)、最終的な角度になったときに、ワイヤーへの緊張力が増加するようにします。その後、管骨外顆の骨切術部位を、ラグスクリューで固定してから、ロッキングスクリューを用いて、LCPを基節骨に固定します(上図右)。なお、ワイヤーと螺子との接触を避けるため、先にロッキングスクリュー用のドリル孔を開けてから、ワイヤー通過用のドリル穿孔する術式も提唱されています。また、最も遠位の螺子には、術後に強い負荷が加わるため、ロッキングスクリューの代わりに、5.5mmコーティカルスクリューを用いる術式も提唱されています。

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一方、懸垂装置が破損していない症例においては、テンション・バンド・ワイヤーの設置は不要であるものの、懸垂装置の屈伸動作に遊びが残ると、歪みでインプラント破損するリスクがあるため、管骨から内外の種子骨へと抜ける二本のラグスクリューを介して、種子骨を管骨掌側面に固定するようにします(上図右)。この際には、ラグスクリューとプレートが接触しないように、まず管骨外顆の骨切術部位をラグスクリューで固定してから、ロッキングスクリューを用いて、LCPを基節骨に固定しておき、その後に種子骨に向けてラグスクリューを挿入します(上図右)。やはりこの際にも、球節の最終的な角度よりも少し伸展させておいて(約10度の伸展位)、最終的な角度では種子骨靭帯への緊張力が増加するようにします。

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その後は、球節を最終的な角度まで伸展させて、LCPと管骨の背側面を密着させます(上図左)。そして、LCPの近位側にテンションデバイスを取り付けて(上図右)、近位方向にプレートを牽引しながら、LCPの螺子孔にロッキングスクリューを設置して、LCPを管骨に固定します(下図左)。この時には、球節の関節部に相当する2~3箇所の螺子孔は空けておきますが、このうち、球節のすぐ近位側にあたる螺子には、術後に強い負荷が加わるため、ロッキングスクリューではなく、5.5mmコーティカルスクリューを挿入する術式も提唱されています。

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その後は、基節骨の近位背側面から、管骨の遠位掌側面に抜けるように、二本の5.5mmコーティカルスクリューを挿入(ラグスクリュー方式)して、関節面での骨同士の圧迫力を施します(上図右)。これらの経関節螺子によって、管骨と基節骨の骨癒合を促進することに加えて、捻転負荷に対する球節の抵抗力が増して、関節固定術そのものの強度を増強できます。最後に、残りの空いている螺子孔に対しても、他の螺子と接触しないようであれば、コーティカルスクリューを挿入しておきます。

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プレート固定が完了した後は、視診とX線画像にて、関節固定術の失宜が無いかを確認してから、必要に応じて、海綿骨移植(骨増勢の促進作用)や抗生物質含有の骨セメントビーズの充填(インプラント周囲の感染予防)、および、術後排液用のペンローズドレインの設置などを行ないます。その後は、分割していた外側指伸筋腱および繋靭帯伸肢枝を縫い合わせることで、金属インプラントを被包してから(上写真)、皮下識および皮膚を縫合閉鎖します。特に、ワイヤーを捻じって留めた先端は、内側から皮膚穿孔してくるリスクがあるため、骨表面から触診してみて突出していないかを確認します。

治療肢には、半肢キャストを装着させて麻酔覚醒を行ない、可能であれば、適切な起立介助(頭部と尾部のロープ牽引や、吊起帯による吊り上げなど)を実施します。半肢キャストは、2~3週間おきに交換しながら、8週間以上は装着されることが一般的で、抗生物質は10~15日間投与して、抜糸は術後14日目頃に行ないます。運動では、術後の2ヶ月間は完休とし、X線画像で関節部の骨癒合が認められた場合には、その後に曳き馬運動を開始します。

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球節固定術を実施された症例では、関節部の骨癒合が達成され、無制限な運動が可能となる割合は65%と言われており、懸垂装置が破損していない場合のほうが、予後は良い傾向にあります。一方、繋靭帯や種子骨靭帯を断裂した症例に対する球節固定術では、掌側部の脈管組織の損傷も併発していて、癒合遅延や偽関節を起こすリスクが高くなることもあります。また、術後に、対側肢の負重性蹄葉炎、および、治療肢の冠関節脱臼(上写真)を続発した場合にも、予後は芳しくないことが報告されています(特に後者は、種子骨靭帯を断裂した馬に多い)。

Photo courtesy of AO Surgery Reference

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