馬の小腸絞扼は切除しなくても治る?
話題 - 2022年10月19日 (水)

一般的に、馬の疝痛の原因となる小腸疾患は、絞扼性の病態を呈することが多く、開腹術による外科的療法を要することが殆どですが、虚血性損傷を起こしている小腸を、切除・吻合するか、それとも、そのまま閉腹して自然治癒を待つかは、執刀医にとって迷い処だと言えます。虚血性損傷を起こした小腸を、体内に残したままにしておくと、癒着、再灌流障害、術後イレウス、蹄葉炎などを続発する危険性があり、2回目の開腹術を要するケースもあります。
ここでは、小腸絞扼での虚血箇所を切除しなかった場合の、生存率や合併症を解析した知見を紹介します。この研究では、米国の2つの獣医大学病院において、1996~2011年にかけて、疝痛症状を呈して開腹術が行なわれ、小腸絞扼が発見されたものの、切除・吻合術が行なわれず、虚血箇所が温存された35頭の馬における、医療記録の回顧的解析が行なわれました。なお、この研究では、小腸の虚血性損傷を、下記のグレード1~5に分類し、そのグレードの数値に、病変の長さ(フィートで計算)を掛け算したものを生存指数としました。
参考文献:
Freeman DE, Schaeffer DJ, Cleary OB. Long-term survival in horses with strangulating obstruction of the small intestine managed without resection. Equine Vet J. 2014 Nov;46(6):711-7.

結果としては、小腸絞扼において、虚血性損傷部を切除しなかった35頭のうち、全頭が退院を果たしており、短期生存率は100%となっていました。また、長期の経過追跡が出来なかった13頭を除けば、論文発表時の生存率は54%(12/22頭)であり、退院後の生存期間は平均120ヶ月に及んでいました。通常、馬の論文では、退院後12ヶ月生きれば、長期生存と見なされるので、この研究における長期生存率も良好だと言えます。このため、馬の小腸絞扼においては、上述のグレード方式で小腸の生存能を評価することで、虚血箇所を切除・吻合しなくて構わないという判断が下せて、比較的に良好な短期・長期生存率が達成できると結論付けられています。
しかし、この研究では、大規模な馬の二次診療施設での調査にも関わらず、小腸絞扼での虚血箇所が温存された症例は、15年間で僅か35頭に留まっており、大多数のケースでは、虚血性損傷した小腸が切除されたものと推測されます。また。入院中の合併症の発生率は31%(11/35頭)で、2回目の開腹術を要した馬も8.6%(3/35頭)に及んでおり、この中には、切除・吻合したほうが、予後が改善した症例もいたかもしれません。そう考えると、この論文の結論を鵜吞みにして、小腸絞扼で虚血した腸管を無闇に温存するのは危険であり、生存能が疑わしい箇所は、積極的に切除・吻合するべきであると考えられます。

この研究では、正中開腹術で発見された全ての小腸絞扼において、腸壁切開によって内容物が排出されており、つまり、開腹術の執刀医は、粘膜面の色や腸壁の厚みを観察できたことになります。このような小腸の内部の所見は、上記のグレードの定義には含まれていませんが、小腸絞扼での虚血箇所を切除・吻合せずに温存しておく、という判断を下すときの指標になった可能性はあると推測されます。言い換えれば、たとえ漿膜の色や蠕動が良くても、粘膜面の色調が悪ければ、積極的に腸管切除・吻合術が実施されたケースもあったと推測されます。
この研究では、35頭の小腸絞扼のうち、虚血性損傷がグレード1だったのは4頭、グレード2は20頭、グレード3は5頭、および、グレード4は6頭となっていました。つまり、蠕動運動が見られた小腸(グレード1~3)は、全体の83%(29/35頭)に上っており、これらについては、漿膜面の色に関わらず、小腸蠕動に必要な酸素供給や局所神経叢の機能が残っているため、温存しても治癒する可能性はあると推測されます。一方で、蠕動運動が殆ど見られない小腸(グレード4)を、切除せずに温存してしまうことに関しては、症例数の少なさもあって、完全には断言できないという考察がなされています。

この研究では、グレード3や4のように、かなり重篤な漿膜変色や出血斑、狭窄を起きていた病変でも、切除せずに温存された結果、100%の短期生存率が達成されていました。しかし、疝痛症状の発現から開腹術までの時間は、中央値で8時間と非常に短い(範囲3~20時間)ことから、絞扼整復が極めて迅速に行なわれたケースにおいて、切除・吻合術を回避する割合が多かったものと推測されます。言い換えれば、たとえ軽度(グレード1や2)の虚血性損傷であっても、疝痛開始から2~3日経ってからオペされた馬であれば、積極的に腸管切除・吻合術が実施された可能性があります。
この研究では、小腸絞扼による虚血性損傷が起こった腸管の長さは、中央値で76cmとかなり短いことから(範囲8~760cm)、生存指数の中央値も6であり(範囲1~60)、比較的に小さくなっていました。このように、虚血に陥っていた腸管が短いことも、短期生存率の高さや、疝痛の再発率の低さに寄与していると推測されます。なお、小腸絞扼の原因疾患としては、網嚢孔捕捉が20%と最も多く、次いで、鼠経ヘルニア、去勢後の小腸吐出、有茎性脂肪腫の三つが14%ずつとなっていましたが、疾患別に見た生存率については解析・考察はされていませんでした。

この研究では、退院した症例の全頭が、馬主の意図した用途に復帰しており、退院後に疝痛症状を再発したのは14%のみ(5/35頭)であったと報告されています。また、退院後に死亡した10頭のうち、五頭で病理解剖が行なわれ、癒着の発症率は20%(1/5頭))であり、初発疾患に関連した合併症は、一頭のみ(網嚢孔捕捉)であったことが報告されています。しかし、経過追跡が出来なかった馬は四割近く(13/35頭)に及んでおり、これらの症例においても、重篤な合併症を続発していた可能性は否定できません。
この研究では、虚血箇所の生存能を判定(グレード化)する際に、視診や触診の所見のみを用いており、主観的な判断になってしまうリスクは否定できません。一方、近年では、術中病理学診断やドップラー超音波検査、暗視野検鏡、表面酸素濃度測定などを応用して、馬の腸管の生存能を、手術中に客観的評価する手法も試みられています。今後は、簡易・迅速・安価で実施できる検査法を見出して、信頼性の高い生存能の判定指標になるか否かを、多症例への臨床応用で実証していく必要があると言えそうです。
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