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外傷の滑膜侵襲での造影検査

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一般的に、馬が四肢に外傷を負ったときに、滑膜組織(関節、腱鞘、滑液嚢など)に侵襲が及んでしまうと、難治性の細菌性滑膜炎を続発して、予後不良になる危険性が高いことが知られています。このため、特に関節や腱鞘に近い箇所に切り傷を負った馬においては、その外傷が滑膜侵襲を伴っているか否かを、初診の段階で確定診断しておくのが極めて重要となります。たとえ、見た目が小さなキズでも、それが深部に及んで、関節腔や腱鞘に達していた場合には、緊急の滑膜洗浄処置と、抗生物質の滑膜内投与を要するためです。

通常、滑膜に近い箇所の外傷を検査する場合、キズから遠い位置から関節を針穿刺して、滅菌生食を注入して関節包や腱鞘を膨満させ、その生食が傷口から漏出してくるのを視認することで、滑膜侵襲の診断が下されます。ただ、この手法では、滑膜への穿孔部が小さく、漏出する生食が微量の場合には、肉眼的にそれを確認するのが困難なケースもあります。ここでは、造影検査を応用して、馬の四肢における外傷が、滑膜侵襲しているか否かを検査するという知見を紹介します。

参考文献:
Bryant HA, Dixon JJ, Weller R, Bolt DM. Use of positive contrast radiography to identify synovial involvement in horses with traumatic limb wounds. Equine Vet J. 2019 Jan;51(1):20-23.

この研究では、英国の王立獣医科大学の馬病院において、2010~2015年の診療症例のうち、四肢の外傷が滑膜侵襲を伴っている危険性があると判断された馬50頭(66箇所の滑膜組織)における、医療記録の回顧的解析が行なわれました。この研究では、滑液検査において、白血球数が30,000個/μL以上、および、蛋白濃度が4g/dL以上の場合を、滑膜侵襲による感染が起きていると定義しています。

結果としては、66箇所の滑膜のうち、22箇所が感染性、44箇所が非感染性でしたが、感染性の滑膜組織のうち、造影検査に陽性を示したのは59%(13/22滑膜)に留まりましたが、その一方で、非感染性の滑膜組織のうち、造影検査に陰性を示したのは86%(38/44滑膜)となっていました。この研究では、滑膜内に注入した造影剤が、外傷から漏出していることがX線画像上で確認された場合を、造影検査に陽性(滑膜侵襲が起こっていた)と定義されました。このため、造影検査で滑膜侵襲を診断するときの陽性的中率は68%である一方、陰性的中率は81%となっていました。

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このため、たとえ外傷が滑膜侵襲を伴っていた場合でも、その四割近くは造影検査で見逃してしまうリスクがあるうえに、もし造影剤が漏れていた場合(造影検査に陽性)であっても、そのうち三割近くは偽陽性になってしまう(実際には滑膜侵襲は起きていない)という結果が示されました。つまり、外傷が滑膜に及んでいるか否かを、造影検査だけを頼りに確定するのも否定するのも危険であると考えられ、他の検査所見との整合性を見て、総合的に診断を下すときの判断基準の一つとすることが提唱されています。

この研究は、二次診療施設での治療成績を解析しており、滑液検査の所見を滑膜侵襲の判断基準(ゴールドスタンダード)としている点から見ても、外傷の発症から造影検査までに、かなりの時間が経っていると予測されます。このため、今後の研究では、外傷が発見された直後に、造影検査と生食の漏出試験の両方を実施して、その相関を見ることが有用であると推測されます。また、この研究における造影検査の偽陰性(滑膜侵襲していた症例が造影検査で陰性となる確率)が41%に達した理由としては、外傷の発症から時間が経過していて、滑膜侵襲した際の穿孔箇所が、線維素などで塞がってしまったためと考えられます。一方、この研究における造影検査の偽陽性(滑膜侵襲していない症例が造影検査で陽性となる確率)が14%あった理由としては、滑膜は侵襲されていなかったものの、造影剤の注入によって関節包や腱鞘が破裂して、造影剤が漏出している所見が画像上に現れたことや、滑膜は穿孔していたが、細菌汚染は軽度で、白血球貪食等の生体防御機能により、滑膜感染には至らなかったこと、などが挙げられています。

この研究では、滑膜検査がゴールドスタンダードであるため、滑液が採取されることが取り込み基準となっていましたが、実際の臨床症例では、蹄叉への釘傷や、球節腱鞘に近い箇所の裂傷など、滑液を採取して検査するのが困難なケースも多いと言えます。このため、滑液検査による滑膜感染の徴候を評価できない症例においては、造影検査と生食漏出試験を併用して、より確実に滑膜侵襲を早期発見する診断指針が有用であると考えられました。特に、舟嚢への穿孔性異物が起こった場合には、感染した場合の予後が悪く、また、舟嚢洗浄を立位で実施する難易度も高いことから、造影検査で舟嚢穿孔を除外診断することのメリットは大きいと言えます。

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