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馬の去勢での合併症の発生状況

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去勢手術は、馬において最も多く実施される外科的処置であり、リスクの少ない手術ではあるものの、合併症も一定確率で発生することが知られています。

ここでは、馬の去勢における術後合併症の発生状況や、その発症素因に関する知見を紹介します。この研究では、1998~2008年にかけて、去勢手術が実施された324頭の馬属動物(ラバ10頭とロバ3頭を含む)における医療記録の回顧的解析が行なわれました。

参考文献:
Kilcoyne I, Watson JL, Kass PH, Spier SJ. Incidence, management, and outcome of complications of castration in equids: 324 cases (1998-2008). J Am Vet Med Assoc. 2013 Mar 15;242(6):820-5.

結果としては、去勢された馬属動物のうち合併症を起こしたのは10.2%(33/324頭)に上っており、その内訳としては、漿液腫が11頭、創部感染が7頭、持続出血が6頭、創部腫脹が5頭となっていました。また、小腸吐出を続発した1頭が安楽殺となったことから、去勢による死亡率は0.3%(1/324頭)でした。なお、患畜の品種や年齢と合併症の発生とのあいだに、有意な相関はありませんでした。このため、馬属動物の去勢では、死亡するのは極めて稀であるものの、去勢後の合併症は10頭に一頭の頻度で起こることから、正確な施術で合併症予防を図ることの重要性が再確認されたと言えます。

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この研究では、76%の去勢が開放式の術式で実施され、残りの24%が半開放式の術式で実施されていました。そして、開放式に比べて、半開放式の去勢術では、合併症を起こす確率が五倍近くも高い(オッズ比=4..69)ことが示されました。ただ、去勢時の平均年齢は、開放式では19ヶ月齢、半開放式では47ヶ月齢と顕著に高くなっていました。このため、半開放式では、総鞘膜ごしに精索を挫滅するため、精巣動脈の止血が不十分になったケースがあり得る一方で、単に年齢の高さが合併症の多さに繋がった(精索や肉様膜が太いため)という可能性もあり、半開放式の去勢法を否定するものではないと考察されています。

この研究では、去勢の90%が倒馬して施術され、残りの10%が立位で施術されました。そして、倒馬させての去勢における合併症の発生率(9.6%)に比較して、立位での去勢における合併症の発生率が僅かに高い(16.1%)という傾向が認められました(統計的な有意差は無し、オッズ比=1.81)。しかし、立位での去勢における合併症は、漿液腫が四頭、発熱が一頭と、いずれも軽度なタイプであったのに比べて、倒馬させての去勢においては、持続出血(六頭)や小腸吐出(一頭)などの、重度な合併症を起こしていました。このため、倒馬での去勢のほうが、創部の止血処置などが容易で、合併症が少なくなる可能性がある一方で、麻酔覚醒と起立動作によって血圧や腹圧が上がり、持続出血や腸管吐出などのリスクが高まるというケースも考えられました。

この研究では、倒馬させての去勢が行なわれた症例のうち、術中の体動などによって、麻酔薬の追加投与を要した症例が69%あり、この割合は、開放式の術式(82%)のほうが、半開放式の術式(66%)よりも高くなっていました。そして、麻酔薬の追加投与を要した場合は、術後に合併症を起こす確率が有意に高いことが分かりました。このため、麻酔の追注を要するほど手間取った去勢では、合併症を起こし易いと推測されました。なお、麻酔前には鎮静剤(キシラジン)と鎮痛薬(ブトルファノール)、倒馬には導入薬(ケタミン)と筋弛緩薬(ジアゼパム)が使われていました。

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この研究では、倒馬させての去勢が行なわれた症例のうち、精巣内に局所麻酔薬が注射された症例は26%でしたが、このうち60%の症例では、全身麻酔薬の追加投与を要したことが報告されています(術中の体動を制御するため等)。なお、この際に投与された局所麻酔薬はリドカインでした。このため、去勢時に局所麻酔薬を打つメリットは、明確には示されませんでしたが、メピバカイン等の効果が迅速と言われる薬剤であれば、全身麻酔薬の投与軽減に繋がる可能性もあると推測されます。

この研究では、去勢時に精索を縫合糸で結紮した症例は5.2%(17/324頭)で、このうち、合併症を発症したのは11.8%(2/17頭)に達していました。しかし、これらの症例からロバ3頭を除外して、馬だけのデータを見ると、精索を縫合糸で結紮した症例のうち、合併症を発症したのは0%(0/14頭)だったことが報告されています。このことから、創部に縫合糸という異物を使うことで、腫脹や漿液などを続発するデメリットが予想される一方で、精索が太い個体などでは、結紮止血が合併症の予防に繋がるケースもあると考えられます。

また、この研究では、漿液腫が3.4%の去勢で見られ、術後6.6日で発症していました。全ての漿液腫は、包皮切開創を用手で再開口させて排液し、患部の水冷療法と、抗生物質・抗炎症剤の投与によって治癒していました。なお、去勢後の創部腫脹(1.5%)は、術後5.6日で認められたのに対して、去勢後の創部感染(2.2%)は、術後12日経ってから確認されていました。さらに、この研究では、持続出血が1.9%の去勢で見られ、殆どは手術直後に確認されましたが、1/6頭では、去勢の3~4時間後に出血を呈したことが報告されています。対処としては、創部にガーゼを詰め込むことで圧迫止血が施され、一部の症例では、止血剤も投与されました。

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