馬の文献:ロドコッカスエクイ肺炎(Cohen et al. 2005)
文献 - 2022年10月31日 (月)

「子馬のロドコッカスエクイ肺炎の発症に関わる牧場の特徴と管理手法」
Cohen ND, O'Conor MS, Chaffin MK, Martens RJ. Farm characteristics and management practices associated with development of Rhodococcus equi pneumonia in foals. J Am Vet Med Assoc. 2005; 226(3): 404-413.
この研究では、子馬のロドコッカスエクイ肺炎(Rhodococcus equi pneumonia)の発症に関与する危険因子(Risk factors)を解析するため、2002年の一年間にかけて、5230頭の子馬を飼養している138箇所の繁殖牧場の特徴(Characteristics of breeding farms)と管理手法(Management practices)が評価されました。
この研究では、多因子ロジスティック回帰解析(Multivariate logistic regression analysis)の結果では、子馬の飼養頭数が15頭以上である牧場では、15頭未満の牧場に比べて、ロドコッカスエクイ肺炎を発症する危険性が三倍近くも高い(オッズ比:2.8)ことが示されました。一般的に、ロドコッカスエクイ菌は、子馬の消化器内で増殖するため(Takai et al. J Clin Microbiol. 1986;23:794)、子馬の数が多い牧場ほど、病原性菌による飼養環境内の汚染(Environmental contamination)が起こり易かったと考察されています(Takai et al. J Eq Sci. 1995;6:105, Takai. Vet Microbiol. 1997;56:167)。また、他の文献では、汚染牧場のほうが清浄牧場に比べて、単位面積当たりの子馬の飼養頭数が多いと報告されていますが(Chaffin et al. JAVMA. 2003;222:467)、今回の研究では、子馬の密度とロドコッカスエクイ肺炎の発症には、有意な相関(Significant correlation)は認められませんでした。
この研究では、サラブレッドの繁殖牧場では、他の品種の馬の繁殖牧場に比べて、ロドコッカスエクイ肺炎を発症する危険性が五倍近くも高い(オッズ比:4.7)ことが示されました。一般的に、馬の品種の違いが、ロドコッカスエクイ肺炎の発症における、遺伝的素因(Genetic predisposition)になるという症例報告はありませんが、細胞内微生物(Intracellular organisms)に対しては、遺伝的な易罹患性(Genetic susceptibility)が存在するという科学的知見も示されています(Lam-Yuk-Tseung and Gros. Cell Microbiol. 2003;5:299)。しかし、今回の研究では、サラブレッド牧場であるかないかの違いが、他の交絡因子(Confounding factor)に影響されている可能性は否定できない(サラブレッドの繁殖牧場は、飼養頭数の多い大規模経営が多かった、etc)、という考察もなされています。
この研究では、子馬を飼養している馬房の床がコンクリート素材である牧場では、そうでない牧場に比べて、ロドコッカスエクイ肺炎を発症する危険性が四倍近くも高い(オッズ比:3.9)ことが示されました。しかし、コンクリートの馬房床を用いている牧場は12箇所とサンプル数が少なく、これが有意な危険因子であるという解析結果が、偶発的に導き出された可能性は否定できず、今後の研究によって、裏付けや妥当性(Supporting/Validation results)が認められるまでは、このデータには慎重な解釈(Careful interpretation)を要する、という警鐘が鳴らされています。
この研究では、免疫グロブリンの抗体移行を検査(Tests for passive transfer of immunoglobulin)している牧場では、そうでない牧場に比べて、ロドコッカスエクイ肺炎を発症する危険性が五倍以上も高い(オッズ比:5.2)ことが示されました。このデータに関しては、キチンと子馬を検査している牧場ほど、ロドコッカスエクイ肺炎を発見する確率も高く、見た目の発症率が高くなった、という解釈は現実味が少なく(定期検査しなくても、発症を見逃すケースは殆どないため)、ロドコッカスエクイ肺炎の発症が多い牧場ほど、早期発見のために移行抗体の検査をせざるを得なかった、という解釈が適切であると考察されています。つまり、免疫グロブリンの検査と、それに対する高免疫血漿投与などの対処法だけでは、ロドコッカスエクイ肺炎の発症を減退する効能はあまり高くない、という実状が浮き彫りになった解析結果であると言えます。
この研究では、放牧地で出産(Foaling in pasture)させている牧場では、そうでない牧場に比べて、ロドコッカスエクイ肺炎を発症する危険性が三分の一以下も低い(オッズ比:0.3)ことが示されました。この理由については、今回の論文内では、明瞭には結論付けられていませんが、他の文献でも、ロドコッカスエクイ肺炎の清浄牧場のほうが、汚染牧場に比べて、放牧地で出産させている割合が高かったという知見や(Chaffin et al. JAVMA. 2003;222:476)、放牧地で生まれた子馬のほうが、下痢症(Diarrhea)になる確率が低かった、という報告もなされています(Cohen. JAVMA. 1994;204:1644, East et al. Prev Vet Med. 2000;46:61)。
この研究では、馬糞を小まめに清掃している牧場では、そうでない牧場に比べて、ロドコッカスエクイ肺炎を発症する危険性が三倍近くも高い(オッズ比:2.6)ことが示されました。また、ストレプトコッカス・エクイ菌へのワクチン接種(Vaccination against Streptococcus equi)をしている牧場では、そうでない牧場に比べて、ロドコッカスエクイ肺炎を発症する危険性が三倍以上も高い(オッズ比:3.5)ことが示されました。さらに、母馬に定期的(最低でも二ヶ月間隔)に駆虫剤(Anthelmintics)を投与している牧場では、そうでない牧場に比べて、ロドコッカスエクイ肺炎を発症する危険性が七倍以上も高い(オッズ比:7.4)ことが示されました。このように、飼養管理法が行き届いている牧場のほうがロドコッカスエクイ肺炎が起き易かったという、一見して矛盾する結果(Conflicting results)に関しては、このような管理方針は、大規模な牧場(=子馬の飼養頭数が多く、ロドコッカスエクイ菌感染が起き易い)において見られる傾向にある事が影響している、という推測がなされています。医学的に考えても、馬糞の清掃、ストレプトコッカス・ワクチン、駆虫剤などが、ロドコッカスエクイ肺炎の発症を、直接的に助長するという現象は、論理的ではないと考察されています。
この研究では、飼養環境が中程度~重度に埃っぽい(Environment subjectively described as moderately to severely dusty)と判断された牧場では、そうでない牧場に比べて、ロドコッカスエクイ肺炎を発症する危険性が二倍以上も高い(オッズ比:2.2)ことが示されました。他の文献でも、埃っぽい環境とロドコッカスエクイ肺炎の発症率には、有意な相関が見られた事が報告されており(Smith et al. EVJ. 1981;13:223, Cohen et al. Compend Contin Equc Pract Vet. 2000;22:215)、また、乾燥して風の強い日のほうが、空気内のロドコッカスエクイ菌の数が多かった、という知見も示されています(Takai et al. Vet Microbiol. 1987;14:233)。このため、土がむき出しのパドックには牧草を植えたり、自動スプリンクラーによる放水で粉塵量を減らす、などの管理法の改善によって、ロドコッカスエクイ菌感染を減退できる可能性があることを、再確認させるデータが示されたと言えます。
この研究では、牧場敷地の使用年数は、汚染牧場のほうが(平均20年)、清浄牧場よりも(平均15年)、有意に長かった事が示されました。他の文献では、同様な知見(同じ土地を長く使っている牧場ほど、ロドコッカスエクイ肺炎の発症が多い)が示されている報告がある反面(Prescott et al. Can J Comp Med. 1984;48:10)、牧場敷地の使用年数とロドコッカスエクイ肺炎の発症率には、有意な相関が無かったという報告もあります(Chaffin et al. JAVMA. 2003;222:467)。これらの研究では、土壌内のロドコッカスエクイ菌の解析(単位面積当たりの細菌数、および、病原性を持つ菌の割合)はなされておらず(今回の研究も同様)、明瞭な理論立てをする事は困難ですが、一般論としては、同じ敷地を長年にわたって使っている牧場のほうが、飼養環境内へのロドコッカスエクイ菌の蓄積(Accumulation)が起こり易く、ロドコッカスエクイ肺炎の発症率を上げる一つの要因になりうる、という考察がなされています。
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