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老齢馬に起こる病気の傾向

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近年では、獣医療の進歩に伴って、馬の寿命も延びてきており、老齢馬の病気や医療ケアにおける重要性も高まってきていると言えます。

ここでは、老齢馬に起こる病気の傾向を、総括的に調査した知見を紹介します。この研究では、米国のヴァージニア大学の馬医療センターにおいて、2006~2010年にかけて、病気の診断および治療のために来院した345頭の老齢馬(20歳以上)、および、345頭の若齢馬(20歳未満)における医療記録の回顧的解析と、各疾患の発症リスクに関するオッズ比(OR)の算出が行なわれました。

参考文献:
Silva AG, Furr MO. Diagnoses, clinical pathology findings, and treatment outcome of geriatric horses: 345 cases (2006-2010). J Am Vet Med Assoc. 2013 Dec 15;243(12):1762-8.

結果としては、老齢馬で最も多いのは消化器疾患(疝痛)であり、有病率(全症例に占める割合)は44%に達しており、若齢馬での有病率(32%)よりも有意に高く、その結果、老齢馬になると消化器疾患を発症するリスクが約七割増しになる(OR=1.67)ことが分かりました。加齢と疝痛増加との関連性については、類似の報告[1]がある反面、有意な関連性は無かったとする知見[2]もあり、調査対象とする馬群の品種や用途の差異が影響していたと推測されています。また、その理由としては、多因子が関与するため、明確には結論付けられていませんが、加齢に伴って、全身健康状態の悪化による腸蠕動低下を起こしたり、歯科疾患で咀嚼不全となる個体が多いことや、有茎性脂肪腫、網嚢孔捕捉、腸結石など、老齢馬に好発する疾患が多かったためと考えられます。また、老齢馬になると、畜主が強い愛着を持ち、二次診療施設に来院させる割合が増えた、という可能性も指摘されています。

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この研究では、消化器疾患の内訳を見たところ、老齢馬では小腸の絞扼性疾患が占める割合が24%にのぼり、若齢馬での割合(11%)よりも有意に高く、その結果、老齢馬になると小腸絞扼を発症するリスクが2.5倍以上も上がる(OR=2.57)ことが分かりました。この要因としては、有茎性脂肪腫に代表されるような、絞扼を併発しやすい小腸疾患が、老齢馬に好発することが挙げられています。また、同じく絞扼性となりやすい網嚢孔捕捉も、加齢による肝萎縮が発症素因になる(肝臓尾状葉が後退して網嚢孔内径が拡がるため)と考えられています。これらの知見を鑑みると、老齢馬の疝痛においては、腹部エコー検査や直腸検査を介して、小腸疾患を早期診断することの重要性が再確認されたと言えます。

一方、老齢馬では大腸の絞扼性疾患が占める割合が4%に留まっており、若齢馬での割合(13%)よりも有意に低く、その結果、老齢馬になると大腸絞扼を発症するリスクが1/4程度まで下がる(OR=0.26)ことが分かりました。この要因としては、結腸捻転に代表されるような、絞扼を併発しやすい大腸疾患は、周産期の繁殖牝馬に好発するため、繁殖使役される割合の低い高齢馬では、必然的に有病率が下がったと推測されます。

この研究では、消化器疾患における死亡率(退院できず安楽殺された馬の割合)を見たところ、老齢馬での特発性疝痛の死亡率は37%に及んでおり、若齢馬での死亡率(15%)よりも有意に高く、その結果、老齢馬になると特発性疝痛で死亡するリスクが三倍以上も上がる(OR=3.37)ことが分かりました。一方で、確定診断された此処の疾患においては、両群のあいだで死亡率に有意差は認められませんでした。この要因としては、老齢馬の疝痛では、全身状態の悪化が早く、初診時の所見(乳酸値やヘマトクリット値の上昇等)で予後不良が予測されたり、経済的な理由によって、開腹術が選択されるケースが減り、特発性疝痛という診断名になる馬の割合が増えたため(開腹術によって原因病態が確定されることが無かった)と考察されています。

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この研究では、老齢馬で二番目に多いのは運動器疾患であり、有病率は22%でしたが、若齢馬での有病率(38%)に比較すると有意に低く、その結果、老齢馬になると運動器疾患を発症するリスクが半分以下に下がる(OR=0.44)ことが分かりました。これは、加齢と跛行増加が相関するという他の知見[1,3]とは相反するデータとなっていました。この要因としては、今回の研究は二次診療施設が調査対象であり、老齢馬の運動疾患では、慢性の関節炎などの、一次診療で対応可能なものが多かったためと考察されています。なお、この研究では、代謝系疾患の有病率が、両群のあいだで有意差無しとなっており、これについても、クッシング病やメタボ症候群などの老齢馬に好発する疾患では、二次診療への依頼を要さないケースが多いためと推測されています。

この研究では、老齢馬と若齢馬の血液検査所見も比較されており、総蛋白濃度、グロブリン濃度、カルシウム濃度、平均赤血球容積、平均赤血球ヘモグロビン量などで、老齢馬のほうが有意に高値を示していました。しかし、これらの項目における両群の平均値は、すべて正常範囲内に収まっているため、臨床的な有意性は低いものと考察されています。

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参考文献:
[1] Ireland JL, Clegg PD, McGowan CM, Platt L, Pinchbeck GL. Factors associated with mortality of geriatric horses in the United Kingdom. Prev Vet Med. 2011 Sep 1;101(3-4):204-18.
[2] Ireland JL, Clegg PD, McGowan CM, McKane SA, Pinchbeck GL. A cross-sectional study of geriatric horses in the United Kingdom. Part 2: Health care and disease. Equine Vet J. 2011 Jan;43(1):37-44.
[3] Brosnahan MM, Paradis MR. Demographic and clinical characteristics of geriatric horses: 467 cases (1989-1999). J Am Vet Med Assoc. 2003 Jul 1;223(1):93-8.
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