馬の病気:深屈腱炎
馬の運動器病 - 2013年08月30日 (金)

深屈腱炎(Deep digital flexor tendinitis)について。
深肢屈筋腱(Deep digital flexor tendon: DDFT)の炎症は、手根腱鞘(Carpal sheath)の内部、屈筋腱鞘(Digital flexor teondon sheath)の内部、繋部中央部(Middle pastern region)、蹄壁の内部(Inside hoof capsule)などの部位で発症します。
手根腱鞘内部での深屈腱炎は、橈骨遠位成長板(Distal radial growth plate)の部位に発症する骨軟骨腫(Osteochondroma)に、深屈腱が接触および障害される事によって起こり、手根管症候群(Carpal canal syndrome)の一つの病態として知られています。手根腱鞘内深屈腱炎の症状としては、急性発現性(Acute onset)の軽度~中程度跛行(Mild to moderate lameness)、手根関節屈曲による疼痛反応(Painful reaction at carpal flexion)、手根腱鞘の膨満(Carpal sheath distension)などが見られます。手根腱鞘内深屈腱炎の診断では、レントゲン検査(Radiography)によって骨軟骨腫の発症を確認し、超音波検査(Ultrasonography)によって深屈腱の背側輪郭の不規則性(Irregular dorsal contour of DDFT)を確かめます。手根腱鞘内深屈腱炎の治療では、腱鞘鏡手術(Tenoscopy)を介しての骨軟骨腫の外科的切除(Surgical removal)と深屈腱損傷部の病巣清掃(Debridement)が施されます。手根腱鞘内深屈腱炎の予後は比較的良好で、競技や競走に復帰できる症例が多いことが報告されています。
屈筋腱鞘内部での深屈腱炎は、レース後半の疲労時において球節過伸展(Fetlock hyperextension)を生じた際の過剰張力(Excessive tensile force)によって腱繊維の微細断裂(Micro-rupture of tendon fibers)を起こしたり、屈筋腱鞘炎(Digital flexor tenosynovitis)から二次性に発症する場合が知られており、前肢よりも後肢に好発することが報告されています。屈筋腱鞘内深屈腱炎の症状としては、軽度~中程度の跛行、屈筋腱鞘の膨満(Digital flexor tendon sheath distension)と、それに伴う輪状靭帯狭窄(Annular ligament constriction)、患部の熱感、球節屈曲による疼痛反応などが見られます。屈筋腱鞘内深屈腱炎の診断は超音波検査によって下され、深屈腱の肥大化(Enlargement)、限局性低エコー性病巣(Focal hypoechoic lesion)、深屈腱内部の繊維化(Fibrosis)または石灰化(Mineralization)、深屈腱の辺縁性断裂(Marginal tear of DDFT)、深屈腱と浅屈腱(Superficial digital flexor tendon)との癒着(Adhesion)、腱鞘滑液貯留(Tendon sheath fluid accumulation)などが認められます。深屈腱の太さや断面形態の変化は対側肢(Contralateral limb)との比較によって判定が下され、また、滑膜皺襞(Synovial plicae)(=腱間膜:Mesotendon)を辺縁性断裂と見間違えたり、滑膜包(Synovial fold)を腱癒着と見誤らないように慎重に検査を行うことが重要です。屈筋腱鞘内深屈腱炎の治療では、ヒアルロン酸とコルチコステロイドの腱鞘内注射、腱鞘鏡手術による辺縁性断裂の病巣清掃、輪状靭帯切断術(Annular ligament resection)などが施されます。屈筋腱鞘内深屈腱炎の予後は一般に極めて不良(Guarded prognosis)である事が示唆されています。
繋部中央部での深屈腱炎は、球節過伸展や後肢追突(Hindlimb overreach)などの外傷性に発症し、皮膚穿孔性創傷(Penetrating wound)を併発する場合もあります。繋部深屈腱炎の症状としては、中程度~重度跛行(Moderate to severe lameness)や掌側繋部の圧痛(Pain on palpation of planter pastern)を呈しますが、腱鞘膨満は必ずしも顕著でない場合が多い事が報告されています。繋部深屈腱炎の診断は超音波検査によって下され、対側肢と比較しての深屈腱の肥大化が認められますが、低エコー性病巣が発見される事はあまり多くありません。深屈腱炎に併行して、種子骨遠位靭帯炎(Distal sesamoidean desmitis)の発症が見られる症例もあり、また、慢性病態においては異栄養性石灰化(Dystrophic mineralization)を示す限局性高エコー性病巣(Focal hyperechoic foci)が確認される場合もあります。繋部深屈腱炎の治療では、半年~一年にわたる馬房休養(Stall rest)と非ステロイド系抗炎症剤(Non-steroidal anti-inflammatory drugs)の投与を介しての保存性療法(Conservative therapy)が行われますが、慢性的に間欠性跛行(Intermittent lameness)を示したり、屈腱炎の再発(Recurrence)を起こすなど、予後は不良となる症例が多いことが報告されています。
蹄壁内部での深屈腱炎は、舟状骨症候群(Navicular syndrome)に併発または続発する場合や、舟状骨症候群のひとつの病態であるという仮説(Hypothesis)が成されており、異常蹄形や加齢によるプロテオグリカン含有量の上昇なども発症素因(Predisposing factors)として挙げられています。蹄壁内深屈腱炎の症状としては、中程度~重度の跛行(Moderate to severe lameness)、蹄尖先着(Toe-heel landing)、蹄鉗子(Hoof tester)による蹄叉中央部(Central frog region)での圧痛などが見られます。蹄壁内深屈腱炎の診断では、CTスキャンもしくはMRI検査が最も理想的な画像診断法である事が提唱されており、深屈腱の肥大化、密度上昇(Increased density)、中心性病巣(Core lesion)、背側繊維破損(Dorsal fiber disruption)などの所見を呈し、通常病巣は舟状骨より近位部(Proximal to navicular bone)もしくは深屈腱の末節骨付着部(Deep digital flexor tendon insertion o distal phalanx)に認められる事が報告されています。蹄球上部または蹄叉を介しての超音波検査では、深屈腱の肥大化や低エコー性病巣が認められる場合もありますが、診断感度はあまり高くなく、また、レントゲン検査による蹄壁内の深屈腱異常所見(石灰化像、骨新生像、etc)は、必ずしも深屈腱病状と一致しないことが知られています。蹄壁内深屈腱炎の治療では、馬房休養と非ステロイド系抗炎症剤による保存性療法が試みられますが、予後はあまり芳しくない事が報告されています。また、多くの症例において舟状骨症候群の併発が疑われるため、装蹄療法(Shoeing therapy)やコルチコステロイドの蹄関節注射(Coffin joint injection)または舟嚢注射(Navicular bursa injection)が行われます。一方、蹄壁内部における深屈腱の異常が示唆される症例では、掌側指神経切断術(Palmar digital neurectomy)による蹄踵無痛化(Desensitization)によって、深屈腱断裂(Deep digital flexor tendon rupture)を起こす危険が高いため、実施は禁忌(Contraindication)とされています。
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