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馬の切腱術の予後

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馬の慢性蹄葉炎に対する外科的治療としては、深屈腱の切断術(切腱術)が挙げられますが、ここでは、切腱術のあとの予後に関する知見を紹介します。
参考文献:Bras RJ. Life After Deep Digital Flexor Tenotomies: How to manage hoof lameness II. Proc AAEP, 2020(66), 398-403.

一般的に、馬の慢性蹄葉炎において、蹄骨の変位が進行してしまい、適切な装蹄療法を施しているにも関わらず、十分な蹄壁伸長が認められない症例に対しては、切腱術によって蹄骨への緊張力を緩和する処置が試みられます。切腱術の実施後には、通常4~6週間で、蹄骨尖部における蹄底成長が認められると言われています。また、切腱術のタイミングを判断する指標としては、蹄の静脈造影検査が有用であり、背側蹄葉への循環障害を画像診断することが可能となり、また、切腱術や装蹄療法の治療効果を確認する一助にもなると言われています。下写真の症例では、蹄骨の回転や沈下は明瞭には確認されないものの、静脈造影によって、背側蹄葉組織の循環不全が認められたことから、切腱術の適応症例であると判断されました。

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慢性蹄葉炎に対する切腱術においては、蹄骨の角度を矯正する装蹄療法(蹄アラインメントの再編)を併用することが重要だと提唱されています。馬の深屈腱は、蹄骨を掌側に牽引するほかに、蹄関節の支持機能も担っていることから、深屈腱を切断することで蹄関節の不安定性や脱臼を続発するリスクがあります。このため、蹄角度を矯正して蹄関節を安定化させる処置が有用であり、また、最終的に、蹄壁と蹄骨の位置関係を健常な状態に回復させる道筋ともなります。下写真のAは、切腱術と装蹄療法を施した直後のX線で、BからCへと、徐々に蹄尖挙上の度合いを減らしながら、正常に近い蹄壁と蹄骨の角度が達成される過程を示しています。

馬の蹄葉炎に対する切腱術では、その治療成績や予後において、相反する多様な報告がなされており、その要因としては、切腱術の実施タイミングや適応症例の違いが挙げられます。基本的に、蹄骨変位による循環障害を静脈造影で発見し、迅速な切腱術による蹄骨変位の予防を施せば、蹄葉組織の損傷を未然に防ぐことも可能となります。しかし、一定数の症例においては、病態経過の終盤における延命療法として切腱術が選択されることもあり、この場合には、疼痛緩和が主目的とされ、蹄骨アラインメントを再編させることの優先度が低くなることもあります。

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過去の文献を見ると、慢性蹄葉炎の罹患馬35頭への切腱術において、術後六ヶ月間の生存率は77%に達したものの、術後二年間の生存率は59%であったと報告されています[1]。また、別の文献では、13頭の蹄葉炎の馬に切腱術が実施され、限定的な騎乗使役に復帰した症例は39%、放牧飼養での生活まで回復した症例が46%で、残りの15%は予後不良であったという知見もあります[2]。そして、蹄葉炎の罹患馬20頭に対して切腱術を実施した結果、一ヶ月未満しか生存できなかった馬が55%にのぼり、六ヶ月以上生存できた馬は30%で、残りの15%は持続的跛行を呈したとの報告もあります[3]。これらの知見では、手術時点での病態に多様性が大きく、また、術後の装蹄療法が、此処の症例の病態に適応していなかった可能性があると考察されています。

その後の文献[4]では、245頭の蹄葉炎の罹患馬に切腱術が施され、治療成功の基準として、一年以上の生存、健康な体格の維持、オベルグレード2以下まで歩様が回復、などが挙げられました。その結果、蹄骨病変や沈下/蹄底穿孔が無いときの治療成功率は83%で、中程度の蹄骨病変を呈したときの治療成功率は93%にのぼった(沈下/蹄底穿孔なし)のに対して、重度の蹄骨病変を呈したときの治療成功率は44%に留まっていました(沈下/蹄底穿孔なし)。また、蹄骨が沈下していないときの治療成功率は71%に達したものの、蹄骨の沈下を呈すると治療成功率が18%まで低下することが分かりました。さらに、蹄底穿孔に蹄骨沈下が伴わなければ治療成功率は88%であったのに対して、蹄骨沈下に蹄底穿孔を併発すると治療成功率が25%まで下がることも示されています。このため、切腱術の実施に際しては、正確な病態把握による予後判定が重要であると言えるでしょ。

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基本的に、切腱術や装蹄療法を適応する馬では、術後も経時的な静脈造影検査を実施して、蹄内の構造物の経過をモニタリングすることが推奨されています。下写真Aの静脈造影像では、蹄骨尖が反回動脈の下方まで沈み込んでおり(下側の白矢印)、蹄冠蹄葉の静脈叢での循環障害が起こっていることも確認されたことから(上側の白矢印)、切腱術および装蹄療法の適応症例であることが示唆されました。一方、下写真のBは、切腱術の六週間後の静脈造影像で、蹄冠部の静脈叢への血液循環が改善したことが分かり(上側の白矢印)、また、蹄骨尖と反回動脈の走行も、正常に近い位置関係まで回復しているのが確認できます(下側の白矢印)。

以上のように、馬の蹄葉炎の治療では、まず此処の馬の病気のステージ、脈管損傷の度合い、支持構造物の損失の有無を正確に評価することが必須であり、早期診断と適切な治療方法の選択が重要となります。また、罹患馬のリハビリ期間においては、患馬の飼養管理者、装蹄師、および、獣医師のチームワークが不可欠であり、相互理解と協力を持つことが求められます。そして、切腱術の実施は、蹄葉炎を治癒させるための分岐点に過ぎず、その後に待つ長い完治までの道のりを、馬と一緒に根気強く進んでいくというコミットメントが大切だと言えるでしょう。

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参考文献:
[1] Eastman TG, Honnas CM, Hague BA, Moyer W, von der Rosen HD. Deep digital flexor tenotomy as a treatment for chronic laminitis in horses: 35 cases (1988-1997). J Am Vet Med Assoc. 1999 Feb 15;214(4):517-9.
[2] Allen D Jr, White NA 2nd, Foerner JF, Gordon BJ. Surgical management of chronic laminitis in horses: 13 cases (1983-1985). J Am Vet Med Assoc. 1986 Dec 15;189(12):1604-6.
[3] Hunt RJ, Allen D, Baxter GM, Jackman BR, Parks AH. Mid-metacarpal deep digital flexor tenotomy in the management of refractory laminitis in horses. Vet Surg. 1991 Jan-Feb;20(1):15-20.
[4] Redden RF. The use of venograms as a diagnostic tool, in Proceedings. Bluegrass Laminitis Symposium 1993;1-6.




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