馬の深屈腱の“半切断術”
話題 - 2022年11月08日 (火)

馬の蹄葉炎の外科的治療では、深屈腱の切断術(切腱術)が行なわれますが、腱の機能が完全に損失することで、運動能力低下や蹄関節不安定性などの副作用があります。
ここでは、切腱術の変法として、深屈腱の“半切断術”(Hemitenotomy)をしたときの効果を評価した知見を紹介します。この研究では、屠体肢を用いた実験によって(15対の深屈腱、16対の前肢)、深屈腱を二箇所で半切断(背側半分と掌側半分を切断、3cm間隔)または完全切断して、単調的な引張荷重を掛けたときの、腱の延長度、負荷軽減度、断裂強度などが測定されました。
参考文献:
Zetterström SM, Boone LH, Farag R, Weimar WH, Caldwell FJ. Effect of single and double hemitenotomy on equine deep digital flexor tendon length and strength in experimental load challenges. Vet Surg. 2022 Oct;51(7):1153-1160. doi: 10.1111/vsu.13808. Epub 2022 Apr 18. Online ahead of print.
結果としては、屠体肢の深屈腱を半切断することで、腱の延長(中央値+3.05mm)および負荷軽減(中央値-11.2kg)が起こることが分かりました。また、腱の延長の度合いは、完全切断に比べて、半切断のほうが少なかったものの、負荷軽減の変化は、半切断と完全切断のあいだで認められませんでした。一方、深屈腱の二箇所を半切断する際には、一箇所目のほうが二箇所目よりも、腱を負荷軽減する作用は高かったことが示されています。

このため、馬の深屈腱の半切断術では、腱が近遠位方向に延長して、完全切断と同程度に負荷が軽減することから、深屈腱から蹄骨に掛かる緊張力も減少すると予測されます。そして、腱の連続性自体は保たれていることから、蹄関節を支持する作用をある程度は残しながら、蹄骨への掌側引張力を減らすことで、蹄葉炎の外科的治療に有用であるという可能性が示唆されました。
一方、この研究では、半切断された深屈腱は、195kgの負荷で断裂することも示されており、これは、健常な馬が駐立しているときに前肢に掛かる負荷と比べて、同程度かやや上回ると言われています。このため、実馬の深屈腱を半切断すると、体重負荷によって断裂(完全切断)してしまうため、敢えて半切断する意義が無くなる可能性もあります。ただ、半切断した直後にキャスト固定を施して、深屈腱が延長した状態のまま線維化して固まるのを待つ、などの応用法はあり得るのかもしれません。

なお、ヒト医療における脳性麻痺症では、持続的な筋緊張に起因して下肢変形が生じることから、これを矯正するため、アキレス腱の延長手術が実施されています(上図)。この際には、本研究の術式と同様に、腱の二箇所の半切断する手法が実施されていますが、必要以上に底屈力が弱まって、歩行能力が低下してしまう事象もあると言われています。
Photo courtesy of Vet Surg. 2022 Oct;51(7):1153-1160.
関連記事:
・馬の切腱術の予後
・馬の切腱術の術式
・馬の切腱術のタイミング
・蹄葉炎の馬における飼養管理
・馬の蹄葉炎では蹄骨をプレート固定?
・蹄葉炎と上手に付き合っていく方法
・地球温暖化と蹄葉炎
・馬の病気:蹄葉炎