凝血弾性解析法の馬への臨床応用
話題 - 2022年11月11日 (金)

馬に対する凝血弾性解析法の応用について
一般的に、疝痛馬における血液凝固障害は、播種性血管内凝固(DIC)、蹄葉炎、血栓性静脈炎などの合併症につながり、予後を悪化させる要因になることが知られています。そして、馬の止血機能の評価では、血小板数、線維素原濃度、プロトロンビン時間、抗トロンビン活性、線維素原分解産物濃度、等の指標が測定されます。
しかし、これらの血漿成分を基調とした凝集分析では、血液凝固の過程の一部分しか評価できないだけでなく、細胞区画の関与を考慮できず、また、個々の指標の関連性について有意な変化の解釈が難しい場合がある、等の限界点が指摘されています。凝血弾性解析法(Thromboelastography)は、全血検体を基調とした粘弾性解析であるため、細胞区画と可溶物質区画の両方の要素を加味しており、より包括的な止血システムの評価が実施できるという利点があります。また、この解析法では、血液の凝固低下状態だけでなく、凝固亢進状態も診断できるという長所があります。
凝血弾性解析法は、人間の医学分野では、既に半世紀以上にわたって臨床応用されており、全血検体が凝固していく過程における粘弾性特質を、画像的に表現して、時間と粘弾性の曲線における各部位の測定値に基づいて、以下の指標が算出されます。アール時間(R-time):凝固が始まるまでの時間(=凝固因子活性を示す)、ケー時間(K-time):曲線の振幅が20mmに達するまでの時間(=凝固の動力学を示す)、角度(Angle [a]):基線から弾性カーブへの傾斜角度(=線維素原濃度を示す)、最大振幅(Maximum amplitude [MA]):曲線の振幅の最大値(=血塊の強度を示す)、ジー値(G-value):最大振幅から算出され、血塊の粘弾性強度を示す、LY30およびLY60:30分後および60分後において溶解された血塊の割合(パーセントで表される)。

一般的に、凝血弾性解析法における凝固低下状態では、アール時間とケー時間の延長、および、角度と最大振幅の減少が見られ、凝固亢進状態ではその逆になります。また、凝固指数(CI [Coagulation index] = 0.1227R + 0.0092K + 0.1655MA – 0.0241a – 5.022)を算出して、その増加および減少によって、凝固低下状態および凝固亢進状態を評価する手法も有効です。それぞれの指標の正常値は、アール時間(8~23分)、ケー時間(3~13分)、角度(31~60度)、最大振幅(42~62mm)、LY30(0.7~1.0%)、LY60(3.2~6.1%)というように、文献によって差異が大きく、各検査施設における採材法や検査法に応じて、適切な正常値の特定に努める必要があります[1-5]。
馬における凝血弾性解析法の所見
成馬の症例における血液凝固障害では、凝固低下状態のほうが圧倒的に多く、重篤な消化器疾患、敗血症、肝臓疾患、出血性紫班病などにおいて見られるのに対して、凝固亢進状態はDICの初期病態など、限定された症例のみに認められます。正常馬と疝痛馬における、凝血弾性解析法のデータ比較では、プロトロンビン時間延長が、アール時間やケー時間の延長、および、最大振幅やジー値の減少と相関していた事が示され[4]、また、虚血性や炎症性の消化器疾患を呈した馬のほうが、非虚血性や非炎症性の消化器疾患を呈した馬に比べて、有意に長いアール時間を示していました[6]。また、疝痛馬における凝血弾性解析法を評価した他の文献では、血液凝固障害(=凝血弾性解析の二つ以上の指標に異常が認められた場合)が見られた馬においては、全身性炎症反応症候群、下痢症、血栓性静脈炎、蹄葉炎などを続発する危険性が有意に高く、生存率は有意に低かったことが報告されています[5]。
一方、子馬における血液凝固障害では、DICの発現と死亡率との間に有意な相関があることが知られており[7,8]、また、血小板機能解析によって凝固低下状態が認められた敗血症の子馬では、予後が有意に悪化することが報告されています[9]。そして、敗血症の子馬では、健康な子馬や、“病気だが敗血症ではない子馬”に比べて、凝血弾性解析の指標が有意に悪化していた事が示されています[10]。さらに、内視鏡検査によって運動誘発性肺出血(EIPH)が認められた競走馬における凝血弾性解析では、正常な競走馬に比べて、凝固低下状態になりつつある傾向が示され、EIPHの発症またはその重篤度の悪化に、血液凝固障害が関与している可能性が指摘されています[11]。

馬における凝血弾性解析法の展望
以上のように、馬の症例に対する凝血弾性解析法では、血液凝固障害をより包括的に評価することで、正確な病態把握や、予後判定指標になりうることが示唆されています。そして、今後の研究では、様々なタイプの臨床症例におけるデータを蓄積していくことで、疝痛を呈した成馬や、敗血症を呈した子馬における、スタンダードな検査法の一つになっていく可能性があると言えますが、正常値の個体差が大きく、検査手技による測定値の差異についても、今後の検討を要すると考えられています。
Photo courtesy of Equine Veterinary Education, doi: 10.1111/j.2042-3292.2011.00338.x.
参考文献:
[1] Paltrinieri S, Meazza C, Giordano A, Tunesi C. Validation of thromboelastometry in horses. Vet Clin Pathol. 2008 Sep;37(3):277-85.
[2] Leclere M, Lavoie JP, Dunn M, Bédard C. Evaluation of a modified thrombelastography assay initiated with recombinant human tissue factor in clinically healthy horses. Vet Clin Pathol. 2009 Dec;38(4):462-6.
[3] Epstein KL, Brainard BM, Lopes MA, Barton MH, Moore JN. Thrombelastography in 26 healthy horses with and without activation by recombinant human tissue factor. J Vet Emerg Crit Care (San Antonio). 2009 Feb;19(1):96-101.
[4] Mendez-Angulo JL, Mudge MC, Vilar-Saavedra P, Stingle N, Couto CG. Thromboelastography in healthy horses and horses with inflammatory gastrointestinal disorders and suspected coagulopathies. J Vet Emerg Crit Care (San Antonio). 2010 Oct;20(5):488-93.
[5] Epstein KL, Brainard BM, Gomez-Ibanez SE, Lopes MA, Barton MH, Moore JN. Thrombelastography in horses with acute gastrointestinal disease. J Vet Intern Med. 2011 Mar-Apr;25(2):307-14.
[6] Dunkel B, Chan DL, Boston R, Monreal L. Association between hypercoagulability and decreased survival in horses with ischemic or inflammatory gastrointestinal disease. J Vet Intern Med. 2010 Nov-Dec;24(6):1467-74.
[7] Armengou L, Monreal L, Tarancón I, Navarro M, Ríos J, Segura D. Plasma D-dimer concentration in sick newborn foals. J Vet Intern Med. 2008 Mar-Apr;22(2):411-7.
[8] Cotovio M, Monreal L, Armengou L, Prada J, Almeida JM, Segura D. Fibrin deposits and organ failure in newborn foals with severe septicemia. J Vet Intern Med. 2008 Nov-Dec;22(6):1403-10.
[9] Dallap Schaer BL, Wilkins PA, Boston R, Palmer J. Preliminary evaluation of hemostasis in neonatal foals using a viscoelastic coagulation and platelet function analyzer. J Vet Emerg Crit Care (San Antonio). 2009 Feb;19(1):81-7.
[10] Mendez-Angulo JL, Mudge M, Zaldivar-Lopez S, Vilar-Saavedra P, Couto G. Thromboelastography in healthy, sick non-septic and septic neonatal foals. Aust Vet J. 2011 Dec;89(12):500-5.
[11] Giordano A, Meazza C, Salvadori M, Paltrinieri S. Thromboelastometric profiles of horses affected by exercise-induced pulmonary hemorrhages. Vet Med Int. 2010 Sep 30;2010. pii: 945789.
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